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当たり前になるとありがたみが薄れてしまう

 タイは2010年ごろから和食ブームになり、特にバンコクは日本の大手チェーン店や有名な店が進出してきて、食べたいものはなんでも揃う場所になった。それまでは和食店の数は少なかったし、在住が長い人が経営している店があるくらいで、本当においしい和食はあまりなかった。そして、高かった。それでも、ないからこそその程度の味でもありがたかったものだ。

 2010年前後に段々といい店が増えてきて、同時に現地採用の給料も上がって、在住日本人の誰もがどこでも好きな店に行けるようになった。香港やシンガポールの日系企業駐在員がバンコクの方がいいと言うほど、和食店の水準が高くなっていた。それまでの素人感覚で飲食店を出しても、まったく通用しない時代になってきたのだ。

 しかし、一方でそういうことが当たり前になった今、新しい店ができても、「へえ」くらいにしか思わなくなっている。ありがたみが薄れてきたというか。

 かつては日本に行ったらあれを食べてこれを食べてと計画を立てたものだ。今やその必要はない。食べものでも物でも、なんでもバンコクで手に入る。和食や日本酒、焼酎は日本の方が安いとはいえ、バンコクでもほぼすべてが手に入る。むしろ、生肉がまだ自由に食べられるバンコクの方が選択肢は豊かという面も一部にあるほどだ。

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 とはいえ、ボクには日本の大手チェーン店や有名店は馴染みがない。20歳のころにはタイに来ていたし、若いころに居酒屋などにそう行くものではなかったので、日本の店を知らないのだ。

 たとえば大戸屋だとか幸楽苑、ココイチがバンコクに来たとき、在住日本人たちは「あの店が!」と喜んでいた。ところが、ボクからするとココイチはかろうじて知っていたが、大戸屋も幸楽苑も全然知らない。有名ラーメン店の進出もほとんどピンと来ない店ばかりだ。だから、そのすごさをイマイチ理解できていない。

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 その中でタイに進出してきて感動したのは「大勝軒」だ。最初はトンローのソイ10にできたラーメン店の集合体だが、そこは行ったことがない。その後、スクムビット通りソイ26の奥にある「Kヴィレッジ」に大勝軒の店主の名を冠した店ができた。名前が1軒目と違うのでおそらく最初の店とは違う資本なのではないかと思う。2軒目の方は長女が小さかったので遊戯施設に連れて行くときに行くようになった。

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 大勝軒は20年30年前は雑誌などでラーメン店のランキングが発表されるとほぼ毎回、1位になる店だった。つけ麺が有名で、東池袋のサンシャインシティの近くにあった。濃厚な魚介トンコツスープに太い麺をつける。つけ麺の元祖とも言われるラーメンで、とにかくファンが多い。

 ボクはこの店は小さいころから何度か行ったことのある店だった。というのは、大勝軒は父の勤め先の真裏にあったからだ。休みの日にサンシャインに行き、仕事の合間に父と合流して大勝軒に行った、ような気がする。うろ覚えの思い出だ。

 ソイ26の店は常連だった父もほぼ完ぺきに再現されていると言うほどおいしかった。和食全般が苦手だった妻も、これはおいしいと言っていたし、娘も大好きで、遊戯施設に行くときの定番の昼食場所になった。

 ただ、大勝軒は弟子も多かったようで、直営店や暖簾分けの店がやたらにある。日本に帰ると、極端な言い方をすれば、どの駅前にもあるほど、とにかく大勝軒関係の店が増えていく気がする。実家の近くにもあったし、主に営業で周る出版社の近辺でも見かける。

 バンコクでさえもこうやって複数の店ができるし、さらには日本ならスーパーなどでスープと生麺のセットまで売っているし。こうなると、もう特別な存在ではなくなる。なかったときには欲していたものの、さすがにここまでどこでも手に入ると、ありがたみが薄まっていく。食べたら食べたで、毎回そのおいしさに感動するのだけれども。

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 近年はそのほかのものもバンコクではそんな風になってきている。これだけ和食店が増えると、前述のように日本でなければ食べられないものが減っていく。いつしかタイで食べられない日本の食べものというとコンビニおにりぎりや弁当などになってきた。ところが、今はそれもある。

 ビールもだいぶ種類が増えた。さすがにアルコールのバリエーションは日本の方が圧倒的ではある。もちろん和食も日本でしか食べられない特別なものも少なくない。しかし、以前の不便だったバンコクを知っている身からすると、今はバンコクも飽食の時代になった。

 画像のラオス産ビール「ビア・ラオ」もかつてはラオスに行かないと飲めないビールだったのに、今やコンビニで普通に買える。バンコク郊外にすらビア・ラオが置いてあるくらいだ。また、近隣だったらベトナムで飲めたアメリカのビール「バドワイザー」も今はコンビニにある。

 不便だったころは生活がつらい面もあった。しかし、こうやってなんでも手に入るようになると、今度はこういう状況を「タイっぽくない」と思わず評してしまう。人間、どうしてないものねだりなってしまうのか。ときどき、コンビニのビールの棚の前でふと思ったりする。

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