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【予告編】Holy-Night Shooters! #白アメ #ppslgr

 目を閉じる。呼吸を一つ。集中し、頬をなでるそよ風、そのかすかな感触さえも掴み取ろうとしてみる。   
 ……うん、いい感じ。ゆっくりと目を開く。雲一つない、抜けるような青空。空に近い場所は、やっぱり落ち着く。故郷の木々を思い出すから……もっとも、こんなに高い場所まで枝を伸ばす大樹は、そうそうなかったけれど。
 私は足を進めると、自分の立つ建物の屋上、そのへりから眼下のターゲットを見た。斜め下方、暗い裏路地の隅で、落ち着かなさげにあたりの様子をうかがっている。ギクシャクした動きは、なんていうか、「挙動不審」の見事なお手本ってところ。
 深い呼吸を、もう一つ。そのとき、耳元の星型イヤリングから声が聞こえてきた。ささやくような声、ちょっとくすぐったい。
『あ〜、テストテスト〜。聞こえてますか〜』
「感度良好。問題なし」
『了解です〜。ではミッションの最終確認お願いします〜』
「目的は対象の機能停止。遠方、かつ高所からの長距離狙撃をもって、胸部中央の『核』を射ち抜くこと」
『はい〜。間違いありません〜』
 ほわほわと間延びした声。答えながら、苦笑してしまわないように努力が必要だ。
「だけど一矢でしとめないとかなり面倒なことになる……だったっけ」
『はい~、そのとおりです~。ですので、くれぐれも慎重にお願いします〜』
 私はうなずき、黒橙の弓を背中のホルダーから取り外す。たくさんの年月、数多くの困難を共に乗り越えてきた我が相棒。身体の延長のようになったそれを、しっかりと握りしめる。心地よく馴染み深い手触りが、私の集中力をより一層高めてくれる。
 私は再び、ターゲットを見すえる。その細部まで、目に焼き付けようと試みる。
 円柱と球体の組み合わせでできた、鋼の身体。明滅を繰り返す赤い瞳。近くにいれば、身体を動かすたびに起こるかすかな駆動音を耳にしたことだろう。
 人を模した、人ならざる生命――自動人形(オートマタ)。旅をする中で色々な物を見てきたが、その中でもなかなかの変わり種の一つだ。とはいえ――。
『目標、動き出しました〜。ですが、まだこっちには気づいていません~。やるなら今です~』
 私は軽くうなずき、矢をつがえた。静かに、静かに弓を引き絞る。
 呼吸を一つ。狙いを定めて。

 ターゲットの真っ赤な目が、私を見上げていた。

 湧き上がる疑問。背中を走る震え。無理やり抑え込み、矢を、放つ! 矢は空間を切り裂きながら、最短距離で目標の胸部中央――から大きくずれた箇所へ着弾。思わず舌打ち。この長距離だと、手元の狂いが致命的なズレを生んでしまう。私は急ぎ二の矢をつがえる。『彼女』の言うことが本当なら、急がないと――。
 ああ、間に合わない。
 胸の矢を引き抜いたオートマタは、痙攣するように身体を震わせると、口に両手を突っ込んだ。そして、そのまま頭を左右に引き裂いた。いや、正確には全身を真っ二つに、だ。むき出しの内部機構が、ものすごい勢いで組み変わっていくのが見える。そして、それを再び包み込もうとする体躯が、その質量を増していくのも。まずい、今すぐ射たないと、でもどこを狙えば――!
 私の躊躇をあざ笑うかのように、オートマタは変形――いや、変身を完了した。
 力を秘める四肢と、獣を模した頭部。
「人狼……!」
『わ、わわ〜、戦狼(ウォー・ウルフ)タイプ、情報どおりです〜!』
 人狼オートマタは吠えるような音を立てると、四つ足で駆け出した。私に背を向け、一直線――広場のほうに!
「……逃がさない!」
 私は高所から飛び降りる。隣の建物の壁を、看板を、あらゆるものを足場にして、地面に降り立った。そのまま駆ける! 追いつけるか? 相手は狭い裏路地を、速度を落とさず駆け抜けていく。厳しい……かも! だけど!
 焦りの気持ちと裏腹に、相手との距離はぐんぐん離れていく。
 人狼オートマタは裏路地を出て、広場にたどり着く。咆哮と、それにともなう混乱の音が聞こえてきた。
 私は唇をかみつつ、速度を落とさず駆け続ける。こうなったら、できる限り被害を抑えられるよう立ち回るしか、ない!
 広場に出た。目に入ったのは、逃げ惑う人々、いや、オートマタたち。興奮するように雄叫びをあげ続ける人狼オートマタ。そして――。
 カフェのオープンテラス。その女性は、この大騒ぎにもかかわらず、落ち着き払ってお茶か何かを飲んでいた。長い黒髪。白磁の肌。青い目。赤と白のツートンカラーが目に映える、美しいロングドレス。どこからどう見ても『深窓の御令嬢』。
 いや、いやいや。落ち着いて飲んでる場合!? これだから世間知らずのオジョーサマは!
 人狼オートマタが、その女性に気づいた様子を見せた。身体を震わし、雄叫びを一つ。まずい! 私は急ぎ矢をつがえ、人狼の胸部に狙いを定める。
 だけど。
 彼女は優雅な所作で立ち上がると、ヒールの音を響かせながら人狼へ向かって歩みを進めた。そしてあろうことか、スカートの端をつまむと、人狼に対して見事な一礼(カーテシー)までやってのけた。私は信じられない光景を目にして、一瞬固まってしまう。
 そして当然のごとく、人狼は礼儀などに頓着しない。女性に飛びかかり、小さなその頭めがけて鋼の爪を振り下ろそうとした。しまっ……!
 女性のドレスが、一瞬で身体に巻きつき、その優美なボディラインをあらわにする。黒髪が肩の長さまで縮む。不敵な笑み。

