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「ドラゴンと僕」【短編小説】

プロローグ

「ペットが欲しいなぁ。」僕は、ひとり電車に揺られながらそんなことを呟いた。今日は地元の友人とご飯に行ったのだが、その友人が飼っているというトカゲの話を聞いているうちに、自分も欲しくなってしまったのだ。

親元を離れて都会の大学に入学した僕は、一人暮らしをしている。今は夏休みだ。入学したての頃は都会のすべてが新鮮で、そんなことを思う暇もなかったのだが、最近になって、一人暮らしがひどく寂しいと感じるようになった。

せめてペットの一匹や二匹もいれば、なんてことを考えながら帰路につく。

家に着くと、時計は夕方の6時を指していた。ちょうどいい。日課のランニングの時間だ。僕は運動着に着替えて、外に出た。

第一章 出会い

日課のランニングを終えて、水を飲もうと思って公園へ行くと、公園の入り口に小さな赤いトカゲのような生き物が倒れていた。僕の気配に気が付いたのか、こっちを向いてじーっと見つめてきた。そして口を開き、「助け…て…」と弱々しい声で言った。「おまえ、喋れるのか!?」僕は驚いた。「まあ…ね…ちょっとだけ…だけど....」トカゲが言った。「よし、とりあえず僕の家に行こう」ハムスターほどの大きさのそいつを両手に乗せ、僕は走った。

家に帰ってきて、泥だらけのトカゲの体を風呂で洗い、柔らかいタオルで拭いてやった。すると、さっきまでは汚れていて気付かなかったが、赤いウロコのついた体にけがをたくさんしていた。切り傷や擦り傷がたくさんある。僕は消毒液とばんそうこうを持ってきて、その傷を一つ残らず手当てした。

すっかり元気になったトカゲは、「ありがとう。おかげで助かったよ」と笑顔で言った。「きみは誰?人間…じゃないよね?」僕はトカゲに聞いた。すると、「オレはドラゴン。魔界出身だ。何かの手違いでここに来ちゃったみたい」トカゲ、いやドラゴンが言った。よく見たら背中に翼のようなものが生えているし、角みたいなのも頭についている。どうやら僕はとんでもないものを拾ってきてしまったらしい。

「そもそも、なんでドラゴンがこの世界にいるのさ」僕は尋ねた。「うーん、全く思い出せないや。記憶をなくしちゃったみたい」首をかしげてドラゴンが言った。「わかるのは、オレがドラゴンで、魔界から来たってことだけ」「名前も思い出せないの?」「うん。まったく思い出せない」これは深刻な事態だ。この子を家に帰してあげないと。でも魔界がなんなのかわからないし、どうしようもない。二人でうーんと考え込んでいると、同時にお腹が鳴った。そういえば夜ごはんがまだだった。「何か食べる?ドラゴンくん」「食べたい!お腹すいちゃった」腹が減っては戦ができぬ、だ。ひとまずお腹を満たしてから考えよう。

次の日、僕は買い物に行くことにした。「オレもついていっていいか?」ドラゴンがきらきらした目でこちらを見てくる。「でも、他の人にばれたら騒ぎになるよ?」僕は言った。そうだ。いいことを思いついた。僕は押入れから大きめのカバンを引っ張りだしてきて、ドラゴンに見せた。「この中に入れて、連れていってあげる」そして僕はハサミでカバンに小さな穴をあけた。「ほら、ここから外が見える」僕が自慢げにそう言うと、ドラゴンはとてもうれしそうだった。

買い物に向かう途中で、ドラゴンからいろいろなことを聞いた。ついこの間まで珍獣ハンターに追われていたこと、研究者に捕まって、なんとか逃げ出したこと、そしてそうやって色々しているうちに言葉を覚えたこと。人間にこんなに優しくされたのは初めてらしい。

買い物の途中、お菓子の売り場に行ったとき、あまりに食べたそうにしていたので、お菓子をたくさん買ってやった。とにかく目に映るものすべてが新鮮で、楽しそうだった。

「オレ、あんなにいっぱい美味しそうなものがあるところ初めて行った!」家に帰ってきてからもドラゴンはずっと上機嫌だった。「ねえ、さっき買ったお菓子食べようか」僕が言うと、ドラゴンは「うん!」と喜んだ。お菓子の中でも、とりわけビスケットがドラゴンのお気に入りらしい。「こんな美味しい食べ物があるのかー!」口の周りにビスケットの粉をつけながら、満面の笑みでそう言うドラゴンを見て、なんだか僕まで嬉しくなった。

「そういや、名前覚えてないんだよな?」僕が言う。「だったら僕がつけてあげるよ」「ほんとか!?やったー!」「そうだな…ドラゴン…竜…そうだ!リューでどうだ?」「気に入った、それがいい!」「よし、リュー。僕たちは今日から友達だ。これからは一緒に暮らそう!」そういって僕もビスケットをほおばった。

