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16章 モクレン館食堂の席替え(3)


紙の屑籠くずかご作りの和

「どなたか折り方を教えてくださらないかしら」
入居して1ヶ月のエニシたまが、あちこちでよく見かけるモクレン館に置いてある紙の屑籠くずかごを見てこうつぶやいた。
新聞のチラシを折って作られた物。
92歳のたまは好奇心旺盛で自分でも作ってみたいと思った。自室では、新聞、テレビでスポーツの試合を見て過ごすが、少々暇を持て余している。

イチョウは、デイサービスで屑籠作りを体験して以来、自分用に屑籠を折って自室で便利に利用していた。それを見知っていた新4階チーフは、廊下で話を切り出した。
「イチョウさん、指南役を引き受けてもらえませんか」
「指南? ……私、指の痛みで時々しか……」
断りかけたイチョウだがキチンとした正確な折り方を知っていた。仲良しの2つ上の入居者から丁寧に幾度にも渡って教わった。その人は2階の住人で、今はもういない。その人を思い出したイチョウは
「モクレン館のかご作りが自分の代で途切れてしまう……と実は残念に思っていました。お教えられてうれしい」
喜んで、指南役を引き受けた。

「2箇所、細かく折る工程があるけど、その難所をクリアすると、素敵な籠が出来ます」
それは、開口部が少しせばまった構造で、中のゴミが目立たない。よく考えられた、実に格好の良い屑籠である。

4階チーフと相談しながら、さっそくその日のお茶の時間、4人テーブルで教えに取りかかる事に決めた。
チラシを前に置いて
「さあ」
説明を始めた途端とたん、ヤマブキ黄子が、
「私はここで失礼いたしますわ」
なんと、すーっと自室に戻ってしまった。

しかたなくイチョウは残ったたま、織子に向けて説明する事に。長方形のチラシを斜めに折って正方形を作る事から始まる。
織子は、
「ここまでだったら出来る」
とその先、折る手を止めてしまった。
(もしかして説明が難しい? )
イチョウはその日の籠作りはそこでおしまいにした。

翌日、もう1度、長方形のチラシを正方形にした所から先をゆっくりと一緒に折ってみた。説明せず一緒に折る事で何とか、屑籠らしい物が出来上がった。

その後、モクレン館全館でのレクリエーションのため、屑籠作りが出来ない時期が続いた。久しぶりにお茶の時間の後、やっと屑籠作りが再開されると、
「あれ?」
やはり途中で92歳の玉、88歳の織子の手が止まる。イチョウが難所と言った細かく折るポイント。イチョウは、
「ここは、私も繰り返し何度も教わり、やっとこさ覚えました。ですが免許皆伝はもう目の前ですよ」
とニッコリ笑顔で励ました。かつて教わったのと同じ様に細かく折るポイントを丁寧に繰り返し幾度も教えた。

やがてイチョウ、エニシ玉とナズナ織子は3時のお茶の後、屑籠作りが日課となった。熱心な3人は更にどんどん上達した。おしゃべりしながら、手はスイスイと屑籠作りをする。特に言い出しっぺの玉は、自室でも屑籠くずかごを作り続けた。
ヤマブキ黄子はというと、出来上がった作品を手に取って眺め
「ようまあ、こんなややこしい事を楽しそうに……」
と少しだけおしゃべりして早々に引き上げて行く。
織子は、面倒な時は長方形のチラシを正方形に畳む担当に徹した。本当はおしゃべりが楽しくて、屑籠作りに参加している。


次は、人気のサッカー選手の名前がでてこない

→(小説)笈の花かご #41
16章 モクレン館食堂の席替え(4) へ続く






(小説)笈の花かご #40  16章 モクレン館食堂の席替え(3) 
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2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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