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地球工学技術の妄想

(お読み下さい:訳者からのお知らせ)


標準的な炭素の視点から見ると、この世界は厳しい未来に直面しています。必要とされる排出量の大幅な削減は破局を避けるために間に合いそうもありません。多くの気候科学者が出す結論では、唯一の現実的な解決法は「地球工学」と呼ばれるもので、これは地球の気温を下げるために大気組成と地表反射率を人工的に改変することです。最も研究の進んでいる技術は、二酸化炭素を吸収・貯留するため大量の酸化鉄を海に投入すること、地球のアルベド(反射率)を高めるため硫酸塩エアロゾルを大気に散布すること、空気から二酸化炭素を取り除くため何百万台もの炭素吸収機を設置することの3つです。

多くの科学者(特にシステム理論に傾倒している科学者)はこのような提案に極めて懐疑的ですが、全米研究評議会のような主流組織はその開発を支持してきました。ひょっとしたら、これらの技術のうちいくつかは、「ケムトレイル」と呼ばれるような実験が既に秘密裏に行われているのかもしれません。私はケムトレイル研究者が主張する多くの説、特に人々を病気にするための意図的な企てが進んでいるという説には懐疑的ですが、気候改変と気象制御という地球工学的な物の見方なら空中散布計画は全く有りうることです[20]。

地球工学は、オゾン層破壊、海洋の酸性化、熱帯での降水量の減少といった思いもかけない結果を呼ぶ可能性について、広く主流から批判を受けてきました。生態学者はこれを特に心配しています。オーストラリアでのウサギのように、たった1種類の生物を新たに移入しただけでも引き起こされる大混乱のことを考えると、非直線的なドミノ効果が海や大気の化学組成に与える大規模な変化はどんなものになるのか想像してみて下さい。このような地球工学の提案は機械を管理するエンジニアの視点から見て魅力的に映るだけです。

私が特に困惑しているのは硫酸塩エアロゾルの散布で、それは要するに空の色をもっと薄い青に脱色してしまうというものです。気温を下げるために空の脱色を始めてしまうと、もう簡単に止めることはできず、もし止めたなら非常に急激な気温上昇を起こしてしまう可能性があります。エアロゾル散布といっしょに温室効果ガス削減の強力な手段(つまり、私の意見では生態系の修復)を実施しなければ、永遠に散布を続けることが必要になるでしょう。

この懸念は地球工学にまつわるもっと一般的な問題の典型例です。ここまでに私が述べた地球は生きているという見方がもし正しければ、このような地球冷却の方策は本当の問題が緩和されないまま続くのを許してしまいます。私たちは問題を解決できたと考え、生態系破壊を続けることができますが、症状を隠したまま病は悪化してゆきます。生物圏の健康を測る尺度として炭素を当然のものと見なすなら、炭素吸収装置がうなりを上げる中で私たちが地球の叫び声を聞く力は弱くなります。

ねえねえ、いい考えがありますよ。炭素を吸い取る機械と酸素を作る藻類のプールがあれば、多分いつの日か私たちは自然など全く無くてもやっていけるかもしれません。多分いつの日か私たちは、あらゆる自然と野生の生き物を人工的な代用品で置き換えることができるかもしれません。水耕栽培の溶液で土壌を置き換え、水濾過装置で湿地帯を置き換え、培養肉で家畜を置き換えることができます。私たちは温室効果ガス濃度を微調整して最適な気温を作ることができます。これで自然の征服は完了です。

私にとっていちばん恐ろしいのは、これが根拠のない空想であり失敗する運命にあるということではありません。私にとって恐ろしいのは、それが成功することです。

地球工学にはもう一つの種類があって、化学物質ではなく生物を道具として使います。生命が生命生存のための条件を作るという理解に向けた一歩ではありますが、その使い方にはまだ機械論的で還元主義的な物の見方が入り込みます。

たとえば、森林が炭素を貯留するという理解が深まったことで、ドローンを使って植樹する大規模で急速な森林再生計画が立てられました。数字だけ見れば素晴らしいものです。樹木が増えるほど二酸化炭素は減ります。

