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(3) 似たもの同士が、各地で連動し始める


 父方の祖母が静岡の孫達の為に「電話番として」やってきてから、2週間が経っていた。僅か数日で建設会社を手に入れると電話番の必要がなくなり、最近は顧問の肩書でもって静岡県周辺を「観光」しているという。観光がてらで神奈川、愛知、山梨の中堅の建設会社と密談を交わしているらしい。24歳で杜家に嫁いで、専業主婦であり続けた祖母が・・RS建設、インディゴブルーエステート社 誕生の仕掛け人だった。歩と海斗がカタールの地で衝撃を受けたのは言うまでもない。

毎日のように、日本は夕刻、カタールの昼の時間に電話するようになっていた。まずは、素朴な疑問を祖母に問うた。大手企業から見れば格下であるのは否めないが、それでもその地方では成功した人物が一代で作り上げた建設会社でもある。そんな会社を一度に2つも買った。金額はともかくとして、どういう基準でその2社を選んだのか教えて欲しいと尋ねた。
「歩は賢い」と祖母が褒める。一番聞きたいのは投資した金額なのだろうが、相手に話す気にさせる努力を、火垂と圭吾は試みようとしないと言う。

「会社を買うなんて、もちろん今回が初めてよ。そうね、歩には言っちゃおうか・・実はね、株をやってるの」

「それは意外だったな。全然、知らなかったよ・・」

「きっかけは、親不孝なセガレよ。NYから時々連絡が来たの。あれ買え、これ買えって、音声AIタブレットを あゆみ が送ってくれてね。いつでも売買ができるようにちゃんと用意してくれたの」

「じゃあ、10年くらいの経験があるのかな・・」

「そのくらいになるのかな・・渡されたのがAIだったのが良かったのかもしれない。どうしてセガレはこの株を買えって言うんだろう?ってAIに聞くとね、推測ですよって、AIだからどうしても枕詞が付くんだけど、コレコレこういう理由でしょうねって、教えてくれる。それをせっせとメモに残していったの」

「へええ」・・それは 凄いな・・

「あとは会社のHPを見て、財務情報を見て、ストリートビューを見て、それから考えるの。倅の言う通り、買おうかな、それとも送ってもらったお金を貯金しようかなって悩んでいた」

「ストリートビュー?」

「年寄りだから 東京まで出るのが億劫で、出かけなかったけど、本当は最寄り駅から本社がある場所まで歩いて、どんな建屋なのか、どんな社員さんが居るのか、見た方がいいかなって思っていたの。駅から会社までの道も毎日のように歩くでしょ。この通り、いいなとか、イヤな道のりだな、ヤダなって思いながら、社員の方々はプラス思考かマイナス思考に囚われながら同じ道を歩くのよ、それこそ厭になるくらいに」・・なるほど・・

「上役が車通勤するような会社は、目に入らない箇所は軽視しがちになる。玄関ロビーと自分の部屋と、応接室と会議室を移動する箇所は整えられても、一般社員が闊歩するビルの外観や廊下や壁のへたり具合なんて知らないのが普通よね。上役が居る場所だけがピカピカなの。駅からの通勤経路も同じ事が言えるかなって思ったの。駅から徒歩20分とか、駅からのバスで移動なんて、工場じゃないんだから論外よね」

「じゃあさ、駅からの道のりがシックリこなかったら、株は買わないの?」

「買わない。その時は倅の言う通りに株は上がるんだけど、後が続かないのよね。不祥事が発覚したり、業績が悪化したりする傾向がある・・」   独自の祖母なりの解釈を知る。1社は三島に在る会社なので、実際に出掛けて、駅から会社まで歩いて建屋を眺めて、昼休みに外に出る社員を観測したらしい。ゾロゾロ出てくると社食が無いのが分かる。50人位の会社だから無いのも当然だが、どの店でお昼を食べるかは付いていけば分かるという。社員さん達が幸せそうだったから、決めたという。

そのような話を30分位 毎日の様に繰り返していた。ばあちゃん孝行のつもりが、いつの間にか祖母が相談相手に変わっていた。
選手引退後に、兄弟が監督やコーチをする為のクラブチームを手に入れたいとある日言った事があった。その翌日に「まずは、ドイツのクラブを買いなさい」と祖母なりの分析と解釈を付けて提案してきた。しかも、クラブだけではなく「この企業にも注目しなさい。クラブチーム入手や投資資金獲得の手段は別に纏めておいたから、後で御覧なさい」と言うので驚いた。

