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13章 ゆく年くる年 (1)'20年 クリスマス前(2024.1改)

「衆院を解散すべきタイミングではないか?」「自党の議席が減るのは避けられないだろうが、急な解散から選挙に持ち込んで、候補者擁立に戸惑っているうちに社会党の勢いを削ぐのも一計では?」
などと、首相の元に党の重鎮たちが代わる代わるやって来て、助言する機会が増えて来た。

与党の各派閥も、前首相や幹部たちの逮捕後、人員の新旧交代と刷新と組織の変革を掲げて、過去との決別、負のイメージの払拭を計る姿勢を打ち出している。
与党内で強気な姿勢を示す輩が増え出した理由は、国内で明るい話題が増えたからだ。与党が何か特別な事をした訳ではないのだが、脱コロナ、経済活動の再開を見通せる状況になった。どれもこれも社会党とプルシアンブルー社の度重なる成功のお陰なのだが、与党議員には馬耳東風だったらしい。

それでも未だ与党として政権を担っているのは紛れもない事実だとして、何故か胸を張ってしまう。バブル期の経済も、政治が何一つしていないのに恩恵を受けて、与党は我が世の春を謳歌していた。後に、バブルに託けて株価急騰を睨んだリクルート株で大失敗してしまうのだが。

2020年年末となり、北陸を中心に株価と地価が上昇に転じている現在の状況から多少の恩恵を受けても構わないだろうと、派閥ごとに会合を開き、コロナは過去のものとなったと忘年会を開いて痛飲し、日本と日本人の凄さを語りあっていた。
プルシアンブルー社がシンガポール企業である事実を無視して、実績を上げているのは社会党推薦の民間からの大臣たちであり、社会党の成果が積み上がっているだけなのだが、「日本だから」「同じ日本人として誇らしい」と俄か愛国者に転じて、ダメ議員同士で讃え合っていた。
社会党もプルシアンブルーのどちらも体制の歯車の一つに過ぎず、日本の駒が新たに増えただけだと豪語してしまう輩まで現れる始末だ。
実際、彼らは単なる傍観者でしかないのだが、我が物顔で評論しあっていた。自分達は上級国民で、公家か貴族にでもなった気分で居るのかもしれない。

経済主導の主役となったプルシアンブルー社は日本では株式公開をしていないのだが、日本の投資家が海外投資家の動きに準じて、海外株式としてのプルシアンブルー株の売買で利ザヤを稼ぎ、利益を日本企業株に投じている。また、日本の証券会社がプルシアンブルー社関連株の投資信託商品を販売し、人気を得ている。
中でも成長著しい富山県内の製薬会社や地方銀行の株式や、北陸の建設企業やホテル・旅館などの観光株が上昇している背景には、富山県内の研究所・工場建設等の大規模事業に関与しようと、「富山詣・富山進出」がトレンドになっているのもある。欧米と比べるとコロナ被害が軽微となった日本が、脱コロナの最右翼と見做され東京市場の企業株が上昇に転じていた。
そんな中で社会党が負担した拉致被害者救出費用やコロナ製剤の開発費用を、国が負担した形を取って与党の成果としようという意見も少なくなかった。内閣支持率も、社会党大臣の功績により上昇傾向にある。時間の掛かる人員拡充に頓に適合できない社会党の意表を突くのは「今しかない」と言う声が永田町で大きくなっていた。

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与党議員のレベルの低さは今に始まった事ではない。元々、党としても何一つとして実績を収めていないので、数だけ多い烏合の衆に過ぎない。
議員一人一人に秀でた個の能力がある訳ではないので、派閥に属す事で己を埋没させて表に出なくなる。派閥の幹部の方針と意見に従うだけとなるから、目立たなくなるのも道理だ。選挙で選ばれた代表者である議員が、小学生のように議会や会合に参加し、多数決で手を上げるだけの日々となっているのが実態なのだから。

組織の中で埋没し、表に出ない幼児のような議員の癖に厄介なのが、自己顕示欲は人一倍あり、チヤホヤされたがる特性があるという点だろう。何も実績の無い議員であっても擦り寄ってくる奇特な連中は、党内の状況や派閥の内情を探ろうとする記者しかいない。
自分が取材対象になった優越感に浸りながらも、以降継続的に取材を受け、重要な情報源として見做されるように、相手が欲する情報に、自論や自分の見解や判断を加えた上で記者に情報を提供する。
その結果、日本国内の既存メディアでは、政治家の単なる私見に過ぎない憶測記事で溢れ返る。取材する記者の思い込み、新聞週刊誌各紙の編集者の思惑、政権側の都合の良いように記事を捏造する媒体も含めてゴッタ煮のようになる。

