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幸運を呼び込む「人生が変わる文章術」【#読みたいことを書けばいい】

 2019年9月現在で第5刷、累計15万部突破した、田中泰延さん初の著書「読みたいことを、書けばいい。人生が変わるシンプルな文章術」(2019/6/13発売、ダイヤモンド社)を読んで、以下のnoteに書評とも随筆とも言い難い長い文章を書いた。

 このnoteでわたしは、この本の副題にある「人生が変わる文章術」とは、どういうものなのか、考察しようとした。しかし書いているうちに、18000字を超えてしまったので、このパートだけ抜き出すことにした。
 なお、このnote記事でも「読みたいことを、書けばいい。」から引用したフレーズを太字にして、該当頁を示すようにしている。

 田中さんが語るキャリアアドバイス、また田中さん自身のライター業へのキャリアチェンジの経緯は、2019年5月に亡くなられた、スタンフォード大学の教育学・心理学教授であるJ・D・クランボルツ教授が提唱する「計画された偶発性理論」というキャリア形成理論とその事例に近い。
 「計画」と「偶発」という相反する言葉が含まれているので、「無欲の精神で優勝目指す〇〇農業高校」(p.111)みたいな、わけのわからない言葉だと思われるかもしれないが、簡潔に言うと、次の通りである。

 「計画された偶発性理論」とは、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」とし、その想定外の出来事をチャンスとして最大限活用することによって、より良い人生やキャリアが形成されるという考え方である。

 そして、次の5つのスキルを持っていると、持っていない人よりも想定外の出来事を創り出しやすくなると提唱している。

「柔軟性」(Flexibility)
「持続性」(Persistence)
「楽観性」(Optimism)
「好奇心」(Curiosity)
「冒険心」(Risk Taking)

 想定外の出来事を意図的、計画的により多く発生させるためには、上記の5つのスキルを発揮し、色々な可能性を柔軟に考えること、チャンスは必ずやってくると信じ、諦めず努力し続けること、新しい物事を絶えず学習すること、そして実際にチャンスが巡ってきたら、リスクをとって行動を起こすこと等が大切であると説く。

 この「計画された偶発性理論」およびその事例について書かれている本が、クランボルツ教授らの著書「その幸運は偶然ではないんです!」(2005/11/18発売、J・D・クランボルツ、A・S・レヴィン著、ダイヤモンド社)である。この本には、色々な人たちのキャリアに関するエピソードが、「計画された偶発性理論」の考え方で解説されている。

 そこで、このnoteでは「幸運を呼び込む「人生が変わる文章術」」と題し、主に「読みたいことを、書けばいい。」における、
1.文章術コラム②「履歴書の書き方」他でのキャリアアドバイス
2.東証一部上場企業の社長になった、田中さんの大学時代の仲間の事例
3.田中泰延さん自身のライター業へのキャリアチェンジ

の記述を、「その幸運は偶然ではないんです!」の各章の観点から考察し、「読みたいことを、書けばいい。」の副題である「人生が変わるシンプルな文章術」とは何かについて、考えてみることにしたい。

想定外の出来事を最大限に活用する

 第1章「想定外の出来事を最大限に活用する」では「計画された偶発性理論」での重要な考え方である、偶然の出会いや想定外の出来事をチャンスとして最大限活用することが、いくつかのエピソードと共に語られている。
 人生やキャリアの目標を決めて、計画を立てても、現実には予測できない出来事や偶然の出会いが多く、それらが人生やキャリアに影響を及ぼして、計画通りにならないことの方が多い。それならば、むしろそれらの想定外の出来事や出会いを良い機会として活用する方が、より良い人生やキャリアを築くことができるだろう、と説く。

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 この内容を読んで、まず想起するのは、田中泰延さんが電通を退職するまでの経緯である。そのきっかけとなった出来事を以下に引用する。

 きっかけは2015年、電通在職中に依頼されて『街角のクリエイティブ』というWEBサイトに映画評論を書いたことだった。このサイトを主催する西島知宏さんという人物が、ツイッターでたまにわたしが観た映画の感想を短く述べていたことに注目していたのだ。(p.20)

 この偶然の出会いを受け入れ、映画評論を数本書くことによって、今度はその映画評論を読んだ人たちから声がかかり、新たな仕事を得る。想定外の出来事がさらに想定外の出来事を呼び込んだのである。

 映画評を目にとめたいくつかの媒体から寄稿の依頼が舞い込むようになり、それらについても次々と書くことになった。(p.22)

 そして、映画評論を書いているうちに、自分が読みたいことを書いていることが楽しくなる一方で、他人から依頼されて文章を書く広告の仕事が苦痛になる。そもそも会社を辞めるつもりはなく、いずれライター業として起業するという計画を立てていた訳でもなかったが、苦痛になってしまった仕事にずっと縛られるよりは、好きなことを仕事にするように「生き方を変えた」つまり、電通のコピーライターを辞め、ライター業に転じたのである。

 やれといわれてもしたくないことと、やるなといわれてもしたいことがはっきりしたから、生き方を変えただけなのだ。(p.23)

