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(3) 進化と変遷、そして、抜け道探し


 夕方北朝鮮からの一行が北京に到着したとの報を受け、日本外交団に緊張が走った。中国の外相は予定通りに進むと言っているが、日本としては北朝鮮とこれまでの経緯があるだけに気持ちは穏やかではない。それでも、ようやくスタートラインに立てたという実感は湧いてきた。

ロシア外務省のセルゲイ氏が説明を始める。完璧なクイーンズイングリッシュに一同が注目した。
「日本の皆さん、本来ならこれを説明するのは私の役割ではなかったのです。代わりにご説明します。明日 北朝鮮の前では話せない内容ですので、扱いについては、お気を付けください。では、始めます・・」

外交団も、鮎でさえ知らなかった計画を知らされる。驚愕の内容だった。食糧配布だけで終わる話では無かったのだ。外交官達は途中から嗚咽し始めた。ここまで中国とロシアが手を差し伸べてくれるとは、夢にも思わなかったからだ。更に、アメリカまで加わる・・

「金森外相、もう誰のプランか、お分かりですね。あいつは本気です・・」セルゲイが優しく言うと、涙が溢れ出た。

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 韓国の外相とのネット会議が終わった。
韓国は残念なことにノープランだった。そもそも、援助プラン自体に付け入るスキがないのだ。アイディアが浮かばないのも仕方があるまい。
そこで日本から「依頼」という形で申し出る。石油精製の要請と、タンカー入港を認めて貰う。明日の会談次第となるが、韓国海上保安庁による、北朝鮮海域までのタンカー護衛を了承して貰う。
結局、杜が考えていた通りとなった。

「あの人はたいしたものだわ」「まったくです」と外務省職員と会話をしていた。副外相の隣で、職員達がレポートの纏めをしている。日中露に訳したものをそれぞれ用意して、北京に送らねばならない。北京は東京より1時間遅い、17時だ。送るまで1時間もかからない、今夜の4ヶ国面談までには間に合うだろう。

「松坂さん!これを見て下さい!北京から送られてきました。プロジェクターに繋ぎます!」

表示されたのは日本語のパワーポイント資料、作成者名は杜だった。一同が唖然となった。松坂の目に涙が浮かんでいった。

「どうしてここまで・・また一人で勝手に決めちゃって・・」全員が目に涙を浮かべていた。

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ソウルと東京には時差は無い。

完敗だった。付け入る余地など無かった。プランとして非の打ち所がなく、日本側の説明に圧倒された。補給業務ではITを駆使し、食糧配送には不足や過剰は考えられなかった。
北朝鮮側から町の人口分布を入手し、プログラムに入力する。それぞれの町毎にコメ、麦、芋などの量を、どれだけ届ければ良いか瞬時に判断される。トラックの積載量を入力して、グーグルマップ上の配給路を決めると「Aルートにトラック3台が必要」と表示がされる。この配送プログラム開発を日本が手掛けたのだと言う。

北朝鮮政府への融資窓口と、中国、ロシアとの経費精算を行う業務を仕切る銀行の開設まで決まっていた。イランでの金額返済方法は石油であったが、北朝鮮の金額返済方法に関しては、まだ協議で合意されていないので証してくれなかった。おそらく、レアメタルか石炭になるだろうとの事だった。

トドメに日本から情けを掛けられた。タンカー寄港地と石油精製と海上保安庁の護衛の要請だった。
「せめて、石油の半分の費用くらいは私達が負担しましょうか・・」外相が言うと、外交官が頷いた。日本にしてやられたと臍を噛んだ。

韓国側は3カ国支援がイランで迅速に行われた理由が初めて分かった。
このITプログラムがあれば、配送業務は誰にでも行える。地理に不慣れな人民解放軍でも、システムの配送ナビゲーション機能があるので問題ない。日本の衛星が北朝鮮領内での配送期間をサポートするのだという。韓国側は、この配送ドライバーや荷降ろしを請け負おうと思ったのだが。実は、元となったのはカフェの製パン部門の物流システムだった。パンを全国に配送する幸が作成した配送プログラムに、サミアがカロリー計算のプログラムをアドオンして、人間が1ヶ月必要とするカロリー数から、摂取する食料品目を導き、人数分の計算をして、コメや麦の分量がはじき出されるようにした。

従ってこの為だけに作られたシステムでは無かった。費やしたシステムの開発費としては、サミアの半日分の労働時間と、パンの配送事業で幸がシステムの検証に費やした3日間だけだった。しめて、10万円も掛かっていない。

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 高揚した顔で大きく息をして肢体をくねらせて横たわっている杏の股関から滲み出た精液をティッシュで優しく拭き取って、バスタオルで汗を拭いて布団を掛けると、バスローブを羽織ってベランダへ出た。

17時を廻って対岸のビル群の電飾が付いていた。暖かい風を頬に感じた。春が来たか、そう思った。
ようやく、ようやく、ここまで辿り着いた。全ての段取りは整った筈だ。確認するまでもない・・ぐっと握った拳が小刻みに震えていた。

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19時の国営放送のニュースを蛍と火垂が見ていた。

「本日夕方、北京国際空港に北朝鮮外相一行が到着しました。今夜は日中露3カ国外相と夕食を共にし、明日からの会談に備えます。外相がNH・のインタビューに応じてくれましたのでご覧下さい」

