見出し画像

ヘタクソが流れを変えるから、野球はおもしろい

たまに「なんでコピーライターになろうと思ったんですか?」と聞かれることがある。

そんなとき、表向きは「現代文がすこぶる得意だった」とか、あとは「クリエイティブ業界に憧れていたけど、自分にはデザインも、写真も、プログラミングもできなくて、言葉ならできるかもしれないと思った」とか答えている。

それも嘘じゃないけれど、「言葉ならできるかもしれない」の奥底を覗いてみると、「あ、ほんとはこれかもな」と思い当たることがあったので、書き残してみる。

***

小学生だった頃、僕はリトルリーグチームに入っていた。

そのチームはけっこう強豪で、全国準優勝するチームに勝ったり、一番仲が良かった同期はドラフト1位でプロ野球選手になったりもした。
その分、けっこうシビアで、当時は遠投、50m走、トスバッティング……などなどの項目で点数付けしてチーム内順位を付ける慣例があった。

僕の順位はというと、一番下から2番目。はっきり言って“かなり”ヘタクソな部類だった。
特に覚えているのが、ピッチングマシーンを使ったバッティング練習。「10本打ったら交代」というルールがあったが、僕は全くバットにボールが当たらないので交代したくてもできない。マシーンの横に積まれていたカゴの中のボールは僕の順番が回る度に何回も空になった。
小学生はとても素直に思ったことを話すので、年下から「あれ、小林さん、まだ打ってたんですね(笑)」と、言われて情けなく、悔しくなったこともある。

入団から半年間、実戦では1本のヒットも打てなかった。でも、半年後に、思いがけず“その日”はやってきた。

***

その日、試合前のアップを終えたあと監督が僕の肩を抱いて一人ベンチ裏に連れて行った。

「何か、今日出そうな気がしねぇか。」

「……何がですか?」

「初ヒットだよ!」

「え、なんでですか?」

「わかんねぇよ(笑)。なんとなくだよ!」

そんなやり取りがあった。
そして、スタメン発表のとき。僕が試合に出るときは大方「8番ライト」。
読み上げられるなら、定位置の「ライパチくん」だろうと心づもりをしていた。監督が順にメンバーを発表していく。

「……“7番”ライト、小林!」

なぜかひとつ打順が上がっていた。それまで何も役に立っていないのに……。8番から7番……下位打線には変わりないし、ささいなことかもしれない。でも、そこには監督からの静かなエールが込められていると明らかに気づいた。

「プレイボール!」

そして、試合は始まる。
ゲームはことのほか接戦になった。僕はというと、いつも通り1打席目、2打席目と凡退。そしてそのままゲームは進む。
気づけばあっという間に最終回になり、僕たちの攻撃がやってきた。

3点ビハインド、打順は4番から。
そのときだった。


「小林に回せ!!」


打席に入る仲間に、監督が叫んだ。この後の光景は、少しも途切れることなく、今でも映像として鮮明に覚えている。
4番バッターは、良い当たりを放ったが、惜しくもライトライナーに倒れた。
続く5番バッター。普段はホームランや長打を期待できるパワーヒッターだ。鈍い音がして、差し込まれたボールはショートの左に転がる。
その間に、1塁ベース目がけて必死に駆け抜ける。結果は、内野安打になった。
そして、6番。彼のあだ名は「ブンブン丸」。荒削りで大振りだが、当たると恐いバッターだった。そんな彼が、打席でしっかりボールを見極める。その結果、またもや“らしくない”四球を選んだ。

1アウト1,2塁……監督の言うとおり、本当に僕に回ってきた。しかも、いつもは主役のはずの彼らが、泥臭くつないでくれたチャンスで。

明らかに雰囲気は、変わりつつあった。
そのとき、何だか、打てる気がした。いや、というか、厳密には「打ちたい」「打てなかったら……」というよりも、「打つんだな」と感じた。

マウンドには、一旦リズムを整えるために、野手がピッチャーを囲んでいた。少しの間を置いたのち、野手がそれぞれのポジションに着く。

「プレイ!」

主審の声がかかる。極限まで集中したときは、小学生と言えども本当にスローモーションになるんだなと思った。

ピッチャーが振りかぶる。ボールを投げる。白球がこっちを向いて近づいてくる……今思えば高めのクソボールだったかもしれない。
それでも、関係なかった。

(キン!)

金属音とともに、ライナーがショートの上方に飛ぶ。ショートがジャンプした。

「(捕るな、捕るな……!)」

ボールは、ショートのグラブのわずか上を通り越し、レフトの手前でボールが跳ねた。その瞬間、スローモーションだった時間の流れが解かれ、右側から大きな歓声が耳に届いた。

弧を描き、一塁キャンパスを蹴る。オーバーランして帰塁したときに振り返ったときの光景は死んでも忘れない。
チームメイトが、子どもの応援に来ていた父兄のみなさんが、そして、コーチや監督が飛び跳ねている。「ベンチが沸く」とはこのことだと思った。

どこの誰がどう見ても疑いようのないくらい、明らかに流れが変わった瞬間だった。なんだか現実じゃないくらいに嬉しかった。

その後、8番バッターが惜しくも倒れてしまったが、続く9番。
彼はピッチャーだった。ゆえに決して長打を打つタイプではない。でも、打席に立った彼が手にしていたバットは、6番の「ブンブン丸」が愛用している長距離バッター用のバットだった。

そして、いきなり初球。
高い金属音とともに、レフトの後方にボールが飛ぶ。レフトオーバーの大飛球だった。この勢いに乗って、僕も一塁から一気に生還。満塁の走者一掃の2ベースになった。

最終回2アウトから、瀬戸際で同点に追いついた。

そして、続く1番バッターも2ベースで続いて、逆転サヨナラ勝ちを果たした。

***

試合後のMtg。
普段は恐い監督がものすごく柔和な顔で今日の振り返りをした。試合中の良かったシーンやメンバーを次々と上げていく。
そして、最後に、

「……今日は小林だよな。」

野球をしていて初めて胸を張れた瞬間だった。そして、その後、

「ヘタクソが流れを変えるから、野球っておもしろいんだ。」

そんな言葉を僕にくれた。
その一言で、今までが全部この日のためにあった気がした。

「ヘタクソにもできることがある。
上手い、ヘタという競争軸だけで見ると、確かに役立たずかもしれない。
でも、流れを変えるか、どうかという競争軸で見ると、
ヘタクソだからできることがあるはず。
ヘタクソにも価値がある。ヘタクソでナンボだ。
“世間一般的な競争軸では負けても、オリジナルな競争軸を敷いて勝つ”」

これが僕の価値観になった。
決して運動神経が良くないし主役にはなることはなかったけれど、その後も10年近くスポーツを続けられたのは、この経験や言葉があったからだ。

「ヘタクソが流れを変えるから、野球っておもしろい。」

この言葉が、僕にとっての生涯一のコピーになると思うし、僕の生き様をつくってくれたと思う。

たったひとつの言葉によって、アイデンティティがつくられて、人生が動いていく。しかも、“世間一般的な競争軸では負けても、オリジナルな競争軸を敷いて勝つ”という脳みそのクセは、クリエイティブのアイデアを考えるときにかなり相性がいい。
そんな経験を身をもって感じたから、“コピーライター”というところにアンテナが伸び、自然と引き寄せられていったんだと思う。

そういえば、今日は2020年のプロ野球が開幕する。
「ヘタクソが流れを変える」瞬間を見れたら、また自分の人生を肯定することができそうで楽しみだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?