 これは「計画された偶発的理論」でいうところの、偶然の出会いや予期せぬ出来事をチャンスとして、キャリアを変化させた事例そのものである。

 そして田中さんは、「文字がそこへ連れてゆく」(p.238)で、多くの人たちが、自分の文章を読んで連絡をしてきたこと、そして一緒に仕事をしてきた人たちに感謝しながら、それらのきっかけとなった、偶然の出会いや予期せぬ出来事を、次のように表現している。

書いたものを読んだだれかが、予想もしなかったどこかへ、わたしを呼び寄せてくれるようになったのだ。(p.241)

わたしは、「文字がここへ連れて来た」と思う。(p.242)

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 ただこの後に、田中泰延さんはライター業としての心構えを語る。良い言葉は良いところへ連れていく、辛くても山を登るように文字を書く、と。
 田中さんがたまたま運が良かったから、こうした偶然の出会いの連鎖に恵まれたわけではない。田中さんが書く文章に、偶然の出会いを呼び込むものがあったのだ。それこそが「人生が変わる文章術」なのだが、その詳細については、行動を起こして自分の運をつくりだす の項で、述べることとしたい。

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選択肢はいつでもオープンに

 第2章「選択肢はいつでもオープンに」では「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「柔軟性」に関するエピソードが数多く紹介されている。「将来はどんな職業に就きたいの?」や「大きくなったら何になりたいの?」という子供の頃に誰しもが受ける質問に対し「やってみたこともないのに、職業を選ぶことを期待されるなんておかしい!」と力説し、一つの職業にこだわりすぎると、視野が狭くなりチャンスを逃しかねないので、オープンマインドでいた方がよいと説く。

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 この考え方は「読みたいことを、書けばいい。」の文章術コラム②履歴書の書き方にある、「得意不得意を知れば社会があなたを振り分ける」(p.134)の記述に通じるところがある。
 田中さんは、この本で「行きたいと向いてるは違うから、まずそこを考えよう」(p.134)とアドバイスする。自分の得意分野を分析し、「こういう仕事がしたい」「自分はこういう仕事が得意そうだ」という自分の進みたい方向性を、大まかに決めておくことは確かに大切である。
 しかし、それ以上の細かい目標や職種等を無理して設定する必要はない。田中さんは電通在籍時に、広告業界や電通に憧れる数百名にも及ぶ学生の会社訪問や就職活動相談を受けた(p.116)とのことだが、その中には「コピーライターになりたい!」という学生も多くいたのだろう。しかし、実務経験のない若者が想像力だけで将来の姿や目標を事細かく設定するのは、現実味に欠ける行為だ。田中さんはこう喝破している。

みんな結局、その会社の名前しか知らないのである。それらの会社に勤めている人でも、自分の会社の仕事を全部知っているわけではない。入ってもいない者になにが分かるというのか。(p.121)

 身もふたもなく聞こえるかもしれないが、これが普通の社会人の本音だ。「その幸運は偶然ではないんです!」の例えを引用すれば、「デートをしたこともないのに、将来の伴侶を選べと言っているようなもの」なのである。田中さん自身の就職活動時も、特に「コピーライターになりたい」とは思っていなかった(p.135)。そもそもこれが普通なのである。
 そこで、田中さんはこうアドバイスする。

利益を得ようとする企業や社会全体の機能構造が、人間を適切に振り分けるのだ(p.135)

就活生には、最低限向いてる方向を見定めたら、あとは心配しないで、社会の振り分け機能に身を任せてもいいということを知ってもらいたい(p.135)

 一つの企業や職種に決め打ちせず、おおまかに方向性を決めた後は、人事の判断に委ねる。与えられた仕事を柔軟に受け止めて、そこで多くを学び、無理がなければ、当初のキャリアプランを遂行してもいいし、直面した現実や偶然の出会い等に合わせて、計画を変更していくのもいい。

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 今はIT技術の進歩やグローバル化等、変化のスピードが激しい時代である。既存の職種が衰退したり、新しい職種が生まれることが頻繁に起きて、5年後、10年後の仕事や職種を予測すること等、誰にもできない。それに、クランボルツ教授曰く、ある調査では、18歳の時に考えていた職業に就いた人はたった2%にすぎないのである。
 当初目指すと決めた職種や目標、キャリアプランが非現実的なものになってしまったのに、それらに囚われてしまい「なりたい自分になれない」、「目標を達成できない」と思い悩むことは良くないことだ。複数の選択肢をいつでもオープンにしている方がよいというのは、そうした事態を避ける意味がある。

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目を覚ませ!夢が現実になる前に

 第3章「目を覚ませ!夢が現実になる前に」では、第2章と同様に、「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「柔軟性」に関するエピソードが紹介されている。
 この章では、将来どんな風になるか夢を見ることは素晴らしいし、実現するように努力すべきだが、夢が計画どおりに実現しなかった時には、現実の世界と向き合う準備をしてほしいとアドバイスする。実現しない夢には固執せず、「夢が破れた」という想定外の出来事を最大限に活用して、他の選択肢にもオープンマインドになってほしいと説く。

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 田中さんは「書くことはたった一人のベンチャー起業」(p.232)で、大学時代に、学生だけで起業した会社に参加したエピソードを紹介している。そこに集まった学生たちは皆「将来、上場企業のオーナーになる」という誓いを立てていた(p.233)が、田中さんは、その集団の本気度についていけず、大学卒業時、広告代理店のサラリーマンになってしまった。(p.233)

