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第8章:タイアップ企画の本格化 (1) 蹴球


 日本のコンビニ業界に変化が生じた。フランチャイズ店舗のセブンイ・ブンが、米国子会社Indigo Blue Grocery Japanの資本参加により、新興コンビニのインディゴブルーのシステム採用と、商品の共有化が進んだ。セ・ンイレブンとしての独自色は「セブンプレミアム」がパン、惣菜、弁当類で展開され、それ以外は非フランチャイズ店舗のインディゴブルーと殆ど同じとなった。フランチャイズと非フランチャイズの価格を揃えるために、親会社のほっくりっく社、インディゴブルーの日本法人は人海戦術を展開していった

フランチャイズ制度を毛嫌いしていた香澄社長が、セブン・レブンのフランチャイズ契約を残す必要があったのも、オーナー制度が存在する以上、払拭しようがなかったからだ。オーナー制度ありきで、悪弊とも呼ばれている諸課題を、少しでも軽減しようという大目標を掲げて取り掛かっていった。
同じコンビニグループとなるインディゴブルーの販売価格と同様に、定価から2,3割引で販売できるようにする為に、オーナーの利益率を維持しながら、卸価格を下げた。24時間対応用としてAIロボットを販売員として配置し、深夜労働から開放した。ロボットを販売員とする為には、店内監視システムも対応したものに変更しなければならない。結果的に設備投資が嵩むので、このままでは資本参加した意味が無い。販売価格を下げる事自体が厳しかったが、とにかく店舗毎の売上を上げることで、体制を維持する戦略を掲げた。まず、各店舗周辺の立地と顧客層と、今までの売上の把握と分析を行い、店頭に配置する商品を店舗ごとに変えた。店舗によっては弁当、惣菜の面積が異様な広さとなり、品数もセブンイレブンの通常の品揃えから逸脱し、スーパーのインディゴブルーの商品も並べて、商品棚を拡充する店舗も出現した。従来のコンビニの枠に捕われずに展開していった。

周辺の競合店からいかに客を奪うかを、各店舗ごとに販売戦略を立ててゆく。店舗オープン後も、店舗売上分析AIツールを使って、売上推移を見極めながら、店頭に並べる商品の調整を行い、それぞれの店舗の売上目標に近づけていった。コンビニの店舗ごとに戦略を立て、その進捗状況に応じて対策を講じる・・膨大な工数となったが、ここまで手厚くサポートする管理会社があっただろうか。コンビニのオーナーの中には、人生を賭けて、なけなしの資金を集めて始めた方が殆どだった。2020年以降はコンビニ事業から撤退するオーナーや、大して支援もされないままに契約の一方的な打ち切りに追い込まれるオーナーで溢れた。契約時だけは揉み手で迎えて、後は野となれ山となれというのが日本のコンビニ事業の姿勢だ。そこに、一石を投じた。「とりあえずオーナーを成功させよう!」そんな会社は初めてだった。

セブ・ンホールディングスの戦略が「各店舗売上達成」なので、自然と競合店との競争となる。客を取られて閑古鳥となった周辺のLAWS・NやFami/yMartのオーナーは困りはてる。セブンイレ・ンへ鞍替えしたいという要請が全国規模で起こっていた。深夜労働をロボットとAIに任せる事が出来る。商品を2割3割引きで販売出来る。その上、売上維持の戦略まで立ててくれるというのだから。コンビニを閉店した元オーナーからの開店申請も相次いでいた。
「この期待に何としても応えましょう」社長の香澄は全国各地の販売責任者にアイディアとツールと資金を与えた。更にインディゴブルーの販売責任者と、スーパーの地区マネージャーも店舗開店時はサポートに当たり、全社一丸となってセブン・レブンの各店舗の改良に取り組んだ。全国で2万店舗、新規申請だけで5千店舗近くの件数となる。インディゴブルー側の全勢力を傾けても、全然足りなかった。
それでも店舗を一店一店改良するごとに確実に成果が出ていった。セブ・ンホールディングスの社員も、インディゴブルーの社員も、その結果に満足しながら仕事に当たった。この全社的な取り組みが功を奏した。別会社同士の垣根が取り払われて、社として融合が進んだような実感を、香澄社長は感じていた。
日本の元祖とも言えるコンビニエンスストアを、何とか維持できるのではないかと社員一同が自信を持って、実感をかみ締めていた。傘下に収めた2社と合わせて、3社一体となる、そんなきっかけとなる大プロジェクトが進行していた。