第二章 飛べないドラゴン

リューと一緒に暮らし始めて何日か経った頃、リューが深刻な顔で話しかけてきた。「オレ、ドラゴンなのに空の飛び方を忘れちゃった。さっき飛んでみようとしたんだけど、無理だった」確かに、リューが飛んでいるところを見たことがない。「よし、じゃあ今日の夜、公園で練習してみようか」僕は言った。

その日の夜、真っ暗な公園で僕らは空を飛ぶ練習をした。なんとか浮き上がることはできるのだが、そこから先ができない。翼をパタパタして空中で止まるのが精一杯だ。その日は結局飛べず、次の日も、また次の日も、毎日練習した。

そしてある日、僕はひらめいた。勢いが足りないんじゃないか。リューに「助走をつけて飛んでみたら?」と提案するも、それすらも上手くいかない。

そうだ。走り幅跳びだ。僕は中学、高校と陸上部で走り幅跳びをやっていた。走り幅跳びをやるみたいに助走をつけて踏み切り、そして飛べば上手くいくんじゃないか。僕は走り幅跳びについて、そして助走と踏み切りのコツについて、全力でレクチャーした。そしてリューに実際にやってもらうことにした。

リューが力強く地面を蹴って踏み出す。そして僕が書いた踏み切り線めがけて一直線に走っていく。「いけっ!踏み切れ!!」僕が叫ぶ。ダンッ!という踏切音と共に、リューの体が空へ投げ出される。「今だ!!羽ばたくんだ!!!!」また僕が叫ぶと、リューの赤い翼がバッと開き、大きく羽ばたいて、リューはついに空を飛んだ。真っ赤な体が夜空に映える。「やったぁ!成功だ!」リューは本当に嬉しそうだった。

第三章 成長

リューと出会ってから一年が経った。出会ってすぐのころは抱きかかえられるほど小さかったリューも、今では成長して、体長が2mくらいになった。そんなある日、リューがこんなことを言ってきた。「オレの背中に乗って、一緒に空を飛ばないか?」「そんなことできるの?」「当たり前だよ。オレ、鍛えてるんだぜ?」リューはそう言って笑った。出会ったころのかわいさは無くなったが、その分たくましく、かっこよくなった。「じゃあ、お願いするよ。僕も空を飛んでみたい!」そう言って僕はリューの赤い翼を眺めた。

そして夜になった。いつもの公園に行ってリューが準備運動をする。最初はあんなに手こずっていたのが嘘みたいに、リューは上手に飛ぶようになった。「よし、体があったまってきた。オレに乗っていいぞ」リューはそう言って地面に降りてきた。僕はリューの背中にまたがった。「しっかりつかまれ、振り落とされるぞ」リューはそう言って羽ばたいた。

どんどん高くまで上がっていく。僕の住んでいる町がすべて見下ろせるくらいの高さまで来た。「よし、これくらいの高さでいいな」リューがそう言って、前傾姿勢になる。すごいスピードで僕たちは夜の町を飛び回った。顔に当たる風が気持ちいい。リューの背中から見下ろした町の夜景は、どんなイルミネーションより綺麗だった。

やがて、雲に隠れていた月が見えはじめた。月明かりに照らされて、リューのウロコ一枚一枚が七色に光輝いた。それはあまりに美しく、僕の知っている言葉だけでは到底表しきれない感動がこみあげてきた。「リューのウロコ、きれいだなぁ」僕がつぶやくと、「そうだろ?オレの自慢なんだよ、このウロコ」リューは言った。「一枚あげるよ」そう言ってリューは笑った。「いいの?」「ああ。そんなのすぐ生えてくるしな」「ありがとう」僕はリューの光り輝くウロコを一枚、ポケットに入れた。

この時間がいつまでも続けばいいなと、僕は空に願った。

第四章 魔界の使者

ある日、僕とリューがいつものように公園で遊んでいると、目の前にどこからともなく黒いドラゴンがやってきた。そのドラゴンはリューを見るなり「ここにいらしたのですね、王子様」と言ってリューの前にひざまづいた。

「リューが王子様って、いったいどういうことですか?もしかしてリューについて何か知っているんですか?」僕は黒いドラゴンに問いかける。「おお、あなたが王子様を保護してくださったのですか」黒いドラゴンは言う。「私はワイバーン。魔界よりやってきた、ドラゴンでございます」名をワイバーンと名乗るそのドラゴンは、知性にあふれた出で立ちをしている。