 もしかしたら、この会社に参加した時は、田中さんは「上場企業のオーナーになりたい」「ベンチャー起業したい」といった夢を持っていたかもしれない。夢とまではいかなくとも、「どんなものだろう?」と興味を持っていたかもしれない。
 田中さんは、結局、その集団からはドロップアウトして、サラリーマンになる。とはいっても、就職先は、電通という多くの人が憧れる日本一の広告代理店である。上場企業のオーナーの道から外れたことは、全く失敗や挫折の類ではない。むしろ、学生時代のうちに、ベンチャー起業がどういうものかと試した上で、自分にはベンチャー企業の社長を目指すことは向かないと判断し、他の選択肢を選んで成功した事例である。

 第3章の最後に、こんな記述がある。

私たちは、まだこんなことを言う年配の男性を知っています。
「大きくなったら何になりたいかなんて、まだ決めてないよ」
人生そのものがひとつの大きな実験だと言う人もいます。

 そして今、大学時代の仲間たちと同じように、田中さんもまたライター業としてたった一人のベンチャー起業(p.237)をしている。かつての仲間とは、夢を実現するまでの過程とタイミングが異なっただけであると言えるかもしれない。

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結果が見えなくてもやってみる

 第4章「結果が見えなくてもやってみる」では「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「冒険心」に関するエピソードが、数多く紹介されている。
 新しいことをはじめる際には、必ずリスクが伴う。しかし、失敗を恐れてリスクをとらないと、より良い人生やキャリアを築くことはできない。仮に失敗しても、その経験から得られるものは大きいので、結果が不確実であってもリスクをとって、積極的に新しいことに挑戦すべきであると説く。

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 この章の内容に関連する、「読みたいことを、書けばいい。」の箇所は、やはり「書くことはたった一人のベンチャー起業」(p.232)である。
 東証一部上場企業の社長にまでなった、田中さんの学生時代の仲間たち、そしてライター業として起業する田中さんに共通しているポリシーは「金持ちになりたいのではない。自分の正しさを証明したいのだ」(p.234)ということである。
 「自分の正しさを証明したい」をもう少し詳しくいうと、自分がおもしろがれることを、世の中に公開された時点で、あくまで結果として、社会の役に立つか、いままでになかったものか(p.235)と世間に評価されるが、その時に正当に高く評価されたいということである。
 言い換えれば、大学時代の仲間のベンチャー起業家の場合は「ビジネスアイデア」、田中さんの場合は「文章」になるが、それらが、役に立つもの、そして、いままでにないもの=新しいものとして、世の中に高く評価されたいのである。

 そうした新しいことをやろうとすれば、成功することもあれば、失敗することもある。つまり、失敗のリスクが伴う。これはベンチャー企業の社長のレベルの仕事でも、新入社員のレベルの仕事でも同じである。
 他人がすでに確立した仕事を、新たな改善を加えることなくこなすだけの仕事や、自分の意思ではなく他人の指示だけで動く仕事だけをやり続けるならば、失敗するリスクは少ないし、仮に失敗しても自身の責任は回避できるだろう。
 ただ、そのような仕事からは自己成長や成功体験を得られるものではないし、他の人から評価されることもない。自分で考えて、自分の責任でリスクをとってやる仕事ではないからだ。

 田中さんは、するか、しないかの分かれ道で(p.259)で、映画評論家・荻昌弘氏の「ロッキー」の解説の一部を引用している。
「これは、人生、するか、しないかというその分かれ道で、"する"というほうを選んだ、勇気ある人々の物語です」(p.260)
 そして、田中さんもまた、人生の分かれ道で、結果が不確実でもリスクをとって「する」という方を選んだ。「自分のために」文字を書き続けることを選んだのである。

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 自分で考えて、自分の責任でリスクをとって「これは面白い」「これは誰もやったことがない」「これは役に立つ」と思った仕事をする。それで成功すれば、とても楽しいし、自身の成長につながるだろう。
 ただし、仮に失敗したとしても、その失敗を教訓にすれば、自身の成長につながるのである。そのことについては、次の5.どんどん間違えようで述べることにしたい。

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どんどん間違えよう

 第5章「どんどん間違えよう」では、「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「持続性」に関するエピソードが数多く紹介されている。
 失敗や間違いはよく起こることだから、すべてにおいて完璧である必要はない。間違えるかもしれないという恐怖から何もしないことよりも、失敗に屈せず、間違いから学び、努力し続けることこそ成功につながると考えてほしいと説く。

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 この内容も、「書くことはたった一人のベンチャー起業」(p.232)の記述を連想させるところがある。田中泰延さんの学生時代の仲間である起業家たちも、順風満帆に社長まで登りつめたわけではない。成功するまでには、数多くの失敗を経験している。以下、その箇所を引用する。

彼らはベンチャー起業家としてありとあらゆる試行錯誤を重ねていった。(p.234)

彼らのように成功した人でも、10個目の商売でやっと成功したとか、成功するまで5つ会社をつぶしたとか、勝負をかけたはずの商品が全然売れなかったとかを経て、いまの商売が当たったという人が多い。(p.235)

