見出し画像

パリオリンピック 個人総合決勝 張博恒の演技

パリオリンピック個人総合で銀メダルを獲得した中国のエース・張博恒選手の6種目の演技を紹介します。

張が最後に世界チャンピオンとなったのは、旧ルール下であった2021年北九州で行われた世界選手権でした。
東京オリンピックで橋本大輝選手が個人総合チャンピオンとなった3カ月後、のちにライバルと呼ばれる2人が初めて同じ大会でぶつかります。
そこで五輪チャンピオンを下して新しく個人総合王者に輝きました。

2022年、パリルール下で初めての世界選手権で2人はまたぶつかります。
前年の五輪AAチャンピオンと世界選手権チャンピオンの対決は橋本選手が勝ち取ります。
翌2023年、2人はユニバーシアードの個人総合決勝でぶつかりますが、橋本選手が演技中に負傷し途中棄権。ここでは張が優勝。
同年世界選手権は、同時期にアジア大会があり、張はアジア大会に出場。橋本選手は張がいない個人総合で優勝。一方張もアジア大会で優勝しています。

そして2024年パリ五輪。張と橋本選手の金メダル争いになると誰もが予想していました。
予選では橋本選手が精彩を欠き予選3位、張は6種目合計87点台に乗せて予選をトップ通過。予選2位には初代表の岡慎之助選手がいました。

既に予選で6種目、団体決勝で6種目を演技している張と、団体決勝では出場種目を分散していた日本勢とでは、疲労の面で日本勢に些か分があったのかもしれません。


▼ゆか

冒頭は前方2回ひねり(D)屈身ダブル(E)の組み合わせ。【D難度】+【D難度以上の2回宙返り】の組み合わせで0.2のボーナスを確保。
宙返りの高さは出ていませんが、前方2回ひねり(D)のひねり不足はありません。屈身ダブル(E)は高さ不足から着地の直前に膝が曲がってしまっています。
世界的にもこの組み合わせを実践投入している選手は張のみ。しかも個人総合でこれをやってのけるのが張が超人たる所以のひとつ。

次のシリーズで、後方3回半ひねり(E)抱え込み前宙ハーフ(A)。しかし、後方3回半ひねり(E)の着地で踏切のタイミングが合わず、前宙ハーフ(A)で低い宙返りになり、着地の際に上半身が極端に低くなり頭と両手をゆかについてしまうミス。
続く前方2回半ひねり(E)でもひねり切りは良いですが着地が大きく1歩動き、疲労を感じざるを得ません。

進行方向を変えてサイドラインで後方2回ひねり(C)。ここは高さも開きも見えて着地姿勢も良い実施。
再び対角線で後方2回半ひねり(D)伸身前宙(B)の組み合わせ。【D難度】+【ひねりのないB難度の宙返り】なので0.1の加点が得られます。
着地は小さく1歩。比較的難度の低い技は確実に正確に実施しています。

ノンアクロ技はロシアンを3周(1080°)回るフェドルチェンコ(C)開脚座から十字倒立(C)。この辺りは橋本選手のゆかと同じ構成ですね。ライバル同士通ずるものがあるのでしょうか。

終末は後方3回ひねり(D)を着地1歩動く程度に抑えます。ひねりにキレがなく着地姿勢は頭が下がっています。体が踏ん張り切れていないところにまた疲労感が見えます。

演技序盤でミスがあったことで、演技を遂行するモチベーションの低下もあったでしょうか。ほかの種目と違って75秒の制限時間があるゆかでは、落下総統のミスがあっても演技を中断することなく次の技に進まなければなりません。残る体力を振り絞って終末技まで何とか演技を通し切った、というような演技でした。

Dスコアは6.1。Dスコアを稼ぐのが難しいゆかに置いて6点台の構成を持てるオールラウンダーは貴重です。
2シリーズ目の③後方3回半ひねり(E)はもともと単発で実施していましたが、パリ五輪では着地を狙うために前宙ハーフ(A)へと繋げていたのです。

2022年の中国選手権では、後方2回半ひねり(D)前宙ダブル(D)の組み合わせも実施しています。あわよくばこの組み合わせも入れてDスコア6.4も構想していたでしょうか。


▼あん馬

冒頭、セア倒立(D)バックセア倒立(C)で倒立技を2つ。倒立に上げるときに腰の伸びが意識されているさばきでとても良い実施です。倒立からおろした後の横振動でのつま先の高さも良いですね。

