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マジョリティ側の無自覚。


はじめに。 

昨晩、REING さんの主催する REING NIGHTというオンラインイベントに参加してきました。テーマは、二次元作品におけるジェンダーバイアスについて。

そこでどうしてもモヤモヤする場面があったので、本稿では、そのモヤモヤについて考えたいと思います。

本題に入る前に、

私はREINGさんのイベントが大好きですし、今回のイベントも、ここに書いていない部分にも、沢山勉強になる部分があって面白かったこと、また、私が今回、問題視している発言をなさった個人を非難したくてこのNoteを書いているのでも決してなく、その発言の裏にある、この社会の構造を非難したくて、文章を書いています。ということを伝えさせていただきたいです。




なぜかモヤモヤするもの。

昨晩のイベントでは、二次元作品におけるジェンダーバイアスを取り扱っており、宇崎ちゃんの公告が炎上した件について。考える場面がありました。(昨年、日本赤十字社が献血を呼びかけるためにアニメとコラボで作成したポスターがネット上で物議を醸した件です。【宇崎ちゃん】というキャラクターが起用されており、彼女は大きな胸が強調して描かれていました。)(そのポスターを見るのが1番だと思うので.ぜひ検索してみてください!)



そこで。

多くの女性は、自分の身体が男性によって性的に消費される感覚をもっていて、それが実際に溢れている社会だから、今回の広告に嫌悪感を抱くひとが多く、炎上したのだと思うし、実際に私も不快に思った。

と答えた私に対して、ある男性が答えました。

でも、女性が男性を性的に消費することだってあるでしょう???

その発言を聞いた瞬間、どうしても、胸にあふれる違和感があって、悔しさと怒りと悲しさと、、いろんな感情が押し寄せてきて、何だか一瞬のうちに泣きそうにすらなって、すごくモヤモヤして。なんで彼のこの発言1つに、こんなにも、モヤモヤするんだろう。と思いつつ、その時は、返す言葉が見当たりませんでした。

彼の指す、男性が性的に消費されること、というのは、二次元創作の中で、か日常社会の中で、、という意味なのか拾えなかったのですが。

正直、その発言がどうしても引っかかって、このモヤモヤを伝えたいけど、うまく表現できなかったことが、さらにもどかしく、、イベントが終わってからもずっと考えて、やっとはっきりとした理由が分かったので、ここに、残したいと思います。




日常にあふれる性的な消費


ここで皆さんに質問があるのですが、

自分が望んでもいないのに、誰かから性的に消費された経験はありますか??もしくは親しい人からそういった話を聞いたことはありますか?


わたしは、もう全力で、はい!
と答えたいです。私は現在21歳の大学生で、女性として今まで生きてきました。その21年間で、私も友人も、望んでもいない性的な消費を経験してきたと感じます。思い当たる節がかなりあります。当事者性が強いのです。



分かりやすいように、個人的な経験を振り返ってみます。

•私が小学生の時、ピアノの発表会のホールの二重扉の中で、見知らぬおじさんに身体を抑えられて、服を脱がされそうになったこと。
•胸が大きい友人が、学校のプールの時間に男子からからかわれていて、それを毎度気にしていたこと。
•高校の頃、電車で痴漢にあったこと。クラスの友人も痴漢にあったこと。
•コンビニにグラビア雑誌が置かれていて、女性が性的に消費される場面に遭遇せざるを得ないこと。
•露出の多い服を着ている女性の友人が、どしたん今日誘ってんのか?と男性に言われていたこと。
•私が、ゲストハウスの共同キッチンで、料理を作ってたら、知らないおじさんに無理やり腰に手を回されたこと。
•仲のいい友人がレイプ被害にあったこと。


思いつくものを挙げてみました。これが、今までわたしが、女性として21年間日本で生きてきて感じた、【望んでもいないのに誰かから性的に消費される】経験です。トラウマレベルの大きな物から、無意識に日常に潜んでいるものなど色々あります。


