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ちゃんと生きている。 2020年8月11日

 昨日の夜中に豪勢な食事をしたせいで、なんとなく胃が重い。
 妻は今日もマンドリンのレッスンで早々に出かけていった。
 父も散歩から帰ってきて、ソファで居眠りをしている。
 そして目の前のローテーブルにひじき、横のダイニングテーブルの上にはもずくが同じように居眠り。多分彼らは自分のことを人間だと思っている。

 体温は平熱、SpO2は97%。ちゃんと生きている。
 扇風機の風に当たりながらダイニングで暑いコーヒーを飲んでいると、ひじきがテーブルの上に飛び乗り、いつものようひ構ってくれと擦り寄る。
 腰骨をさすってやるうちに満足してその場でごろんとくつろいでいる。
 わたしよりも心地よさそうに扇風機の風を受ける、ひじきのお腹の「モフ毛」が揺れている。

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「そうめんが食べたい……」
 すれ違いざまに父に呪文をかけたら1時間後、用意が出来ていた。昨日の夕飯の残りの豚しゃぶとともに。
 今日は17時半過ぎからバスの乗務があるので比較的のんびり過ごしている。でも、出発の時間を気にしながら過ごすのは、どことなく落ち着かない。何度も出発時間を確認してしまう。この性格はなんとかならないものか。 

 少し早めに風呂に入り、身支度を整え家を出る。今日も道路は空いている。
 以前は職場のある東扇島までの通勤には一般道を使用していたが、ぎりぎりまで自宅で作業していたいのと、渋滞などの予期せぬトラブルによるストレスを避けるため、最近はもっぽら高速頼みだ。
 片道およそ900円の高速代はけっこう負担も大きいが、「時は金なり」と言い聞かしている。

 今日の乗務は東扇島から東神奈川と鶴見を主に首都高で行き来するのが中心のダイヤ。
 仕事帰りのお客様を30名ほど乗せたバスは、高速道路へと入る。加速をして本線に入ると、聞こえるのはエンジンと風を切る音だけだ。
 しばらくして「鶴見つばさ橋」を越えると、運転席の向こうに赤く染まった空に映し出されたみなとみらいの街のシルエットが現れた。不思議と静寂感が漂う。
 同じようで二度とない日。自らバスを運転しながらいちばんの贅沢を味わっている。

 今日も無事故で乗務を終えて入庫。当たり前のことだが、これもたゆまぬ努力の賜物なのだ。
 掃除を終え、最後の麦茶を飲み干すと、まだ日が変わる少し前だった。
 高速代をケチってのんびり下道を行く。思いつきで初めてのコースへ。暗くて景色が全く見えないので、残念ながら何の感慨もわかない。
 車のラジオのスイッチを入れると「SHISHAMO」がナビゲーターを務める番組が始まった。
 以前、彼女たちが川崎出身だと知り、しかもわたしが昨年、灯油の引き売りの手伝いでよく訪れていた川崎競馬場の厩舎にほど近い「川崎市立川崎総合科学高等学校」OGだと知ってから、妙に親近感を持っている。
 学生のとき、きっと教室から「月の砂漠」のオルゴールを聞いていたに違いない。
 「明日も」という曲の歌詞を聞きながら、自分にとってのヒーローを考えてみる。意外にもそれは誰からも尊敬されるような人気者ではなくて、自分の仕事を黙々とこなしたり、生きる意味をいつも真剣に考え続けているような人だったりする。
 ヒーローを支える人がヒーローだ。

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