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(6) 解決策の全貌が、明らかになってきた。


 日本、北朝鮮のスクランブル発進の対応で、AI戦闘機が飛ぶようになってから12年が経過した。今では中国、韓国、ロシアの偵察飛行の回数も減少し、数日に1度位のペースとなった。AI機が配備される前は、毎日何度も発進し、日本に取ってパイロットの疲弊に加えて 航空燃料の無駄使いでしかなかった。中露韓が優れた情報偵察衛星を持っていないのと、竹島、尖閣諸島、南沙諸島等と領有権問題があったので、各国間で主張する海域、空域が異なっていた。自国が主張する範囲を確保したいのはどこの国も同じで、このポイントを飛行したら、自衛隊機が飛んで来るか?というテストをさせられていた。領有権問題を解消し、AI機の能力を見せつけてからは、スクランブル発進の回数が激減した。
しかし、最近になって与那国島の石油備蓄基地が完成し、自衛隊と台湾軍の行き来が確認されると、中国側の反応が再び増加し始めた。軍事的優位性のある日本ではなく、台湾への威嚇飛行の機会が増えていった。スクランブル発進自体は台湾機が対応するのだが、飛ぶパイロットは、ローテーションの中に空自のパイロットも加わっている。日本空域への飛行が減少したので有人機での訓練も必要と考えたのと、台湾人パイロットの疲弊を軽減するのが目的だった。台湾軍はスクランブル機を、日本が納入したF35Aの日本改良型F35JAに変更した。日本領空内でのスクランブル対応もF35の無人機に変更した。中国機が日本と台湾の分岐点を調べ始めたので、同じ機体がベターと考えたからだ。ここで、無人機が出撃する回数も増えてゆく。台湾から日本側へ侵入したり、日本から台湾側へ侵入し始めたからだ。前者の場合は、台湾機と自衛隊機が合わせて飛んで、適当な所でスイッチし、後者の場合は自衛隊機が全て担当し、音声メッセージだけが「ここは台湾領。早急に撤退しなさい・・」と切り替わるようにした。

やられっぱなしは面白くないので、中国機の対応で日台がスクランブル発進した回数に合わせて、北朝鮮の基地から飛び立って、中国ー北朝鮮国境をスレスレに飛行したり、平壌から黄海へ出て、中国湾岸部をベトナム国境までAI機を飛ばして威嚇する。自衛隊機が中国領空スレスレに飛行した回数を足し算をすると、中国は理解する、日本と台湾が防衛を一体化させたのだ、と。また、中国が海路で太平洋へ出てゆく為には、台湾の南方から大きく迂回しなければならなくなった。空だけでなく、日台の潜水艦の数も増えた。中国潜水艦が隠密行動を取れなくなり、日台の哨戒機が潜水艦を追尾して上空を飛び、把握しているのを中国側に知らしめるようになる。中国海域を出るのと同時に中国潜水艦の航行している海域を特定し、捕捉してしまう。潜水艦ですら、沖縄諸島部から太平洋へ出ることが出来なくなくなると、太平洋に出る遠洋漁業船も、海上保安庁の船舶に停船命令を食らい、日本の海域から立ち去れと言われるようになる。日本海は北朝鮮領海が加わり、完全に日本の海となった。嘗ては違法操業し放題だった大和堆など、今では立ち入ることすら出来なくなり、中国の遠洋漁業にとっては大打撃となっていた。台湾南岸周りで太平洋北部の漁場に向かうには距離が遠くなる。今までのようには行かずに、燃料費と合わせても採算の合わない漁場が出てくる。それでは南洋だと、フィリピン、ベトナム沖に向かうと今度はフィリピンとベトナム軍に威嚇されるようになる。今までヤリたい放題だった中国漁船が、操業しても目標とする漁獲量に満たない状態になり、中国国内の魚介類の価格が高騰していた。