記者が欲しいのは情報提供者なのだが、殆どの与党議員や与党のOBが一様に口が軽いので、内容はともかく情報だけは勝手に集まる。「嘗て政界で暗躍した人物が取材に応じた」として元政治家の見解として無責任な記事にする記者もいれば、誰かにとって都合の悪い話題であれば、名を伏せて「元与党幹部」「元与党議員秘書」「元検察官」の発言として記事を垂れ流す。発行部数の少ない週刊誌や新聞は訴訟となったり、廃刊になったりしないような記事を散りばめて、細々と発刊を続ける。

方や、スクープ記事を売りにして発行部数を伸ばそうとするメディアが僅かだが存在する。
著名なメディアで勝負する記者であれば、議員の中でも成長株や有能な議員と繋がっている方が好ましい。中小雑誌の様にオツムの足りない議員に好き勝手に語らせようものなら、メディアの質が問われるので、疑われ兼ねないからだ。
自ずと議員側の取材対象も絞り込まれ、特定の議員の元へ複数のメディアが集まるようになる。「若手議員のホープ」「分析と判断能力に秀でた有能な議員」としてチヤホヤされる議員が複数出てくると、与党が何をしようとしているか概ね把握できてしまうのが日本の政治だ。

政治家も必死だ。政権与党も野党も何一つとして成果を上げていないので、「難しい舵取りを強いられている」「この停滞局面を打破するには」と停滞している実態を歪曲して伝える。実際は何もしていないだけなのだが、「やってるフリ」が必要となる。もし、選挙となれば、自分にとって死活問題となるからだ。何もしていないが「国会で仕事をしている姿」を選挙区の有権者に知らせるのも必要だ。「新聞や週刊誌各紙で「若手議員のホープ」として、これらの発言をして党を牽引しているのはワタシだ」と地元に帰った際に報告して、仕事してる感を滲ませる。それなりに発行部数を誇るメディアに掲載されただけなのに、有権者は騙されてしまう。「オラが村の代議士さんが日本の未来を担って下さる」と拝んで、家族ともども投票してしまう。

与党の動向を把握するのと並行して、「野党はどう対処するのか?」と、記者達は何の期待もせずに野党議員に話を聞きにゆく。
一応、不偏不党の立場は遵守するが、記者たちは野党に全く期待していない。腹の中では笑いながら「毎度おなじみちり紙交換」的な各党の代表や幹事長の発言を一字一句変えずにそのまま伝える。当然記者の見解や意見は書かない。与野党双方の発言を掲載するだけだ。

永田町内で「解散風(かいさんかぜ)」が吹き始めると、初めて解散に遭遇する新・社会党の動きにも注目が集まる。しかし、党首以外の重要人物である母親の方の知事は「国政選挙は管轄外」と言うし、息子の都議は山形入りした後 宮城を訪れ、今は冬休みに入ったようで何を考えているのか分からない。
「社会党は都道府県知事、政令市の市長候補者の選定に特化しているようには見える。一方で、衆院候補者を集っていない」と記者達が断定し、与党に伝える。

「選挙するなら、今だろう」と、与党内では勝手に盛り上がっていった。

首相は、記者たちから事あるごとに「解散」を問われる機会が増えるのだが「全く考えていない」「今は経済再建を最優先としている」と応えるだけだった。

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「候補者を募集したりしないのですか?」
「社会党議員を増やす必要があるのでは?」
影の党首と言われ、冬休み入りしたとメディアから判断された男の周りでも、自然とそのような話題となる。
東南アジアに向かう前日の夕食時だった。女性陣からの問いに焼酎を舐めながら応える。

「候補者を選ぶのって、思った以上に大変な作業だと捉えています。社員採用やアルバイトの採用でも言えるのですが、履歴書と面接だけで相手を理解するのは難しいですよね?採用してから、失敗したと気付くケースも少なくない。
一番嫌なのが、他党の若手や新人議員が当たり前のように不祥事を起こしたり、過去の過失が露わになったりしていますよね。
勢いがある社会党で政治家になろうと考える人もそれなりに居るんでしょうけど、その中には詐欺師まがいや嘘つき常習犯が結構居るでしょうし、面接するだけ時間の無駄かなって思っていたりします」