 世界が、縦に両断された。

 その女性が放った蹴りは、そう形容してなお余りあるものだった。襲いかかる猛威に向かって放たれたそれは、直上、青い空に向けて美しく伸び――。
 人狼オートマタの首を、根元から吹っ飛ばしていた。
「……え?」
 私は自分の口から漏れたその声で、ほんの一瞬失われていた気を取り戻した。素早く構え、矢を放つ。放たれた竜麟の矢は、今度こそ人狼オートマタの胸部中央を貫いた。首無しオートマタはぶるっと大きく震えると、地面に崩れ落ちる。
「お見事ですわ」
 ドレスの女性はそう私に告げると、立ち位置を少し変えた。何を……と思った途端に、彼女の足元に落ちてくるものがあった。首だ。
 彼女は優雅に足をあげる。地面に落ちた首をヒールのかかとで踏み抜こうとする。
「……待って!」
 私の声に、彼女の足が寸前で止まる。
「それ、渡してもらえないかしら。大事な手がかりになると思うの」
 彼女は私を、続けて地面の首を見た。そしてにこりと笑うと、再び私を見る。
「ええ、構いませんわ。どうぞお好きになさってくださいませ」
 足先で、オートマタの首をちょんちょんと蹴飛ばす。ああいうのって、お嬢様的には下品とは言わないのだろうか。
「ありがとう。ええと、助かったわ」
「どういたしまして、エルフのお嬢様」
 はあ。またか。まあ、もう慣れたけど。
「私はその、あなたたちの言う『エルフ』ってのじゃないの。アルヴァ族よ。名前はシャンティカ」
「まあ」
 彼女は口元を手で抑え、小首をかしげた。いちいち仕草が優雅。
「それは失礼いたしましたわ。つつしんで訂正いたします。ああ、そもそも自己紹介もまだでしたわね」
 そういうと彼女はこちらに向き直り、これまた見事な一礼を決めてみせた。
「わたくし、ベアトリス・スカーホワイトと申します。シャンティカ様、以後お見知り置き願いますわ」

 ……シャンティカ『様』なんて、生まれて初めて言われてしまった。

【続く】

コレはなんですか?

 ドーモ、タイラダでんです。
 今作は、桃之字さん主催の「パルプアドベントカレンダー2020」に、叩き込もうとして果たせなかった作品となります。

 ようするに、クリスマスに間に合わなかったということなのですが、お蔵入りにするのも何なので予告編という形で公開することといたしました。

 今作は、自作『白磁のアイアンメイデン』の外伝であると同時に、遊行剣禅さんの諸作品に登場する「シャンティカ」というキャラがあまりにもドストライクだったので、いつか書かせてもらおうと思っていた二次創作であります。

諸作品です。どれもこれも大変に面白い。

 というわけで、続きはおそらく来年以降、2021年最初の短期連載という形になるかと思います。がんばりますので、続きが気になる方は是非どうぞ。

 こちらが本編です。面白いですぞ。



 

 
 
  
 

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