「女の子も寝ながら◯◯◯をするらしい」
『ブッ』
はっ?
起きた。午前1時40分。
うつらうつらしてたのは覚えているけど、気づかない内に少し寝てしまっていた。1時間くらい?
洗面所から、彼女氏が歯を磨いている音が聞こえてきた。寝る準備をしてる段階か。
起き上がって座ると、お腹が少し張っている感じがした。
同時に、自分が目を覚ました理由が分かった。
待て、待て。これは…
「…くっ」
自分的に、結構ツボだぞ。笑うな。こらえろ。
なかなか無い機会だから、せっかくなら面白い話として昇華したい。
「あ、起きたんだ……どうしたの?」
僕が変な顔をしてたので、彼女が声をかけてきた。面白い話をする前はわざと変な顔をすると注目が引けて良いのだ。
「今さぁ」
要点はまとめてワンフレーズで。
「自分の屁でビックリして起きたんだけど」
「…あはは!ほんとに!?」
笑いを取ることに成功した。心の中でガッツポーズ。
その瞬間だった。
「あなた結構やるよね」
アナタケッコウヤルヨネ。
?
?
?
1分か、5分か。
あまりにも長く僕が黙っていたことで、彼女は完全に口を開けてポカンとなっていたし、僕はその間、処理能力を超過したシステムみたいな顔になってたんだろうと今は思う。
システムみたいな顔って何だ。
「えーと。ごめんちょっと待ってね」
尋常ならざる事態に気づいたのか、彼女は腹をくくるみたいな表情になった。
歯を磨き終えた彼女がゆっくりと僕の横に座る。
「まず、普段は私の方が先に寝ることが多いってことを前提に聞いて」
うなずく。
「それから、『寝てる時』と言っても意識がちょっと残ってるくらいの時ね。ちょっと昼寝してるタイミングとか、私がバッチリ起きててあなたが浅い眠りについてる時の話」
うなずく。
「じゃあ、言うね」
うなずく。
「あなたはいつも寝ながらオナラしてます」
あははははははははははは。
「嘘だ!!!!!!!!!!!!」めっちゃ叫んだ。
「今あなた寝起きだから大事に感じてるかもだけど、多分そんな大したことじゃないよ」
「え、ごめん待って。こっちが認める前に慰めないで。オオゴトじゃないわけ無いんだけど、確かに寝起きだから上手くイメージができない。ちょっとやってみてくれる?俺が、何をしたって?知らずに何をしてきたって?」
「えーとね…。『ブッ』…………ぅん…?………ZZZ」
何それ。まどろみの中で屁をこいてそのまま寝たの?ものすごく馬鹿な生物みたいだけど、何の真似?
僕の真似だった。
「無理だ…」
無理だ。
「あ、ちなみに今日も3回聞いたよ」
無理だああああああ無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理すぎる無理
え!?
無理!!!
頻度!!!!
食事と同じ!!!!!
「いや、自分の寝てる間の肛門の動きなんか制御できないもん。しょうがないよ」
そういう話ではない。そんな醜態をさらしながらそれを知らずにここまで生きてきた自分が無理なのだ。というか、テロが「しょうがない」で済まされてたまるか。
厚顔無恥にも程がある。とんだ恥さらしだ。
寝ながら?
これまでずっと?
僕が!?
この僕が!??
「小栗旬みたいだよ」
こォの僕が!??