 当たり前のことではあるが、ベンチャー起業家の人たちが、数多く失敗を経験しても、最終的に成功しているのは、簡単に諦めずに試行錯誤し努力し続けるからである。そのことが、「その幸運は偶然ではないんです!」では、次の様に語られている。

重要なのは、失敗にどのように対応するかです。自分の間違いを否定するか、それとも認めるか。同じ間違いを繰り返すか、それとも失敗から学ぶか。失敗に落ち込み、やる気をなくすか、それとも次はうまくやると決心するか。失敗への対応の仕方が、この世の中の違いのすべてなのです。

 むしろ、成功する人たちは、成功するまでには失敗することが当たり前と考えている。失敗を恐れる人によくある傾向は、まったく着手できないか、完璧な方法を求めようとするかの二者択一であるが、そうした人たちに新しいことをやって成功することはできない。新しいことをやるための完璧な方法は存在しないからだ。

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 このことはライター業にも言える。田中さんはこう言う。ライターも同じように、書いてみても、ほぼ駄目なことだらけだ (p.235) と。完璧な方法はなく、失敗から学んでいくのは、ベンチャー起業家と同じである。
 したがって、「読みたいことを、書けばいい。」の最後に書かれている、たくさんの人に読んでもらえ、web上やSNSでバズり、内容が効率よく人に届き、とてもおもしろく、わかりやすい文章を簡単に書く方法(p.269)は、次の270ページに書かれている方法になるのである。

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行動を起こして自分の運をつくりだす

 第6章「行動を起こして自分の運をつくりだす」では、「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「楽観性」に関するエピソードが紹介されている。また、クランボルツ教授のチームのワークショップの事例も紹介されている。その内容としては、想定外の出来事をチャンスとして行動を起こし、更に想定外の出来事を呼び込む好循環に入るまでの行動案を、ワークショップの参加者と共に討論した成果である。
 つまるところ、本章では、この本のタイトルであり、肝でもある「その幸運は偶然ではないんです!」ということの説明が書かれている。

 この章では、まず、幸運は積極的に活動している人々に「起こる」という傾向があり、ただ待っているだけの人たちにはめったに起こらないこと、そして、チャンスは必ずやってくると信じ、チャンスをつかむために積極的に行動を起こすことが、自分の幸運をつくりだすことにつながると説く。

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 「その幸運は偶然ではないんです!」では、紹介したエピソードを参考に読者に実践してほしいという意図があったため、あえて有名人の成功体験ではなく、「ふつうの人たち」のエピソードで構成されている本である。
 しかし、この章の「行動を起こして自分の運をつくりだす」の考え方は、スポーツ選手のような有名人の成功伝で説明する方が理解しやすいのでは、と個人的には考えている。そこで、わたしが考えた、一般的なスポーツ選手の成功ケースをもとに、この概念を説明したい。

 例えば、新人のスポーツ選手が、いきなりレギュラーに抜擢されることはめったにない。控えから始まるのが普通である。レギュラーポジションを奪うためには、レギュラー以上に練習をして、自分の実力をレギュラーと競争できる位に向上させる必要がある。
 それでも、レギュラーの選手が実力を発揮している内は、なかなかチャンスは巡ってこないだろう。しかし、レギュラー選手の怪我等の理由により、いつかはチャンスがやってくる時がくる。そのことを信じて、控えに甘んじていることに腐らずに、正しく練習を続ける必要がある。自分が出場する時のために準備をしておかないと、仮に出場のチャンスが巡ってきたとしても、チャンスをものにする活躍ができないからだ。 
 活躍をして、レギュラーポジションを奪うことに成功した後も、そのポジションをキープし続けるには、更なる練習を重ね、また、絶えず新しい知識を取り入れ、自分自身のスキルを向上するための努力を正しく続けていかなくてはいけない。

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 以上が一般的なスポーツ選手の成功までの道程だが、一言でいえば、チャンスをつかむためには、適切な行動を起こし、継続していく必要があるということだ。もちろん、どのような仕事にも、このことはあてはまる。
 そして「読みたいことを、書けばいい。」において、田中さんは書くことを山登りに例えながら、ライター業の場合はどうあるべきなのかを伝えてくれている。その該当箇所を引用することにしたい。

ふだん、ただしゃべって過ごす時間は、のんべんだらりと路を歩いているようなものだ。そこから少しでも景色を変えるために、ここではないどこかへ行くために、わたしは、辛くても、山を登るように文字を書く。(p.242)

 「ふだん、ただしゃべって過ごす」というのは、この本の中の別の表現で言い換えれば、「自分の内面を語る」(p.140)ような行為かもしれない。相手のことを考えず自分の心象だけをダラダラと語るのではなく、興味をもってもらうために、事象を提示した上で、自分の心象を述べないといけない。

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 そのために、「辛くても、山を登るように文字を書く」必要があるのだろう。山を登るように文字を書くというのはどういうことかというと、わたしの解釈は、思考の過程を披露する(p.186)に記述されている、次のようなことだと考える。

事象に出会う。感動したり、疑問に思うなどの心象を抱く。そこから仮説を立てる。調べに行く。証拠を並べる。考える。その時点での結論を出す。(p.189)

