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(9) Burma Butter-Fly Efect (2024.4改)

夜明け・・と言っても嵐の様な横殴りの雨が降っているココ諸島に、新たな事態が生じた。

臨戦態勢で警備していた人民解放軍・海軍の部隊は、ビルマ軍の武装バギーや多数のドローンとUAV機が、島から居なくなっているのに気がついた。
技術者を派遣してレーダーの機能を上げたのだが、部隊が撤退する動きすら把握できなかった。慌てて夜間撮影が可能な赤外線カメラの映像を確認するのだが、レンズが雨が濡れて、何も写っていなかった。

土曜の深夜に行われた撤退行動は、日本の関係者からの進言に基づいて行われた。
国境の航空機が伴う警備も一時中断とした。ニュージーランド首相のビルマ訪問に際して、不測の事態を極力避けるべく撤退と判断し、機体に休息を与える。パイロットが居ない無人機なので、機体の飛行時間が減少して耐久性が維持される程度の話なのだが。
偶然だが、ココ諸島の周辺が嵐に近い風雨の強い日だったので、怯える兵士たちが出る。天候が悪かろうがビルマの無人部隊には全く関係ないと学んだのだ。小型機やドローン等の機体は風雨に脆弱だとされているにも関わらず。

南部の諸島部の天候が悪くとも、首都バーマ(旧ネピドー)は乾季終盤の快晴だった。
昨夜は与党NLD主催の晩餐会が開かれ、朝から首脳会談が行われた。
副大統領兼防衛相のダフィーはNLDの党員ではないが閣僚の一人として晩餐会に出席、秘書役として元外交官の桜田歌詩がダフィーの後方で控えた。
杜 亮磨は元外交官の斉木康次郎とペアを組み、ダフィーの所属政党となるビルマ社会党のスタッフとして、ニュージーランドの官僚達と相対していた。
ニュージーランド側が欲しているのは、南半球冬季時のビルマの野菜や果物、石油ガス等のエネルギーだけでなく、プルシアンブルー社とのパイプ作りだった。コンタクトを希望する官僚達が、代わる代わる亮磨の元へやって来る。それを斉木が相手に応じて裁いてゆく。
亮磨が客寄せパンダで、実務を斉木が担う格好だ。

ダフィーと桜田が頭一つ飛び出た亮磨の元へ近づくと、斉木が豊富な知識で相手を感心させているのを知る。
「父親は何でも一人で熟してしまうが、見習い期間中の息子には彼は最良のパートナーじゃないか?」ダフィーが同意を求めると、どうしても斉木を許容出来ない桜田は、仕方なしに渋々同意する。

ココ諸島からの部隊の一時撤退と、空軍による国境警備の期間停止を進言したのは斉木だった。
その1時間後にモリから同様の指示が届いたので、「同じ思考回路」「似ている」と上司の里中が言っていた話を桜田は思い出しながらも「偶々、マグレだって」と桜田は斉木を頭の中から「押し出し」た。

スーツと靴のブランドまでモリと同じモノで揃えているのも腹立たしかった。
挙げ句の果てに「僕はモリさんの隣に居る諸葛亮か、山本勘助を目指します」と唐突に機内で話し始めたので、呆れるというよりキモかった。
「彼の隣はエース外交官だったワタシに決まっとるがな。お前の居場所はソコで十分や」
と身勝手な物言いの桜田だった。
父親にはアドバイザーの必要性は無いと認めたばかりなのに。

