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クリムゾニアに至る道

 目が覚めた。ベッドの上。目の前を飛ぶ緑色の妖精。握りつぶす。手応えがない。くそ。幻覚か。
 上半身を起こす。寝起きの視界は全て緑色。最悪だ。吐き気がする。早く、早く「V」を。焦る俺の横、女が寝ている。違う。死んでいる。誰だ。いや、それよりも。灰皿に積んである錠剤――「V」に手を伸ばす。全てが緑色の中、唯一の赤。無造作に数個つかむ。一息に口へ。そこで着信音。最悪だ。誰だ? そもそも俺の端末はどこだ? 
 あった。女の顔面にめり込んでいた。つまみ上げる。緑色の液体がまとわりついてくる。汚いな。買い換えるか。表示されている名前を確認。タップして電話に出る。
「起きたか。今日は何色だ?」
「緑。なにもかも。死にたい気分だ」
「そうか。『V』はまだあるか?」
「さっき飲んだ。10秒待て」
 そう口にした瞬間。来た、来たぜ。
 視界が、鮮やかな赤に染まっていく。
 「V」。VISIONだかVITAMINだかVITCHだかの略らしい。世界を一面の赤に戻してくれる、魔法のクスリ。そうだ。世界は赤く染まっているべきだ。鮮血の赤に。それが在るべき世界というものだ。緑だの青だの黄色だのは、全く美しくない。
 俺は頭を振る。数年前からの色覚異常は、俺の美しい世界を台無しにした。「V」がなければ、とっくに自分の心臓をえぐり取っていたことだろう。俺は気分の高揚を感じながら、窓から女の死体を捨てた。
「待たせたな」
 俺は話を促す。そこで思い出す。いま捨てた女、美しい名前を気に入って一晩買ったんだった。なんて名前かは忘れたが。
「仕事の依頼だ」
「わかってる。詳細をよこせ」
「話が早くて助かる。標的はA級『ジャンキー』。三人だ」
 俺は短く悪態をつく。ジャンキー。クスリの力に溺れ暴れまわる低能ども。美しき世界にはふさわしくないクズだ。
 俺は相棒の金属バットを手にする。赤く輝く、扇情的なシルエット。完璧だぜ、俺の「カーミラ」。
 
【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