セブ・ンイレブンの業績の急速な改善と、各店舗ごとの斬新なまでの戦略を目の当たりにして、流通業界担当の記者やメディア担当者はセブ・イレブンの変化を絶賛した。それと同時に、これまでのコンビニ事業がいかに人に優しくないもので、理不尽なものだったのかを書き殴り、話題になってゆく。既存の状態のままのLAWS・NとFami/yMartの存在を完全に無視した格好になっていた。

また、セ・ブンホールディングス社は、親の親のそのまた親会社のプルシアンブルー社と共に、サッカークラブチームの沼津エスパルスに出資すると報じた。市民クラブが母体でもあるエスパルスの経営体制を尊重し、支援していくとHPのニュース情報でこっそりと報じた。エスパルス側も、同日2社の資本の受入れを表明した。
セブ・ホールディングス社とプルシアンブルー社で15%づつ、計30%の資本参入となった。セブン社からは、クラブハウスでの食事と選手の栄養管理の支援を行い、プルシアンブルー社からは選手移動時の専用航空機とバスの提供を行うと報じられた。モリ三兄弟が加入したからだろう、と誰もが思った。

エスパルス社長とセブン社の岩下香澄社長とプルシアンブルー社の山下智恵会長が、契約後に手を取り合った写真が、エスパルスのHPに掲載された。
「クラブ専用機」「契約農場が提供する食材で、万全の栄養管理」という華やかな支援体制に目が行くが、プルシアンブルー社としては「対戦 AIツール」の保護・保全が目的だった。あゆみと圭吾が勝手に作ったプログラムとはいえ、プルシアンブルー社のシステム資産を使っているので、是が非でも押えておく必要があった。今回のエスパルスへの出資額5億円も、杜あゆみが個人負担することになった。事実上、30%のオーナー権利はあゆみに渡る。残りの問題は、AIツールを別チームで使っている杜 海斗の存在だった。エスパルス社はAIシステムが置かれている状況を理解し、最近の海斗活躍ぶりから、選手として獲得すると応じた。手元には投資された資金もある。レッドダイヤモンドへの移籍の要請は、予想に反して直ぐに受理された。どうやら親会社の自動車メーカーとモリとの長年の関係が左右したらしい。
親会社の自動車会社が忖度し、先に手を回したようだ。

今回の出資に関して、プルシアンブルー社へ出資を促したのは香澄だった。
杜家とは2軒隣の近所で、幼馴染で中学高校が後輩の杜兄弟から、香澄が話を聞き、これはビジネスになる と 飛びついた。杜 歩が検討していたアルゼンチンとコロンビアのクラブ、どちらかのクラブ買収を考えているという計画を聞き、エスパルスの提携チームに出来ないかと香澄は考えた。オフシーズン中の南米の選手をレンタルして、日本側の戦力に充ててみてはどうだろうとアイディアを出した。
南米のチームにも、このAIツールを提供し、提携した日本と南米のチームを常勝チームにしてしまおう、という話になった。その提案内容をもって、香澄はエスパルス社に打診をしたようだ。子供達だけで勝手に話が進んでいたので慌てて山下智恵会長に入って貰ったら「クラブ専用機だ、専用バスだ!」と智恵の方がはしゃいでしまう、オチとなってしまった。

