小説『エッグタルト』第十二章

 週末の土曜日になると、吹奏楽部の部員たちは、外で筋トレをしていた。吹奏楽部でも筋トレが必要なのだろうか。謎である。俺はなぜか、小太鼓を叩いてみんなが筋トレをするのを応援する係だった。これも必要なのだろうか。まったくもって謎である。
 筋トレが終わり、小太鼓を持って片付けに向かう途中、体育館で女子バスケットボール部が試合を行っているところを、入り口のドアが開いていたので見かけた。ちょうど水野が途中出場するところだったようなので、そのまま見続けることにした。
 水野はPG(ポイントガード)というポジションらしい。シュートを打つ人にパスを出したり、周りの選手に指示を出したりする役割らしい。バスケのアニメを見てつけた知識なので本当にそうなのかはよくわからないのだが。まだ控えの選手らしいが、新チームからは確実にレギュラーに選ばれるだろうと言われているらしい。
 水野は下級生なのにもかかわらず、先輩たちに積極的に指示を出していた。よく通る声だなあと思う。あっ、水野が出したパスからシュートが決まった。これはアシストというやつなのだろうか。あまりバスケに詳しくないのでよく知らないのだが。
 シュートが決まったあと、ふと校舎の方を見ると、川野さんが校舎から出てくるところを見かけた。声をかけようかと思ったが、どうも浮かない顔をして俯いて歩いていた。それでも、なぜか声をかけたほうがいいような気がしたので、こちらに近づいてきたときに声をかけた。
「川野さん」
 川野さんは声をかけられてからこちらに気がついたのか、はっと顔をあげてこちらを向いた。
「あら、偶然ね。今日は、部活があったの?」
「そうなんだよ。吹奏楽部なのに外で筋トレをしていたよ。よくわからないよね。本当に必要なのかな。川野さんは、今日何かあったの?」
「さっきまで、数学オリンピックについての打ち合わせがあったのよ。これから学校側でどうするべきか相談されていたわ。オリンピックまで、川村先生にいろいろと教えてもらえるらしいの」
 川村先生よりも、川野さんのほうが数学ができるんじゃないかな、と正直思った。それでも、川野さんは川村先生の教えを受けるんだろうな、と思う。きっと、川野さんは、そういう性格だと思う。
「そうなんだ、いろいろ大変だね。でも無理せず、頑張って欲しいよ。俺、川野さんのこと、応援しているから」 
「ありがとう。あなたって、優しいわよね。私、これから用事があるからもう行くわね。それじゃあ」
 そう言うと川野さんは行ってしまった。川野さんの目の下には、少しクマができていたように思った。きっと勉強が大変なのだろうなと思う。俺も、もっと頑張ろうと思った。体育館の中をちらりと見ると、水野は相変わらず試合に集中していて、周りに指示出しをしているようだったので、俺は、小太鼓を片付けに行くことにした。

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