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ピクニック神保町出演50回記念オムニバス公演より「アナミルタ」脚本




注:文中の「NA」とはナレーションの略。芝居上では主人公の心の声として使われています。「スライド」とは舞台の壁に映し出されるスライド画像。



「アナミルタ」



皆川(みながわ)…ピクニック
30歳、無職。量販店で強盗事件を起こし、山中に逃走中、穴に落ちる。

ユキ…岡田亜矢
22歳、大学生。だらしない兄を常に気にかけている。

戸田(とだ)…いけや
30歳、ゲーム会社勤務。東京に引っ越したが、久しぶりに戻ってきた。話好き。




舞台上のサスの中に一人の男が座っている。男の横にはリュックサック。手には携帯電話。

男携帯電話をいじっている。

皆川「げ。今日夕方から雨かよ。だりーなぁ…。降水確率は40%か…。40%?…?…って事は60%で降らないって事?曖昧だなぁ…。だったら降水確率50%って言っときゃ常に予報当たるじゃねぇかよ…。楽な仕事だな、気象予報士。」

携帯を置く

NA「………雨か…。やだなぁ。今日だけは降らないでほしいなぁ…。」

SE-メール着信音

皆川「…?メール?……」

NA「どうせアイツだろうな…俺にメールなんてしてくるのは…。友達や両親からなんて全く連絡なんてきやしない…。ふん、俺は寂しい男だ…。くるのはいつだって口うるさい妹だけってか…。」

携帯取る

スライド「おめでとうございます。」
スライド「当選した500万円を受け取る場合は下記のURLから」

皆川「迷惑メールじゃねぇか!!」

携帯置く

皆川「ふざけんな、畜生!妹ですらねぇじゃねぇか!寂しい男だ……じゃねぇよ!格好つけて恥かいちまったよ!」

SE-メール着信音

携帯に目をやる

皆川「………迷惑メールか?……それとも妹か?…ま、どっちにしろ、見る必要は無いか…。もし妹だとしても、くる内容はいつも説教ばかりだ…。」

携帯を気にしない素振りでボーと上を見ている

NA「……友達の線もあるのか?…俺は勝手に迷惑メールと妹の二択にしているが、友達の線もあるのか?確かに俺は今仕事もしてないから付き合いなんて全くない!学生時代も暗かったから友達は少なかったし、卒業してからはもう10年以上誰とも連絡なんか取ってない!けど友達が0だった訳じゃない!…俺は…俺は…、いつ誰から連絡がきてもいいように、アドレスを一度も変えた事がないのだ!」

携帯を取る

スライド「お兄ちゃん、ちゃんとメール返してよ。」

肩を落としてため息

皆川「…そりゃそうか…。」

スライド「今、家に一人だから暇だよ。」
スライド「もう余りにも暇だったから自分でエッチな写真撮っちゃった。」
スライド「見たかったら下記のURLから」

皆川「いや、迷惑メールじゃねぇか!!」

携帯強く置く

皆川「あ、やべ。強く叩き付け過ぎた…。壊れたか?……あぶね、大丈夫か…。」

携帯いじる

NA「…一応妹に電話しておいた方がいいかな……。アイツはお兄ちゃん子だからな…。何かと心配してるかも知れないし。」

電話する

以下ユキ、カゲマイク

皆川「…あ、もしもしユキか?」
ユキ「テメー、コノヤロウ!!やっと電話してきやがったな!!」
皆川「あ…、いや…忙しくて…。」
ユキ「散々着信もメールも無視しやがって!!この白ネズミが!!」
皆川「え?いや、白ネズミって…。すいません…。…ちょっと、仕事でバタバタ…。」
ユキ「嘘つくんじゃねぇ!コノヤロウ!どうせ今も無職でプラプラしてんだろ??」
皆川「さすがは、俺の妹…!かないませんな…!」