また、プルシアンブルー社は、傘下の衣料のRs Sports社、コンビニのセブ・イレブン、ブルースター製薬の栄養補助食品で、モリ4兄弟をCMで使い出した。2034年がワールドカップイヤーと言うのと、AIによる売上予測が想定以上に良い数値だったというのが理由だ。企業というものは恐ろしいものだ。こうしてしっかりと元を取ろうと考える。4人にしてみれば、妹から「施し」は受けているとは言え、クラブとは無給契約だったので臨時収入を得られて喜んだ。税金の支払いやら何やらと出費もあるので、帳簿上の収入が発生するのはとても助かった。CMも実際の撮影は一切していない。勝手にangle社がCGで画像を作り、AIが全体を調整した。

チームが5連勝と波に乗っているので、CMも効果的と判定されていた。いきなり台風の目となったエスパルスに、自然と注目が集まる。特に静岡県民はサッカー好きな県民性なので、CM効果が最も出る県となった。しかも、静岡は日本有数のマーケティング県でもある。隣は名古屋、その逆には神奈川・東京と最適な立地にある。都市部の方々向けの商品開発のテスト販売先として、昭和の頃に確立された。
それ故にセブンホ・ールディングスがスポンサーに加わった。新商品をトライアル的に静岡県内のコンビニやスーパーに投入して、反応を確かめて、結果が良ければ全国展開するという流れだ。AI予測の精度向上にも適している。AIが考案したコンビニ・スイーツやRoute55の新作アイス等、毎月のように店舗に置いて、売れ行きを試すようになってゆく。

サトーココノカドーが沼津、三島、静岡と県内に3店舗。買収したスーパーは旧ヤオハンの店舗もマックスバリューもあるので、殆どの街に大小様々なスーパーが乱立状態になっている。セブ・ンイレブンともなれば、更に県内に溢れている。
大型店舗の旧イ・オンモールには、衣料とスポーツ用品のRsが店舗として入っている。そこでエスパルスの各選手のデザインしたスパイクやシューズ、トレーニングウエアを売り場に並べる。売れ行きの良かったデザインを、全国へ、世界へ展開してゆく。
菓子や惣菜類と同じで、全ての選手の発案をバカ正直に販売するのはリスクが高い。火垂や海斗のように、明らかにセンスのかけらも無い選手は、商品化するだけ無駄なので、製造すら至らなかった。しかし、圭吾と歩はちょっとだけ違った。圭吾はA代表の選手で、海外クラブ選手としての知名度もあるので「名前で」勝手に売れる。名前の知られていない歩に言わせると「サラリーマンよりもトレーニングウエアを着ている時間が長いから、こんなウエアが欲しいと考える時間が少しだけ多いのかもしれない」と言う。
いずれにせよ、商品化されるのも、売れるのも、チームが強くなったからであって、チームが弱くなれば自ずと売れ行きも怪しくなるだろう。

ベネズエラでも勝手に動いていた。Blue Mugs社の幸社長とIndigo Blue Grocery社の樹里社長が、あゆみを連れてアルゼンチンとコロンビアへ、クラブの視察と提携交渉へ向かった。
歩が目を付けていたのは、1部と2部を行ったり来たりしている下位のクラブで、双方とも、昨シーズン末に1部に昇格したチームだった。両チームのオーナーも、アメリカの大企業の社長がやってきたので資本参入には前向きだったのと、あゆみがプレゼンをしたAIツールの存在に目を光らせた。選手層の薄いチームには効果的だと理解されたようだ。
娘達は自分たちが企業売却益をたんまり持っているので、3人の個人名義でもって、51%づつ資本を所有してしまう。いきなり、2つのチームのオーナーになってしまった。馬主か株でも買うかのような短絡な行動だ。オーナーの権利を手に入れるや否や、早速 各クラブ5選手づつを選定して、計10人の選手を日本へ送る段取りを取りたいとクラブ側へ提案した。