圭吾から送られてきたメールに、手書きの事業計画書のPDFが添付されていた。「手書きで作るんだ」と海斗と笑いあった。(参考)中東住宅拡張 作戦という数ページのものだった。
ストリートビューの画像が何枚か付いている。どこの街角だ?と注釈を見ると、オマーンの首都マスカットと書いてある。ストリートビュー、本当に見てるんだ・・と感心した。
「このように、マスカット市内にも住宅業者が集まっている区画があります。オマーン人は80万人、外国人も含めて500万人に満たないこの国では、経済を支えてきた石油とガスの算出が2040年には無くなると、言われています。いいこと、ココはすごく重要よ」・・なるほど・・
「カタール・ドーハで建設に従事しているパキスタン・トルコ人に置き換わる人材として、オマーン国内に居るインド人50万人を視野に入れてみよう。彼らをドーハに招待して、いかに簡単に住宅が建つのか、理解してもらいましょう。手っ取り早いのは、オマーンの王族に直接交渉できればいいんだろうけど、簡単には会えない・・もし、会う機会がやってきたら、これが石油とガスが枯渇した以降の電力政策になりますって、提案してみなさい」
次のページに500万人分、ざっと100万戸のマンションや戸建て住宅のパターンがAIで幾つか作られているのでまた驚く。タブレットを使って作ったのだろうか。オマーン人は戸建てや高級マンションで、外国人労働者は汎用マンションという区分けで、発電量と建築コスト比まで参考値として付けられている。砂漠に太陽光パネルを並べて発電して、ドバイにあるものと同じ海水浄水システムを使って、小麦を栽培するとまで書いている。

90歳近い祖母に、頬を叩かれたような気がした。 

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 毎週月曜日にカタール首相の私設秘書として首相官邸に出向き、公務に付いていた歩は、首相から相談を受けた。中東最大の米空軍の拠点、アル・ウデイド空軍基地からアメリカが撤退を決めたという。代わりに自衛隊に駐留して貰いたいと、要請に近いものだった。カタール政府としては緊急事態なので、その足でドーハの日本大使館に訪れて、北朝鮮時間の夕方に、曾ての上司の阪本北韓総督とのネット会議に臨んだ。
阪本は、歩が外交官を辞めるのを許してくれなかった。歩の休職期間を解いたものの仕事の継続を命令してきた。それが「カタール首相の秘書の話を受け入れろ」だった。パイプ役になる効果は確かにゼロではない。カタールはアラブ圏内の「異端児」でもある。現首長(国王)は父を蹴落として、今のの座に就いた。周辺のアラブの王族としてはクーデターまがいの就任は許容出来ず、その時点から齟齬が生じ対立した。資源の中身が他国とも異なる。カタールの地中のガス田は、ペルシャ湾の海底でイラン産のガス田と繋がっていることから、シーア派であるイランと共有管理体制を取っており、友好関係を維持する必要がある。立場上、スンニ派の敵対勢力となるレバノン・ヒズボラやイエメンのシーア派をこっそり支援し、イラン寄りの動きを取っていた。2017年にはイエメンシーア派がサウジにミサイル攻撃した経緯もあって、流石にサウジ、UAEがカタールの態度にキレて、アルジャジーラの放映を遮断し、食糧供給を止めてカタール政府を懲らしめようとした。慌ててイランとトルコが食糧を空輸して場を繋いだ・・そんな「実績」のある首長が現存しているのが、今のカタールだ。親イランの関係を維持する日本政府としても、キーの一つとなる国の首相から誘われた歩を「使おう」と阪本は考えた・・「北韓総督府、総督 付」という待遇に位置付けられ、今に至る。「どうせ、10年も経てばサッカー選手じゃないでしょう」と鼻で笑われた。首相クラスの役職者が絡むと、規約も法律も捻じ曲げられると知った。それで阪本が直属の上司なので、取り合えず報告してみたのが実情だ。