亮磨は2度目のビルマ入りに際して、プルシアンブルー社から託されている事案があった。

ニュージーランドに滞在中の火垂には、外出の際には護衛用のドローンを飛ばす様に指示している。護衛というよりも、他国の諜報機関の尾行や接触の対象になりうると想定した、周辺監視が主目的だった。
例えば、首都ウェリントンでカフェ等の飲食店に入店したり、ショッピングモールで店内をうろつく際には、首都の市場調査の為に超小型カメラとマイクで撮った映像や音声を日本に転送させ、日本のエンジニアが分析用のAIに映像と音声を認識させてゆく。
AIはウェリントン内の放送局やラジオの日々の放映内容を見聞きして、Y〇uTuberのウェリントンの投稿動画を見て、「ウェリントン情報の耳年寄り」と化している。
3月と言えば、北半球の9月にあたり「秋物」の食品や服飾が並び始める頃なのだが、何故か服飾で言えばダウンジャケットやフリース、コート類など「冬物」が目立ち、家電量販店ではファンヒーターやストーブなどの売場面積が広くなる。

AIが「ニュージーランドの住宅事情には、何かしらの問題があるのでは?」と仮説を立てていた。AIは留学生やワーキングホリデー、駐在員としてニュージーランドに居住中の外国人に焦点を当てていったのだが、一つの結果を導いた。

「建付けが悪く、暖房を入れてもすきま風が入り室内が寒い。厚手の服を室内でも着ている」
その様な傾向にあるようだとして、火垂に現地の人々に質問させると、それが当然の国なのだと裏が取れた。

火垂の母親がニュージーランドの住宅物件を物色中だと、娘の蛍からのタレコミもあった。
「住宅販売に乗り出すので、暫し待たれよ」
という状況に、今はある。

ビルマは経済開発が遅れた国で森林資源が荒らされておらず、自然環境と生態系維持は隣国のタイやラオスよりも断然優れている。
タイ、ラオス、カンボジアは合板やベニア用のチーク材の伐採が進み、森林が壊滅状態にある。そのビルマの森林保護に貢献していたのが山岳少数民族だった。彼らにとって森は生活圏であり、食料供給源でもあるので、維持管理されて来た。
軍事政権と長年抗争を続けていたのが、森林保護にはプラスに作用したのは、皮肉めいた事実だ。

その豊かな森を維持するための間伐も、先住民の重要な作業の一つでモリはその間伐材に注目した。日々の生活の煮炊きに使う量と考えても多すぎる。そもそも熱帯圏なので標高の高いエリアでは冷える朝晩に焚き火で暖を取る日が、11月の数週間程度らしい。
それ以外の期間に間伐材を集めてチップ加工し、住宅用の細い柱や壁用のボード等を製造しようと考えた。
子会社PB建設でのプレハブ住宅への参入は前々から計画されていたが、資材製造工場を何処に建設するか決まっていなかったので、タイ国境のカチン州やシャン州で製造する方針を決めた。

「明日、ビルマ政府とは別に、オセアニア向けの新事業を紹介させて下さい」
亮磨はニュージーランド官僚陣にその種の話を持ちかけていた。

ーーーー

富山新湊、岡山新港へロシア・サハリン、ベトナム、ブルネイ、カナダからのLNGタンカーや石油タンカーが入港するのは恒例のようになっていたが、新たにビルマからもガスと石油が届き始める。岡山、富山を中心にガソリンスタンド事業を行っているPB Enagy社が岡山、富山の周辺県のガソリンスタンド経営者に契約を呼び掛け、PB Enagy社が併設店のミニスーパー、PB Martと共に店舗数を増やしていた。
与党知事の県は「社会党知事擁立の尖兵隊」として、増える店舗を警戒していたらしい。
しかし、全体から見れば些細なものでしかなかった。

「富山県営第2火力発電所 テスト運用完了、4月より本格送電開始。第1発電所、富山湾内太陽発電フロートで、富山県内・岐阜県北部・中部の電力使用量を100%カバー」

「プルシアンブルー社富山県内半導体全工場を5ナノ製造ラインに統一完了。既存の7ナノの製造ラインをブルネイ/マレーシアのボルネオ島の工場へ移管し、4月から生産開始。 ブルネイの既存14ナノの製造ラインは工場建設完了次第、ビルマ・ラングーンへ移管」

「プルシアンブルー社のホーチミン市のエンジン工場、トランスミッション工場をタイ東部の新工場へ移管し、生産数を2倍の100万式生産へ拡大。中古車用交換事業の成長に応じて。ベトナムの工場ではUAVとドローン機用の小型ジェットエンジンを生産する」