娘達の思いもよらない金の使い方に呆れながらも、母親たちはプロセスと結果を見直して、感心した。アルゼンチンとコロンビアクラブのそれぞれの投資額が2億円づつだった。それだけでクラブのオーナーになれるのかと驚いた。歩が目星をつけていた理由は、クラブ自体の価値がそれほど高くなかったからだ。エスパルス自体を買収すると約20億円が必要となる。今回のアルゼンチン・コロンビアのクラブチームを買収するとなると、1クラブあたり約4億円となる。51%の資本で事実上の2つのクラブのオーナーになる。クラブを強化して、有力選手をヨーロッパのクラブチームに排出できれば、簡単に元が取れるとあゆみが煽ったらしい。おまけに、4兄弟や日本選手の移籍先としても使える。アルゼンチンとコロンビアのチームはそれぞれ得た資金で、オフシーズン中の選手の補強に乗り出してゆく。日本に送り込む10人の選手分のレンタル収入も得られる。
2億円プラスαで一つ上、2つ上の選手の獲得に乗り出していった。

富山から沖縄に向かっていたモリは、機内で杏からメールを見せてもらって唸った。外国チームとレンタルありきで提携をしているJリーグのクラブは多分ないだろう。アントラーズがブラジル人の元監督、元選手と顧問契約を交わして、個人のネットワークでブラジルの有力選手やコーチ陣を招集しているが、南米のクラブと提携するという発想自体が新鮮だった。日本のチームの大半はヨーロッパのクラブしか見ていない。しかし、選手層で言えば中南米の方が安くて上手いかもしれない。ブラジル以外の南米クラブとの繋がりも日本としては初めてだろう。しかも、提供されたAIツールで各チームで情報共有すればチームは強くなる。そんな歩の斬新だが、可能性を感じさせる発想を周囲がビジネスモデル化してしまった。これは、日本のサッカー界を根本から変えてしまうかもしれない、と思った。

富山と沖縄に3日間滞在した後は、アジアを訪問しながらベネズエラへの帰路へつく。首相がベネズエラに残っているので、安心して寄り道が出来る。
どうしても2カ国と面と向かって話す必要があった。アメリカと中国で水素発電所と電力事情建設が決定し、アメリカは先行して建設に着手している。この2つの超大国の電力インフラを刷新し、維持していく重責を担うのだが、大勢のエンジニアが必要となる。
既に、現地のプルシアンブルー社の法人で採用を始めているが、その旨を各国政府、首脳に支援の要請をしておく意味がある。次は、インドとインドネシアの電力インフラ見直しが対象となるからだ。人口大国であり、IT先進国の2カ国にエンジニアの排出を要請し、そのノウハウを身につけて頂く、南アジア、東南アジアでの横展開でその経験は役立つのは明らかだった。
日本の外務省は、モリがベネズエラへの帰路にわざわざ立ち寄った形を取りたかったらしい。ベネズエラ大統領を使うなよ、と思ったのも、日本政府からのお土産まで持参させられたからだ。海洋国家インドネシアには艦船2隻を進呈し、近未来のアジアの大国インドには迎撃ミサイルを提供する。同盟国の2カ国に、周辺国での有事の際の役割分担を常にメンテナンスする必要があるのだと言う。インドネシアの脅威は、隣国パプアニューギニアであり、インドはパキスタン、トルコだ。それらの国が調達した軍備を上回る装備を日本が提供することで、南アジアと東南アジアの軍事的なバランスの均衡に日本が関与していると時々匂わせ、インドとインドネシアをパートナーとして見ていると、間接的に理解して貰う目的もある。その為に日本の外相と防衛大臣も連れて来ていた。インドネシア、インドを廻って、ベネズエラまで同行する。ベネズエラ以降は日本の外相と防衛大臣は別行動となる。外相はブラジルとチリを訪問し、防衛大臣は南米の自衛隊基地を表敬訪問する。
まぁ、初めての単独外遊先として南米は手頃だ、と言うことだ。