「疑惑大臣の任命責任が何時も問われている首相みたいに、採用の責任が常に伴うといった感じでしょうか?」

「はい。政治家って職業に対する日本人の見方や意識も歪んでいるような気もしています。例えばですが、里子さんは教官や育成担当として大勢のCAの皆さんをご存知です。人を見極める能力があるから、そういったポストまで上り詰めた。同時に、CAを目指す意欲に溢れた人が集まって来るので、選考する側、育成する側としても遣りやすい。しかし、政治家を目指す人ってどうでしょう?僕には金儲け手段として見做されたり、成り上がり手段として見てる人が多いように思うんです」

「そう言われると・・頷いてしまいます」

「今の理想系の一つは、里子さんに政治家向きの人を選んで頂いて候補者に据えて・・と言っても都議や県会議員からですけど・・そんな方々に地方議員になって頂いて、都議会や県議会で成果を上げた方を国会議員候補者にするっていう流れが無難だろうと思っています。それに、面接している時間も僕には無いので・・」
里子が頭に手を当てて照れている。

「そうしますと、ある程度の時間がどうしても掛かってしまいますが・・」

「仕方がないです。慌てて大きくしても、維新どころか、不祥事連発で威信失墜した某党の二の舞になるだけです」

「他党から転籍を求めている議員はどうでしょう?」

「主義主張をコロコロ変える人達は信用できません。多数決の票を集めるだけなら、それこそ他の党と一緒です。よっぽど実績ある方であれば話は別ですが、基本的には、有象無象の為に資金を使いたくありません」
女性陣は溜息をついたり、呆れたような顔をしている。
モリにとって「組織」は重要なものだった。取り分け政治家集団となれば状況が変わってくる。議員一人一人が選挙で選ばれるので責任の重さが異なる。
慎重になるのが当然で、候補者を選考する側も人とナリをじっくり見定める必要がある。見定めもせずに子や孫を後継に据えてしまう与党に、閣僚や党幹部の任命責任を問いてもムダなのだ。そもそも人を見極める能力が、連中には無いのだから。
・・と、諸々話しながらも、実は選挙に向けた準備は着々と進めている。モリは新たに政党を立ち上げる計画を進めていた。

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その日の夕刻、2つの激震が与党内を走っていた。国内と宗主国からの情報となる。
まず1つ目の揺れだが、再選を目指していた現職の岐阜県知事が立候補しない方針を表明した。また、同日選挙が行われる山形知事選の与党候補者も、健康上の事情で断念した。投票日まで1ヶ月となった時点での両名の辞退で、与党の県連は候補者探しを慌てて始める。

岐阜側は現職の富山県副知事の村井幸乃が、拉致被害者開放に携わっただけでなく、被害者のメンタルヘルス責任者として日々病院に通って被害者一人一人に接しているのと、岐阜・奥飛騨の温泉旅館を富山県が借り上げて、年末年始を被害者と家族が過ごすと報じていた。理由は「海を見たくない」という意見があり、山あいの温泉街で飛騨地方が選択された。

富山県が支援する海産物配送、スーパー事業、医療サービスの対象地の一つでもあるので選ばれた。要は村井候補者が毎日のようにテレビに出て、被害者の状況を産業医・精神科医の視点で説明するのがウケた。
富山のコロナ担当としての手腕もさることながら、社会党候補者らしい岐阜県内における公約の数々に注目が集まっていた。

また、来年から孝明党との連立政権解消を与党が打ち出したので、岐阜と山形の知事選以降、選挙協力も解消するので得票の減少を憂いたのかもしれない。
出馬を諦めた知事の元へ再考を促すべく、与党岐阜県連が岐阜県庁を訪問したが県知事から見せられたプルシアンブルー社の進出工場の数々の中に、PB Motors社、PB Air社の名前を見かけて驚いた。
各務原市は2社の重工メーカーを始めとして、航空産業や自動車産業に特化した金属加工業や部品製造会社が集中しているが、そこに東南アジアで成功を収めつつある自動車メーカーと、世界でも有数の無人機製造、ドローン製造技術を持つ企業の日本法人が出来る。富山県に隣接する北部にはプルシアンブルー製薬の巨大工場とPC/モバイル工場が建設される。
それだけ、社会党は岐阜を重視しているのかもしれないと人々は察する。
第一弾として、人口の多い岐阜市・瑞穂市・各務原市・羽島市・多治見市の5つの市内に、大規模スーパーを建造中で、年末には提携したガソリンスタンド10店舗で、格安ガソリンの販売が始まるという。