 この一文こそが、この本で推奨されている「人生が変わる文章術」を集約している表現だと、わたしは考える。ただし、このスタイルは、のんべんだらりと路を歩くような、簡単なことではない。だからこそ「山に登るように」と田中さんは例えている。
 それは、山登りをしている時の気持ちを思い出していただければ、すぐに分かるだろう。山登りをしている人は誰しもその道中で、あまりの疲労から「何で自分は山を登ろうと考えたのだろう」と考える。書くことも同じなのだろう。あまりの分からなさに書けなくなって、原稿依頼を引き受けたことを必ず後悔する瞬間があると田中さんは語る。しかし、それでも書くのは、書き終えた瞬間に次のような結果を得られることを知っているからだろう。

順を追って考え、順を追って書き記していくことが自分自身の理解への道のりそのものであり、結果として人の気持ちを動かす文章となる。(p.190)

 想定外の出来事を最大限に活用するの項で、田中さんが書く文章に、偶然の出会いの連鎖を呼び込むものがあった、とわたしは述べた。自分の内面だけを書いた文章は、読者の興味を持たれることはないので、読者からもたらされる、想定外の出会いや出来事は訪れない。
 山を登るように、自分の心象をとらえ、仮説を立てて、資料を調査する。そして思考し、一旦結論を書き出す。この繰り返しで、人の気持ちを動かす文章を書くことができ、それを読んだ読者や編集者の興味を誘うそして、興味をもった読者から、想定外の出会いや出来事がもたらされるのである。人生が変わる文章術」と呼ぶ所以である。

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 「その幸運は偶然ではないんです!」と「読みたいことを、書けばいい。」に共通しているのは、想定外の出来事や出会いといった幸運を呼び込むための、行動指針や文章術が書かれているということだ。
 ただし「読みたいことを、書けばいい。」には、「その幸運は偶然ではないんです!」には書かれていない、避けるべき不幸を呼び込ぶ所業についても書かれている。引き続き、そのことについて考察してみたい。

 田中さんは、文字がそこへ連れてゆく(p.238)でこう語る。

悪い言葉を発すると、悪い言葉は必ず自分を悪いところへ連れてゆく。良い言葉を発すると、良い言葉は必ず自分を良いところへ連れてゆく。(p.242) 

 この少し前のページの、貨幣と言語は同じもの(p.226) で、「おかね」と「ことば」の類似性を田中さんは語っているが、「おかね」と「ことば」は両方とも、価値をもち、信用に支えられている。ある国が借金まみれで財政危機になれば、その国の紙幣は信用を失って、価値がなくなり、紙幣は紙屑同然になる。言葉も同じであり、悪い言葉を発し続けると、その言葉を発する人への信用が下がり、価値も下がり、何を話しても全く信用されなくなってしまう。
 逆に、良い言葉を発するよう心がければ、その言葉を発する人への信用が上がり、その人の価値が上がる。価値が上がれば、それを求める人は増える。つまり、会いたいという人も増えるのである。「読みたいことを、書けばいい。」で推奨している文章術は、もちろん、人との出会いを呼び込む、良い言葉を発する方である。 

 悪い言葉については、序章の出発点が間違っている人へ(p.32)の記述が、分かりやすいので以下引用する。

 偉いと思われたい。おかねが欲しい。成功したい。目的意識があることは結構だが、その考え方で書くと、結局、人に読んでもらえない文章ができあがってしまう。(p.33)

 この本は、そのような無益な文章術や空虚な目標に向かう生き方よりも、書くことの本来の楽しさと、ちょっとのめんどくささを、あなたに知ってもらいたいという気持ちで書かれた(p.34)

 ちょっとめんどくさいけど、書くことの本来の楽しさが味わえるのが、「良い言葉を発する」「辛くても、山を登るように文字を書く」文章術であることは言うまでもない。

 一方、「悪い言葉を発する」方が、「無益な文章術」や「空虚な目標に向かう生き方」であるが、言い換えれば、それらは「バズる記事の狙い方」みたいな文章術や「偉いと思われたい」「おかねが欲しい」「成功したい」 といった目標である。そうした文章術や目標が、何故「悪い言葉を発する」ことにつながるのというと、PV数や収益、成功といった成果を早急に求めるがゆえに、必要以上の見栄を張ったり、思ってもみない嘘をついたり、他人の文章を盗用したりすることにつながるからだ。

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 序章のおかしな人からメールが届く(p.24)に、ダイヤモンド社の編集者・今野良介さんのオファーの手紙が掲載されているが、そこには、「読みたいことを、書けばいい。」を企画するきっかけとなった、今野さんの問題意識が書かれている。以下に引用する。

「文章が伝わらない」と悩む人は、今、とても多いです。
その大きな原因の1つは、「書き手が嘘をついていること」にあるのではないかと、最近感じ始めています。
私が考える「嘘」とは、あからさまに悪意のあるものだけでなく、
「本当に思っていないことを書く」
「他人から借りてきた言葉をそのまま使う」
「その対象に愛がないのに紹介する」
などを含みます。(p.27)