ユキ「テメェの事は何だってお見通しだ!!…んで?今度は何しでかしたんだコラ!?」
皆川「はい??」
ユキ「テメェがたまに自分から電話掛けてくる時は、決まって何か謝りたい時だからなぁ!」
皆川「いや、ほんと、何となく久々にかけてみようと思っただけで!特に用は無いよ!」
ユキ「ちっ!」
皆川「ほ、ほんとだよ…!」
ユキ「…(ため息)。…あのね、お兄ちゃん…。私もお兄ちゃんが嫌いでこんな事言ってるんじゃないんだよ…。お兄ちゃんが心配だから言ってるの…。」
皆川「重々承知しております。」
ユキ「どうせ近くに住んでるんだから連絡くらいこまめにしてよ…。…ちゃんと生活は出来てるの?」
皆川「大丈夫。元気でやってるよ。」
ユキ「ならいいんだけど…。私ね…、来年には大学も卒業で、就職も決まってるの…。そしたら、家出て一人暮らしするから、お兄ちゃん一緒に住まない?」
皆川「一緒に…?」
ユキ「お兄ちゃんを一人にしとくのは心配なの…!」
皆川「うーん…。」
ユキ「まぁ、考えておいて…。最近はウチの近所も物騒だから気をつけてよ?」
皆川「物騒?」
ユキ「知らないの!?近所の量販店に強盗が入ってお金とか商品とか盗まれたんだよ!」
皆川「そうなんだ。」
ユキ「もう…。ゲームばっかりやってニュース見ないから…。犯人捕まってないらしいからお兄ちゃんも気をつけてよ!」
皆川「大丈夫だよ。こんなボロアパートに住んでるヤツ狙う馬鹿はいないよ。」
ユキ「そりゃそうだけど…。とにかく連絡はこまめにしてよ!」
皆川「分かってるよ…。」
ユキ「分かってないよ!お兄ちゃんはいつだってそう!私がどんだけ心配しても分かってる分かってるって適当な返事ばっかり!たまには心入れ替えて真面目に…。」

電話切る

皆川「…また説教のスイッチが入っちまったな…。」

ため息

リュックサックからクシャクシャのお札を取り出す。

皆川「魔が差しました、じゃ…すまねぇよなぁ…。やっぱ捕まったら妹にも迷惑かかんのかなぁ…。アイツ就職決まったばっかだからな…。マズいよなぁ…。」

お金を戻す

NA「友達はいねぇ。仕事も続かずプー太郎。妹には心配ばかりかけ、あげくの果てには犯罪者…。何やってんだか…。」

携帯見る

NA「16時か…。もう4時間も経ったのか…。お金を盗んで……、山に逃げ込んで……。」

上を見上げ

皆川「この穴に落ちてから……。」

暗転

タイトルスライド「アナミルタ」


スライド「82%」

明転

舞台上に皆川。ユキ入ってくる。

ユキ「お兄ちゃん!」
皆川「おお、妹よ!」
ユキ「お兄ちゃん、大好き!」
皆川「妹よ!俺はお前のような出来た妹がいて鼻が高いぞ!」
ユキ「お兄ちゃん、大好き!」
皆川「俺もだぞ!妹よ!」
ユキ「お兄様!大好きでございます!」
皆川「おお!急に上流階級感が出たぞ!でもそういうのも嫌いじゃないぞ!」
ユキ「兄上!好いております!」
皆川「おおお!時代が変わったぞ!これもまた一興だ!うほーい!」
ユキ「うるせータコ。」
皆川「あ。え?」
ユキ「大好きなわけねぇだろ。」
皆川「え。あの。」
ユキ「散々迷惑かけたあげく強盗してんじゃねぇよ、小学生みてぇな顔してよぉ!」
皆川「いや、顔は関係な…。」
ユキ「8才か?てめぇ。」
皆川「いや、お兄ちゃんなんだから君より年上…」
ユキ「8才。」
皆川「いや…。」
ユキ「8才。」
皆川「だから…。」
ユキ「8才。」
皆川「やめなさい…。」
ユキ「8才8才8才。」
皆川「いいから、その8才ってのやめなさい…。」
ユキ「8才8才8才8才8才8才。」
皆川「………うわーん!!(しゃがみ込んで泣く)」

再びサス。女ハケ。

皆川「8才じゃない!!(目を覚ます)……はっ。……くそ……久々に妹に電話なんかしたからだ…。うわ…、背中までビッショリだ…。」

携帯を見る

皆川「17時…。一時間くらい寝ちまってたのか…。」

NA「うわ、すげえ着信の数……。全部妹か…。話の途中で切ったからな…。」

皆川「怒ってそうだな…。」

携帯置いて立ち上がり、穴を見上げる。

NA「誰も通らないな…。さて…。どうしたもんか…。高さは見た感じ四メートルから五メートルってとこか…。自然に出来たもんなのかな?もしくは井戸の為に掘られて途中で捨てられたとか…。」

