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(2) 老獪な古人や老舗企業が跋扈する。


 ラサを飛び立った旧式の垂直離陸戦闘機2機が、中国国境周辺の青海省と新疆ウイグル自治区境界を朝夕と定期巡航するようになる。中国は内陸部に空軍基地が無い。湾岸都市を中心に台湾、日本に向けて配備している中国機を、内陸に配備する為には時間とコストが掛かる。
防空侵犯の賠償返済が完了していない今だからこそ、航空自衛隊の機動力と、空対能力の優位性を見せつける必要がある。日々、朝昼、深夜と北朝鮮国境で牽制している空自機に合わせるかのように、チベット国境から侵入すれすれのラインを空自機が飛行してゆく。中国レーダー網は、東の国境と西の国境を全く同じ速度で飛行している空自機が、中国領土を挟んでリンクした動きしているのを見続ける。人民解放軍は腸が煮えくり返っているに違いないのだが、中国機は何度も振り切られて、取り残される。無人機は相手を振り切るのと同時にあざ笑うかのような「舞い」を披露し、テクノロジーの能力差を見せつけて飛び去ってゆく。

朝鮮戦争が起きた1950年代、若き中国共産党が恐れた事案が、80年後に現実の話になって現れていた。東西から自衛隊が中国を挟撃している戦国絵巻を、人民解放軍は目の当たりにしている。北朝鮮・チベット・ウイグル自治省を隣国と接しないバッファーゾーン・緩衝地帯として位置づけてきたのが、これまでの中華人民共和国の国防プランだった。しかし、北朝鮮とチベットという東西の要となるバッファーゾーンを失った。冷戦時代のレトロな兵器ではなく、80年後は無人艦隊、無人機、無人戦車を持つ、曾ての侵略国家が東西に陣取った。時代は冷酷無比な状況にへ転じてしまったと憂いているだろう。

チベットー中国の国境沿いに飛んだAI機は、給油の為にビルマ北部の空軍基地へ着陸してゆく。それと交錯するかのように、F2 旧主力戦闘機 2機が、ビルマからチベット領内へ飛んで行く。十分な航空燃料の確保がチベット内では出来ないので、給油の為には仕方がないと、ワザとらしい言い訳をしながら、ビルマ・タイの自衛隊機と随時ローテーションをしてゆく。行きは身軽で、帰りは兵器を満載して帰ってくる。日中のヒマラヤ越えのコースは、空自のパイロットにはたまらない。誰もが飛びたがるコースとなる。F2はポーター役を担うかのように、ラサの基地に降りてきて、自衛隊機の兵器のストックを日々増やしてゆく。
当初は無人飛行で中国のデータを取得し続けて、中国の内陸部の防空網を丸裸にする。その勘所を掴めば、空自の有人機が安全に、そして訓練を兼ねて大陸上を移動し続ける。大陸を移動し続けるコースは、空自のパイロットにとっては珍しくて仕方がない。島国なので陸は勝手が分からない。国連軍として対応する為の最良の訓練コースに、チベットはなるだろう。また、専らミサイルの発射実験はビルマ基地が担ってきた。ビルマ北部からインド洋の的へ向けてテストを重ねてきたが、いずれチベットからビルマ上空を越えてインド洋のターゲットに向けて、迎撃センサーを外した「迎撃ミサイル」を中距離ミサイルとしてバンバン試射する。同じ型の迎撃ミサイルは、北海道、沖縄諸島部、台湾に多数配備されている。「単なる迎撃ミサイルではなかった」と、周辺国にご理解頂くのも必要だ。

チベットに配属された自衛隊機が、ビルマ・タイの自衛隊機とローテーションを組んだ訓練コースが出来、呼応するかのように北朝鮮の自衛隊機が中国国境を飛ぶのが恒常化すると、中国は軍事的な覇権を諦め、防衛に特化しようと考える・・かもしれない。
吉林省・黒竜江省が日本に帰属すれば、東西南北を自衛隊が囲うようになる。どう足掻いてみても、陸海空全てで攻略可能なポジションを得た日本に、抗う術が無くなるだろう。
北朝鮮の現有軍事力だけで、日本列島の防衛力を上回る。その北朝鮮の軍事力を1として、ビルマ・タイが2、旧満州が1.5、チベット各地に基地を更に建設して1.5。この四方陣により、人民解放軍を封殺してしまう・・