 釣りタイトルによる煽りや、虚偽を含む大げさな表現等、上記のような「嘘」が含まれた文章をネットで発表すれば、一瞬は注目を集め、PV数を稼ぐことができ、信用も上がるかもしれない。
 しかし、インターネット上で、多くの専門家が情報発信している時代である。ネット上でバズったところで、遅かれ早かれ、彼らからの指摘が入り、馬脚を現す。バズって上がった信用は、上がった分だけ、その反動で一気に信用は暴落する。多くの正しい反論に、ぐうの音も出なくなるだけでなく、「炎上商法!」「死ね!」等、ろくに読みもしない人からの感情的なクソリプまみれとなり、最終的に、あなたの言うことは信用されなくなり、聴く耳を持ってくれる人もいなくなってしまう。

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 今野さんは、前述の問題意識から田中さんに次のような本を一緒に作ってほしいとリクエストする。

この本を読むと、相手が嘘をついているかどうか(≒信用できる人かどうか)わかる。そして、自分自身が、正直に語る言葉の使い方を身に着けることで、「伝わる文章」を書けるようになる。そういう本を、私と一緒に作っていただけないでしょうか。(p.28)

 そうやってできた本が、「読みたいことを、書けばいい。」である。
 偉いと思われたい。おかねが欲しい。成功したい。バズりたい。そうした意欲や目標は、確かに大切なことではあるのだが、そのために自分の信用を犠牲にしてはいけないということだ。金や名誉はあとからついてくるものと考えて、まずは自分の信用を高める努力をすべきだ

 「読みたいことを、書けばいい。」には、宇多田ヒカルの例が紹介されている。彼女は自分の音楽で圧倒的な実績を残したことで、高い信用がある。だから多くの人が彼女の文章を読もうとする。
 一方、無名の人間は、正直に語る言葉を身に着けて、伝わる文章を書いたとしても、最初は誰も読んでくれない。誰しも最初は、信用がないからだ。
 信用は一気に上がることはなく、コツコツと地道に積み重ねていく必要がある。ライター業に関していえば、小説や随筆を書く技術に促成栽培はなく、それなりに時間がかかる(p.206) のである。
 コツコツと信用と技術を積み重ねていく方法は、田中さんが唱える「人生が変わる文章術」だ。思考の過程を披露する(p.186)の記述を再度引用する。

事象に出会う。感動したり、疑問に思うなどの心象を抱く。そこから仮説を立てる。調べに行く。証拠を並べる。考える。その時点での結論を出す。(p.189)

 このことを繰り返して、信用と技術をコツコツと積み上げていく。そうすると、いつかはチャンスをもらえるようになり、そこで結果を出せば、結果として、金や名誉が得られるのだ。もちろん、このことはライター業だけでなく、すべての仕事にあてはまるものである。

 田中さんは、このことに関して、下記の通りアドバイスしている。

「ターゲット層にバズりたい」「たくさん読まれたい」「ライターとして有名になりたい」という思い違いを捨て、まず、書いた文章を自分がおもしろいと思えれば幸せだと気がつくべきだ。
それを徹底することで、逆に読まれるチャンスが生まれる。(p.110)

あなたは世界のどこかに、小さな穴を掘るように、小さな旗を立てるように、書けばいい。すると、だれかがいつか、そこを通る。(p.224)

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まず仕事に就いて、それからスキルを学ぶ

 第7章「まず仕事に就いて、それからスキルを学ぶ」では、「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「好奇心」に関するエピソードが数多く紹介されている。急速な技術の発展で、雇用機会に大きな変化が起きている今日では、終身雇用の保障など期待できない。仕事を通じて学ぶこと、そして生涯学習が大切であり、自分の知らない分野にも積極的に視野を広げて、新しい学習の機会を常に模索し続けることが大切であると説く。

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 この内容を読んで、まず思い出されるのは、「書くことはたった一人のベンチャー起業」(p.232)の次の記述である。

そして、経営者となった彼らも、日々、新たなビジネスアイデアを模索している。ライターを目指す人も、なにかを書いて、1個ウケたから、そのシリーズを永久に続ければ、60歳まで毎月書けば月収30万あるとか、そんなことは絶対にない。(p.236)

 ベンチャー起業家にせよ、ライター業にせよ、新しいことをやって一旦は成功しても、その実績だけでずっと食いつないでいけることは絶対にない。ライバルが模倣をし、更に上回る商品、作品を出してくる。そして、外部環境の変化のスピードがどんどん加速しているため、そのまま何もしていないと、すぐに陳腐化してしまう。だから、新たなアイデアを常に模索していかなければいけない。

 また、知識を得るための何某かのトレーニングを受けた後に、いざ仕事をしようとしたところで、得た知識がもう陳腐化して、使えなくなったりすることも多い時代である。そうした状況下では、仕事をしながら、たえず学習し、知識を得ていくしかない。

 ライター業に関して言えば、今日ではSNSが隆盛であり、多くの専門家がどんどん最新の情報を発信している。田中さんもこう語る。

 先に述べたように現代は、時事問題への意見、事件や事故に対する考察、映画やテレビ番組や本の感想、事象に寄せられる言説は瞬時にインターネット上に溢れる。そういう意味では、自分のオリジナリティのある文章を書くことはたいへん難しい時代になった。(p.103)