皆川「まぁ、どちらにしろ手と足で登るのは難しそうだな…。何か店で盗んだ物で役に立ちそうなものは……。」

リュックサック探る

皆川「金…。競馬新聞…。ボールペン…。マスク…。包丁…。レジャーシート…。」

NA「……まだいくつかあるけど、ろくなもんは無さそうだなぁ…。まぁ計画的な強盗じゃないしな…。パニックになって店のモン色々持ってきちゃっただけだし…。」

NA「やっぱり誰かに助けてもらうしか方法はないか…。」

携帯持って

NA「とはいえなぁ…。警察に連絡して捜索してもらう訳にもいかないしなぁ…。友人に連絡……。」

皆川「したくても友人がいないし…。」

NA「…妹に連絡…。」

皆川「したくねぇなぁ…。(ため息)」

NA「…とりあえず誰かが通りかかるのを待って、本当にどうしようもなくなったら妹に電話するか…。でも結局今自分がどの辺にいるかも良く分からないし、結局妹も警察に捜索を頼む事になるのかな…。」

皆川「……まいったなぁ…。」

ひとまず座る

皆川「…そもそも、携帯電話ってどのくらい電池がもつもんなんだ……?」

携帯見る

NA「82%か…。何にも使わなかったら一日くらいもつかな?一日ありゃ誰か見つけてくれるか…。とにかく、この携帯は最後の切り札。今の俺の生命線だ…!大事に使わなくちゃな…!」

携帯置く

皆川「…………暇だな。」

NA「ちょっとだけアプリのゲームでもやるか…。」

携帯手に取っていじり始める

皆川「(ゲームを楽しむ)おお!よし!いいぞ!おし!あー惜しい!っしゃ!」

「82%」の表示からどんどん数字が減っていって「74%」

皆川「うし!おお!おりゃ!おお!うあ!くそ!おお!おおお!うおおおおお!いや減るなぁ!!電池!!!」

携帯置く

皆川「恐ろしい減り方するな、ゲームはぁ!!シャレにならねぇ!!これじゃ30分ももたねぇ!駄目だ!やっぱりこれ以上携帯は使えねぇ!」

目を閉じてじっとする

NA「……ネット見るくらいなら……。そんなに電池使わないか…。」

携帯手に取っていじり始める

NA「あ!あのゲーム新作出るんだ…!前作面白かったもんなぁ…。…お!youtubeにプレイ動画あるじゃねぇか!」

一瞬悩み

皆川「…動画は…、電池減るよなぁ…。」

「72%」

皆川「まだ結構あるな…。まぁ、プレイ動画なんてねぇ?2〜3分なもんだし…!ちょっとくらいなら…。」

暗転

再びサス

「54%」

皆川、頭抱えている

皆川「…何をしているんだ、俺は…。」

NA「なんで関係ないシティーハンターまで見てんだ…。何でもあるなYOUTUBEは…。……もう半分くらいになっちまったぞ…。いざリミットを設けられると、携帯がこれほどまでに魅力的なツールだとは……。」