今まで他所の国の海洋資源を収奪し、国内に安価に提供し続けたツケが出てきた。中国国内にある日本のスーパーindigoblue Groceryは北朝鮮産、ロシア産の魚を大量に並べて販売しており、安価だった。魚を購入するなら、日本のスーパーという風潮が広がると、中国内の漁業と水産業は更に衰退してゆく。中国政府は何度か沖縄航路の利用を日本政府に要請しても断られ、その代替案として水産物の買い入れを打診される。15億人の胃袋を満たすためには仕方がないと、中国は北朝鮮の海産物購入を受け入れざるを得なくなる。

中国沿岸、中国国境を飛行する自衛隊機は無人のF35JAだ。F15JやF2のAIを使っているとは言え、F35用の飛行パターンを供えている。中国機が飛んでくると加速して振り切られたり、突然レーダーから消滅して捜索出来ない状況が続く。それでは前後で挟撃しようとすると、何処で覚えたのか、巧みな動きで中国機を躱して居なくなったと思わせて、死角から突如として現れる。中国機は完全に手玉に取られ、中国のパイロットは日本機のスクランブル対応に怯えてしまい、飛ぶのを拒むパイロットが次第に増えていった。

韓国軍と在韓米軍が、自衛隊・台湾軍と共同演習を行なう際に、4カ国で模擬戦を行うと、日台両国の有人機のF35JAに一方的に敗れるようになる。AI戦闘機ではなく、有人機で圧倒的な能力差が有り、日台のパイロットのレベルが非常に上がったのを感じていた。理由は、シュミレーター機の交戦プログラムが高度化したからだ。日頃から歯が立たない仮想機と交戦を続けていれば、自然とテクニックも向上する。米軍が優秀だと認めていた空自パイロットの能力は、褒め称えた10年前よりも更に成長していた。
航空機の能力差に加えて、機体の能力を引出すテクニックも空自パイロットに備わりつつある。イーグルワン専用のF35JAをベネズエラに送ったのは有益な強化策となり、正解だったと市ヶ谷の幹部は自画自賛した。
A-1、Z-1といった新型戦闘機も、テスト機を用意してベネズエラ大統領の元へ届ける案が、確定的な計画へと転じた。

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「これでは海洋封鎖されているのと同じだ。このままでは日本の言いなりとなってしまう」
中国外相は、会議の席で部下達から突き上げを食らうようになる。数ヶ月前までは 強気の外交姿勢を報道官も取っていたが、状況が一変。穏やかな言い回しで終止する記者会見が続いていた。
これまで中国執行部の強硬路線に同調できる、タカ派的な人材を外務省に配置していた。彼らは中国政府が置かれている状況を知らされていないので、トップがブレーキをかけている事に納得がいかなかった。チベット開放を執行部は後悔しているのではないか、と勘違いしていた。部下にどう思われようが、新疆ウイグル自治区での事件が実態が解明出来ないままなので、執行部も、政府も、弱腰にならざるを得ない。
国連で囁かれている噂を鑑みると、この種の話題が国連以外から出てこないので、どこかの第3国に収監者達を連れ出して、国連が事情聴取をしている可能性も十分に考えられる。収容所の監督者達に収容者への具体的な対応や行為を再確認すると、欧米各国が怒りを込めて非難するような内容で、そのまま報じられれば大問題となるのは明らかだ。一方で捜査も行き詰った。新疆ウイグル自治区内をいくら捜索しても87名の手掛かりは無く、国外脱出の手段が見い出せないまま、海外に逃亡した可能性が高いと判断を下さるを得なかった。他省の人民解放軍は、新疆ウイグル自治区から撤退と決定した。

梁振英は内相から事の経緯を内相から明かされて、愕然とした。主席も退任已む無しの意向で後継体制を考え始めているという。梁振英は理不尽な立場に追い込まれた拉致被害者の存在を知って、真っ先に立ち上がるのが「誰なのか」分かった。同時にこのマジックを考えたのはあの人だと半ば断定していた。しかし、それを口にはしない。それが梁振英だった。

