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学年一の優等生と、ゴーストライター

本をたくさん読んだからといって、文章力が上がるわけではない。

何でもそうだが、ゴールをはっきり意識して取り組まなければ、そこまで到達することは難しいだろう。部活だったら大会優勝とか、仕事だったら個人売上100万とか。文章力を上げたいなら、意識して本を読むことでやっと、さりげなく表現されたコツなんかが見つかる。

小学生の頃、私はただただ読書が好きな女の子だった。


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「田口、今度の読書感想文コンクールに出てくれないか」

突然だった。先生は眉を八の字に下げながら、こう続けた。

「佐藤に頼んでいたんだがな、ほら、佐藤骨折しただろ?」確かに、今朝見た佐藤さんは右腕をぐるぐる巻きにしていた。でもどうして私?

どうやら先生は、本をたくさん読んでいる子に任せたかったらしい。佐藤さんがクラスで一番本を借りていたのでお願いしたが、右利きの佐藤さんが右腕を骨折してしまった。そこで二番目に本を借りている私に頼もうと思ったとのこと。

正直、嬉しかった。佐藤さんにはちょっと悪いが、もしかしたらみんなの前で表彰されるかもしれないから。

私は絵に描いたような優等生だったが、何かで賞状を貰った経験は無かった。全校集会で名前を呼ばれ、壇上で賞状を受け取る同級生に憧れていた。だから、チャンスだと思った。

しかし、締め切りまで時間はあまり無い。急いで課題図書を読み、学校が終わったらすぐに帰宅してノートに感じたことなどをまとめたり、書いては消して、書いては消して。家族で出かける時も本とノートを持ち歩いた。本気だった。

締め切り前に無事に書き上げ、先生に最終チェックをお願いした。達成感で息が荒くなる。どんな修正でも受け入れますよ、と真っ直ぐな目で先生を見つめた。

「先生が、書こうか」
原稿用紙から顔を上げ、先生はこう続ける。「うん、先生が書こう」

どういうことか。私の頭では理解ができなかった。教室に戻ってもその意味が分からず、しばらくボーッとした。もやもやと、周りをグレーの雲が囲む。

その後、私がすることはほとんどなかった。先生に「妹がいたよな?」と聞かれ、「はい」と答えたくらいで。


「田口鈴」
名前を呼ばれ、壇上に上がる。おめでとう、と校長先生は賞状を渡してきた。頭を下げ、下りる。グレーの雲がこの前より濃いな、とボーッとした頭で考える。

席に戻る途中、壁際にいた先生と目が合った。「おめでとう」と声をかけられる。

分かってはいた。そういうことだと。子どもだって、傷はつく。先生は傷の付け方が上手ですね。

先生に後で渡された原稿には、登場するリスたちがまるで妹と私のようだ、といったことが上手くまとめられていた。

賞状は、飾ることも捨てることもできず、押入れの奥にしまった。


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先生は決して悪い大人ではないと思う。先生なりに私に花を持たせたかったんだろう。

大人になった優等生は、いまだに先生を責めることは出来ずにいる。


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