「いや、『食事してるときはオナラしないで』とか、ルールも作ってるしね…普段からあなたに我慢させてて最近ガスがたまってるからかも。ごめん、そんなショック受けるとは思わなくて」
食事してる間に屁をこかないぶん寝てる間にこいてるの僕?何その繰り越し精算術。必要かそれ。
アニメ化されたことで見始めたジャンプ作品『鬼滅の刃』。劇中に我妻善逸(あがつまぜんいつ)というキャラクターが登場する。
起きてる間はビビりでヘタレ、ビィビィ泣き叫んで鬱陶しいくらいなのだが、意識を失うと、途端に超高速の抜刀術の使い手となるのだ。
普段は意気地の無いキャラが見せる、戦闘力の高さという二面性。男なら一度は憧れてしまうギャップ要素だ。魅力的で応援したくなる。
一方の僕。
意識を失うと、途端に放屁する。
クビだよそんなキャラ。
「他の人だってしてるよ。修学旅行で寝てる女の子が『ブッ』なんてことも珍しくなかったし…」
なにか握ってはいけない情報を吹き込まれた気がしたが、自分のことで精一杯だった。
「でも最近になって特に多いというか、付き合い初めてすぐの頃からあったわけじゃないよ。だから、これまで付き合ってきた彼女とかの前でしてた可能性は低いんじゃない」
余計無理だった。
それは、それはつまり、「気の緩み」が「肛門の緩み」に直結してるということではないか?
気心の知れた仲間内でのキャンプ、男女の境もなく楽しく泊まるコテージ。あるいはお酒を飲んで気持ちよくなりそのまま朝を迎えた友人宅。
そんな場所で気づかぬ間に地獄の底から聞こえてくる地響きの様な放屁をかましていない保証がどこにある?
いや、というか。
家族。
小学校の友達。
中学校の馬鹿やってた仲間達。
高校の学友に部活仲間。初めてできた彼女。
大学の連中。今でも付き合いのある先輩後輩同輩。
…聞いてたのか?
誰に聞かれた?僕の無様なガス漏れを。
噂になってたのか?
ああ…。
ああああ…。
「知性」、とか。
「文明」、とか。
「社会」、とか。
集団の中で自分が大事にしてきた言葉が、これではとんだお笑い草だ。体にたまったガスを無意識の内に排出する滑稽な生命体が自分だって?
節足動物とかヒトデとかの生態じゃなくて僕?
ゴミ出しの日を守れない人間を軽蔑してきた僕が、悪臭で世界を汚す時間すら制御できてなかった?
Amazonでさんざん時間指定をしてきた僕が?
なんだそれは。
なんなんだ、それは。
まるで動物じゃないか。
Amazonだけに?待て関係ない、混乱している。
動物園でこんな生き物を見たとする。パフォーマンスなんてものを全く意識してない、ゲージの隅で眠りこける馬鹿そうな雑食獣だ。
そいつはいかにも馬鹿そうな体躯で、馬鹿そうに唸るようないびきをかきながら、馬鹿そうに尻をぼりぼり掻いたりしている。可愛さも品性の欠片もない小汚ない動物に皆が嘲笑の目を向けている。「我々は人間で良かった」そんなことを口々に言い合うためだけの見世物だ。
さてその動物が次に何をしたかと言えば、いかにも品性を感じさせないそいつにお似合いの行為だ。グルグルと唸りながら、周囲から嘲られてることなどまるで意にせず肛門を開き、放屁したのだ。
ワイルドな轟音が響き、観客は鼻と口を押さえながら呆れて首を横に振る。「こんな下品な動物がいるなんて」
それを見た時、僕はどうする?
間違いなく嗤うだろう。
『あなた結構やるよね』
しかしその動物は僕だった。
紛れもない僕。
四半世紀を越えて付き合ってきた、この体。
え???
無理すぎん?????
何よりショックなのは、今こうしてショックを受けている間にも僕は放屁をこらえているという厳然たる事実だった。しょせん自分は動物由来のガスを撒き散らすヘッポコ生命体だと体が叫びたがっている。突きつけられた現実を証明するだけの材料が、今まさに腹の底で暴れまわり法廷で証言させろと主張している。
「ごめん、とりあえずトイレ行ってくる」
「うん…なんかごめんね」
「そのあと、ノートにまとめる…」
失意の渦中で綴った文章なのでうまく書けてるかわからない。
この日僕は、自分の中に潜んでいた化け物の存在を知ったのだ。
そしてそいつは、今夜も僕の知らぬ間に解き放たれ、誰かの前に現れるかもしれないのである。
マジに無理だった。
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