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(4) 祝、創業  日本政府 株式会社


 宿にチェックインして、夕飯を食べに行く前に、東京に居るゴードンCIOに無茶振りメールを送る。

・北海道の地域通貨的なネットバンク事業を始める。名称はプルシアンブルーバンクとする。しかし、オイルマネーを扱う本体とはシステム自体は切り離す。将来的に日本全国で使えるようにするが、取り敢えず北海道エリアに限定。

・旅行客と北海道民に北海道で利用出来るカードを発行する。スイカICチップが入ったカードで、スイカ払いと連動させて決裁とする。
海外からの旅行者で使う人は、事前にネット申請をして、入国時にカードを渡す。出国時にカードを回収する。

・釧路にデータセンターを設けるのは中止。ニセコかトマムを道内システムの拠点にして、旭川市にシステム部隊を常駐とする。ネットバンクのシステムもここへ置く。

・センターの場所次第だけど、開発期間は3ヶ月目標で7月サービス開始。よろしく!

こういう感じでメールした。数分立って「いい加減にしろ!」と返信があった。どうやら、やってくれるらしい。もうネットバンクのシステム自体は完成しているのだから、簡単なはずだ。6月でも可能ではないだろうか・・

「どうしたんです?また嬉しそうな顔しちゃって」ドライヤーをかけ終わった幸乃が、バスルームから出てきた。

「え?いえいえ、何でもありません。では夕飯に参りましょうか・・」

立ち上がって、幸乃の背を押すようにして部屋から出る。廊下を歩きながら考えていた。釧路はホテルの数は多い。ここも釧路一と呼ばれたホテルだったが、ちょっと格が劣る。常宿にしたくはないな、と思っていた。
どうせ道内をヘリで移動するのなら、宿泊先は旭川や札幌、富良野でもいいかもしれないと考えた。北海道の地図を見ても、丁度、旭川は中心にある都市で、どの街に向かうにもいいだろうと考えた。空港もあるし、釧路よりも羽田と往復する便も多いので。
次回は北海道第二の都市、旭川市に訪問して、そこで北前新党とプルシアンブルーの事務所を探してみようと思った。確か、カフェも出店する筈だし・・何故、札幌ではないのか?と言われるかもしれないが、立地とITがあるから仕方がない、と押し通そうと思った。少しくたびれた繁華街を見ると「釧路離れ」を後押ししてしまう。運転手さんから教えて貰った居酒屋へ入って、魚介類を片っ端から頼んでゆく。
30年前は釧路漁港も日本一の水揚げ量を誇ったが、今では銚子と焼津に抜かれ、3位になってしまった。それでも北海道では有数の漁港だ。何よりも、北の海の魚は美味い。

明日は、市内の公立大学と高等看護学校に表敬訪問に向かい、その後で釧路市長と昼食を食べて都内へ帰る。
今度の連休中に、札幌と旭川に幹事長として行きましょう、党の事務所を構えましょうと提案する。釧路じゃないのか?と聞かずに、幸乃も頷く。そう、何でもかんでも釧路にしなくてもいいと幸乃も気づいたのだろう。2035年には、連絡事務所だって不要になるのだから。釧路もその頃には、活気のある街に生まれ変わっているに違いない。

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モリからメールを受け取ったゴードンは、早速、システムのサイジングを行い始めた。しかし、考えている内にモリの意図が分かってきた。「ニセコとトマムにセンターを置く、拠点は釧路ではなく旭川」「旅行者にカード発行」・・ボスの目的は明らかに旅行者だった。北方領土への渡航も増えるだろうし、北海道の旅行産業は拡大するのは間違い無い。そこで先行して金融機関を用意して、北海道経済の牽引をしようという発想だろう・・沖縄でも地域限定ネットバンクをやると言い出すだろうなと思った。
先に、沖縄のデータセンターを当たっておいた方がいいだろう。それと那覇に事務所も置くに違いない。後でチエに旭川市と那覇市のオフィスを当たって貰おう・・
旅行者が北海道や沖縄で何を購入し、何にお金を使うか、このデータが集まってくれば、そこに、新たなビジネスが生まれる・・政治家なんか、辞めればいいのに・・ゴードンはそう思って笑った。

ーーー

モリ達が夕飯を食べ始めた頃、クアラルンプールを飛び立った副外相一行は、次の目的地、インドのムンバイへ向かっていた。
マレーシアでは日本政府の電力事業を紹介し、合わせて安価なEV車両と電気スタンドのパッケージを提案した。インドも同様に提案を行って、次はインドネシアに戻ってくる。
副外相の一行は、補佐の志乃議員の他に、経産省のイラン調査団の電力事業担当者と、モリが企画したEV車の担当の2人と、通訳の外交官1名と幹事長室の秘書で通訳の小森さんにSP2人という8人チームだった。

