『村』


    布団の中で小さく丸まっていた。

    心臓がバクバクしてなかなか寝付けない。陸の孤島のようなこの村で凄惨な殺人事件が起きたのはまだ昨日の夕方のことだ。10歳の私に、その出来事はあまりにも衝撃的だった。

    農家の娘クニエが発見された時すでに息はなく、田んぼの水は赤く染まっていたという。遺体には深い傷が複数あり、背後から鎌で何度も振り下ろされた可能性が高いという話だった。村の商店は臨時休業、学校は臨時休校。警察が村を捜査している。

    犯人が近くにいるかもしれない。そう思うだけで怖かった。寝室の窓ごしにきこえる風の音にすらビクッとする。なのになぜだろう。こういう心がざわざわしている時に限ってあの言葉が浮かんでくるのだ。

  「逢魔の山より 泉取様 降りたり」

    これは村で古くから伝わる言葉で、私は死んだ祖母から教えてもらった。母いわく、この集落でその言葉を知らない人はいないが、それが何を意味するかは誰にもわからないという。「いずとり様って誰? 」と父に何度きいても首を横にふり「わからんし、知る必要もないだろ」の一点張りだった。


    翌日、クニエのお通夜が執り行われた。私も両親に連れられて参列した。

    会場の央馬寺に多くの人間が集まっている。肩を震わせて顔を手で覆うクニエの両親を除いて、黒い服を纏った大人たちの表情は生気がなく能面を顔に貼り付けているように見えた。

    焼香が終わった後は、寺の大広間で大人たちがお酒を酌み交わしていた。あんな事件が起こったばかりなのに楽しそうに酔っ払う大人たち。その横に座っているのは心底居心地が悪かった。

    その時、またあの言葉を思い出した私は、深く考えもせずふらっと言った。

「ねえ、クニエさん殺したのっていずとり様なの? 」

    その言葉を発した瞬間、その場は静まりかえり、大人たちがひきつったような顔を私に向けた。


[続く]



#逆噴射小説大賞2020 #小説 #短編 #ホラー #ホラー小説

読んでもらえるだけで幸せ。スキしてくれたらもっと幸せ。