何よりも知事が驚いたのが、岐阜県知事の政策顧問にモリの名前がある点だ。富山県でさえ無かった役割を、岐阜では担当するらしい。
岐阜選出の国会議員は5人の衆議院議員と2人の参議院議員がいるが、7名とも与党議員の保守王国だが、モリが県政に関与すると聞けば、7名の議員も安穏とはしていられなくなる。選挙ともなれば、対立候補を打ち出して来るかもしれないからだ。与党の岐阜県連は、知事が再選を諦めた理由が分かったような気がしていた。

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社会党党首で代表の副島瑞希は、富山県知事金森 鮎と共に首相官邸を訪れ、首相と会談する。
拉致被害者開放とコロナ製剤開発の謝意を受けて、被害者の開放費用と以降の生活費全額と、製薬開発費総額の2割を国が負担する事になった。製薬は商品として出荷して対価を得ているので、2割負担は妥当なパーセンテージと見做されたようだ。

首相官邸を辞した後、社会党の二人の行方が分からなくなる。党首と知事は某野党と密談を交わしていた。

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日本がクリスマスイブを迎えた現地時間23日、米国大統領選が漸く決着に至った。
民主党優勢の前評判を覆して、大統領代行のペンタ副大統領の当選が確定する。

政権側の集計結果を疑問視した民主党選挙委員会が、幾つかの州の投票場で不正があったとクレームを上げ、共和党政権も理解を示したので再集計、再々集計を行ったので、ここまで時間が掛かった。
民主党は激戦州となったフロリダ州やテキサス州を制し、当初は優勢と見られていた。しかし、前回2016年の大統領選挙でトランポ氏が勝った最後の州、ミシガン州やペンシルベニア州で政権刷新したペンタ氏が評価され、勝利を収めた。最終的な選挙人獲得数は、ペンタ氏が276人、バイドン氏262人という結果となった。ペンタ次期大統領が僅差で勝利を収めたものの、同時選挙となった連邦議会選挙では圧倒的優位と言われていた民主党の壁を打ち崩すまでには至らなかった。下院では大きく議席数を減らし、上院でも過半数を超えられていない 。「大統領選は年齢でペンタ氏に、議会選挙は民主党に」という投票行動に出た有権者が、かなりいると思われる。共和党政権とトランポ前大統領への不信感は根強く残っているのだ。政権閣僚・幹部指名人事や、連邦政府予算、コロナ対策、景気対策など、ペンタ次期政権が今後の政策を実行する上で、議会対策に追われる舵取りを新体制、新政権は強いられる事になりそうだ。

民主党バイドン陣営は敗北宣言を行い、後半で猛追し、獅子奮迅の活動をしたペンタ氏の若さと情熱に敗れたと相手の健闘を讃えたが、議会では引き続き意見を戦わせようと、論戦の舞台は議会だと、共和党側を牽制した。

勝利を収めたペンタ次期大統領が民主党陣営の祝福を受けて、勝利者演説を行なう。
「我々アメリカは友人達に恵まれた。取り分け、日本の皆さんが製剤開発に成功し、世界の為、アメリカの為に大勢の人々の命を守ってくれた事に先ずは感謝したい。
友人たちとの約束を守るために、来月の再就任後に幾つかの政策を私達アメリカ合衆国は実施・実行する。民主党の皆さんにも議会で協力を仰いで、必ずや実現してみせる所存だ。 来月の就任式典には、日本の友人方をワシントンへお招きしたい。そしてその場で約束を結実したいと考えています。
バイドン氏には前副大統領としての実績から、党派を超えてアドバイスを求めたいと考えています。何しろ我々は民主党代議士の諸君とは一層協調して参らねばならないのですから」

この発言を受けて、「日本の友人」と称された人物たちにフォーカスが集まり、憶測記事が世界中で書かれ始める。しかし、主役の一人は日本を出て東南アジアへ向かってしまった。

日本に残った富山県知事と前田外相に、記者が群がるようになる。

(つづく)



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