テヘランで始めようとしているスマートシティを参考にして、ボルネオ島のブルネイに隣接する都市・ミリを想定して提案を行った。「油田で太陽光発電としましょう」と。ミリのスマートシティ事業計画を、ゴードンのチームが作成したCGを使って、松坂自らがプレゼンした。
しかし、マレーシア政府は、シンガポールに接するジョホールバルを先端都市にしたいと企んでいた。ミリよりも先に、ジョホールバルという意見に日本チームは驚いた。
シンガポールにもいい意味でプレッシャーをかけられるので、それはそれで面白いかもしれないが。マレー政府は東海岸側のヤシ畑プランテーションの合間に太陽光パネルを並べたいと、設置する農園まで指定してきた。

マレーシアも、太陽光パネルを並べての発電は考えていたが、ITで都市全体を管理し、行政運営に必要な様々なデータをもたらすなど、そこまでの運用は考えていなかった。且つ、日本政府による行政コンサルまで請けられるとなれば、それは有り難い話だった。6月にテヘランで実証するので、是非見学に来て欲しいと結んだ。
当然イランに来る際には、マレーシアのエネルギー会社であるペトロナス社にも同行して欲しいと首相に伝える。ペトロナス社は海底油田の掘削技術と管理運営では、世界有数の企業でもある。イランの海洋油田開発に、日本とジョイントベンチャーで臨もうと既に提案していた。
この日はオフで、松坂と志乃はキャメロンハイランドへ飛んで、提携している農園を訪問し茶葉の状況を見学して帰ってきた所だった。
生育も順調で、6月には良質な茶葉が収穫できそうだった。幸乃はHookLikeCafe向けの必要数量の契約を行い、当面の必要数を確保した。インドではアッサム州に初めて寄って、農園を見学する予定だった。インドネシアもバンドン近郊の契約農家に寄ってくる。オフの日であっても、息がつけない北前新党の議員達だった。

ーーーー

オセロ、ストックホルム、ヘルシンキと北欧を訪れていた副首相一行は、モスクワに表敬訪問していた。
副首相兼外相と、娘で外相補佐の蛍議員に、こちらも経産省の電力事業担当者と外交官と幹事長室秘書で通訳の坂口さん、にSP1人という組み合わせだったが、経産省チームはモスクワへは寄らずに、ヘルシンキで日本へ帰っていった。

鮎は大統領とは初対面だったが、日本での調印式のスケジュールを伝え、ロシアからはチェルノーゼム、国土地帯の耕作放棄地を中心とした農地のリストを貰った。神奈川県の面積に匹敵する土地だが、日本円に換算すると260億円だという。母と娘はケタが違うのでは?と目を疑った、神奈川県が260億でいいの?と。

「ご主人の計画によって、その土地はロシアに富を齎すものに生まれ変わるのです。今は半分が使われていない農地なので、そこは無償とさせていただきました」内相がそう言って笑った。
秘書で通訳の坂口さんが笑っているアルテイシアを見て「これ、何かの冗談でしょ?」と訳す前に言ってしまい、慌てて訳して母娘に伝えた。

その後、アルテイシアが3人の女性を引率して3軒の家を廻った。鮎と蛍は迷わずに最後の家に決めた。築60年の洋館で、以前はモスクワ市長の公舎として使われていたと言う。今の公舎は市役所のそばにある高層マンションなのだという。
この家は、海外の高官の長期滞在の宿泊施設として時折使われていて、調度品もそのままで、大統領もオススメの一軒だとアルテイシアが達者な日本語で説明する。今夜は3人でお泊り下さいと言うことになった。

坂口さんがその家の動画を撮りまくって、日本に送ってきた。

誰も彼もが啞然とした。「貴族?」「幾らするのこれ?」「ちょっとちょっと・・」モリと幸乃が一向に返信が無いので、特定の女性陣は状況を察していたようだ。2人が、このモスクワと上海の洋館を知るのは、翌朝となる。

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台北の自宅にいた劉は、マレーシアを訪問中というニュースを見て驚いていた。日本の副外相が首相と握手して、経済提携に合意したと報じていた。

・イランの海底油田の掘削と油田運営をペトロナス社と共同事業で行う。
・ミ・ビシ自動車とマレーシアのプロトン社が再び提携、新型EV車をプロトン社でノックダウン生産を行う。
・ジョホールバル市をスマートシティ化、日本政府が行政指導を行う。