ですが、森林は単なる樹木の集まり以上のものだということを思い出す必要があります。ドローンによる植樹なら人間が木を植えるより十倍も百倍も速く森林再生ができるでしょうけれど、必然的に地域固有の条件に対し鈍感になります。このような条件は土壌や微気候などのデータである程度まで対応することができるかもしれませんが、そのデータが取りこぼしているものは多くあるでしょう。理想的には数世代にわたって、長い間その土地と関わって密接に観察してきた人々だけが、生きている森林を育てるために何を植えたら良いかを正確に知ることができるのです。この知識がなければ、森林再生の取り組みの多くは失敗し、解決するはずの問題を悪化させてしまいます。中国での良く知られた例は、砂漠化を止めるために植樹した「緑の長城」で、樹木が地下深くの水分まで根を伸ばしたので最初は成功したように見えました。しかしその後、水を多量に必要とするこの樹木が地下水を使い尽くして枯れる所が出てきました。木が枯れる前に樹冠が日光を遮って最初に生えていた草などの植物を絶やしてしまったので、土壌はむき出しになり、まさに植樹で防ごうとした浸食にやられてしまいました[21]。

ここでの教訓は、ある場所で上手くいったことが別の場所で上手く行くとは限らないということです。トップダウンの解決法は、必然的に仮定の単純化と拡大可能な標準化された手段に基づいたものになります。私たちは自然を技術の対象物と見る態度に背を向けて、謙虚なパートナー関係に戻る必要があります。地球工学が中央集権とグローバル経済の論理を強化する地球規模の解決法であるのに対し、土壌と森林の再生は根本的にローカルなもので、森林ごとに、農場ごとに異なるものです。標準的な解決法が存在しないのは、土地の求めていることは場所ごとに固有のものだからです。当然、解決法は従来の慣行よりたくさんの人手を必要とするのが普通ですが、それは土地との間に直接親密な関係を必要とするからです。突き詰めていくと、私たちをその親密な関係へと連れ戻すことのできないような地球工学の施策は、必ず失敗します。植樹は、樹木を世話し、樹木とパートナーになり、関係を結ぶことへの第一歩であるべきです。このためにはドローンの群れだけでなく何百万もの人々が森林保護の分野に参入する必要があります。これはそんなに悪いことでしょうか?

待って下さいよ、こんなことを言っている声が聞こえはしませんか。「そうです、その通り、長期的に見れば私たちはこういうことをやらねばなりませんが、いま現在は地球規模で素早く行動する必要があります。生態系を癒すような遅い仕事で不十分な理由は、排出量を大幅に削減する地球規模の緊急行動を取らなければ、自己強化的に気候の破滅状態へと向かう後戻りできない臨界点を超えてしまうからです。」いつものように、長期は短期のため犠牲にされ、現状維持に最も簡単に当てはまる対応策に、そうでない策よりも高い優先順位が与えられます。私たちが素早い行動を呼びかけると、素早く地球規模で行動するのに必要な手段や資金を持つ人々にもっと大きな力を与えることになりますが、その人たちはすでに権力を持っているのです。そして容赦なく押し寄せる危機に対して解決策は表面的なので、長期という時期は決して到来しません。生態系破壊を行う現在の体制と密接不可分に結びついた政界のエリート、中央官僚、政治システム全般に、さらに大きい力を与えることになるだけです。

しかしそのような異議申し立てに含まれている本当の問題は、気候が生態系の修復と再生から受ける恩恵は決して効果の遅いものではないということで、この事実は私がこのあと再生型農業を議論する中で一層はっきりしてきます。私が自分自身を脅威論者と宣言したのを思い出して下さい。文明をエコロジーに合わせる時は、今です。でも、急ぐあまり問題を悪化させる対策をしてしまうパターンに陥るのを、どうすれば避けられるでしょう?

突き詰めて考えれば、気候変動が私たちに求めているのは、自然からの分断という昔から持ち続けた態度を考え直すこと、つまり私たちが引き起こした損害から抜け出すために際限なく技術的な方法を切り開いてゆけると思う態度を考え直すことです。それは生命愛へ、自然や生きとし生けるものに対する愛へと、私たちを呼び戻しているのです。温室効果ガスの数値を上げようが下げようが、あらゆる存在を気づかって世話する欲求へと、私たちを呼び戻しているのです。地球工学は、破壊的なリスクはさておいても、この呼び声を無視しようとする企てであり、優越と支配という物の見方を新たな極みへと拡大し、過剰消費経済の寿命をもう2〜3年だけ延ばそうとする企てです。アイリーン・クリストは次のようにいいます。

地球工学による解決策は、もし期待通りに働いたとしても、反撃力というより人為的気候変動そのものにずっとよく似ています。その実施は生物圏に対する壮大な実験の一部となりますが、それは技術的な傲慢さや、消費社会を疑問視し制限することに後ろ向きの態度、地球を仰天するような姿に作り変える権利意識に裏打ちされています。技術的傲慢さと、根本的な改革の推進に後ろ向きの態度、無制限の権利意識という要素に加え、生命を進化させ私たちを生み出した地球に対する畏敬の念が著しく失われたことが相まって作り上げているのが、現在進行中の大災害なのです。災害と呼びたければ呼んでも構いませんが、人間化、植民地化、生物圏の占領という言葉の方が、状況をずっと正確に説明しています[22]。