 上記に加えて、情報収集に長けた、ある意味、小賢しいともいえるネットユーザーが直接ガンガン突っ込んでくる時代である。過去のヒット作や権威に胡坐をかいて、自身の知識の更新を怠っていると、「まだそんなこと言ってるのか、遅れていますね」「それ、誰それが既に言ってますよ」といった感じにdisられる。書きながら、新たな知識を取り込んで、アップデートしていかないと、時代についていけないのだ。

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 田中さんは、おわりに いつ書くのか。どこで書くのか。(p.256)の中で、「いつ書くのか、どこで書くのか」という問いに、一言こう答えている。

そんなものは決まっている。あなたは、いま、そこで、書くのだ。(p.257)

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内なる壁を克服する

 第8章「内なる壁を克服する」では、第6章と同様に、「計画された偶発性理論」で推奨されるスキルの一つである「楽観性」に関するエピソードが数多く紹介されている。
 行動を起こすべきと分かっているのに、行動を妨げる障害には、外的な障害と内的な障害の2種類あると定義する。外的な障害の例としては、職業を得るために必要な訓練とそのための資金を挙げている。一方で、内的な障害は、人の心理面の障害である。プライドの高さ、失敗への恐怖、自信の欠如、目標が無いこと等が例として挙げられている。
 外的な障害は自分ではコントロールできないものが多いが、内的な障害は自分自身でコントロール可能なものであり、ポジティブに考えること、つまり「できる・できない」ではなく「どうやったらできるか」と考えることで克服していくべきであると提唱されている。

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 「読みたいことを、書けばいい。」には、「書くことがイヤ」「文章を書くという作業は面倒くさい」といった、田中さんの率直な気持ちがあちこちに書かれている。しかし、その気持ちを転換し、書き始めるためのテクニックも合わせて書かれている。該当する箇所を引用したい。

 まず最初は承認欲求を満たすのに「書く」は割に合わない(p.104)から引用する。

 イヤなことを少しでも愉快にするためには、自分が書いて、自分で読んで楽しい気分になる以外に方法はない。(p.106)

 自分のことをよく知っているのは自分なので、「知らない読み手を想定して喜ばせる」よりもかなり簡単だ。(p.106)

 つまり、この本のメインのメッセージである「自分が読みたいものを書いて、自分が楽しくなる」ことで、「書くことが面倒くさい」「書きたくない」といった気持ちを克服しているのである。この方法は、もちろん、ライター業だけではなく、すべての仕事に適用可能なものである。自分がおもしろがれる仕事であれば、仕事にも容易に着手できるだろう。
 
 しかし、世の中には、そのままではつまらない、おもしろがることができない仕事はたくさんある。そうした仕事でもやらざるを得ない場合、ライター業であれば、書かざるを得ない場合は、どうしたら良いのだろうか。
 そのことについても、「感動が中心になければ書く意味がない」(p.180)で、田中さんは以下のように書いている。

 対象に対して愛がないまま書く。これは辛い。だが、一次資料には「愛するチャンス」が隠れている。お題を与えられたら、調べる過程で「どこかを愛する」という作業をしないといけない。(p.181)

 調べることは、愛することだ。自分の感動を探り、根拠を明らかにし、感動に根を張り、枝を生やすために、調べる。(p.185)

 対象について愛を抱くことができるようになれば、書くことも容易になるだろう。そのために「調べる」。調べることは、愛することだからだ。
 なお、この方法についても、ライター業だけでなく、すべての仕事に適用可能なものである。田中さんは、商品と企業を本気で愛する(p.85)で、広告の仕事を例に、以下のように語っている。

 商品を開発し、発売する依頼主から仕事への思いを聞き、その商品や企業をまず好きになること。商品や企業について調べて知ることで対象を愛すること。なにより依頼してくれて、報酬を払ってくれる相手の役に立ちたいと願うこと。それはプロフェッショナルな代理人に必要な基本的資質である。(p.85)

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 新卒入社の社員の仕事についても、同じことが言える。めでたく就職してはみたが、最初はやりたくない仕事、希望でない職種に配属されることもあるだろう。しかし、そういった仕事、職種の中にも、どこかに面白いこと、やりがいのあることは絶対にある。「この仕事はつまらない」ではなく、「こうしたら、この仕事は面白い」と考えを転換して、前向きに仕事に取り組んでみた結果、新たな発見があることは少なくない。

 更に、その新たな発見をきっかけにして、就職した当初には予想もしていなかった新たな仕事に出会い、自身のキャリアアップのチャンスにつながることも多い。想定外の出来事を最大限に活用するでも紹介した、「読みたいことを、書けばいい。」における、田中さんが電通を退職しライター業に転じる経緯と同様なことが、よく起こるのである。

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おわりに

 以上「その幸運は偶然ではないんです!」の章立てで、「計画された偶発性理論」の観点で田中さんのキャリアチェンジはどのように解説できるか、また「読みたいことを、書けばいい。」での田中さんのキャリアアドバイスと「計画された偶発性理論」にはどういう共通点があるか、そして「人生が変わるシンプルな文章術」とは何かを、考察してきた。