「カタールだけではなく、サウジやオマーンに居る米海軍の動向を注視すべきです。海軍も撤退するようなら、アラブ諸国向けの安保パッケージ提案を防衛省は用意しなければなりません。総督、早急に防衛大臣と外相と協議してください」と要請すると、隣りに居る日本大使が目を白黒している。

「あぁ、すいません。私の上司に当たるんです。阪本さん・・」 そういって、カタール首相秘書の名刺を出して、今度は名刺を持って、驚いた顔をしている。
「大使、ドーハではイレギュラーの扱いでお願いします。今日みたいな事があったら、夜でも通信を使えるようにして欲しいんです。カタールの首相が手元に置いた理由がお分かりいただけたと思います。実はこっちにも、その子の兄が居るんですけどね」 阪本の背後には兄の柳井太朗が居た。後で兄に建設事業の相談をしなければいけない・・
・・カタールに空自の拠点が出来たら、それこそAI戦闘機と給油機を集結させて、大西洋・紅海、地中海にホッピング用の無人空母を浮かべて、中東のみならず、欧州、アフリカまでの防空網を作り上げて、アル・ウデイド空軍基地をビルマ・タイの空自並みの一大拠点にすれば良いのでは・・

「君、一昨日の試合で、フル出場したんだろう?」
「ええ。ですので月曜はオフなんです。その時間で官邸に通ってるんです。クラブの同僚達には内緒なんですけどね・・」大使に向かって、ニコリと笑った。
大使館員からサウジ、オマーン、UAEの日本大使館の担当者の連絡先を教えて貰い、4箇所で情報を共有する事になった。カタール首相の代理として、カタール外務省のメンバーと共に、オマーン、サウジアラビア、UAEの政府に訪問する。そこで日本の自衛隊派遣に関して説明する役割を担った。「ウチのばーちゃんは、エスパーかもしれないぞ・・」と、歩はちょっとだけ思った。期せずしてオマーンに行く機会がやってきたからだ。

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横浜市港南区と港北区でマンション開発地を獲得した インディゴブルー日本法人の関連会社、インディゴブルー・ エステート社(IB不動産)は、普及タイプのマンションの販売を開始した。スーパーの店舗管理部門が応援で電話対応に臨んでいたのだが、電話はゼロ件だった。しかし、僅か1時間半足らずのネット販売で2件共、全戸が売れてしまった。
モデルハウスも無いのに なぜ売れたのか。理由はプロモーションビデオにあった。購入したい部屋ごとにストリートビュー形式で室内映像を見ることが出来る。また、周辺環境で実際に建設されたかのようなリアルな映像が添付されていた。マンションの周囲の通りから現地までアクセスした様々な風景を見ることが出来た。どれもAngle社がCMと同じAI技術で作成したもので、各部屋ごとの内装や窓から採光や、実際の通りからのマンションの景観が確認できると評判が良かった。Angle社は新しい映像需要を開拓し、このプロモーション映像の特許申請を国内外で行った。
短時間のネット完売劇は、IB不動産の兼務社員に勢いを齎した。新規スーパー建設用地の担当チームは、次のマンション建設地の獲得に瞬時に動き、港南区と港北区では、静岡からやってきた現場監督の元にレンタルの重機が集まり、プルシアンブルー社のロボット担当が重機を割り振って、マンションの基礎工事が始まった。IB不動産とRS建設の新規タッグによる幸先の良い船出となっていた頃、マンション購入者はRedStar Bankでネット申請の住宅ローンの申し込み手続きに取り掛かり始めていた。

この一連の映像がニュース専門放送局「United Nation」で「日本の建築革命」として世界中に発信された。「地価高騰に悩む都市部に、風穴を開けるかのような異色のデベロッパーと建設会社が建設市場に登場しました」とAIアナウンサーがコメントした。
不動産会社とゼネコン各社は、呆然とする。従来のマンション販売の常識を全て破壊するかの如き内容だった。人員として必要なのは、用地獲得の人材だが、これはインディゴブルー社のスーパーやコンビニの店舗用地を扱う人々が行うので、基本的に専門部隊は不要となる。しかも「ビル建設、マンション建設など建物の建設をお考えの方は、こちらへどうぞ」とHPにデカデカと書かれたコマンドをクリックする人々が現れる。後はマンションだったら売れるか売れないかの判断が伴う位だろうが、その判断もAIが予測する。
今回の販売は全てネットで済んでしまった。つまり、営業を配置する必要もない。横浜市のマンション建設なので、全ての作業をロボットが行うのでマンションと同価格で、部屋の面積が2倍近いのがプラスに作用したようだ。購入した人の住所を見ると、大半が部屋番号が付いているので、マンション居住者が物件チェンジで購入した可能性が高い。このサイクルが主流となると、建設地周辺のマンションの中古販売価格が下がる事が予想される。