侵略を掲げない憲法を日本が有し、今の与党が続く限り、中国を侵略する可能性は限りなくゼロに近い。中国共産党が白旗を揚げて軍事費を大削減し、経済、福祉、環境に投資対象を変えなければ、中国の未来は無いとメッセージを送る。まずはチベットへ ペナルティの賠償金を支払い、地方都市の人民解放軍を統率し、軍の暴発を抑止する仕組みを整えるべきだろう。
日本の新聞「The Nation」に、元防衛大臣の特別寄稿が掲載された。「モリ前国家顧問は大鉈を振るって軍の削減をしたのに、また元に戻そうとしている。日本と軍事競争しても意味がないと、中国が思い知る日は まもなく訪れるだろう。現政権は自分の周囲をよく見回してみるべきだ」最後の一文は、日本政府の代弁に他ならない。中華新報が中国政府の代弁者ならば、日本政府もネーション紙を効果的に使う。

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PB Enagyの資源採掘チームと電力管理チームが、自衛隊輸送機で北朝鮮の基地から到着した。採掘設備を大型ヘリに載せ替えて、先行している資源探査チームに合流すべく採掘現場へ出発する。
チベットの資源開発が日本主導で行われていた。先行している資源探査Aチームは塩湖周辺でリチウム層の仮採掘を始めており、各種レアメタルを発見していた。Bチームは大油田と小規模油田の存在を確認し、チベット国内需要を十分賄える、掘りやすい方の小規模油田に、掘削櫓を立てて原油噴出のテストをし、油分含有物と質量の検査を始めていた。これで建設する石油精製施設の詳細が決まってくる。
ラサ市を始めとする各市に展開していった電力管理チームは、現在のチベットの電力使用量・送電状況を分析して、新電力をどう当て込んでいくかの分析を始めようとしていた。

資源採掘チームは、現地で探査、仮掘削していたチームに合流し、データの結果とAIが判断した採掘方法を、現地で踏まえながら手順の確認を受けていた。システムの立ち上げとロボットの動作確認を終えたサチと彩乃姉妹と、撮影班・ラサ連絡係の玲子は、後続の部隊にシステム一式を委ねて、お役御免となった。ロボットと資源探査担当の大半は引続き残る。4泊5日のテント泊の資源探査を終えて、1次隊4機のうち2機のヘリが、ラサの滑走路に帰ってきた。しかし、出かけた時とは様相が一変しているので驚いた。物々しいまでの兵器が所々に目視出来、一体何が起きたのかと、全員が真顔になる。玲子とサチと彩乃はホテルの部屋に入ると、久しぶりの風呂に入る。湿度が低いので汗はさほどかいていないのだが、そこは女性なので、たっぷりと時間をかけて入浴する。夕飯をレストランに食べに行くと、モリは櫻田大臣とチベット政府に派遣したタイ人、ビルマ人大臣と険しい顔をして打合せをしながら食事をしている。越山大臣は自衛隊の医療チームと食事をしている。越山は医療体制確立を含めて自衛隊病院建設の陣頭指揮を取っていた。
自衛隊の兵力が増強された理由が分からないまま、3人はポツンと夕食をとる。途中から櫻田が3人の存在に気がついて、今回の資源調査活動中に事件が発生したと説明する。中国のヘリがチベット領内へ不法侵入し、このスクランブル対応に、米軍が反応しなかったので更なる問題が発覚した。国連軍として参加したはずの米軍が契約内容と異なる規模の軍隊を派遣していた。米軍は追加の部隊を送れないので、契約不履行で米軍撤退、自衛隊を国連軍にすると国連が定めた・・このドタバタ劇により、この後予定していたパキスタン行きは中止となり、チベット滞在を延期した、と言う。ならば、もう少し資源探索に加わっていれば良かったと3人は苦笑いしていた。