「プルシアンブルー社、SAABb社製S2000,S340プロペラ旅客機の製造開始を受け、岐阜県内の部品メーカー各社が特需の恩恵、3月末の決算予測を各社が大幅修正」

3月の下旬になると、国際社会を賑わせた社会党系政治団体のアジアでの活動も落ち着いたのか、今度はプルシアンブルー社絡みの工場間シフトの話題が増えていた。
そもそも国内製造拠点は富山に集中していたのと、工場自体の操業が昨秋からなので、日本の輸出入量の対象外になっていた。プルシアンブルー社の製造ポリシーが、半導体や部品を極力内製化するメーカーなので「輸出品の基準」を何処に置くかが焦点となった。

工場の生産量自体は年間無休の24時間体制で申告値の3倍なのだが、日本の労働基準や安全基準の上限に揃えて低く見積もっているのと、部品に関しては全てが保守部品になりうるので、大量の保守部品を製造している様な区分けにしていた。
それでも2020年度の富山県予想経済成長率は9月から3月までの四半期2期分だけでも8.3%増となり、21年度の成長率は2桁上昇確実とされている。

金森知事が7月末に就任してからの急成長であり、その恩恵を享受する富山県民は成長の度合いを肌で実感していた。
公共料金、食費、ガソリン代等が下がり、一次産業従事者、プルシアンブルー関係者以外の県民の給与は上がらなかったが、生活コストは格段に下がった分、生活に潤いが出た。
富山県と周辺県の生活コスト比較を、新聞社や雑誌が掲載すると富山県への転入組が増加し、不動産物件が品薄状態となり、地価が上昇している。

他県で社会党知事が増え始めているので、急激な移動は生じていないものの、北陸の与党知事の県政に愛想を尽かした若者が社会人になるに当たって、富山を生活基盤に据える現象が生じつつある。2021年に北陸では知事選が予定されていないというのもあるし、県内のプルシアンブルー社が人材募集を絶えず行っているのもある。

国は数少ない勝ち組県・富山の輸出入値の数値をそのまま採用するらしい。整合性を尊重するのだろう。。
2021年からは更に半導体生産数とIT機器製造が拡大し、新たに航空機製造が加わるので、同社の輸出量を日本の統計値に含める方向でいるらしい。日本の言うことを聞こうともしないシンガポール企業へ、依存度を高めるというのだから面白い。それだけ経済産業省が無能だと証明した格好になる。国が外資に迎合する姿勢を見せ始めるのも、それだけ日本企業の国際競争力が劣化し、輸出量が芳しくないという現れでもある。

12月末の時点で4月からの次年度予算を決定している富山県議会では、一風変わった議論をしていた。本格的な春の到来と共に、冬眠から目覚めるであろう熊が議論の対象になっていた。熊の生態把握を本年度から実施するにあたり、プランと予算の審議中だった。
金森知事の発案に寄るもので、熊を全数把握して常時観察するというものだが、知事には策があっても誰にも説明出来ずに居た。県会議員は「全数把握と知事は簡単に言うが、全てを把握するなど無理だ」と正論を述べる。「どうやって把握するのですか?説明して下さいよ」と鬼の首を獲ったかの様な顔をして挑発してくる。

「東南アジアの・・とある部族の方々に野生動物の狩猟のノウハウが有りましてですね」と、
金森知事からはいつもの勢いを感じず、オズオズと控え目に応えていたと謂う。

ーーー

富山と岡山に渡ったビルマ産石油とガスは、タイ北部と東部のPB Enagy Thailand社と、ラオスのPB Enagy Lao社に提供された。タイ東部は王族関係者との共同事業だが、それ以外は3月から始まった少数民族との共同事業となる。

タイ北部、ラオス内の他社のガソリンスタンドよりも割安で、地域の人気店になるのが目標だった。
ガソリンスタンド内の店舗PB Martはタイ・ラオス内の定価販売のコンビニ店よりも安かった。商品を割引価格で提供したからだ。