人間が自然を完璧に制御するための「技術的プログラム」という見方からすれば、雲の形成と降雨について詳細な理解が進めば、すぐにやりたくなるのが雲の形成を操作し降雨を制御することです。気まぐれな自然の働きを改善できることは間違いありません! その物の見方はこう語りかけます。「自然の仕組みを十分に細かく理解することができれば、最終的に私たちは自然を有効に制御できるようになるのです。」(複雑系ではなく)込み入ったシステムを管理するための最優先事項は、変数を一つ一つ理解することです。変数の因果関係を全て数値化すれば、私たちは結果を制御する方法を知ることになります。これと通じる信念は、人間の生理を構成する細胞と遺伝子の微細な働きを理解すれば、病気を専用の標的薬で征服することができるようになるというものです。もっと一般的にいえば、科学の至高の目標は、「万物の理論」の上に築かれる還元主義的な自然の完全理解を通して、現実を完全に制御することでした。

エコロジーの分野であれ人間の健康の分野であれ、複雑系を還元主義で理解したところで、それをより良く制御できるようになるとは限らないことを、身にしみて知るようになってきています。細胞が働く分子機構の解明は、(科学論文の量で見ると)過去半世紀の間に飛躍的に進みましたが、がんや新種の自己免疫疾患を治療するため長年約束され続けてきた「標的」医薬品というようなものは何も生まれていません。基本的な(つまり従来の)治療法は1970年代からほとんど変わっておらず、乱暴な化学薬品や、外科手術、放射線を使って力ずくでがんを殺し免疫系を制圧します。環境保護の分野でこれと似ているのは、侵入生物種を撃退するための標的駆除作戦が軒並み失敗していることです。また精密な「スマート爆弾」や「ピンポイント攻撃」によって、戦争が公式目標をより効果的に達成するようになったこともありません。

ここで私は、外科的にがんを切除したり、抗生物質で感染症を一掃したり、侵入生物種を抑えたりすべき時がけっして無いと言っているわけではありません。人生には、時として戦うべき場合もあります。戦うことが問題なのではなく、問題は戦う習慣のほうで、責めるべき敵を見つけようと突進する不的確な世界観がその動機となっています。もっと一般的にいえば、問題は支配に基づくトップダウンの対応ではなく、問題なのは複雑な生きたシステムを理解できないことによるこのような対応が普通であることです。すると私たちは予期せぬ結果という迷宮に落ち、次から次へと襲う非常事態から身をよじって逃れ、不運にもその対応が次の非常事態を作り出します。あらゆる解決策が、解決するはずだった危機を悪化させてしまいます。

では、私たちは何をすべきなのでしょう? 環境保護主義者と政策立案者にシステム思考を取り入れるよう熱心に忠告するのも良いのですが、率直に言えば全体システム思考とは、私たちが(集団的には)どうしたら良いのか本当には知らないものなのです。私たちの制度はそのために作られておらず、私たちの思考の癖や、私たちの社会、経済、認識の基盤も、全体システム思考のために作られてはいません。私たちの問題解決と知識生産の基本的なあり方は、複雑な生きたシステムへの健全な参加とは根本的に相容れないものです。これが示しているのは文明の危機に他なりません。そのようなわけで、気候変動は人類にとっての通過儀礼なのです。生態系の危機に対処するために権力を使うという慣れ親しんだ方法が失敗することで、世界と交わる新しくも古来の方法へと、私たちは「卒業」するのです。この新しくも古来の方法は、すでに文明の辺縁に見られます。土着文化と農民文化に、そしていわゆるオルタナティブあるいはホリスティックなものの中にあります。そこには十分に幅広い実践の文化がありますが、足りないのは求心力を持った物語なのです。

注:
[20] ここで私は論争に立ち入ることはしませんが、もし興味があるならOvercastでドキュメンタリーを視聴できます。ジェット機が空の端から端まで機械的な正確さで2秒おきに断続する飛行機雲を残して飛ぶなど奇妙な物事を見ましたが、私はこの問題について不可知論者です。その飛行機は湿度が違う領域が交互にあるような場所を飛んでいたのかもしれませんが、空の端から端まで破線を描く正確な規則正しさは疑念を抱かせるものでした。

[21] ルオマ(2012)。

[22] クリスト(2007)。


(原文リンク)https://charleseisenstein.org/books/climate-a-new-story/eng/the-geoengineering-delusion/

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス「表示4.0国際 (CC BY 4.0)」 
著者:チャールズ・アイゼンスタイン
翻訳:酒井泰幸


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