モリのテーブルでは、日本の諜報活動・・といってもAIによる盗聴なのだが、米中両国の首脳陣がどんな状況にあって、今、首脳達が何を考えているのか、最新の情報を得て、考察している真っ最中だった。米中の行動にどう向き合うのが最善策なのか、話し合っていた。櫻田と越山の両大臣をチベットへ数日残し、週明けに北朝鮮の阪本総督と柳井太朗副外相がチベット入りする際に、引き継ぎをしてからベネズエラに帰国する。フォーメーションを変更するのも、日本の閣僚がチベットに居座り続ける様を世界に知らしめるのが目的だった・・チベット情勢の変化に、日本政府が強い意欲で臨んでいる姿を伝えたかった。
チベットを傀儡国家にしたければ、出来なくもない。属国化するのも決して難しくはない。しかし今の日本政府には、そんな事を考える馬鹿は一人もいない。北朝鮮、タイ、ビルマ、台湾の人達から「傀儡政策を押し付ける日本」と、もし指摘されようものなら、国政の失敗の烙印を貰ったに等しい・・そう肝に銘じて、周辺国・同盟国との政治に携わってきた12年間の経験が染み付いている。日本の協調体制下では、共存共栄という理想に真剣に取り組んで実現し続けなければ、国としての機能を終えるしかない。そんな大きな責任を背負った国なのだと自覚して、全ての閣僚と各省庁が取り組んでいた。

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翌朝、梁振英が中国特使としてラサにやって来た。
チベット政府に領空侵犯分の賠償金を支払う。その場にモリが第三者的な立場で立ち会った。

チベット政府との会談後に、梁振英と別室で会話をして驚いた。中国が大きく譲歩の姿勢を示してきた。吉林省と黒龍江省をモリへ譲渡するという。借款の返済は不可能と中国政府が判断したらしい。表向きに出来ない話なので、北朝鮮企業の進出や北朝鮮との人的移動の一切を自由とする経済特区として位置付けたい、そう北韓総督府と共同発表したいという。

「その代わりに、日本は新疆ウイグル自治区に関するあらゆる情報の発信を控えて頂きたいのです。我々の願いは、中国執行部の現体制の維持です」 梁振英の真剣な顔に、モリは頷くしかなかった。とは言え、発言を控えるしかない。否定も肯定もしない。中国はウイグル人の収容所を襲撃し、開放したのが、日本だと断定したのだろう・・
この密約が纏まれば、梁振英は大臣に昇格するだろう。ロシアと日本にとっては待望の人事だ。将来の外相、主席候補が遂に表舞台に出てきた。

「梁さん、貴国のご提案を前向きに検討するとして、こちらからも一つ提案があります。これをご覧ください」海南島の海底ドッグに新型潜水艦が入港してゆく模様を写した水中の連続写真だった。

「これは・・」梁振英は驚く、一体どうやったらこんな鮮明な撮影が出来るのかと訝しんだ。日本は動画も撮っている可能性がある・・

「貴国の新型を始めとする潜水艦の最近の全行程がこちらです。自衛隊と台湾軍は、全ての貴国の潜水艦の位置情報を把握しています。新型潜水艦が配備されてから、危険な兆候が散見されるようになりました。新型原潜を使って、台湾南部と北部から同時に侵入して、太平洋側で合流する計画を立てていると日台の政府は推察しています。もし、その行動に出るようなら、行動中の記録を全て整えて、日台両国政府は貴国に賠償を求める訴訟を、国際裁判所に提出するでしょう」

「そんなバカな。海軍がそんな企てを考えているだなんて・・」

「日台、ASEANのシーレーンは表向きは貴国に向けられたものですが、同時に在韓米軍と韓国軍を無力化するものです。どうやら米国は撤退に向けて動き出したようです。このタイミングで、貴国の海軍が事を荒立てると、軍事衝突の可能性もゼロとは言えない。梁さんなら、お分かりいただけますよね?」梁振英は、海軍の背後に誰が居るのか察する筈だ。この2つの証拠を提示すれば、海軍のトップは更迭され、あわよくば、黒幕である広東省の知事は失脚に追い込まれる。真っ青な顔をしている梁振英の肩を軽く叩いて、モリは微笑んだ。

これで今回の外遊は終わった。次は中国の出方を見極めるだけだ。

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エスパルスの短期レンタル期間も間もなく終わる。祖母と過ごした時間が急に濃密なものになったのも、祖母の判断力や分析手法に傾聴すべきものがあると、今頃気付いたからだ。祖母をフランスへ連れて行こうかと声を掛けたのも、自分が一緒に居たいと望んでいるのが本音だった。「暫く横浜に戻ります」練習を終えてアパートに戻った圭吾は、祖母のメモをテーブルの上に見つけて、天を仰いだ。流石に祖母にはアパート暮らしはキツかったのだろうかと、火垂と圭吾で懺悔しあっていた。90近い祖母に頼りっきりで、自分達はその間ボールを蹴っていたのだと、クリスチャンでもないのに十字を切っていた。
暫く経ってアパートに帰ったら、祖母が夕飯を用意して待って居た。
圭吾は目頭が熱くなった。祖母が戻ってきてくれた事に感謝した。夕飯を食べながら、明日はオフだから箱根の日帰り温泉にでも行こうと、孫2人は祖母を誘った。