「日中露3カ国のご支援に心から感謝しております。一刻も早く内容を固めまして、食料供給に着手が出来ればと考えています」

「供給方法や手段などは、ある程度、決まっているのでしょうか?」

「ええ、大枠は決まっています。後は私共の方で、援助活動で入国頂く方の宿泊施設や休憩所を確保したりといった、受け入れ側の準備が必要となる位です。その為に、配送スケジュールを具体的に決めなければなりませんが」

「スケジュールが決まれば直ぐにでも実行出来るということでしょうか?」

「おっしゃる通りです。来月早々にもスタート出来ればと考えています」

「外相、突然お引き止めして申し訳ありませんでした」

「こちらこそ。日本の皆さんのお陰です・・北朝鮮を代表して、御礼申し上げます・・」

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「すごいな。これはもう、決定じゃないか!」

「本当ね、良かった・・」

「でも、どうして国営放送だけなんだろう?他のマスコミは?」

「えっとね、あの記者さんだけ、お父さん達と同じ飛行機でモスクワから北京まで来たのよ」

「それって、依怙贔屓?」

「そういう事になるわね・・でも、誰かが伝えてくれないと困るでしょ?」

「そうだけどさ・・」

明日、息子達が学校始業に合わせてやってくる。娘だけ富山に留まるが、明日のこの時間で、祖母と父親の成果を、みんなで見ることが出来ると思うと胸が締め付けられる。
あの人がここまで段どった、大きな大きなパズルの、最後のピースに、ようやく辿り着いた。凄いひとだ・・

「母さん、どうした・・」

「うん、ごめんね。なんだか嬉しくって。漸くここまで来たんだなって思ったの。お父さんが描いた通りになって、本当に良かった・・」

「すごいよね・・親不孝な息子はこうして、ここで見守るだけだ。長男だって言うのに、家族中に迷惑かけて・・折角、父さんが成功しそうだって時なのに・・」

「火垂、もうやめさなさい。誰も反対なんてしていないんだから。後悔をしているのはあなた達2人だけ。いつまでも悔やんでいる場合じゃないのよ。あなたは前を向きなさい。父親になる覚悟をなさい。そして決めるの、家族を、2人を守るんだって。
父さんを目指すんだったら大変。だから、自分なりの父親像を描いて、そこを目指していきなさい。まきちゃんと生まれてくる赤ちゃんの為に・・」

「分かった・・」 テレビの解説を食い入る様に見始めた。

昨夜、火垂がした話を、朝の閣僚会議後の防衛大臣に聞きに行った。そしたら、笑われたのだ。「それは一体誰のアイディアですか?」と。

「息子が、配送業務にドライブレコーダーと配送プログラムをリンクさせて、偵察衛星で上空から追えたら、北朝鮮の主要な道路を丸裸に出来ると言い出しまして・・」「それは似たもの親子ですな。杜さんは、もう既に手配済みですよ」と笑われた。

偵察衛星をどうやって使うかだなんて・・男子だから分かるのか?それとも、やっぱり、この親子だからなのか・・

蛍は、父親によく似た火垂の横顔を見ていた。

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「暖かいねー」 旧租界地のライトアップを左手に見ながら川沿いの遊歩道を歩いてゆく。杏が探したというオイスターバーに向かっていた。イランからずっと魚を食べていないと申告したからだ。川魚や鮭ぐらいしか摂取しておらず、魚介類が欲しかった。牡蠣が昨夜だったら、今夜は更に絶好調だったのだが・・

「ねぇ、君に伝えたいことがあるんだ」

「何?」

「杏を僕の娘にしたい。養子縁組ってヤツだ」

「養子?」

「普通養子縁組って言って、お母さんは生みの親として戸籍に残る。で、義理の両親が僕たち夫婦になる」

「えっと、それって名字も杜になるのよね・・」

「そうだね、日本の法律では 残念ながら別姓が認められていないんだ」

「樹里と玲ちゃんは? それに、さっちゃんと彩乃ちゃん」

「二十歳になってからなんだ。 本人同意だけで済むのは」

「そうなんだ・・」

「慌てなくてもいい、ゆっくり考えて欲しい。鮎さんの養子でもいい。その代わり金森になっちゃうけど」

「どうしたの、突然・・」

「君を・・杏を、手放したくない。養子になっても血は繋がってないから、イランだったら重婚ができるから、結婚して子供も産める。まだまだ先の話だし、どうなるか分からないけど、里子さんと一緒に家族として生きていきたいと思っているんだ・・」

涙目になって飛び込んできて、腕の中で泣きじゃくる。胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で話しだした。

「杜 杏って漢字にすると中国名っぽいんだけど、それは火垂の時に考えたから・・」

「金森 杏でもいいんだよ?」

「じゃあ、そこだけ悩んどく・・でも、どっちにしても先生の娘でいいんでしょ?」

「金森だと義理の妹になる。でも、お兄ちゃんって呼ばれるのもなぁ・・」

「それもいいね!」 急に顔を上げて微笑む。

「娘の方が無難だろ? こんだけ年が離れてるんだから」

「じゃあ、ちょっとだけ悩む!」 涙目の笑顔が可愛かった。

(つづく)


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