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コンシューマーゲノミクスは市場に浸透するか?

最近コンシューマーゲノミクスやパーソナルヘルスデータの事業性について考える機会があったので、記事にしたいと思います。

コンシューマーゲノミクス

個人がオンラインでキットを購入し口腔粘膜などの検体を送ることでゲノムを解析してくれるサービスで、日本だとMyCode、アメリカでは23andmeなどが有名な検査事業です。

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技術的には、ゲノム上の「個人差」の部分(SNP)の情報を解析し集団の中で「ゲノム情報(ジェノタイプ)」と「身体情報(フェノタイプ)」に相関性を見出すことで、ゲノム情報から身体特徴や疾病リスクを予測するデータベースを作ります。個人のゲノム情報を、このデータベースと比較することで、ゲノムの持ち主の疾病リスクや体質を予測する、という仕組みです。23andmeの場合は写真のようなレポートが帰ってきます。

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特定の疾病リスクが可視化されることや、なんとなく感じていた体質(たとえば乳糖不耐症)がデータで裏付けられることにより、検診の頻度を上げたり生活習慣を見直すといった行動変化が期待されます。また構築したデータベースは創薬研究への応用も期待されています。

これまでの成長

アメリカでは1990年代から存在していましたが、大衆に受け入れられようになったのは23andmeがサービスを開始した2007年以降で、2015-16年くらいから一気に検査数が増え、現在までに3000万人以上が利用しているとされています。日本では2014年に発売されました。またアメリカ、日本以外でも世界各国にローカルの検査があり、現在の世界の市場規模は2000億円程度あるとされており、検査数・市場規模は2桁で成長しています。 

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また最近では市場が成熟しプレーヤーに幅ができています。例えば、ゲノム情報を用いた健康維持サービスや、ゲノムに加えて腸内細菌・血液中マーカー濃度等を解析し健康アドバイスをするサービスなども出現しています。検査を受けた個人がきちんとベネフィットを感じられるように、健康リスクの可視化だけでなく、行動変化を引き起こし、「健康になった」と感じるゴールに向けて顧客体験を並走することに焦点があたってきていることが背景としてあるでしょう。

成長鈍化とその理由

一方で最近では検査数に伸び悩みが見えており、成長が鈍化しています。高コストな事業なため検査数の伸び悩みによる事業ダメージも大きく、既にいくつかの事業は撤退しています。2019年には業界最大手のHelixがコンシューマーゲノミクスを中核事業から外し、ハイエンド向けのVeritas Geneticsもアメリカ市場からの撤退を決めました。その他の複数の有力企業も事業からの撤退を検討しています。
背景の1つ目として、好奇心からサービスを試したい「アーリーアダプター」顧客層が枯渇してきた一方、顧客ボリュームゾーンである「マジョリティ」顧客層のニーズを喚起できていないことがあげられます。医療ではないため明確な行動変化・ベネフィットに繋がりにくく、マジョリティ顧客が購入意欲を感じていないということです。

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(Innovation Adoption Lifecycle, 画像ソース: Information week )

顧客のゲノムデータは、ゲノムデータベースに統合されそれ以降のゲノム解析や創薬研究に活用されます。匿名化されているものの自分の生体データがどこかで利用されていることへの気持ち悪さ、データセキュリティへの意識が社会的に高まってきていることも、別の背景としてあるでしょう。日本は個人データに対する意識が弱いのですが、アメリカでは強く、産業を阻む課題になっていると言えます。
また、データベースの創薬研究への応用も重要な収入源です。多くのサービス会社が製薬会社へデータ提供をしており、大きな売上の柱になっていますが、データベースの創薬での利活用が期待したほど進んでいないことも重要な背景でしょう。

今後の発展

苦戦しているコンシューマーゲノミクス産業ですが、今後成長していくためにいくつかの方向性があるのではないかと思います。
1. 医療との連携
ゲノム検査項目の中でも、直感的に理解しやすく、健康に対する示唆も大きいのは疾病リスクでしょう。疾病のリスクが医療機関との共有されれば、情報の適切な解釈、検診や予後の管理に情報を活用することができます。例えば疾病リスクの情報に基づき、個人ごとに定期検診の項目や頻度が異なるという仕組みができると、大きなベネフィットになるでしょう。

2. 保険への組み込み
疾患リスクがわかり検診や予防に努めることで、医療費の削減効果も期待でき、個人はさることながら、保険者にとっても大きなメリットになります。アメリカでは保険会社がコスト負担して、顧客にゲノム診断を推奨する事例もでてきました。がん遺伝子の検査を行い、発がんリスクが高い顧客には高頻度で検診を受けてもらうことで将来の医療負担を削減する意図です。保険者にとっては、短期のコスト負担・長期のベネフィットであり、かつ将来どの程度医療費を削減できるか予測が難しいのですが、顧客にとっては料金を払わずに疾患リスクを診断できるという大きなメリットになり、「マジョリティ」顧客層の取り込みにも大きく貢献すると思われます。

3. 検査からサービス提供まで一気通貫で行うプラットフォーム
コンシューマーゲノミクスは医療診断と異なり、病気かどうか白黒つけるためのものではないので「結局何をしたらいいのか?」というアクションが不明確な分、検査・解析とセットで健康管理サービスまで提供することで顧客がベネフィットを感じやすくなると考えられます。例えば食事や運動管理アドバイス、食事のデリバリー、医療機関と提携して定期的な簡易検査による早期診断なども可能になるのではないでしょうか。

4. B2Bでのデータベース活用
創薬研究以外にもデータベースの使い道を考えることもあり得ます。Family Tree DNAは血痕から被害者・犯罪者を特定できるようにFBIにデータベースを公開しています。プライバシーの公開にもなるので、セキュリティ上の重要性が高い分野ないと難しいですが、データの利活用にもポテンシャルがあります。

これらの様な様々な分野との提携が充足されることで、ゲノム検査が健康管理のための有益なツールとなり、より高付加価値、顧客から受け入れられ易いサービスになるのではないかと思います。

さらに

主にアメリカのケースから考えてみましたが、世界各国がアメリカに追随していることを考えると同様のことが今後の日本や各国でもいえるのだと思います。また分野としても、ゲノミクスだけでなく、コンシューマー向けのバイオデータサービス全般で同様のことがいえるでしょう。2019年には腸内細菌叢を解析し健康アドバイスを提供していたuBiomeが破綻し大きなニュースになりました。また今後も事業モデルが成り立たない企業が出てくることでしょう。
コンシューマ向けでありながらベネフィットの訴求が難しく運転資金を稼ぎ出すことが容易ではない事業なので、はっきりした成功者がいなかった分野ですが、提携により成功が見えるのではないかと期待しています。



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