元々、前首相のマハティールの頃から、ルックイースト政策の親日国だった。プロトンもマハティールが作って、ミツ・シ車のノックダウン生産から始まった。ペトロナスもマハティールの息の掛かった大企業だ。それを、再び束ねてくるとは・・
副外相の一行は、次はインドとインドネシアを訪れるという。似たようなパッケージを提案していくに違いない。

何よりも、モリがイランと中国で始めた事業をもう横展開してきた事に衝撃を受けていた。このスピード感は何なのか。インド、マレーシア、インドネシアの共通項がまだ良く分からないが、今回の外遊コースから漏れている国々は穏やかではあるまい。タイは内政不安定だから仕方がないにせよ、香港、フィリピン、ベトナム、シンガポールは最初のターゲットにならなかった。この理由が知りたかった。やはり、香港は中国統治問題があるからだろうか・・続いて、モリが北海道に居るニュースが流れた。

童顔のこの男からは、あまり覇気のようなものが伝わって来ない。穏やかそうに見えても、実は胸に秘めたものは凄いのかもしれないが。彼にどう接していけばいいのだろうと考えていた。しかし、この様子から、自然体でいいのではないかと思う。
しかし、だ。この男に何を与えたらいいのだろう?そこが未だに決まらなかった。
金には困っていないし、地位も申し分ない。女に困るような容姿でも無い。すると、やはり事業くらいしか思い浮かばなかった。香港で銀行開銀だろうか?香港の繁華街にカフェを何店舗も出店させるか?いや、香港の商工会のトップ達に引き合わせて、色々と共同事業を持ちかけるのがベターだろう。どんな事業をすればいいのかまだ分からないが、まずは、金持ち同士を結び付ければ、何かしらビジネスの種も広がってくるだろう・・・

「お父さん、この人、誰?」 ダイニングに入ってきた娘がテレビ画面を覗き込んでいた。

「日本の政治家だ。今度、会うんだ」

「へぇ、俳優さんかと思った。こんな政治家が居るんだね、日本には・・」

「HookLikeCafeの、事実上のオーナーでもあるんだ」
 台北に来てから娘のお気に入りの店でもある。お陰で劉自身もファンになったのだが。

「そうなんだ。そうか、この人が・・じゃあ、そこそこお金持ちなんだ」

「そこそこどころじゃないらしい、父さんなんか足元にも及ばないよ・・」

「ふーん、そんなに・・・台北で会うの?」

「いや、来週末にベトナムでね」

「ベトナムかぁ・・ねぇ、私も一緒に行っていい?」

「構わないけど、仕事の邪魔をしないと約束できるかな?」

「そんなのしないよ、私は観光でもしているわ」

「やっぱり遊びか・・」

父親は娘の顔を見て笑ったが、娘の目的は、この日本の政治家に接触することだった。

ーーー

上海でホテル住まいをしていた「上海北陸公社」の総経理の志木さんは、坂口さんが送ってきたモスクワ郊外の洋館の映像を、元客室乗務員の2人と見ていた。

「モスクワがこれなら、あの家でもいいんじゃないの?」上海市から紹介された何軒かの家があるのだが、以前フランス人が住んでいたという洋館があった。当然、そこが一番なのだが、自分たちの住まいになるので、二の足を踏んでいた。「これは格が合わないだろう」と。
でも、幹事長家族の家なんだし、モスクワの家がこの佇まいなら、十分釣り合うのではないか?と3人は思った。

「もういいよね、この家で」志木さんはえいやっと、返信した。

「モスクワの家も素敵ですが、上海も負けていませんよ。みなさんがお見えになっても、部屋がタンマリ空いてるので、余裕で泊まれます」 こんなコメントを付けた。

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「ちょっと、ちょっと。世の中どうなってるのよ!」ベッドで寝ようとスマホを見ていた樹里が飛び起きた。

廊下を走る音がして、姉がノックして入ってきた。

「この家、上海で見た。疎開地の一角にある一等地だよ!」

「そうなのね・・もう何が何だか分からないわ。私達、とんでもない父親に拾われたのかもしれない・・」

「何言ってるの、私にとっては大事な旦那様だよ〜」

「養女なのに?」

「上海でプロポーズされちゃったもんねぇ〜」

「え? ちょっと、なによ それ!」

「血はつながってないから、籍を入れる事も出来る。お前を離したくないってね〜、うっひょー。妹よ、おやすみ〜」

そう言って部屋から出ていった。枕を投げたが、直ぐに閉められたドアに当たって、バフっと落ちた。

「なによ、それ・・」バフっとベッドに倒れ込んで天井を見ていたら、閃いた。 そうか、この手があるぞ、と。

(つづく)

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