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アムバルワリア祭 IXに行ってみた

詩人・西脇順三郎の誕生日の時期に、毎年、慶應義塾大学三田キャンパスで開催されているシンポジウム「アムバルワリア祭」。今年は、わりと若い芥川賞作家ふたりがゲストで登壇するということで行ってみた。日ごろから特に詩に親しんでいるわけではないけれど、こういう機会はすばらしい詩句に出逢うきっかけになる。

登壇したのは諏訪哲史さんと朝吹真理子さん。恥ずかしながら、このおふたりについても芥川賞作家ということくらいしか知らず、作品も読んだことなかったが、西脇順三郎のシンポジウムといえばおじいさんばかり登場しそうなイメージだったので、このふたりは新鮮な顔ぶれだし、現役バリバリの小説家が西脇についてなにを語るのか、興味があった。

諏訪哲史さんの話はとても理知的で、文芸批評をやっている人らしいなと。西脇順三郎の詩では、古代や永遠といった、近代の人間が憧れる世界が実現されている。近代以降の個人による自意識や作意とは対照的な、そして近代人が憧れるが絶対に手にすることのできない、古代における「無名性」を作り出す、秘法を西脇は持っていたのだとしか思えない、と。

朝吹真理子さんは、彼とは対照的に、とても感覚的な話し方をする人だった。西脇の詩や文章をたくさん朗読してくれたが、朗読のときはちょっと小さい声で、自分のことばで話すときはジェスチャーつきで雄弁に、西脇のどこがどのように大好きかを、もう好きでたまらないという感じで語っていた。西脇のことばを音読していると「おいしい」と思える、自分がいま生きている時間や肉体から解放されるような幸福を感じるのだそうだ。特に、精神的につらいときとか、風邪などで体調の悪いときなどに、読みたくなるとのこと。

朝吹真理子さん、壇上で水を飲んだり、魔法瓶の蓋を開けたりする仕草がいちいち魅力的で、なんというか全部を五感で味わっているようにみえた。きっと、彼女はあらゆるテクストを、こんなふうに五感で味わっているのだろうなぁ。自分もそうなりたい、と思った。

彼女は自宅から持ってきた本を「どこだっけな」といいながらめくっては、「おいしい」と思う西脇のことばをどんどん紹介してくれたのだが、とても自然体で、カジュアルなスタイルの服装だったこともあって、個人的にお茶飲みながら話をきかせてもらっているような気持ちになった。

朝吹真理子さんは、西脇のことばを「無色のことば」といっていた。彼女自身、日々使われている現代のことばとは違う、無色のことばをいつも探しているという。そして、創作のなかで現代のことばでは表現に限界があると感じ、たとえば古語を使ってみたりといったことをするそうだ。

すでに使われなくなってしまった古語でも、改めて使ってみることで新しい水が供給され、ことばは生まれ直すような気がするのだそうだ。それを「発酵」の喩でいっていたのが非常に興味深かった。古い古い、何百年も昔の麹菌が、かつて味噌や酒を造っていた蔵の梁の上などに眠っている。いまはすっかり活動をやめているこうした菌も、ちょっと水をやったりして培養すると一気に増えてまた活動を始めるのだそうだ。古語もこうした麹菌と同じで、眠っているだけなのではないかと。

なるほど~!我々が日ごろ使っている手垢にまみれたことばは、多くの文脈をまとってしまっていてとても「無色のことば」とはいえない。でも、忘れられてしまった古いことばを発見して使うことで、新しい世界が描けるかもしれない。

「無色のことば」というのは、諏訪さんのいう「無名性」とほぼ同意のように私には思われた。時代や場所の文脈にとらわれない、普遍的な世界を創出することば。

おふたりの非常に興味深い話をきいて、それぞれの作品も読んでみなければと思った。朝吹さんの「TIMELESS」という作品の最後のシーンは西脇の詩からインスピレーションを得て書かれたとのこと。

諏訪さんが披露してくれたおもしろいエピソードもここに書いておきたい。諏訪さんは若いころドイツ文学者の種村季弘氏に師事していた際、「この詩を訳しなさい」とドイツ語の詩を渡されたと。実はそのドイツ語の詩は、西脇の「理髪」という詩を種村氏が勝手にドイツ語に訳したものだった、と後から種明かしをされたそうだ。種村氏のことだから、いかにもドイツ語の詩らしく韻なんかもこだわって訳したのだろう。そして、この不思議な詩はドイツ語で書かれても違和感のないだろうなぁ。機会があったらぜひ見てみたかった…諏訪さんも朝吹さんも、そしてあとのディスカッションで登場した詩人の八木幹夫さんも言っていたが、西脇の詩が日本語で書かれていること自体が不思議な感じがする、と。

諏訪さんは「無名性」というところからAIと文学についても話されていた。ちょうど、昨年末の紅白でAI美空ひばりが「出演」したそうで、タイムリーな話題なのだろう。

この冬はじめての雪(雨まじりのみぞれだったけど)が降り、寒い日であまりお客さんも多くなかったけれど、非常に刺激的なシンポジウムでした。あらためて、西脇順三郎の詩集をひらいてみよう。

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