「中国がどこかの組織に弱みを握られている、今はそんな状況にあります。こんな状況を実現しながらも騒ぐことなく貝のように押し黙り、収容者を温かく迎え入れケアに努める、そんな国を想像したほうが、早いのかもしれません・・」湾曲的な言い回しで内相に対して意見を述べると、その場から立ち去った。アメリカか、日本か、もしくは両国が共同作戦を講じたか、のいずれかしか選択肢はない。日本であれば、黙っているのも理解できる。中国の立場や首脳陣が追い込まれる状況を理解しているからだ。アメリカ単独であれば、彼らは黙っていられないだろう。後先考えず、即座に行動に出るはずだ。すると削除法で、どうしても日本だけが残る・・
しかし、「どうやって脱走したのか?」このマジックは 謎のままだ。

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ドーハ市内の観光エリアの商業施設に Rs Sports店舗の出店が いつの間にか決まっていた。プルシアンブルー社の柴崎さんが、店舗の確保から従業員の採用に至るまで取り仕切り、店舗資金の一切合切を海斗が出すというものだった。プルシアンブルー社として、HookLike CafeとコンビニのIndigo blueをオープンさせようとしていた所へ、ついでに1店舗加えたに過ぎなかった。ドーハにやってくる柴崎さんと、海斗のオフの日を2人で示し合わせていたのだろう。オフの日は海斗が車を使うようになり、歩は一人家に残って、志木さんと電話し合っていた。

AFC西地区予選開幕3日前となり、AIによる対戦相手の暫定分析が完了した。海斗の同級生マネージャーが3日前にドーハ入りし、2人の家に転がり込んできた。到着の翌日に対戦相手チームの練習試合をUAE・ドバイまで出かけて試合の映像を撮り、昨年同様の相手攻撃陣の昨年のデータを抽出した部分的なデータに組み合わせて分析を行った。
試合当日の前半でも分析を続けながら、ハーフタイムにマネージャーから後半の戦い方の指示を貰うことになる。試合までは分析結果に即したトレーニングを続けてゆく。個人の精度を高め、AIが要求するパフォーマンスを実現出来れば結果が付いてくる。ここまで成功し続けてきたサイクルを信じ切って、練習に臨んでいた。

マネージャーが家族と共に暮らしたいというので、兄弟は諸手を挙げて賛同した。家賃も出し、車も買おうと兄弟がノリノリなので、マネージャーは呆気にとられた。志木さん 柴崎さんがいつでも家に宿泊できる状態にする・・それが理由だった。不動産会社に近所の物件を紹介して貰うと、中古のマンションが幾つかあって、ドバイやメディナほど高い値段でも無かった。志木さんも、柴崎さんも、賃貸よりも住居兼選手事務所として購入した方がいいと言う。ドーハの地価は 何れドバイ並になるとも言われているとのことで、マネージャー用の中古車と合わせて、マンションの購入費用を歩と海斗で折半する事にした。
マネージャーが日常データ収集で使う中古のミニバンをPB Motorsのディーラーで調達し、クラブの用具スタッフから練習用のポールやコーン類と、傷んで要らなくなったボールを分けて貰って車に常備しておく。流石は金満クラブ、備品は使いたい放題だった。

クラブチームの練習では、兄弟がプレゼントしたスパイクを選手達が試していた。歩と圭吾が細部に拘っただけの事はあって、評価は上々だった。

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ナイジェリアでの非公式会談を終えた櫻田と越山はヘリで空母へ戻ると、甲板に止まっている小型機PBJ-1に乗り込んで、モロッコへ向かった。
ナイジェリア軍司令部に自衛官が5名残り、作戦実働部隊6名が該当地域で偵察活動を行っていた。10年前、自衛隊員の中で成績優秀で能力のある隊員を集めて養成する部隊があった。モリがこの部隊に目を付けて、国連軍の特殊任務を任せるようになる。主な派遣先はアフリカと中東だった。部族対立、民族対立で内乱が恒常化している国に出向いて、各種作戦を遂行していいった。自衛隊にはAIと偵察衛星が有るので、事前の情報収集能力と分析能力は長けていた。作戦も幾つかのバリエーションを用意し、チェックポイント毎にどのバリエーションを実行するか、それとも中止・撤退するかの判断の基準を事前に決めていた。当初は作戦の最前線にロボットや戦闘ドローンが立てて、自衛官の安全を確保していたが、場数を踏む毎に隊員達が受け持つ範囲が広がっていった。人でなければ出来ない作戦が増えていったからだ。確かに、いつまでも監視を続けたり、ゴム弾を打ちまくって相手を制圧するような場面は、ロボットや機械の方が向いている。しかし今回のようにナイジェリア軍の作戦に参加する場合は、意思疎通の計れる人間同士の方が好ましい。周辺地域での聞き込みや、トラップの設置、地形分析と状況判断等は人のほうが向いている。集めたデータを分析するのはAIに委ねるとしても、その道に秀でた人材は、自分の能力をどうしても確かめたくなってしまうのかもしれない。今回も、拉致被害者が収容されている施設を見下ろす山の斜面で、6人が交代で偵察を続けていた。

