衛将軍征匈奴伝

「匈奴を皆殺しにしたい」
 それが皇帝陛下の第一声だった。
「はあ」
 思わず間抜けな声が出た。先刻叩き込まれたはずの謁見用の作法一揃いはとうに頭から消えている。普段羊と馬の世話ばかりしている自分には無理な話だったのだ。
 だが陛下は構わず続ける。
「匈奴は強い。強いが、歩兵を巧みに使う将ならば勝てる。郅都や李広のように」
「『蒼鷹』と『飛将軍』の勇名はかねがね……」
「だが駄目だ」
 怒気を孕んだ声。
「匈奴はすぐ逃げる。逃げるのが兵法の一部ですらある。それを追うには騎兵だ。匈奴に騎兵戦で勝つ将が欲しい」
「はあ」
 なぜこんな話をされているのかさっぱりわからない。姉が後宮入りした件で謁見を賜ったのだとばかり思っていたが、なぜ匈奴? なぜ騎兵?
 突然、陛下はぐっと顔を近づけてくる。
 平陽公主によく似た女性的な顔立ちの急接近に、いろいろな意味で心臓が跳ね上がった。
 ただ、爛爛と輝く両目だけが違った。
「お前こそがその将だ、衛青

【続く】

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