「あなたが保護してくださったドラゴンは、魔界の全てのドラゴンを統べる王、サラマンダーⅡ世のご子息でございます」さらにワイバーンは説明を続ける。「一年前、王子がまだ幼い頃、我々が別の用事で開いていた、異世界へと通じる扉に、誤って王子が入ってしまったのです。」なるほど。そういうことだったのか。「我々の必死な捜索により、一年かけてついに王子の居場所が分かったので、文字通り私が飛んできたわけです」

「じゃあ、リューはお家へ帰れるんですか?」僕は聞いた。「いえ、今すぐに、というわけにはいかないのです。我々にも準備があります。今から二週間後にお迎えに参ります。それまで、どうか王子をよろしくお願いいたします」そう言って、ワイバーンはリューと何か少しだけ話をしてから、夜の闇に消えていった。

「リュー、よかったじゃないか」僕は言う。「おう。でもあと二週間しか一緒にいられないなんて、ちょっと寂しい気もするな」「何言ってんだよ、まだ二週間もあるじゃないか」僕はリューの背中を叩いた。「そ、そうだよな。よし、これから毎晩、一緒に空を飛ぶぞ!」そう言ってリューは僕に背中を向ける。「よし、そうこなくっちゃ!」僕はリューの背中に飛び乗った。

第五章 別れ

今日はあの日からちょうど二週間経った満月の夜。やけに月がきれいで、星もいつもよりたくさん出ている気がする。夜になり、リューと一緒に空を飛び回って帰ってきて、公園で休憩していると、上空に大きな門が現れた。そしてその門が開き、中からワイバーンと燃え盛る赤いドラゴンが出てきた。

「我はサラマンダーⅡ世。ドラゴンを統べる王なり」そう言って赤いドラゴンがこちらへ降りてきた。「ウチの息子が世話になったな。感謝しているぞ、人間」サラマンダーⅡ世は言った。「さあ、帰ってくるのだ。我が息子よ」そしてサラマンダーⅡ世は門の向こうへ消えていった。

「今まで本当にありがとな。短い間だったけど本当に楽しかった。」そう言うリューの目には涙がたまっていた。「さみしくなるな」僕が言うと、「君は今まで会ったどんな生き物よりも優しかった」リューが大粒の涙をこぼしながら言う。「やめろよ、照れるだろ」僕は涙をこらえながら言った。「ほら、行けよ。門が閉まっちゃうぞ」「あ、ホントだ。じゃあ…」「おう。じゃあな。」僕がそう言うと、リューは飛び立った。リューのウロコが、いつにも増して美しかった。

途端に、今まで過ごしたリューとの思い出が頭の中に鮮明によみがえる。公園の入り口に傷だらけで転がっていたリュー。カバンに入って一緒に買い物にいったし、一緒にビスケット食べたよな。リューが初めて空を飛んだ日は僕も一緒になって喜んだっけ。成長したリューの背中に乗って初めて僕も空を飛んだ時は、目に映るもの全てが美しかった。そういや、おまえのウロコが綺麗だってことに気づいたのもあの時だっけ。リューが王子様だってことが分かってからも、今まで通り友達として接してくれたよな。

そんなことを思い出しているうちに、僕はリューに向かって叫んでいた。「またいつでも遊びに来いよ!僕たちはどこにいても友達だから!!リューの好きなビスケットいっぱい用意して待ってるから!!」

すると、リューも僕に向かって叫んだ。「ありがとう!君と過ごした時間、オレ何があっても絶対に忘れないよ!!!!」

バカ野郎。それはこっちのセリフだよ。

そしてリューは門の向こうに飛んでいった。

僕はポケットからリューのウロコを取り出して、満月にかざした。

ウロコは、幻のように美しく、それでいて、儚く、夢のような光をまばゆく放ち続けた。

エピローグ

リューと別れて、どのくらい経っただろうか。僕はあれから変わらず、ずっと元気でやっている。友達も何人かできたし、勉強もまずまずだ。今日はその友達が僕の家に遊びに来る。

「おー、ここがお前の家かぁ」友達が言った。「あんまり家具がないな。何かでっけえ生き物飼ってんの?」冗談まじりで聞いてくる友達に、「うん、今はもういないけど、昔は一緒に住んでたよ」と答える。

「あれ?なにこれ?でっけえウロコ?めっちゃきれいじゃん」友達がリューのウロコを手に取る。「それね、月明かりに照らすときれいなんだよ」僕は友達と一緒にベランダに出てウロコを月にかざす。「うわー!めっちゃきれいじゃん!」はしゃぐ友達をよそに、僕は部屋に戻ってビスケットをお皿に出す。「ビスケットたべよー」僕は友達を部屋の中に呼んだ。

「いいけど、なんでビスケットなの?」「なんとなく、ビスケットなの」僕はそう言ってビスケットを一つ口に入れる。

(おわり)

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