モリ一行はモロッコ・カサブランカ空港へ到着すると、モリと玲子が機から降りて、2人と交錯するように空港で待機していた櫻田と越山が大統領専用機に乗り込んだ。櫻田を団長とする一行はインドへ向かい、小型機PBJ-1に乗り込んだモリ達はビルマへ単独で向かう。ベネズエラ政府専用機には櫻田、越山の両大臣の他にサチと彩乃、それからSPと警備担当の自衛官が乗り込んでいる。インドとベネズエラの首脳会談という名目でモリがインド入りすることになっているが、ダミーだった。最近、モリの動きを各国の諜報部隊が追っているのが分かっていた。インドで待機している諜報機関をズッコケさせるのが狙いだった。モリは首脳会談にビルマ・ラングーンからネットで参加する。専用機がゆっくりと離陸していくのを見届けながら、滑走路へ入っていく。この機体は政府専用機らしからぬ塗装をしていた。ダークグレー単色で、プライベートジェットの趣きがある。機体自体は13年間、モリが個人的に使ってきた小型機なのだが、今回3度目のエンジンを積み替えを行い、バルカン砲と下部ハッチ内に小型迎撃ミサイルを5発搭載した。黙っていれば判らないという機体だ。
滑走路に入って停止すると、エンジンの出力を上げていく。形状は異なるが、先日手に入れたF35JAと同じ型のエンジンだ。F35JAよりも機体が重いので、トルク重視の設定になっている。F35JA以上に、出力をゆっくりと上げてゆく。「パナマ機、お待たせしました。離陸してください」「ありがとう。お世話になりました」ゆっくりと加速してゆく。AIが正常に稼働しているのを見ながらフワリと浮くと、エンジン出力を上げる。異常なまでのパワーを実感する。これは戦闘機乗りでなければ操縦しづらいだろう。益々市販化出来なくなったなと思いながら上昇し、水平移動になった所でAIに操作を任せて、副機長席に座っていた玲子と共に後部座席へ移動した。

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ニューデリーに各国のメディアが続々と到着する。今回のベネズエラの外遊は様々な点で注目されていた。インドでは、チベット政策の協議とインドのエネルギー政策について議論される。続いてインド首相とモリがチベット入りし、チベット復興策をチベット政府とアメリカ特使とで4者会談を行なう。帰路にモリ一行が日本政府代表としてパキスタン入りし、パキスタンへの経済支援で首脳会談を行なう。モリがチベットの前にビルマとバングラデシュへ向かうのは、完全な隠密行動となる。

各国の記者は違和感を感じた。中国・香港の記者が異様なまでに多く集まって居るので驚いた。そもそも、これだけの数が必要なのだろうかと。中国はチベットに関しては明らかに敗者で 自滅による撤退をした立場だ。何故にインドと日本の会談を取材するのか?と半信半疑だった。
ベネズエラ機がチュニジアに寄ったのは30分程だが、途中で飛行速度を上げたので、到着は予定時刻よりも少し遅れただけで済んだ。空港での式典も省略され、空港内にベネズエラからの一行が降りてきて、そのままバスに乗り込んでいく映像を撮っているのだが・・バスはそのまま出発してしまった。「大統領が居ないじゃないか」と知り、記者達は愕然とする。首脳会談で大統領抜きだと?それはインド政府には無礼な振る舞いとならないのだろうか?と記者達はアレコレ考えていた。モリが訪問するパキスタンとバングラデシュには胸のスク 話となる。イスラム2か国に配慮してくれたのだろうと勝手に解釈していた。