 わたし自身、この文章を書き進めていく最中で分かってきたことがある。「計画された偶発性理論」のキャリア形成の考え方と「読みたいことを、書けばいい。」のキャリアの考え方は、両者ともに極めて現実的だから、考え方が一致する点が多いのだ、ということだ。
 「計画された偶発性理論」以前の、従来のキャリア理論は「目標を定め、自分や周囲の状況をきっちりと理解し、それに対して自分のスキルアップや知識向上の計画を策定し、それを粛々とこなしていくことが重要である」といったものである。
 しかし、実際の状況を観察してみると、事前の計画通りにキャリアを積み重ねている人たちはとても少ない。しかもIT技術の進歩やグローバル化等、時代の変化のスピードが激しくなるにつれ、そのようなキャリア理論で自身のキャリアを形成していくことがますます難しくなっている。こうしたキャリア形成の現実に対する認識から生まれたのが、クランボルツ教授による「計画された偶発性理論」というキャリア形成理論である。
 一方「読みたいことを、書けばいい。」でのキャリアアドバイスは、建前や綺麗ごと抜きの正直ベースの話であり、その意味で現実的である。この本を作る際の、ダイヤモンド社の編集者・今野さんから田中さんへのリクエストが「正直に語る言葉を身につける」ことを教える本を作りたい、ということだったこともあるだろう。
 すべての「志望動機」はうそであること、採用担当者がエントリーシートを読むのが苦痛に思っているので、キャッチコピーだけが並んだ大胆なエントリーシートの方が効果的なこと、また、最低限向いてる方向を見定めたら社会の振り分け機能に身を任せてもいいということ、これらはいずれも今まであまり公に語られることはなかったが、うそではない。就職活動をしている学生さんたちには、心にとめておいてほしいアドバイスである。

 わたしがこのnoteの記事を書こうと思った動機は2つある。最後に、その動機を述べることにしたい。
 ひとつは、「読みたいことを、書けばいい。」を読んで、田中泰延さんが推奨する文章術を実践してみたいと思ったからだ。
 田中さんは「巨人の肩に乗る」(p.172)の中で、次のように語っている。「たとえば映画の話だったら、なぜおもしろいのかということを、巨人の肩の視点で見渡せば、評論が形になっていく。」(p.178)

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 「読みたいことを、書けばいい。」を最初に読んだ時、わたしはキャリアの考え方が「計画された偶発性理論」とよく似ているなという第一印象をもった。そこで、このキャリア形成理論の観点から、「読みたいことを、書けばいい。」を考察する文章を書けば、「巨人の肩に乗る」(p.172)ような文章を書けるのではないかと思った。
 また、田中さんは文章を書く際の「引用」の重要性についても、次のように語っている。
「事象とは、つねに人間の外部にあるものであり、心象を語るためには事象の強度が不可欠なのだ」(p.143)
 論文等の執筆において、自らの主張の信頼性、正当性を強化したい場合は、過去の実績のある文献を引用することが必須である。そこで、「計画された偶発性理論」に基づく、クランボルツ教授らの著書「その幸運は偶然ではないんです!」を引用する形で、「読みたいことを、書けばいい。」を考察する文章を書くことで、「自分の正しさを証明したい」という思いで書かれた、田中さんの著書の正当性、信頼性を補強することにつながるのではないかとも考えた。
 その試みがどこまで成功しているかは、評価は他人が決める(p.114)ので、わたしには決められない。ただし、この文章を書くことで、わたし自身は、最低限、自分の考えを整理することができたので、満足はしている。

 もう一つの動機は、「その幸運は偶然ではないんです!」を出版した会社が、偶然にも「読みたいことを、書けばいい。」を出版したダイヤモンド社だったことだ。
 「読みたいことを、書けばいい。」は、当初、ビジネス書として企画した(p.269)とのことだが、田中さんは「だいたい、わたしはビジネス書なるものが世界で一番嫌いだ。」(p.187)と言い、この本は「ハウツー本」でも「ビジネス書」でもない(p.86, p.116)と語っている。
 しかし、わたしの「読みたいことを、書けばいい。」の感想は、就職活動中の学生さんに役立つことばかり、というものである。ただ、田中泰延さんのユーモラスな語り口のせいで、就活生に役に立たないと誤解されてしまうと、実にもったいない話だと感じた。

 そこで、思いついたのが、「その幸運は偶然ではないんです!」を参照しながら、「読みたいことを、書けばいい。」を分析してみることだった。
 わたしはダイヤモンド社の回し者ではないし、このnote記事はステマでもなんでもない。ただ、「ビジネス書ではないと言う、田中泰延さんの著書を、同じダイヤモンド社から出版されたビジネス書の内容で裏付けてみることができたら、ちょっと面白い」と思ったのである。そう思いだして、書き始めたら、筆が止まらなくなり、最終的に18000字を超えてしまった。

 もしかしたら、田中さんは「役立つ」等と言われると、嫌がるかもしれないし、この文章も嫌かもしれない。しかし、当初、ビジネス書として企画した(p.269)ダイヤモンド社の編集担当・今野良介さんならば、この文章を喜んでくれるのではないかと信じている。

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 「読みたいことを、書けばいい。」を読んだ就職活動中の学生さんたちが、この本の内容をどんどん実践するような世の中になってくれればと思うとともに、クランボルツ教授の「計画された偶発的理論」に興味をもっていただき、自身のキャリア形成に役立てていただければ幸いである。


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