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中小企業の後継者は「牧師」だ

昨日、学生時代の家庭教師と話していて面白かった話。キリスト教における牧師の役割について。

Wikipediaによると、牧師は以下のように定義される。

牧師とは、キリスト教のプロテスタントの教職者(教役者)で、礼拝・説教・牧会・宣教その他教会の事務的な管理運営などを職務とする。教育者として信仰上の指導や訓練を履践する第一義的な立場にある者とされる。

家庭教師によると、要は「神(キリスト)の教えを伝えるメッセンジャー」なんだそうだ。

彼らの仕事は2つ。

①神の教えをそのまま伝えること

②神の教えに自身の解釈を乗せて伝えること

②については、他の牧師が話したことをそのまま伝えるのはダメで、各牧師のオリジナルな解釈を乗せないといけないのだそうだ。

何が面白かったかというと、会社における私の役割と似ているなと思った。

中小企業にとってのオーナー家

私は数年前から証券会社を辞めて、父の経営する家業に入った。入社して最初に驚いたのは、中小企業においてオーナー社長というのは絶対的な存在だということだ。大株主であり経営者であるという社長の存在は、キリスト教における神にも等しい。

先にも触れた通り、私は新卒で証券会社に入社し、百人以上のオーナー経営者と会ってきた。そのため、中小企業におけるオーナー経営者の権限について熟知しているつもりだった。が、当事者として会社に入ってみると、その力強さは想像していたよりも凄まじかった。

そんな唯一無二である社長の息子が入ったのである。社員は当然、私を特別扱いした。幸い媚びへつらうような社員はいなかったが、明らかに一般社員とは違う対応をとる。それほど「オーナー家」というのは、彼らにとっては特別な(異質な)存在なのだ。

現場を回り続けて気づいた経営と現場の距離

入社してから1年間はある現場に勉強として入ったが、2年目からは本社で働くようになった。本社に入ってから意識的に行ったのは、「とにかく現場を回る」ことだ。

現場を回るようになったのは、ミスターミニットのCEOである迫俊亮(@SS_Sako)氏の著書を読んだのがきっかけだ(氏の著書については、ブログに記事を書いたので読んでいただきたい)。

現場を回り始めてからは、社員ひとりひとりと会話をし、悩みや困っていることをとにかく聴いていった。そこには業務の不満だけでなく、会社や給料への不満もあった。飲み会にいけば、社長の悪口や批判を直接言われることもあった。正直、父親の悪口を聴くのは息子として心が痛かった。

後継者は社長の声を伝えるメッセンジャー

こうした日々を過ごしたある時、社員の不平不満の根本は「経営と現場の距離にあるのではないか。そしてこの距離を縮めるのが私の役割ではないか」と思うようになった。

社員にとってみると、「会社(or社長)=不透明」なのだ。上場企業のように財務諸表を公開している訳でもない。意思決定のプロセスなどあってないようなもので、大きな意思決定が前置きなしにある日突然降ってくる。理由など知る由もない。

社員は口には出さないが、WHYを求めている。社長はなぜこの意思決定をしたのか。私たちはなんのためにこの仕事をやるのか。神の教えを預かる牧師のように、社長の考えを全社に届けるのが後継者の役割なのだ。

メッセンジャーとして注意すべきこと

メッセンジャーとして、気をつけなければいけないことがある。それは、聴き手が「誰の言葉なのか解釈を誤る」おそれがあることだ。

社員にとって、私は「オーナー家」であり、「社長の息子」であり、「未来の社長」である。私個人の意見として伝えたことも、「会社の考え」「社長(父)の考え」だと捉えられてしまうことがある。

だからこそ、後継者が社長のメッセンジャーを担う時には、以下を明確にして話さないといけない。

・社長の考えをそのまま伝えているのか

・社長の考えに私の解釈を乗せて伝えているのか

・私の考えをそのまま伝えているのか

また、自分の考えをさも社長の考えのように伝えてしまうのもありがちだから気をつけないといけない。社員にはお見通しだ。

まあ偉そうなことを書いたが、とにかく誠実に地道に「凡事徹底」を貫いていきたい。

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