皆川「もう触らないぞ…。もう…本当に…。…何か…、携帯以外で暇を潰せる物は…。」

リュックサックから競馬新聞を取り出し読む

NA「…そういや。朝…携帯で競馬買ったんだっけな…。」

馬券取り出す

NA「あれ、もうすぐ出走じゃねぇか?」

携帯に目をやる

皆川「……。ワンセグ…は駄目だよね…。…駄目だよ、それは。」

携帯取る

皆川「駄目だとは分かっているんだよ〜。」

NA「でも当たったら万馬券なんだよ〜。」

ワンセグつける

「54%」徐々に減っていく

競馬実況の音が流れる

皆川「よし、行け!2ー3ー6の三連単!!いいぞ!スタートは完璧!逃げろ!逃げろ!当たれば万馬券!50万だ!」

競馬実況「さあ、第四コーナー回って最後の直線!」

皆川「………お……お……お……おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

SE-携帯着信音

皆川「んだ!チクショウ!誰だ!こんな時に!!!」


皆川、画面を見て「あっ」という顔をして電話を取る

そでにサス

戸田出てくる

戸田「もしもし?」
皆川「もしもし、戸田か!?」
戸田「おお!よく分かったな!久しぶり!」
皆川「ホント久しぶりだな!」
戸田「高校卒業して以来だから12年振りか!良く俺の番号残してたな!」
皆川「当たり前だろ!お前は俺の高校時代の唯一の友達なんだから!」
戸田「お互い暗くてゲームの話とかしかしないからクラスで浮いてたもんなぁ!」
皆川「だからいっつも二人でいたからなぁ!でもお前が卒業してすぐ東京に引っ越してからは連絡も取らなくなったけど…。それにしてもどうしたんだ、急に?」
戸田「いやさ、久しぶりに地元帰ってきたから、今日辺り飯でも行かねぇかと思ってさ!」
皆川「今日は…。(上見上げ)ちょっと難しいかな…?」
戸田「あ、そうなの?仕事?」
皆川「仕事…。ではないんだけどさ…。
戸田「?」
皆川「…実は…今さ…。」
戸田「あ!そういや、妹さん元気か!?」
皆川「え?」
戸田「いっつもお前の事心配してたもんな〜!あんま迷惑かけんなよ〜。」
皆川「ああ…そうだな。」
戸田「ああ、ごめん!今何か言おうとしてた?」
皆川「ん。いや何でも無い。」
戸田「…?そっか。大丈夫か?」
皆川「何が?」
戸田「なんか、疲れてそうだから。」
皆川「いや、そんな事はないよ。まぁ、また日を改めて。」
戸田「そうだな!」
皆川「じゃ。」

電話切る

そでサス消え、戸田ハケる

皆川「言えないよなぁ…。」

「43%」

NA「おっ!やべぇ!結構減っちまった!」

皆川「…ぐ…。さっきの競馬の結果も気になるけど、見る余裕はねぇか…。今はバッテリーの方が大事だ…!」

SE-携帯着信音

電話取る

そでにサス

戸田出てくる

戸田「あ、もしもし?」
皆川「おう、どうした?」
戸田「さっき言い忘れたんだけど、俺今ゲーム会社勤めてんだよ!」
皆川「えー。そうなんだー。」
戸田「お前今でもゲーム好きだろ!?」
皆川「ああ、うん。好き。」
戸田「今度会った時、色んな情報とか教えてやるからな!」

「43%」から徐々に減っていく

皆川「おう、そうか。楽しみだなぁ。じゃ。」
戸田「まだ公開されてない話とか沢山あるからさ!」
皆川「ひぇ〜楽しみだ。じゃ。」
戸田「制作秘話なんかも特別に聞かせてやるからな!」
皆川「ありゃ〜、そりゃたまらん。じゃ。」
戸田「プログラミングとかもさぁ」
皆川「ごめんごめん!それ話長くなる?」
戸田「ん?なんで?」
皆川「いや、会った時の楽しみにとっておこうかな、と思ってさ。」
戸田「あ、ま、そりゃそうか!」
皆川「うん、じゃ、またな。」
戸田「おう!じゃ!」

電話切る

「38%」

NA「40%切っちまった…。」

SE-携帯着信音

電話取る

そでにサス

戸田出てくる

戸田「もしもし?」
皆川「もしもし…。」
戸田「今度出る新作のゲーム見た!?」

「38%」から徐々に減っていく

皆川「ああ。あれね。見たよ。」
戸田「あれのキャラクターデザイン誰やってるか知ってる!?」
皆川「いや〜…分からない。」
戸田「意外な人がやってんだぜ!」
皆川「へ、へ〜。誰?」
戸田「さぁここで問題です!それは一体誰でしょう!」
皆川「くっ…。さ、さぁ?わからねぇや。教えて。」
戸田「ナイショ〜!」
皆川「殺すぞ!!テメェ!!!」