経済産業省はモリの子息にやられたと呆然としていた。日本の建設業から緩やかにゼネコンが撤退すると描いていたストーリーは、反故になりそうだ。各ゼネコンは真剣に業態を変える必要に迫られていた。しかし、真の「敵」は息子達ではなく、別に居た。子息は単なるカモフラージュでしかない。黒幕役の老女は、古い雑居ビルの1室に居た。
静岡県清水市の事務所に座っている杜 響子の左右には、横浜の家から孫の火垂が運んできたAIロボットが居て、PCを操作していた。ロボットにAIの操作をさせて、次のターゲットとなる業界の分析を行っていた。響子はPCの操作など全く出来なかったが、孫娘が特別に提供したAIプログラムのお陰で、優秀なエンジニアが傍に居るのと変わらなかった。ITリテラシーの壁を難なくぶち破って、清水市最強のAI分析チームが居る環境を、昭和末期に建てられた古い事務所に作りだしていた。そんな分析をこんな店舗跡地でやってるとは、国道1号線を行き交う人々は誰も思わなかっただろう。

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プルシアンブルー社でテスト中のAIを、祖母の介護ロボットで使えるように設定したのは、ベネズエラに居る孫娘だった。AIの操作をする位ならお手の物で、父親の秘書ロボットにも使えるように設定している。
あゆみは、祖母が日々取り組んでいる分析内容を見て、俄然注目するようになった。建設会社と不動産会社の分析と、シュミレーション結果は経産省の政策の痛いところを見事に突いていた。それがIB不動産のコンセプトを作りだし、岩下香澄をその気にさせた。マンション建設地の捜索を、スーパー新店舗建設の担当者にやらせて、スーパー、コンビニの店舗管理の担当者に、マンションの管理まで担わせる。しかも、自動車のディーラー店舗管理も、ガソリンスタンドの新店舗建設も含めてIB不動産に集約してしまえと、効率化の提案までして、山下智恵会長を唸らせてしまった。
今も、建設業から逸脱して戦略を打ち立てている。祖母の目指す方向が、あまりに面白いので、愉快なアイディアを実現しようとこっそり支援していた。清水市とカラカス市でAIが繋がり、24時間体制でスパコンが稼働し続けて、プランが固まってゆく。

孫娘は留学していたイギリスの地価、住宅関連費等のデータを集めまくって、分析を続けていた。一方の祖母は、昨日は海外の製鉄会社の将来予測と直近の動向を分析していた。中国経済と北米経済の落ち込みが、中国とアメリカの製鉄生産量に如実に反映されている。これが何時まで続いたら、両国の製鉄会社の高炉が停止して、再度高炉に火が入って高炉が再稼働して製鉄が再開して、鉄の出荷がいつ始まるかまでのタイムラグを、製鉄所単位でシュミレートしていた。「なんで、こんなの知りたがるんだろう?」孫娘は笑いながら緻密なシュミレーション結果を眺めて、このシュミレーション結果を元に、次のシュミレーションプログラムの作成を手伝った。12時間後に祖母が事務所にやって来て、直ぐに作業に取り掛かれるように。

また、ベネズエラにおけるプルシアンブルー商社、PB Venezuela社の工場用地、スーパー、ショップ、飲食店、RedStar Hotelの土地等を管理している部門を独立させて、Indigo Blue Realestate社を設立すると、自分で社長に就任した。PB Columbia、PB Alzentina, PB Panama等の南米各商社の不動産管理部門も同様に切り出し、同社に吸収しつつ、各都市のマンション候補地の確保を要請した。 PB England、PB Barcelona、PB Ukraine、PB Scandinavia等の不動産部門を欧州不動産会社に束ね、PB Burma、PB Siam、PB India、PB Indonesia等の不動産部門を東南アジア、南アジア不動産会社として設立へ向けて動き出した。