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ハワイのホテルの立ち上げを終えたヴェロニカが、再びベネズエラへやってきた。サンクリストバル近郊の介護マンション建設予定地を視察し、街づくりのイメージを膨らませていた。里子と玲子がヴェロニカのお付きとしてサポートし、次はパナマのコロン市にヴェロニカを連れて行こうとしていた。

コロン市に「中南米諸国連合」の連合本部を置くことになった。
建設に必要なものは、コンベンションセンター施設のある連合本部ビル、中南米諸国の証券取引所、国際貿易センタービル、そして中南米諸国版CDC、中南米防衛省社といった官公庁街のデザインと、大西洋側のパナマ運河都市としての商業・観光ゾーン、省庁勤務者の居住区、その街づくりのコンセプトをヴェロニカに描いて貰う。

「つまり、パパがその街に住むってことでいいんですよね?」

「ええ。その時、彼がどんな役職に付いているのか、分かりませんけどね」里子が笑って続けた。「問題は、運河の対岸の首都、パナマシティとの兼ね合いです。スケール感でいったらコロン市の方が大きくなる。コロンに高層ビル群を乱立させると、首都が廃れかねない」

「パパの好きな低層階ビルを広大な敷地に広げて、港湾都市の顔と田園都市の一面を持たせましょう。パッと見はパナマシティの都会的な華やかさに負けるけど、それでも、僅かであっても訪れた人にはコロン市の方がいつまでも印象に残る、そんな街にしてみようかな。それで外壁はパパの考えたっていうセラミックウォールで統一感を出して」また、特許収入が増えるのよねと、ヴェロニカは思いながら 口にした。

「港湾部は横浜の山下公園と神戸のポートアイランドみたいにすると、先生も喜ぶと思います。あっ、港が見える丘公園も!」玲子がいうと、「それは、あなたがそうしたいんでしょ」と2人に笑われた。

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富山から那覇空港にやってきた。機体は着陸態勢に入ってゆく。高度を徐々に下げてゆく。目前の分厚い雲が沖縄本島の上空を覆っている。タイミングの悪い事に、台風1号が北上していて、その雲が大量の雨を放出している。折角の沖縄視察なのに残念でならない。

着陸体制に入る前にモリが操縦席に座って、AIとのシンクロモードに切り替えていた。AIが機長で、モリが副機長のコンビを組む。モリが那覇空港の管制官と連絡を取り合う。雨天の着陸について詫びられるが、相手が政府の機体だから 詫びたのだと思いたい。
全ての機体にその都度詫びていたら、それこそ大変だと思った。それでも律儀に謝り続ける管制官なのかもしれないと、その丁寧な話し方から察してしまう。

しかし、雨天であっても、風の強い日であってもAIが備わっていれば問題はない。実際の視界が悪くても、サブスクリーンで晴天時の那覇空港の画面が表示される。しっかりとセンターラインもコースも目視できるというわけだ。後部座席の乗客の皆様にも、座席のモニターで「晴天時の着陸風景」をご覧いただく。この機能が追加されたのが3ヶ月前からだが、確かに気分は悪くない。雨だという意識も薄れてしまう。
タッチダウンすると、雨のなので多少スリッピーだが、そこも直に慣れる。
滑走路に降りてしまえば「そうだ、雨だった」と頭を切り替えれば、それで済んでしまう。
この機能がパイロットの皆さんにとても喜ばれていると聞いてはいたが、ようやく試す機会に恵まれた。

蛍と幸乃と杏の3人とヘリコプターに乗り込む。ヘリの搭乗時は傘が役に立たないので、レインコートを羽織っている。アコンカグア製のアウトドア用ポンチョでこういう時にしか使わない。
ベネズエラの雨季で、きっと必要になるだろうと思って商品化したのだが、そもそも雨の中を出歩く事をしなかった。雨の時は止むまで待つのが南国だった。それでも自衛隊には喜ばれた。軽いし、蒸れないし、撥水性は高い。降雨災害時活動や、雨天訓練には持って来いだと採用された。製品とは、どこでどう転ぶのか分からないものだ。
AIだって、自衛隊でこんなにバカ売れするとは考えていなかったようだ。