本当に身近なところに、性的消費が溢れていると感じます。そして、それは私たちが女性だから、感じるものばかりです。自分が男性として生きてきたのなら、経験しなかったのではないか。と考えさせられるものが多いです。


もちろん、男性が望まれず性的に消費される場面もあるはずです。それが皆無だと言ってる訳ではありません。私にだって見えていない部分が沢山あって、もしそれに苦しんでいるのなら、教えてほしいし、一緒に声をあげて変えていきたいです。

ただ、一旦考えてみてほしいのですが、この社会では、圧倒的に女性が男性によって性的消費されていると思います。


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ここで話を戻したいのですが、
今回、イベント冒頭では、宇崎ちゃん広告の件について意見を交わされていました。二次元作品におけるジェンダーバイアスについて。

そこで

多くの女性は、自分の身体が男性によって性的に消費される感覚をもっていて、それが実際に溢れている社会だから、今回の広告に嫌悪感を抱くひとが多く、炎上したのだと思うし、実際に私も不快に思った。

と答えた私に対して

でも、女性が男性を性的に消費することだってあるでしょう?

と、とある男性が答えました。この男性は、今回のイベント進行上、有識者という立場の方です。

私はその発言に対して、よくわからないけど、心の中で泣きそうにすらなり、永遠にモヤモヤしていたのですが。その原因は、この発言自体にもあるのですが、『男性にこの発言をされたこと』が、そのモヤモヤを助長させているのだと思います。

この社会の構造を考えると、明らかに男性側が強いです。そういう社会で、その強い側に立つ男性が、【女性だって男性を性的に搾取することがあるんだし〜】という発言を純粋に悪気なく出来てしまうこと。あまりに社会の構造が見えてなさそうなマジョリティサイドの無自覚さに、私は違和感を感じたのだと思います。

自分が所属する属性が、無意識にも、上下関係を生んでしまっている場面はよくあります。そして多くの場合、上に立つ側は、自分の言葉や態度の持ちうるパワーに無自覚です。男女という構造に限らず、年齢であったり、人種であったり、上司部下という関係であったり、玄人素人であったり。


今回のREING Nightでは、専門家サイドの方が少し威圧的な態度をとっていたように感じました。特に序盤の方は、発言をしずらい空気が漂っていたと思います。(悪気がないのは十分理解していますし、敏感すぎると言われればそれまでですが、少なくとも私にはそのように感じられました。)

その状況で、男性として生きていらっしゃる方から、女性だって男性を性的に消費するのだから。という言葉を頂いたことが、私にとって問題でした。

加えて、人生の中で似たような場面に遭遇した際、その原因を突き止めることなく受け流してきたため、今回のこの感覚が、デジャヴのように感じられて、こんなにも引っかかっているのです。

この構造の問題点を感じたい方には、【I AM NOT AN EASY MAN】というNetflix作品がおススメです!!(主人公は、男性優位社会に生きてきたとある男性。彼の生きる世界の、男女のジェンダーロールがある日、突然逆転するお話です。)



そして、
女性が日常に男性からの性的視線を浴びているこの社会で、それに無自覚な男性があまりに多いし、本当は嫌なのに、それを仕方ないと受け止めてしまっている女性も多い。

それもどうしても疑問だし、嫌なのです。おかしいと思います。変わるべきだと今回のモヤモヤを考えていて思います。正直息苦しい社会ですね。



息苦しくない世界線

自分でこの文章を書きながらも、なぜ私が、この違和感にこんなに敏感で、どうしても言語化しておきたい。と何時間も考えているのだろう。と疑問にも思います。

それは、私がデンマーク 留学を通し、【望んでもいない性的な消費から解放された世界】もあること。そこでは、あらゆる性をもった人がのびのびと過ごせることを身をもって経験したからだと思います。