カラカス港を見下ろす丘と、カラカスのショッピングモールの近隣の建設用地を確保すると、マンションの設計を別のAIプログラムに任せて取り掛からせた。AIの設計作業が完了すると、自動的に義姉のヴェロニカの元に建設図面と完成イメージ映像のデータが転送され、最終的な監修作業を行って貰う。あゆみは、並行してカラカス市の建設会社の数社に、声を掛けていった。「マンション建設にロボットを使ってみませんか?」と。

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旧北朝鮮時代に建設された日本の古い公団住宅のような集合住宅に、柳井太朗夫妻は住んでいた。子供達が首相官邸から、赤坂のインターナショナルスクールに通っているので、ここでは家賃の掛からない部屋に住んでいた。妻も頻繁に日本に行くので、太朗が使う分なので気にならなかった。
それでも、最近は困った事になってきた。妻の収入がとんでもない事になっているのが発覚した。「ジェノバの実家も、建て直そうと思うの」と言い出したので、その理由を聞いて驚いた。妻の収入を鑑みると、弟達は一体幾ら稼いでるんだ?と天を仰いだ。弟達は今度は静岡の不動産会社を買ったらしいと聞いて、また呆れる。「お前ら、プロのサッカー選手だろうが・・」試合では、しっかり結果を出しているので、文句のつけようがないのだが。
それでは兄としてアドバイスやろうと、異母兄弟達のプランを分析して、また驚く。カタール組も静岡組も、実にしっかりしていた。うかうかしていると妻のデザイン収入が益々増えて、とんでもない事態になり兼ねない。平壌の公共住宅なんか住めない、と言い出すのでは?と焦りを募らせていた。

この日、イソイソとお茶を持っていくと、建設図面を修正している妻に困惑する。手掛けている内容はどうみてもスタジアムの図面だった。どこのスタジアムか妻に聞くと、愛知県豊田市にあるサッカー場の外壁工事の図面だと言う。そんな仕事も請け負っているのか、静岡では・・と思っていたら、妻から切り出された。
「静岡に負けないように、こっちもデベロッパーも手がけようと思うの。今日は平壌港に居る香港財閥に相談してきたんだけど、ニューカレドニアとタヒチのホテルは、RS建設に任せてもらいたいってお願いしてきた。その勢いでRS建設を使って、中国で荒稼ぎしませんかって提案してきたよ。相談もしないまま勝手な事をして申し訳なかったんだけど・・」
GWに下見して、妻がデザインしたMandarin Pacific Hotelをすっかり忘れていた。それに、香港のデベロッパーの存在も失念していた・・

「簡単なイメージを話すね。マンションをまずはイメージして見て。広い部屋にすると販売価格は通常は高くなる。でも、RS建設の建設コストは下がるんだから、販売価格も下げられるし、その浮いた建設コストをスペースに振り分ける事も出来る。静岡は高級マンションでも普及価格のマンションでも、部屋を広くする方針で統一したみたいね。そんなデベロッパーを東アジアでも新たに設立するの。朝鮮半島と台湾の今の販売価格で提供しても、1.6 -1.7倍の広い部屋が完成すると思ってるんだ」妻が手振りで説明していた。

「それでジャーディンさんは、 君の話を聞いて 何だって?」

「早速、取り掛かろうって。中国の住宅販売を根本的に破壊しようじゃないかって、すっごく前向きだった」ヴェロニカがとっておきの笑顔を見せた。
太朗はRS建設を、北朝鮮でも事業登録したいと火垂と圭吾に連絡して、了解は貰っていたものの、まだ動いていなかった。北朝鮮・韓国・台湾・中国など日本以外の東アジア圏の建設事業計画を用意するつもりでいたのだが、不動産会社の方が先か、と考え方を改めた。妻には感謝するしかない。確かに香港財閥と組む方が、話は早い・・