バンコクの様な大都会やタイ中部、タイ北東部、タイ南部を対象にしていない理由は、「少数民族の生活圏が無い」のが真の理由だ。タイ北部とラオス内には様々な民族が暮らしている。彼らの経済を少しでも豊かなものとするのが事業開始の狙いでもある。ラオス共産党政権、タイの軍事政権は「プルシアンブルー社の進行作戦が始まった」と警戒しているらしい。
第二弾・第三弾は確かに用意はしており、暫くは少数民族の為の施策だと言い続ける。
資金繰りが良くなれば、子供の教育にも費用を投じる様になり、生活基盤が安定したものになるかもしれない。ビルマ社会党で政治家を目指したり、プルシアンブルー社やビルマ軍に勤務する様になるかもしれない。

旧ミャンマーだけでなく、タイもラオスも、そして中国も少数民族に対して十分な保護をしてこなかった。ラオスはモン族に弾圧を加え、旧ミャンマー軍事政権は少数民族と長年に渡って交戦状態にあった。
今は与党に居座っているNLDでさえも、少数民族を差別した。

ビルマ西部のラカイン州では、ロヒンギャ族が州人口の大半を占める。そのロヒンギャ族は不法移民扱いされ、昨秋の選挙では投票権が認められなかった。ロヒンギャ族がイスラム教徒で、西側隣国のバングラデシュからの移民だと、旧ミャンマー政権は位置付けていた。
NLDもスーチー最高顧問でさえも、世界から非難を受けた。政府自体のスタンスがその程度なのと、旧ミャンマー軍がロヒンギャ族を虐殺、迫害を続けたので、バングラデシュ内のビルマ国境部には、200万人のロヒンギャ族の難民キャンプが出来、国連支援、赤十字支援の対象となっている。

ロヒンギャ族が最たるものだが、他の少数民族への排他的な動きは顕著だった。  
昨秋の選挙で言えば、少数民族の政党地盤である地域での投票を、治安上の問題を理由に取り消し、100万人以上の投票権を剥奪している。国際社会は総選挙自体は総じて平和的に行われたと評価したが、一方で、少数民族の選挙権には公正性を失っていた。

得票率の低い軍事政権と軍の政党が「不正選挙だ」と訴えるのも、少数民族の権利を踏みにじっていたからだ。クーデターを誘発させた責任はNLDにもある。

「・・それ故に彼は軍と権力を握って、ビルマとその周辺国に睨みを効かせている」

ビルマ社会党の顧問に就任した桜田詩歌は、ニュージーランド首脳の訪問を仕切るビルマ政府のアドバイザーでもある。モリが送り込んだ人物と知っているので、桜田への扱いも丁寧過ぎるほどだった。
スーチー最高顧問、ウィン・ミン大統領でさえも桜田のレポートラインがモリに直結しているので、腫れ物を扱うかのように厚遇していた。

その立場にあっても、決して自惚れない人物だと認識している里中が桜田を推した。

里中が桜田に渡した極秘資料は「Burma Butter-Fly Efect ”BBFE作戦”」と書かれていた。
資料作成者名は言わずもがなであり、モリはビルマを良い意味で搾取しようといているのが有り有りと分かった。 
「あなたが彼のプランを成功に導きなさい。上手く行ったら胸を張って愛人にして貰いなさい。それこそ南の島の一つや二つ位は、貰えるんじゃない?」

そう里中から言われて、その気になっているのも事実なのだが、モリがやろうとしている内容は「公平的な植民地支配」であり「令和版・八紘一宇、現代版・大東亜共栄圏」に他ならなかった。

「・・そこに愛はあるんか?」

某消費者金融のCMのセリフを桜田がボソッと口にする、すると、

「アイ〇ルだっけ?」 

日本語を勉強しているというダフィー副大統領兼防衛相が当てたので、2人で大笑いした。

(つづく)



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