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小説『同窓会』6

《 小悪魔オスカル 》
       ~ 若林 舞 ~


幼い頃より「かわいい」と言われて育った。どこに行くでもお姫様のようにひらひらとした格好をさせられて、自分の好みなんてお構いなしにリボンとフリル、甘いお菓子のように飾り立てられた。だから自分の中で「かわいい」は当たり前だった。

罪があるのだとしたら、そんな風に自分を育てた環境だと思う。

小学生時代から、街に出れば芸能スカウトの名刺が両手いっぱいになるほど、舞は自他ともに認める容姿を備えていた。物心ついた頃には、なにをするにも「かわいい」という形容詞がついて回った。常に「かわいい」が前提で、舞は容姿に関して絶対の自信を持っていた。
「かわいい」をメイクに例えるなら、下地や化粧水のような基礎化粧品の類に相当し、成長した彼女にはその言葉は「今さら」だった。それ以上の言葉を述べられない者に関しては無知と決め込んで、相当に鼻は高くなっており、なにをするにも強気で大概のことで負けたことはなかった。
「舞~。ぶるの彼、とったって噂だけどぉ?」
面白がって友人の彼をその気にさせることも、舞にとってはほんのお遊びでしかなかった。
「あっちが勝手にその気になってるだけ~。『ぶる・とう』の彼、馬面じゃん」
「うま~? わるいんだ~」
電車に乗れば振り返る男子は多数おり、痴漢に遭うことなどほぼ毎日で、ゆえに性格は少々難あり、自分でもその自覚はあった。ゆえに自分が『小悪魔オスカル』と呼ばれていることも「かわいい」の代名詞であり、学生カバンの付属品のようなものだと解釈していた。

〈おっさん、じろじろ見てんじゃね~よ〉
〈やだ、このひと『はぁはぁ』言っちゃってる~〉
〈ちょっと臭いんですけどぉ…お風呂入ってますか~〉
 きゃははは・・・・

そんな舞は越境通学だった。父親が小さな町の町長を務めていたこともあり、親の権利と本人の見栄から、由緒あるお嬢様学校に通うことがステイタスだった。
「ねぇ、パパ~運転手つけてよ~。舞、毎日電車で痴漢に遭うんだけど~」
通学に2時間を要する距離は、わがままな女子高生には苦痛でしかなかった。始発の電車はともかくとして、帰りの電車では必ずと言っていいほど痴漢に遭った。友人がいる間は強気な発言もできたが、最寄りの駅に向かう頃にはその友人たちもそれぞれに散っていく。ゆえに下校だけでも「車を出してほしい」もしくは「タクシーを使いたい」と常々懇願していた。
「パパったら~」
どこで覚えたのか、高級娼婦の如く甘えた声ですり寄ってみるも、
「ごめんな~。パパもそうしてやりたいが、立場上、世間の目があるからなぁ…」
ははは…とから笑いで流され、うまくやりこめられてしまうのだった。
娘の安全よりも自分の地位確定の方が大事だった父親は、舞の要求を良しとはしなかったのだ。
しかし我慢を知らないどこまでも豪気な舞は、高校も半年も通う頃には、笑顔を称えればいくらでも自分のために動いてくれる兵隊を持っていた。今の時代で言えばそれは〈ストーカー行為〉に匹敵するが、校外に出れば日替わりで舞を待ち伏せている輩がそこかしこに存在したのだ。
「今日は風が強いから、先輩呼ぼうかな~」
嫌なことがあれば、高校中退で仕事を持たないバイク少年、雨が降れば会社帰りの地元の先輩、テスト期間中なら他校のイケメン…と、送ってくれる男はウィンクひとつで確保できたというわけだ。
通学時の自己防衛もさながら、蝶よ花よと自由奔放な彼女には怖いものなどなかった。
だが、運転手のないない朝の通学バスだけはいつも憂鬱だった。
「公立の子はいいな…」
〈Courrèges(クレージュ)〉〈renoma(レノマ)〉〈TRUSSARDI(トラサルディ)〉に〈D&G(ドルチェアンドガッパーナ)〉など、セカンドバックを小脇に抱える他校の生徒を横目に、くだらない校則に毒を履く。
そもそも今の時代に〈学生カバン〉が存在すること自体時代遅れもいいところなのに、
「ステッカー禁止、キーホルダーはひとつだけ…って、小学部と同じ校則が高等部の生徒手帳に記載されていることがそもそもおかしいのよ」
満員のスクールバスは席を確保するのも至難の業で、由緒あるお嬢様学校でありながらも、電車通学の生徒はみな優雅な歩みを無視し制服を翻して走ってバス停に向かう。それもこれも少ない座席を確保するためであったが、舞には自分より早い電車で到着している忠実な友人があったため、ほぼ毎日座ることができた。
「やっぱり、キンプリだよね~」
「そうそう、キンプリ」
嬉しそうに学生カバンの後胴に張り付けられたステッカーを丁寧に剥がし、それをかぶせの内側に張り付けた。
私立のお嬢様学校は学生カバンも当然指定であり、それらを正しく使用することが校則に記されている。ステッカー厳禁、キーホルダーはひとつだけ、学生カバンの改良及び変形、派手な装飾等は当然校則違反とみなされる。ゆえに校内に入る前は学生カバンに取り付けられたそれら装飾の類を取り除く作業が必須だった。
「金鰤…?」
「やだ、さっちん。キンプリだよ、き、ん、ぷ、り。『禁断のプリズン』…知らないの?」
得意げに語る隣の席の彼女も、つい最近まで知らなかった事実であるのに、よくもそんな言い方ができたものだ…と呆れる舞。
「聞いたことないなぁ」
それがメジャーかどうかということは問題ではなく、自分の発信が常に最先端だった。
「ヘビメタバンドよ…」
舞はなかなかにミーハーでもあったのだ。
当時はコミックバンドが多く存在し、舞はライブハウス通いに勤しんでいた。
「それより舞。今週末、どうするの? 蛙土(あつち)市じゃちょっと遠いよね」
「だ~か~ら。大丈夫、車の手配したから…」
そう言って、少し離れたところに立ちすくんでいる落ち込んだ同級生『虚構のオスカル』と冠された〈瑠董(るとう)くるみ〉を顎で指した。
「あ~そういうこと。ぶるの彼、車持ってるもんね~。やるじゃん」
ちなみに〈ぶる〉とは、少しふくよかな彼女の苗字に「ぶ」をつけ、蔑んで舞がつけたあだ名だった。
「でしょ~。舞ちゃん、頑張った。キンプリのために笑顔使ったの~」
若さは時に非情なものだが、舞は相当な強者だったと言える。
「ホント、悪い子~」
「だいたいチケットだって、馬面先輩の手配だし」
「へぇ~。ぶるは知ってるの?」
「さぁ…馬面先輩、嘘が下手だからなぁ…」
きゃははは・・・・
舞は、利用できるものはなんでも利用した。それが友人の彼であろうと、学校の教師だろうと、他人の親だろうと、自分に都合よく動かすことに相手を選ばず得意になっていた。それが当時の舞には可能だったのだ。


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲(みかどあきら)〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。


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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します