電話切る

そでサス消えて戸田ハケ

「33%」

NA「…とうとう三分の一になった…。」

SE-携帯着信音

電話取る

そでにサス

戸田出てくる

戸田「おーい、今そこで偶然お前の」

会話せず電話切る

そでサス消えて戸田ハケ

「33%」

NA「…33%…。いよいよ無駄に出来ない…。電源切っておくか…。」

電源を切る

NA「……でも、待てよ…。もし本当に大事な電話がきた時に取れないのもまずいよな…。」

皆川「そもそも大事な電話って何か分からないけど…。」

少し悩み

皆川「一応電源は入れておくか…。」

電源入れる

「38%」

皆川「ま…。念の為な…。」

NA「何があるか分からないし…。」

皆川「……ん?…38%?」

NA「……さっき何%だったっけ…?」

NA「…三分の一とか言ってなかったか…?」

皆川「言ってた…。」

NA「…増えてない?」

皆川「…ちょっと待てよ…。」

電源切る

皆川「これで…もう一度つけて…。」

電源入れる

「40%」

NA「間違いない!増えてる!!」

皆川「こんな事あんのか!?いや、確かに普段もこんな事あった気がする!おい!携帯!お前そんな特殊能力あんのに隠してやがったのか!!」

電源切る

電源つける

「12%」

皆川「何だお前は!!!!どーいう事なんだ、それは!!ゴリゴリに減ってるじゃねぇか、バカヤロウ!!!」

NA「くそぉ!!…最悪だ!畜生!!あの一瞬の40%は何だったんだ!?最後もう一回電源切らなければ40%のままだったのか!?」

皆川「最悪だー!!!!」

頭抱える

NA「………40%…。何か…、つい数時間前も40%がどうとかって言ってた気が…。何だったっけ…?」

SE-雨の音

皆川「本当に……最悪だ……。」

リュックサックからレジャーシート取り出すかぶり、携帯見て

皆川「最近の携帯は、防滴くらいはついてるから平気か…。」

シートにくるまりじっとしている

雨の音が続き、サスも少し暗くなる

皆川「……腹減ったな…。朝から何も食べてない…。…こんな雨じゃいよいよ人も通らないだろうな……。」

NA「いや、そもそも人が通る道じゃないのかも知れないよ…?」

皆川「待ってくれよ…。その場合、たまたま救助される可能性ってどのくらいなんだ…?もしかしたら一週間…、いや一ヶ月…。下手すりゃ…。」

NA「二度と…。」

皆川「もう…、…いよいよ潮時か…?例え警察に保護されて、そのまま逮捕されても…。このまま餓死するよりはマシだ……。」

「9%」

皆川「もう電話出来て一回かな…。……警察か……。状況を説明して捜索してもらおう…。」

携帯を見て

皆川「最後の通話だ…!自分が分かる限り詳しく場所を説明しなきゃな……。その説明で…おそらく時間切れだ…!」


NA「例え捕まっても。」

皆川「…助けてもらうんだ!!」

NA「例え妹に迷惑がかかっても。」

皆川「死ぬよりかは…!」

NA「妹の就職が取り消されても。」

皆川「………死ぬよりか……。」

NA「妹の人生を壊すよりかは…。」

皆川「死んだ方が………マシか……。」

携帯を置く

皆川「俺が今まで妹に何をしてやれてきた……。俺がいない方が…、アイツは幸せだったんじゃないのか…。警察に捕まってまで…、妹に迷惑かけてまで生き延びてなんになる…。」

携帯に目をやる

皆川「……最後の通話か……。」

携帯取ってかける

「8%」徐々に減っていく

以下ユキ、カゲマイク

皆川「……ユキか…?」
ユキ「お兄ちゃん…。」
皆川「…あ、いや〜、特に用は無いんだけどさ…!ほら、こまめに連絡入れろって言われたから」
ユキ「お兄ちゃん…。何かあったの…?」
皆川「え?」
ユキ「さっき戸田君に会ったよ。お兄ちゃんが昔仲良かった…。」
皆川「あぁ…。」
ユキ「久々にお兄ちゃんに電話したら、なんか元気無さそうだったって…。」
皆川「そんな事は…ないよ…。たまたま疲れてて…。」
ユキ「何かあったんでしょ…。」