ヘリで辺野古へ向かう。10年前に自然破壊をしてまで滑走路を作ろうとしていた地だ。そこで、富山と同じ高齢者用介護住宅を建設しているので、視察にやってきた。辺野古も富山と同じ500戸なのだが、仕様が少々異なる。「あ、あれだよね?」杏が言うので頷く。富山は白い建物だったが、こちらは薄いグレーだ。薄茶も選べるが、グレーにしてみた。

自衛隊病院のヘリポートにゆっくりと降りてゆく。ポンチョを纏って、外へ出る。自衛官のポンチョはモスグリーンだが、我々のは赤だ。ヘリで救助される人々向けのポンチョなので「救助者」だと分かる色を選んでいた。

自衛隊病院に入って、自衛官の方にポンチョをそれぞれ渡して、通路を歩いてゆく。内部構造は富山と全く同じだが、中から見て違うのはサッシの構造だ。ガラスの部分が太陽光パネルになっている。通常の太陽光パネル程の発電量ではないが、標準の30%の発電量となる。夜間は航空機の窓と同じで、遮光スクリーンに変わるのでサンシェードやカーテンが要らない。日中の強い日差しを避ける時も使える。遮光もレベルを、それぞれ選択できる。

それから建物の外壁だ。全てセラミックパネルなのだが、このパネル全面に太陽光パネルが内部に敷き詰められている。これも標準よりも3割減となるが、建物全体で発電するので結構な電力量となる。この南国仕様の1号店が、辺野古の施設だ。当然ながら、大容量蓄電池システムと合わせて建設費は高くなるが、発電した電力を利用すれば3年で回収できる計算だ。
基本的に南国仕様モデルは電気代が掛からない。つまり、入居者の光熱費は水道代だけとなる。南国のお年寄りにとっては「お得」なのだ。

「うん、これならカーテンも要らない。外からも見れないんでしょ?」蛍がサッシのガラスの明るさを変えながら言う。

「うん、衛生的にもいいだろう?病院は白いカーテンとシーツっていうイメージがあるけどね・・」

「医師としては、白いレースのカーテンは欲しいかな?入院患者は病室で風を感じるものが見えるといいのよね」幸乃が言う。

「これじゃ、だめですかね?」モリがサッシを開くと、波の音が入ってくる。雨は庇で吹き込んでは来なかった。

「あー、なるほどね・・あなた、辺野古に住むって、前の知事と約束したのよね?」蛍が納得した顔をする。

「うん。この先にホテルを建設中なんだけど、そこのコテージの一つは北前社会党の保養所だよ」

幸乃と杏が喜んでいるが、蛍は首を傾げている。この女、いちいち煩い・・
「ちょっと!それって駄目なんじゃないの? 私的利用にならない?」

「まぁ落ち着いて。そもそも、誰の費用だったっけ?ここの建設費・・」

「あ、そうか。いいのか・・」

「先生、これだけ大きな建物が経つと、特許料はどの位になるの?」

「ええっと、ちょっと待って・・」 図面を出して、建物の容積率から25%引きで計算する。サッシもあるし、低く答えたほうがいい・・

「1千万切る位かな、まぁ、そんなもんかな・・」そんなに何棟も建つわけではないのだ・・

「Rs Homeの外壁をこれに変えたら? 丁度、ベネズエラの家と同じサイズで」

「10万もしない位かな・・」

「南国の外壁とサッシは全部これになるでしょうね。だって建設費は1棟あたり1千万ちょっとで、電気代がほとんど掛からなくなるんだから。それにコロン市の再開発だって、南米中のビルもこのセラミックを使えば、きっと・・」

「ちょっと待ってくれないか。それでも、通帳とカードを持っているのは君なんだよ。とっても残念なんだけど・・」

蛍がそう言えばそうだったと、急に笑顔になった。

(つづく)

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