旋回技に入ってまずはB難度のフクガ(B)からD難度の④コンバインを確実にこなし、ロス(D)トンフェイ(D)とロシアン移動技はバランスを保ちながらリズムよく、マジャール(D)シバド(D)の旋回移動技も問題なく成功。

馬端ロシアン1080°(D)は姿勢をまっすぐ保って、終末のD難度の倒立技はスムーズに着地まで向かいました。

目立った高難度技がない分、一つひとつを確実に過不足なく実施した演技でした。あん馬のEスコア8.633は個人総合決勝全演技者で最も高い点数です。

パリルールではショーン(E)を入れたD6.0の構成も披露していましたが、ここではDスコアを抑えた構成で確実にEスコアを取ってきました。


▼つり輪

冒頭は後転中水平(E)から入ります。動きはゆっくりで姿勢はまっすぐ。中水平では脚が少し下がっているでしょうか。蹴上がり中水平(E)では姿勢は改善したように思えます。
中水平を2つ決めたところで振動技へ。ジョナサン(D)ヤマワキ(C)は輪よりも少し高いところで回っています。雄大さは感じませんが澱みなくリズムよく連続しています。振動を利用して後ろ振り上水平(D)に繋げます。ケーブルの揺れが発生しますが、上水平は姿勢も静止時間も不足のない素晴らしい実施。
続くアザリアン(D)はゆっくりさは感じませんが、体はまっすぐ伸びていて肩の位置が輪の高さを維持して十字懸垂に持ち込んでいます。
さらにホンマ十字(D)で力技を3連続。ホンマ十字(D)は前方逆上がりの過程で脚が上を通過する前の時点で既に腕が十字の形を作っていて、十字懸垂に収めてから2秒の静止、3秒程十字を止めているような実施をしています。
構成上最後の力技、それも高難度技を4つこなした後にこのような実施、表現ができるオールラウンダーはほかにいません。

残るは倒立技を2つ。後ろ振り倒立(C)はきれいにまとまっています。
翻転倒立(C)ではケーブルの揺れがありますが倒立は崩しません。強いです。
終末の新月面(E)は縦舞典が強くかかってしまったか、着地は後ろに大きく1歩動きました。

着地の減点があったとしてもEスコアは8.600と高水準。Eスコアの8.600、
そして決定点14.600は個人総合決勝全演技者で最も高い点数です。

張は個人総合においてもつり輪でスペシャリストのような演技構成を組んだこともありました。
2022年の中国選手権ではヤン・ミンヨン(E)後ろ振り十字倒立(E)、ここでは後ろ振り中水平(E)も実施しています。技数が豊富です。

1種目めのゆかでミスがあり20位まで沈みましたが、あん馬・つり輪とEスコアで着実に点数を稼ぎ、3種目終了時点で5位まで上がってきました。


▼跳馬

跳馬は初代表の2021年から飛び続けている大技ロペス
高さは十分、ひねりはキレがあって勢いが良いです。
着手での脚開き、空中での僅かな脚割れ、着地では頭が低くなり小さく前に1歩。さらに片足がラインオーバーでペナルティ-0.1が課せられます。


▼平行棒

演技は前振り上がり(A)からの後ろ振り倒立(A)からスタート。
棒下宙返りの動きから単棒倒立に収めるシャルロ(E)。単棒倒立は安定感があり、2秒程の静止が見られます。
単棒倒立からヒーリーの動きをする単棒ヒーリー(E)につないで2つのE難度を確保。
さらに腕支持からのディアミドフ、リチャード(E)は前振り上がりの勢いが良く現れていますが倒立が静止せずに流れたまま車輪倒立(C)に繋げました。ここは動きも大きく倒立にしっかり収めています。続く棒下倒立(D)では体も肘も曲がることなく姿勢を保ったまま倒立へと上昇していて気持ちの良いさばき。

めいっぱい脚を上に持ち上げた前振り上がり(A)からの爆弾宙返り(D)は高さがあり雄大さを感じます。
倒立移行(A)で体の向きを変えて棒端から体を振り下ろしてバブサー(E)で反対側の棒端へ移動。動きが大きくて良いです。懸垂で収めた後は蹴上がり(A)で体を棒上に持ち上げて脚前挙(A)で決めを作り、シンピ倒立(B)で倒立へ。再び倒立移行(A)で向きを変えてティッペルト(D)。バーを掴んでから倒立に上げるまでがスムーズで良いですね。
終盤、ヒーリー(D)でも体が伸び切ったまま勢いよく倒立へ。
終末は前方ダブルハーフ(E)で着地をピタリと止めました。
張の終末技は2回宙返りのうち1回目の宙返りで半分ひねり、2回目の宙返りは後方宙返りをする珍しいものです。