NA「何でそんな事聞くんだ…。」

皆川「だから、別に…。」
ユキ「お兄ちゃん…。」

NA「なんなんだ…。」

ユキ「…量販店でお金盗んだの…、お兄ちゃんなんでしょ?」
皆川「え。」

NA「…なんで。」

ユキ「池田のおばさんが朝、お店の近くでお兄ちゃん見たって…。」
皆川「おばさんが…?」
ユキ「声掛けようとしたのに気付かず走って行っちゃったって…。」

NA「おい、すっとぼけろ。」

皆川「いや、たまたま、近くをプラプラしてただけだよ…。」
ユキ「あの時間、お店の近くにいたのに、何でさっき電話した時、事件の事知らないって言ったの?あの後警察とかも来て大騒ぎになってた筈でしょ?」
皆川「それは…。」
ユキ「お兄ちゃんから電話してくる時なんて、決まって何か謝りたい時だもん…。」
皆川「ユキ…。俺…。」
ユキ「なんでそんな事したの?」

NA「理由なんてない。」

皆川「別に…。ただお金が欲しかったから…。」
ユキ「嘘…。」

NA「嘘じゃない。」

ユキ「お兄ちゃんは自分の都合でそんな事する人じゃないもん…。」

NA「俺は。」

皆川「………量販店に……。」

NA「言うな。」

皆川「…お前の…就職祝いを買いに行こうと思ったんだ…。…でも、仕事やめてから大した稼ぎも無くて…、安物の靴を手に取った瞬間に何だか涙が出てきて…。散々迷惑掛けてきた妹に…俺はこんなものしか買ってやれないのかと思ったら情けなくて…。もっとブランド物のいい靴を買ってやりたいって…。もし…お金さえあれば…お前に…もっと…いい物を……。…気付いたら、売り物の包丁とマスクを手に取ってレジに向かってた…。はは…。相変わらず馬鹿だよな…。そんな盗んだ金で就職祝い買っても誰も喜ばないって分かってんのに…。」
ユキ「ホント…。馬鹿なんだから…。馬鹿でモヤシでネズミでハゲで」
皆川「言い過ぎだ…。あと禿げてはいない…。」
ユキ「警察行こう…。お兄ちゃん…。」
皆川「…いや、それは出来ない…。」
ユキ「…なんで…?」
皆川「これ以上お前に迷惑を掛けたくないんだ…。」
ユキ「何言ってるの…!教えて…、そこどこなの…?」
皆川「…言えない…。」

NA「電話を切れ。」

皆川「悪いけど…電池が切れそうなんだ…、もう切るぞ…。」
ユキ「…じゃ、充電したらすぐに掛け直して…!」
皆川「…それも…出来ない…。」

NA「そうだ…。これが…。」

皆川「これが…最後の通話だ…。」
ユキ「何言ってるのよ…!?…お兄ちゃん…。何かあったの?…何か…別なトラブルに巻き込まれてるんじゃないの…?」
皆川「何…、言ってんだ…。別に何もない…。」
ユキ「嘘……。いいから言って、そこどこなの?」
皆川「…はは…。さすがは俺の妹…。かなわないな…。」
ユキ「…お兄ちゃんの事は……何でもお見通しなんだから……。言って…。お兄ちゃん今どこにいるの?」
皆川「ユキ…。就職おめでとう…。」
ユキ「ふざけないで…!お兄ちゃん…!」
皆川「…これから…、お前は…幸せな人生を送るんだ…。仕事に精を出して、同じ職場のかっこいい男と恋愛して、結婚して…。」
ユキ「ふざけないでってば…。」
皆川「…その幸せな人生に俺は邪魔でしかないんだよ…。」
ユキ「お兄ちゃん…聞いて…。」
皆川「お前に迷惑しかかけない俺は、いらない存在なんだ…。」
ユキ「聞いてよ…。」
皆川「これからは、自分に元々兄貴なんかいなかったと思って生きるん…。」
ユキ「迷惑だと思った事なんて一度もないもん!」
皆川「…ユキ…。」
ユキ「お兄ちゃんに迷惑かけられた事なんて一度もないよ!」
皆川「でも…。」
ユキ「確かにお兄ちゃんはだらしない所はあるけど、いつでも私の事を心配してくれてるの知ってるもん!」
皆川「…ユキ…俺…。」
ユキ「お兄ちゃんがいてくれなきゃ…、私は幸せなんかじゃないよ…。」
皆川「…ユキ…。」

