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日本にあってタイにないもの【店の歴史で呑む編】

 ボクは1998年に初めてタイに来て以来、ずっとタイを中心にいて生きてきた。日本で働いて金を貯めて、それを持ってタイで全部遣う。その繰り返し。年間滞在日数は日本よりもタイの方が長いくらいだった。今年43歳になるので、すでに人生の半分以上がタイに絡んでいる。前半は子どものころも含んでいるので、自分の判断で生きるようになってからと考えたら、圧倒的にタイの方が長い。

 そのため、ボクは日本のことがわからない。ニュースは見ているので大雑把なことはわかるが、実際の空気感はわからない。世界中の人がタイのことを知ったように思っていても、実際の現地の様子は違うことが多々あるように、ボクも日本のことをあまり知らない。

 その中で痛感するのが飲み屋だ。20歳そこそこのときに行く居酒屋なんてチェーン店だったり、わかりやすい店ではないか。近年は年に1回、出版社への営業活動で東京に滞在する。右も左もわからないボクをライターや編集者などにいい店に連れて行ってくれる。そのときによく思うのが、こんな飲み方はタイにはない、ということだ。

 それは「歴史を肴に酒を飲む」ことである。

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 日本が好きか嫌いかで言うと、正直ボクは好きではない。すべてがきっちりしているでしょ。いい加減が許されない。ボクには窮屈だ。

 ボク自身は日本にいられないような性格だったので海外に流れていったようなものだ。最近はバンコクも日本人が増えて、都市別に言えばそろそろ日本以外で日本人が最も多い都市になるのではないか。多くの在住日本人が最近よく言うのは「タイは日本で通用しなかった人が来られるような場所ではない」ということだ。確かに、日本的な環境になってきて、日本がダメだったからといってタイに来てもやっていけない。しかし。ボク自身がそんな感じなので、そういう話を聞くと、ボクは思わず愛想笑いが引きつってしまう。結局、バンコクも日本社会ができあがってきている。

 ボクは日本にいいところを見いだせないのだが、食に関しては世界一だと思う。日本はすべてが揃っている。ここだけはどの国にも負けないとボクは思うし、世界中の人が認めるのではないだろうか。そんな国の居酒屋だもの。まずいわけはないし、いろいろな魅力や物語が詰まっている

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 その店の熱い部分、すなわち物語はいろいろある。店主の話、その料理の逸話、店の成り立ちなどだ。つまり、店の歴史だ。そういったものが詰まっている。

 いい店は客にも愛されていて、客もまたその店を誇りに思っている。だから、みんなその店の店主のことをよく知っているし、店の歴史もよくわかっている。

 日本の新聞社に勤める友人に数年前に連れて行ってもらった店は浅草のもつ煮込みが人気の飲み屋だった。そこはその後改装してしまったが、とにかく汚くて、狭い店だった。知らない客同士も一緒になって話し込んでしまうような店だった。

 ボクがすごいなと思ったのは、その店の、そのもつ煮込みを作るための鍋の話だ。銅製の大きな丸い鍋なんだが、なぜこれを使い、それはいつからかという話をみんな知っていることだった。戦後の闇市かなにかで手に入ったのがその鍋しかなく、それで作り始めたのがその店の始まりなのだとか(このあたり今となってはうろ覚え・・・・・・)。

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 タイ、もしくはバンコクにそんな店があるだろうか。答えは「ない」である。

 道具の細部にこだわり、徹底追求する日本人気質がそういった物語を紡ぎ出すのだろうか。タイではそこまで道具にこだわっている様子はないし、そもそもその由来を気にする人が存在しない。

 一般的に「バンコク」で思い浮かぶエリアは電車が走り、デパートが立ち並ぶ地域ではないだろうか。それはいわゆる新市街だ。王宮やカオサン通りがある辺りが現王朝が都を置いた場所で、旧市街と呼ばれる。中華街のヤワラーも1800年代後期に形成され始めたエリアで、ここら辺なら昔からの飲食店がある。あるいは、前王朝のエリアである、チャオプラヤ河の西岸も昔の店が多い。

 その辺りに行けば100年やっている店がたまにあるし、ヤワラーなども100年は稀にしても、60年70年はよく見かける。しかし、新市街ではそもそも街の歴史が長くないので、長年営業している店はほとんどないに等しい。だいたい旧市街でさえ長くやって店はそれほど多くないのが現実だ。

 それを言ってしまえば、日本だって長く営業するのは難しいことではあるが。だから、日本なら江戸時代からならもちろん、50年もやっていればそれを看板に書き込むこともよくあるだろう。信頼の証でもあるのだから。

 ところが、タイはそういうことがない。タイ人は古いものをいいものだとはあまり思わないようだ。職業柄、ボクも飲食店取材は決して少なくないわけだ。その中で100年も営業している店だって何軒もあった。それなのに、彼らはこちらが訊くまで、そのことを一切話さない。店員ならともかく、オーナーがそうなのだ。しかも、昔のことを気にしないので、そもそも店がいつ創業したかなんて知りもしない。

 だから、ボクにとって日本で店の物語を聞きながら酒を飲むのは新鮮で楽しい。連れて行ってくれるのが出版関係者だからというのもあるかもしれないが、店そのもの、その店のその料理の発祥やウンチクというのは妙に耳と酒との相性がいい

 こういうちょっとのつまみとたくさんの物語を肴にして、おいしい酒をバンクで飲んでみたいものである。

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