翌日、平壌港の香港財閥を妻と訪問して、日本での建設事業を紹介して、東アジアでも大々的に展開していきましょうと握手を交わす。妻のヴェロニカが中東や静岡の物件のデザイン料で得た軍資金を元にして出資比率半々の不動産会社「Indigo Blue Realestate」と建設会社「RS Construction」を平壌港に設立した。中南米の社長は異母妹のあゆみだと言うので、平壌はデザイン担当専務兼務社長でヴェロニカに担ってもらう。財閥の建設会社をベースに立ち上げると、平壌港と平壌市内、ソウル、釜山で建設地の確保に乗り出していった。
柳井太朗を始めとする北韓総督府の大臣、副大臣達は、北朝鮮の選挙で選ばれた公務員ではなく、「北前社会党、社員」が公的な立場となる。任命権者は柳井首相となるが、公務員ではないので、副業も認められている。柳井太朗はそれでも、あからさまに自分が役員に就くのは不味いと考えて、妻を立てた。デザインも束ねる立場なので適任だろう。
後日、北京に訪問した際に、北京市役所でも事業登録手続きを行った。モリの家族の事業だと理解すると、手続きが迅速に進んだので太朗は驚いた。中国の規制のハードルが低くなる傾向に太朗は気がついた。太朗はここぞとばかりに各北朝鮮企業の役員名簿に自分の名前を顧問として加えて北京市役所に事業登録し、中国進出を促していった。建設以外の中国での需要も獲得してしまおうと判断して、ありとあらゆる企業を送り込んでゆく。この好機を逃してはならないと言わんばかりに。共産圏なので、輸出できない商品・製品も多々あるのだが、 意外なものが中国ではニーズがあると気付いて、太朗は梁振英に打診する。

「貴国の石炭火力を、日本で不要となったガスタービン火力に変えて発電を行い、LNGを北朝鮮からパイプラインで送るのはどうでしょう。石炭火力から比べれば、CO2発生量は半分以下に抑制可能です」と伝えると、梁振英は諸手を挙げて話に乗ってきた。
日本ではバックアップ用電源として残していたガス火力発電が、水素発電の完全実用化に伴って不要となっていた。この余剰設備を中国で再活用してしまう。火力発電は既にCOCOM輸出規制品目には抵触せず、輸出可能に転じている。タービンや設備自体も無駄にならず、LNGガスの供給で中国の都市ガス利用率の上昇にも貢献するだろうと判断した。
柳井太朗副外相は日本の外務省に打診して、ガスタービン火力施設を太平洋戦争の賠償対象としての提供を検討する。戦後90年以上経っても、日本は補償を続ける。この姿勢を中国も見習って貰い、チベットやウイグルにも賠償継続をして欲しいと言うコンセプトだ。とは言え、賠償といえどもタダではない。輸送コストも、再生費用も生じるので幾ばくかの費用は中国に払って貰う。ガス料金に上乗せするのも良いだろう・・

ーーーー

子供達がそれぞれの拠点となる国で建設事業を始めていたので、モリもカナモリも驚いていた。きっかけとなったのは歩だ。勝手に始めて、兄弟達に広めて行った。サッカーに集中しながらも、合間合間で事業を考える。それも息抜きになって良かったのかもしれないが・・
サッカー選手が副業とは言えない事業を始めれば、マスコミが好き勝手に書くだろう。調子が落ちて、負け越すような事にでもなれば、余計な事をしているからだと叩かれる・・

太朗はヴェロニカと香港財閥と組んで、中国内の不動産販売に乗り出そうとしている。Red Star Bankを利用させて欲しいと言ってきた。
確かに同じ価格帯で、広い部屋ならば売れるのは間違いない。その上、夫婦の特許工法がある。耐震性も上回るので売れるだろう。自分で家が買える層はそれでいいが、中国は社会主義の国なのに、公営住宅を用意しない。医療制度もそうだが、そういうものは自分で何とかしろと資本主義をかざし始める。都合の良い時は共産国家になって統制を図る。情報隠蔽、市場独占、国体を脅かすもの・・まさか、太朗達に食って掛かっては来ないだろうが・・

しかし、それも杞憂だったと後日安堵する。太朗はしっかりと保険を打っていた。日本でもはや不要となったガス火力発電を中国へ移設する事業を始めようとしている。しかも戦後補償の一環として。これは、中国経済には追い風となるかもしれない。あと僅かでCO2削減の目標値達成が視野に入ってくるからだ。

(つづく)


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