ベネズエラ機がインドに到着して約30分後、機体形状からは想像できない音速飛行をしてきたPBJ-1は、ビルマ・ラングーンへ到着した。音速飛行を想定していなかった頃の機体形状なので騒音が少々喧しかったが、お陰で飛行中、玲子は遠慮せずに声を上げていた。何もなかったかのように2人がラングーン空港でフリーパスで入国審査を終えると、そこに自衛官4名が居た。
「お待ちしておりました。6名で担当させて頂きます」 6名?・・特殊部隊だろうか?「宜しくお願いします」そう答えると、若手の方が「私の後ろから付いてきて頂けますようお願い致します」と言って歩き出した。玲子と並んで歩き出すと、隊長らしき人物が2人の後に続く。後方を振り返ると2人のキャリーバッグを持っている隊員が2人居た。
「あと2名はどこです?」隊長に尋ねると「車に一人居ます。もう一人は探せないと思います」 探せないと言う言葉に、やはりプロかと納得する。玲子は気にならなかったようだ。

「閣下、近頃ビルマ内に入国するアメリカ人とそのアメリカ人を監視している中国人が増えています。特に日本の施設や自衛隊の基地を調べています。タイでも同じような状況になっているのです」 ・・クソめ。日本が主犯だとバラしているようなものではないか。なんて 国だ・・

「他の諜報機関はどうですか?」玲子がモリの発した「諜報機関」にビクッと反応する。

「オーストリア国籍ですが、名前はユダヤ系の3名がチベットからやってきて、ビルマに1週間滞在しています。宝石商と入国審査時に書いていますが、PB Burma社を調べています。恐らくその筋の者たちではないかと」
今回の国連職員達はウィーンのメンバーだ。そこから漏れたのだろうか・・

「では、会社を訪問しない方が良いということですか?」

「仰る通りです。アメリカ、ユダヤ人と接触があった社員は、全て監視下にあります」 盗聴対象になっているということだ・・

「そうですか・・玲ちゃん、予定変更だ。今日はホテルに居るしかなさそうだ・・」

「分かりました」 約束していた夜の街を出歩けないと、理解したようだ。

空港内を移動していると後方の隊長が何やら話しだした。「了解した。その場で2人を尋問し、年長者をいつでも捕まえられるようにしろ。こちらは乗り場をB地点に変更する。・・そうだ。では任せたぞ・・」そう言いながら隊長が走って先導者に並んだ「B地点に変更、もし一人が来たら確保せよ。イーグルワンは私が連れてゆく」「了解しました・・」

「イーグルワン?」玲子が笑っている。前を向いて無視することにした。
銃は・・腰のフォルダーに備えている。右手で触って存在を確かめる。

そこでエスカレーターを上へ登っていき出発フロアへ移動して左右を確認しながら進み、自動ドアが開く。モワッと湿度の高い空気で体が包まれる。カラカスとはやはり違うな・・と思っていると、無灯火で左ウィンカーだけを点滅させた車が走り込んでくる。「乗られるのと同時にスタートします。お二人の荷物は私達の乗る後続車で運びます」

キュッとタイヤが鳴るように止まると、玲子を先に押し込むようにして後部座席に座る。「GO!」隊長がそう言ってドアを閉めた。車がスッと動き出す。自衛隊服で迷彩色のバイクが2台、左右から出てきて先導を始めた。

「ここまでお疲れ様でした。これから宿泊先のホテルへ向かいます。お飲み物とお手拭きはお二人のドアホルダーに御座いますので、宜しかったらお使い下さい」ドライバーは女性だった。自衛隊も変ったな・・と思った。

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10年置きに人口統計を取っているインドの2032年の人口は、16億人だった。20億人を超えると言われていた見込みまでには至らなかった。