わたしが通っていた、デンマークの学校では、ユニセックスのシャワールームで男女が同じ更衣室を使ったり、異性がいても、真っ裸、もしくは下着だけで海に飛び込んだりが、日常的でした。不思議なことに、多くのデンマーク人の友人たちは、それに恥ずかしさを感じている様子が全くありません。そもそも、男女という二元的な世界でも無かったですし、そこでは、誰かの体型をジャッジしたり、性的な視線を向けることも向けられることもなく安心できました。


私の身体は、誰に搾取されるでも、誰に消費されるでもなく、私自身のもの。このルールが当たり前に共有されている環境でした。(同じ学校に通っていた友人のnoteより引用)


正直なところ、最初、日本で育った私にとって、そのような環境は衝撃的で戸惑いましたが、慣れてくると、性的消費から離れた社会はあまりに過ごしやすく、心が健康的に過ごせることに気づきました。ああこんな世界もあるのだなぁ。と。

それと同時に、いかに私は、日本社会で、望んでもいない性的な視線を無意識に浴びて生きてきたか、そして、今まで女性はそういう視線を浴びるのは仕方ない、と受け入れてしまっていたけどそれもおかしい事だ

と考えるようになったのです。

女子校に通っていた高校生時代に、既存のジェンダー観や、望んでもいない性的消費からの解放を感じて、のびのび過ごせたのも、今思えば似たような経験かもしれません。


構造を考えてみたら、実際に女性が弱い社会なので、おかしいと思ったら、一つずつ声を上げるべきだと思います。私は、そういう意味で、自分はフェミニストだと堂々と宣言もするし、それにあなたの性別は関係なく、男女平等を望む人は皆フェミニストだと思います。もともと男女二元論で物事を考えるのは苦手だし、大きな主語で話すのも良くないと思っているのですが。この社会は、男性と女性の間に、圧倒的な社会的に差があるのも事実で、その差を埋めたいなと思うのです。

そして、女性が生きやすい社会は、男性も生きやすいはずですし、それは最終的に、男とか女とか、そんな枠組みをこえて、全ての人が生きやすい社会に向かうはずです。次第に男女二元論的な考えも消えていくと思います。

昨日のイベント終わりから、ずっとそんなことを考えていました。



まとめ。

今回このモヤモヤから思ったのは

•社会のマジョリティ側に立つ人が、そちら側の視点だけで物事を語るのは、危険であること。(常に自戒を込めて)
•日本社会には、望んでもいない性的な消費が溢れていること。
•私の身体は、誰に搾取されるでも、誰に消費されるでもなく、私自身のもの。そのルールが共有されている社会もあるし、そこは全ての人が生きやすいこと。

そして、感じた違和感は掴んで言語化して、声をあげていきたい。私は、もっと多くの人が生きやすい社会を作りたい。



おしまい。







※追記

宇崎ちゃん広告の件は、一個一個切り離して考えるべきものが絡まっていますし、私自身、難しい問題だなぁとより感じました。ここで全てを語り切れるものではない、というのを、前提として。          
胸が大きい女性も世の中に存在するのはもちろん事実だし、その表現に対して、性的搾取だ!と過剰に反応するのもどうかと思います。私の説明も言葉不足だったかも。
本来なら、胸の大きさとか関係なく、自分の身体は自分の私の身体。他人がジャッジするものでもなく、勝手に性的に消費されるものでもない!!という共通認識のある社会になるべきだし、、本当にイーブンな社会ならば、創作の中の表現の自由も、十分に認められるのだろうし、こんなに炎上することもなかったのだろうけど。  
現実社会を見ると、男性による性的な搾取が沢山ある世の中なので、作者やファンの間にそのような意図がなくても、批判的にとらえることも十分あり得ます。そして、今回の件は特に、広告という形で、作品の上の文脈が切り取られて、性的な消費が溢れる現実社会にそのキャラクターが飛び出したこともあり、物議を醸したのだと感じました。

















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