NA「ユキ…。」

皆川「…俺…。」

NA「俺の事は。」

皆川「俺は…。」

NA「もう忘れるんだ。」
↑のNAにかぶるように↓
皆川「またユキに会いたいよ…。」
ユキ「…お兄ちゃん…。」
皆川「ユキに会いたい…。」
ユキ「……………知ってるよ…。お兄ちゃん…、私の事大好きだもん…(笑)」
皆川「もう二度とユキに会えないなんて俺は嫌だよ…。」
ユキ「お兄ちゃん…帰ってきて…。」
皆川「…ユキ…。」
ユキ「お願い…お兄ちゃん…。そこどこか言って…。」
皆川「…ここは…、町の裏の」

「0%」

SE-充電切れの告知音

「充電して下さい」点滅

皆川「あ!…ああ!…待って!待って!…そんな!やっぱ嫌なんだよ!妹に会いたいんだ!!捕まってもいいから!罪は償うから!後一回だけ電話を!…警察でもいい…!探しにきてもらって…!」

「充電して下さい」消える

「ああああああ!!!」

皆川泣き崩れる

「チクショウ!!」

リュックサック漁り

「こんな金がなんなんだ!こんなものの為に、俺は…!!」

金を出しては叩き付ける

「うあああぁぁぁぁぁ!!!」

リュックサックの中から簡易充電器見つけ

「いや、充電器盗んでたあああぁぁぁぁぁ!!!!」

充電器差して電源入れる

「4%」

サスも元の大きさに戻り、雨の音もやむ

皆川「おおおぉぉ!!き、きたぁ!これで使えるぞ!…ま、まずは!…まずは…!!!」

競馬番組の声「さぁ、まずは今日の結果です。第10レースは2ー3ー6…。」

皆川「2ー3ー6!?…あ…あ…。」

暗転

皆川「当たったあぁぁぁぁ!!!!………から何なんだチクショウ!!!じゃ何で強盗したんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


おしまい



[解説]

長々お付き合いありがとうございました。

2013年8月20日~ 26日に、今は無き芝居小屋神保町花月にて行われた、先輩であるピクニックさんの芝居出演50回記念オムニバス公演のうちの一つ「アナミルタ」の脚本です。当時、匿名ならという条件でピクニックさんからの執筆依頼を受けさせていただき書きました。

タイトルの「アナミルタ」とは、毒を持つ植物の名前なのですが、物語の核の「穴」というワードと、持ってる毒の名前が「ピクロトキシン」でピクニックさんっぽかったからというダジャレ的な割とどうでも良い理由です。

キャストは芸人のピクニックさん、犬の心いけやさん、女優の岡田亜矢さんの三人。

どんな話にしようか悩んだ末、携帯の電池がドンドン減っていく様子を数字で舞台上にスライド表示し、0になるまでのお話にしました。

そこからは設定上の縛りを考える作業です。充電が出来ず、移動が出来ず、人に助けを求められず、警察にも連絡出来ず、0%になったら死ぬかも知れない状況を作らなければなりません。

この、条件を一つ一つクリアしていく矛盾無くしの作業が気が狂うほどツラくてしんどいので長尺の脚本を書くのはなるべく避けて芸人人生を過ごしてきました。

条件が整い、物語の状況が完成したら楽でした。

僕は男兄弟の為、こんな妹いたらいいなぁと思って書いていたので、最後のやり取りは自分で書きながら少し泣きそうになりました。なのでなんとかバッドエンドだけは避けたく、このようなオチになりました。

携帯は当時ガラケーしかなかったので、電源を消してまた入れると充電が増えてるという謎の現象がよく起きたのですが、今のスマホだとほぼ無いですね。最近の若い人には伝わりづらいくだりかも知れません。

余談ですが、登場人物の名前、「皆川」「戸田」は好きな漫画家の皆川亮二さん、戸田誠二さんから。「ユキ」は好きなアーティストのYUKIさんから取ったと記憶しています。

匿名だった為、脚本提供の際に偽名で使った「川原小夏」は蒲田行進曲の水原小夏から。






ご無理はなさらず。 いただけるのであれば有難く創作意欲と飯の種にさせて頂きます。