越山厚労大臣がチーフとなって人権問題チームを立ち上げ、社会問題になりつつあるインドのカースト外の女性の保護策について議論を重ねてきた。公的には撤廃されているはずのカーストが温存されている背景には、インド国民の2極化が原因となっていた。
3割の中産階級がインド経済の大半を支えており、それ以外は貧困に喘ぐ人々という構図になっている。この2極化を生みだしたのもカーストであり、2極化の構図を不動なものとして支えているのも、カースト思想によるものだった。

貧困層はインドの外へ出る機会など無い。インドという国の中で暮らすしか手段がない。インド政府もカースト外の人々の採用枠を企業・大学に全体の16%採用するように取り決めて問題の解決に向けて取り組んでいるのだが、大学受験までに至らないまま、埋没してしまう人々が大多数を占めているのが現状だ。人口比率ではカースト外の人々が約16%、先住民族が8%が居ると言われている。インド政府はカースト毎の人口統計を取っていないが、推定されるカースト外の人々のパーセンテージが、大学・企業の採用基準に使われている。15%が事実だとすると、2.4億人ものカースト外の人々が居ることになる。アメリカの人口を有に上回る数値に驚くしかない。

このカースト外の人々と先住民族を足した24%、国の4分の一に値する人々の中で、一番苦痛に喘いでいるのが女性という状況にある。夫から、息子から、義理の父から叱責され、虐ずまれる。艱難辛苦に直面している女性が2億人近くも居る悲惨な国家と言える。インド人の平均寿命を67歳として、守るべきは若年層から若い女性までだろうと人権問題チームは考えた。実際の人数が分からないので概算でしかないが、10-22歳の女性が4000〜5000万人存在する。彼女達は、性的被害に合う可能性の高い世代でもある。

カースト外15%枠で大学・企業に進学・就職できた女性を除いて、3000万人の女性をインドの外へ一時退避させるというプランをチームは考えた。物理的に彼女達を守るという考え方だ。これを実行するとカースト外には居ないので、カースト内で一番低い階層の女性に今度は被害が及ぶ可能性も考えられる。また新たに一部を海外へ出したとしても、永遠に起こり続ける現象となり、インドは国際社会から更に失墜するだろう。
一時的な保護策になってしまうかもしれないが、彼女達をインドの外へ一旦出して状況を判断する。海外で教育を受け、就業を目指す。7-12の小学生をチベットで過ごし、13-18の中高生を北朝鮮で、大学生を北朝鮮、日本、ベネズエラで過ごして社会へ出る、そんな区分けを構想として掲げた。
更に、22-30歳の希望者が北朝鮮、ベネズエラの2択で就業の機会を得るという内容だ。米国のIT企業のBlueMugs社も支援企業として参画し、他の企業にも支援を呼びかけていく。国内の問題を外国に頼る経済大国という図式を見て、インド人、取り分けインド人男性がどう受け止め、考えるかが分析のポイントとなる。

壮大な実験だが、カースト制を再興させたのも植民地時代のイギリスに他ならない。植民地という発想自体が間違っているのだが、取り分け酷いのがイギリスだ。支配する上で最善策を付け焼刃的に講じて、後でどうなるのかを全く考えない。インド経済の長い停滞期間を生み出し、今でもインド人口4割の人々を貧困に陥れる元凶となっているのだと認識して貰う必要がある。大英帝国と偉そうに誇った処で、実態はハリボテでしかなかった。パックス・ブリタニカが富の収奪で成り立っていた事実は、イギリスが植民地を失っていく過程で、同時に衰退を続けていった事で実証された。

インドという国土にも、キャパシティは存在する。北朝鮮とベネズエラをたまたま日本が関与し統治者を請け負っているので、手を上げたに過ぎない。インドだけでなく、差別による貧困問題を抱える国は数多ある。日本がお手本になれるのかも問われる事になる。実態を晒せば、他国の人々を日本で受け入れるとブチ上げると、日本人は抵抗の意志を必ず示す。排他的な思考を持つ人々で溢れかえっているからだ。土地に余裕があるという面もあるので北朝鮮とベネズエラを今回は使うが、日本政府の支援策がどのような実を結ぶかによって、日本人の思考が改まって行けばと考えていた。

まずはインド政府として日本の提案を受け入れるのか、インド議会がどう反応するか等が、当面の焦点となる。

(つづく)

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