『玉森家の一族』(超短編小説)
彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。
視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。
玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。
「!?」
僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。
あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛沫は、陽光に煌めきながらガラス玉になった。そのまま床の上をコロコロ転がった。
暑さのせいで出現した幻影かと考えつつ、手で額の汗をぬぐうと、手の平の中に大小さまざまな大きさのガラス玉が数十個生まれて、床の上にコンコンコンと一斉にこぼれ落ちた。
「!?」
強烈な陽射しから逃げるように畳の広間に避難すると、祖父が団扇を仰ぎながら、高校野球中継を見ていた。祖父の足もとには数個のガラス玉が転がっていた。
「お爺ちゃんっ!ガラス玉!汗がガラス玉にっ」
耳が遠い祖父は、夏の甲子園決勝戦に夢中で、こちらの声に気づかないどころか、自分の汗の異変にも気づいていない様子だった。
その時だった。テレビが急に緊急ニュース速報に切り替わった。
「緊急ニュース速報です。ついさきほどですが、関東地方の気温が観測史上最高の50度を記録しました・・・」
祖父は画面が急に切り替わって驚いた様子だった。そのはずみで、足もとのガラス玉と、室内のはしっこに突っ立っている僕の存在に気づいた。難しそうな顔をしたかと思うと、僕に手招きをした。
「お爺ちゃん、ガラス玉が・・・」
「うんうん、わかっているとも。見てしまった以上は雄一にも言わねばならんなあ。うちの玉森家には代々語り継がれる秘密があってなあ・・・」
祖父は家系の歴史について淡々と話していった。異常に気温が高くなると、一族の人間の汗はガラス玉に変わる。玉森家はその昔、ビードロいわゆるガラスが希少だった時代に、ガラス玉で財を成した。ガラス玉の製造方法は一切口外しなかった。「玉森」という苗字も、ご先祖様が後世に伝えるために残したものらしい。僕たちはその末裔なのだ。
「・・・だから、いつか雄一にも子供ができたら伝えなさい。伝承とはそういうものだからね」
僕はわけがわからず、ただ頷くことしかできなかった。
「この話はなあ、ワシも20歳の時、雄一のひいお爺ちゃんにはじめて聞いたんだよ。どちらにせよ、いずれは話さなければいけなかったんだ」
「・・・・」
「まあ、驚くのはわかる。実はなあ、ワシも初めてなんだよ。このガラス玉を見たのは・・」
返す言葉が見つからず、僕は咄嗟に思ったことをそのまま喋った。
「・・・ガラス玉、きれいだね」
真夏の陽射しが、玉森家の古い日本家屋の室温を、どんどん上げていく。一族の汗はどんどん滴り落ちていく。
その日、玉森家には、数千個のガラス玉が転がった。
(了)
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