「仕事があるから私はダメよ。2人でいってらっしゃい」

「仕事って?」 既に電話番の必要は無くなっている。買収した会社が機能しているからだ。

「香澄ちゃん達が静岡市に来るのよ。明日、静岡市の不動産会社を買収して、新会社として登記をするの」「はぁあっ?」火垂と圭吾がハモった。

聞けば、横浜の家の3軒隣で幼馴染で学校の先輩、プルシアンブルー社の流通部門社長の岩下香澄と プルシアンブルーの会長と、プルシアンブルーの本社で打合せをしていたらしい。スーパーの店舗を管理しているインディゴブルーの不動産管理部門を会社に格上げして、静岡市にあるマンション販売を専門にやっている不動産会社を買収すると言うので、息を呑み込んだ・・

「説明が必要なようね・・」新聞広告の裏を使って説明してくれるらしい。

「同じ値段のマンション。東京と静岡どっちが広いって、それは決まってるわよね」2人の孫が頷く。
「この静岡のマンションを販売してるのは県内の不動産会社だったり、東京の不動産会社の静岡支店だったりする。静岡で、このマンションを建設してるのがRS建設だと仮定しましょうか。さて、建設が完了して、お客様の手に届くまで、RS建設はどの会社に届け出なきゃいけないでしょうか?」

「えっと、メインのゼネコンと不動産会社」

「正解。では 火垂に問題。今のままでは誰が一番得をするでしょう? RS建設じゃないわよ」

「あー、そうか・・RS建設はメインのゼネコンから仕事を貰ってきた1次下請けに過ぎない。競合のサブコンよりは安い値段を提示したから建設を請け負ったけど、この静岡のマンションの価格は建設着工前から既に決まってるんだから、RS建設が安く作るだけメインのゼネコンの利益が増える話になる・・マンション自体の販売価格は、不動産会社とゼネコンの間で決まっているのをすっかり忘れてたよ。今のままでは、購入者の利益還元とは言えない可能性が極めて高い・・」

「そういうこと。今の状態はサブコン買収前と同じ状態なの。サブコン同士で受注競争しているのと一緒。だから自前の不動産会社を作って、RS建設が直接建設を請け負う。すると、どうなる?」

「おばあちゃん、父さんにそっくりだね・・」

「圭吾、私が親なのよ。それを言うなら、逆でしょう?」 火垂がプッと吹き出している。

「まぁ、そうだ。ばーちゃんが正しい!でも、ゼネコンと手を組んだんでしょ?大丈夫なのかな、こんなことして?」

「あら、私は初めましてって挨拶はしたけど、今後とも宜しく なんて、言ってないわよ」 背中を寒風が吹き抜けたようにゾクッとした。こんな怖い祖母、初めて見た。サブコンと接点を作るために、ゼネコンを使ったのかと、今になって理解した・・

プルシアンブルー社との打合せの結果、大都市圏では全てロボットが作業となり、地方都市では人プラス、ロボットの組み合わせになる。地方都市の方が地価が安いからだ。方や、大都市圏は地価が高いので、人件費を極力削減する・・そうだ。
大都市圏向けマンションでは高級と汎用の2タイプのマンションを用意して、販売価格は他社並みにして、部屋の広さを倍近くする。「それこそ、ネット販売でも売れる!」と言うので、孫は絶句した。

「ゼネコンと不動産会社・・、終わったな・・」クラブとはスポンサー契約を結んだんだっけ?と火垂は思ったら、祖母がまだ何か言いたそうだ。

「さぁ次は世界に打って出るわよ。アジア市場は太朗ちゃん夫婦に担当して貰いましょう。あなた達はヨーロッパに展開しなさい。パリ、ロンドン、ベルリン、マドリッド・・異常なまでに高騰した首都の住宅価格を下げるの。それも今年中にね、あなた達がそれぞれ担当しなさい」