全体的に一つひとつの動きが大きく表現されていて、技巧系の技にも雄大さを感じさせる演技です。
単棒倒立技はヒーリーの動きに繋げられなかった場合、両棒倒立と同じ技として認定されるというリスクのある技です。そんなリスキーな技をこの場面でこの精度で決められるのは素晴らしいですね。
Eスコアは8.900と9点台に迫る得点。ここでも全演技者で最も高い点数を叩き出します。

ゆかでの失速から驚異的な追い上げを見せ5種目終了時点で3位。暫定1位の岡慎之助選手とは約0.4点ほどの差に迫り、金メダルを狙える位置に付けました。


▼鉄棒

予選トップ通過の張は最終種目の鉄棒で最終演技者になるようになっています。これが予選でより高い順位に付けることの最大のメリットです。
ほかのすべての演技者の演技が終わった状況で残す演技は自分だけ。つまり、自分が優勝するために何点取ればよいかがわかるのです。
ターゲットスコアが明確化されることで、確実に演技を通すために難度を落とした構成にしたり、逆転を狙って普段よりも攻めた構成にしたりという事が出来るワケですね。

張の演技までに張以外のすべての選手の演技が終わっていました。
その時点でトップは日本の岡慎之助選手。岡選手の6種目合計点は86.832でした。5種目終了時点の張の合計点は71.966点。
ターゲットスコアは14.867点。予選で15.133を取っている張にとっては実現可能な点数ですが、決して簡単とは言えません。

振動から倒立に上がってまずはアドラー1回ひねり両逆手握り(E)から入ります。限りなく倒立に近い位置でバーを握っています。
更にアドラーひねり倒立(D)コールマン(E)の組み合わせを成功。
【D難度以上のアドラー系の技】【E難度以上の手離し技】の組み合わせは0.2の加点が得られます。
コールマン(E)は高さこそ出ませんでしたが、体の開きを見せようとしている努力が見えます。掴む位置もバーに近くなって肘曲がりも見られます。
さらに大きな車輪(A)から雄大なカッシーナ(G)。完璧な伸身姿勢で長身ゆえの雄大さ、かつ脚割れもない素晴らしい実施です。
メダルの色が決まるこの場面でこれらの技を成功させるメンタルの強さは驚異的です。

もう一つの手離し技、伸身トカチェフ(D)は少しの脚割れが見え、開脚のトカチェフ(C)は確実につかみました。
ここからはチェコ式車輪のシリーズ。
両足を腕の間に通して後ろ振り出し(C)からチェコ式車輪(D)ケステ(C)で脚を抜いて倒立に収めますが、ここで倒立に上げるときに肘が曲がり、倒立位で体が反ってしまってスイングが逆方向に行きそうになったところを維持でこらえました。
終末は伸身新月面(E)。着地の直前で脚が少し開いたのが気になりますが、着地は上半身が前かがみになる程度で足元は動かず。演技を通し切り力強くガッツポーズで締めました。


表示された鉄棒の得点は14.633。岡選手に0.233及ばず銀メダルを獲得しました。団体決勝でも最終演技者である張の鉄棒は日本に届かず銀メダルでした。自分の点数が出て悔しさを見せながらも岡選手に拍手を送る姿は彼のスポーツマンとしての心の美しさが現れています。
団体決勝と同じような展開に笑うしかないと言わんばかりの張の表情。

東京オリンピックの代表から外れ、同年に個人総合チャンピオンとなり、以降世界チャンピオンになれずにこのパリオリンピックに懸ける思いも強かったことでしょう。
背中の怪我を抱え、同年の国内大会では6種目行うことができずに棄権もしていたほど、コンディションは万全とは言えませんでした。
団体と個人総合の金メダルを目標にしていましたが結果はどちらも銀メダル。
予選・団体決勝・個人総合決勝とここまでの3競技を6種目、18演技を戦い抜きました。演技の内容も素晴らしい者ばかりでしたが、その体力と精神力、敵を讃える態度も敬服に値します。

2021年、ともに世界に名を馳せた橋本大輝と張博恒。
2人の眼は既に2028年ロサンゼルスに向かっています。
これからもライバルであり戦友である2人が体操界を盛り上げてくれることでしょう。


画像出典
https://youtu.be/ssznTCgZicw?si=CN0rN6b5cw-_SOG_


いいなと思ったら応援しよう!