「おばあちゃん、あなた達って・・」 圭吾が不安そうな顔をしている。

「圭吾はパリで不動産と建設会社が合体した組織を設立しなさい。火垂はプレミアリーグでもラ・リーガでも、自分が好きなリーグを選びなさい。そして仕上げは年末に兄弟4人がローマのコロッセオのピッチに立つ。あなた達はビジネスマンの顔も備えた、ワールドカップの舞台に立つ初めての選手になるの!」

祖母の大風呂敷の前に、孫の開いた口が、いつまでも塞がらなかった。

翌日3人で静岡市へ移動する。静岡市役所のロビーでインディゴブルー陣営との集合場所にしていた。幼馴染で、小中高の先輩で、エスパルスのスポンサー企業でもある岩下香澄社長と、火垂と圭吾の兄弟は久々に会った。すっかり大人の女性になっている香澄を呆然と見ていた。2人には高校生の香澄のイメージしか残っていなかったからだ。

「なんて顔してんのよ。こちとら、あんた達のスポンサー企業の代表なのよ、ポカン顔はいくらんなでも失礼じゃないの」

「すみません・・」火垂が深々と頭を下げる。アニキの3校下だもんな・・と圭吾も頭を下げる。圭吾は小学校も中高一貫校でも、入学した時は香澄は卒業していた。時々、父親の元へ遊びに来る、近所のお姉ちゃんのイメージしかない。

「叔母様、もう行きましょう・・あ、そうそう。圭吾くんの欧州行きの壮行試合だけど、北朝鮮で合宿中のアルゼンチンとコロンビアのクラブを静岡に呼んで、ダブルヘッダーでやる事に決まったからね。インディゴブルーカップって言う名前で3チームが戦うの。じゃ、よろしくね〜」

「ダブルヘッダー?」サッカーは野球じゃない!と2人共思ったが、スポンサー様には口出し出来なかった。

「じゃ、後でね」祖母がスタスタと歩き出すと、香澄がその斜め後ろを付いてゆく。その後ろ姿を見ると、祖母の方が上役なんだと改めて気が付いた。

兄弟は静岡駅の傍の映画館に向かった。

ーーーー

Indigo Blue Cupの初戦は、北朝鮮の嘗てマスゲームが行われていたスタジアムで行われ、アルゼンチンのラシン・クラブとコロンビアのインデペンディエンテ・メデジンが死闘を演じていた。平壌市民6万人が埋まる、大興行イベントとなっていた。試合は次第に白熱してゆき、高レベルな攻守の攻防に人々は魅了されていた。誰も知らないが、史上初のAIを使うクラブチーム同士の対戦となったので激しい内容になるのも当然だった。全てのデータが双方に用意されているので、個々の選手の力量が最大限に発揮されていた。

日本でテレビ観戦している日本サッカー協会、エスパルスの幹部達は、両チームのAIの状態を「参照権限」の許可を貰って、AIと映像を見比べながら観戦していた。「戦闘中」という表現が適切なほど、激しいものだった。ここまでAIは選手の極限能力を引き出すのかと驚愕していた。古代ギリシャやローマのコロシアムで負けた方は全員が殺される、そんな古代競技を彷彿とさせるような緊迫感があった。エスパルスは連戦になるのでAチーム、Bチームと分けてそれぞれのクラブに対峙しないと無理だと悟った。「90分間の死闘」そんな言葉が頭に浮かんでくる。南米では異なる国同士の試合では異常なまでの高揚感がサポーターに齎される。そんなサッカー文化の国に、日本で稼げる選手になるというニンジンが、ぶら下がっているのも微妙に影響している。エスパルスにレンタル中の選手の高待遇が、個々の選手の競争意識を更に高めていた。
エスパルスだけでなく、ここで目立てば日本のクラブチームが声を掛けてくれるかもしれない。1位をキープするエスパルス戦で破って目立つと、将来は大きく変わるかもしれない。
そんな選手達の思惑も重なって、練習試合、壮行試合といったユルさは全く感じる余地すらなかった。

興味半分でスタジアムに足を運んでいた柳井太朗とヴェロニカ夫妻は試合内容のあまりの激しさに、手を握って観戦していた。サッカージャンキーのヴェロニカは、今年のベストゲームだと言い切った。セリエAのダービーマッチでも、ここまで熱くはならない。アズーリ対ディーマンシャフト、アズーリ対セレソンに近いものを感じると試合を見ながらボソリと呟いた。
ホタルとケイゴはこんなチームと戦うのか、と心配そうな顔をする。太朗もヴェロニカも、3つのクラブがAIを採用しているとは知らない。南米の選手達が鬼気迫る表情でボールを追っている事情すら分かってはいなかった。

静岡でテレビ観戦していた圭吾は、試合に臨んでいる選手達に感心していた。選手は熱くなりながらも決してラフプレーに走しとうとしない。無理や無茶は一切していなかった。自分達の立場と、クラブがシーズン前だという理解が相互に浸透しているのだろう。怪我人だけは作らないと、そこだけは徹底していた。義姉達は良いクラブを買ったなと率直に感じていた。この2チームはそれぞれのリーグでも力を発揮するだろう。カタールに移籍した兄達が欲しがりそうな選手で溢れている。選手達は見事なまでに美しく躍動し、競い合っていた。

カッブ戦のスポンサーに加わった、オーストリアの貴金属会社とオランダのRoyal Dutch She//社ユダヤ人社員も平壌スタジアムで観戦していた。金属会社の方は3チームでMVPに選ばれた選手の副賞を担当する。副賞は金貨のセットで賞金よりも豪華な内容になっていた。モリ兄弟が関わっているので大会スポンサーになったが、アルゼンチンとコロンビアでの視聴率が30%を越えたと後で知り、いい宣伝だと悦に入る。エスパルス戦の視聴率も大いに期待できた。

Royal Dutch She//社はモサドの入手した情報から、北朝鮮と中国が旧満州を両国の経済特区にする構想があると知り、別働隊が長春市、ハルビン市に入っていた。北朝鮮が主体となると聞くとエンジン車が残るエリアと想定され、ガソリンスタンドの需要は高いと判断した。Exxon Mobi/社に先行して、旧満州内の立地を確保しようと黒竜江省と吉林省で活動を始めていたと言う訳だ。また、米軍が韓国から撤退するという情報も有り、本格的に中国北部と朝鮮半島に進出すべき頃合いなのでは、と協議を始めていた。
平壌港のイギリス諜報部MI6は、Royal Dutch She//社員のモサド構成員の動きを追いながら、イギリスも旧満州へ追随すべきと判断し、英国資本の石油メジャーBP・BritishPetroleum 社の東アジア進出要請を出した。旧満州だけで6千万人、韓国も含めた朝鮮半島で5千万人、このエリアが日本と同じエンジン車市場として残るのは大きな魅力となる。日本はインド人やイスラム圏の人々の移住も視野に入れている。更に人口が増える可能性がある。

兄弟達の全く与り知らぬ場所で諜報活動が行われ、大手石油メジャー企業がアジア参入、日本政府接近の機会を伺っていた。
更にモサドは偵察衛星でチベットでの日本の調査活動を掌握しており、Royal Dutch She//社が先行してラサ入りして、チベット政府に食い込んでいった。MI6がモサドの動きを察知して、BritishPetroleum 社が2番手として動き出す「是非、貴国の石油生産を当社で扱わせて頂きたい」と賄賂を巧みに使い、パキスタンで入手した宝石をばら撒いてゆく。BP社もユダヤ人に負けじと北朝鮮、平壌港の使用権をチベット政府にチラつかせて交渉してゆく。
日本からの出向者には、末端のチベット政府の役人の行動まで掌握しきれる筈もなかった。チベットの人々にすれば、油田をはじめとする資源を日本が見つけてくれたとは言え、資源自体はチベットのものだ。誰に販売を委託しようが一緒だろうと正論を主張する。この諜報部隊の緒戦の活動により、オランダとイギリス石油メジャーの2社が、チベットの石油事業の販売権を獲得してゆく事になる。
後に、チベット産の原油を高速鉄道貨物で平壌へ送り出し、東アジアにおけるExxonMobi/社のガソリン市場寡占の食い止めのきっかけともなる。

また、静岡で開催されるエスパルス戦で、モサドとRoyal Dutch She//社連合は 杜 響子の存在を嗅ぎ付け、平壌港のMI6・BP社連合は柳井太朗・ヴェロニカ夫妻と接触することになる。歴史ある企業や諜報部隊というのは、機を逃さないものだと日本政府は痛感する。日本の石油会社は永久に彼らに勝てず、ただ衰退してゆくしかないのだろうかと案じる事になる。

(つづく)

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