日本の秘境音楽 - 過去記事アーカイブ
この文章は「エスクァイア・ジャパン」(2008年7月号)に書いた原稿を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。
日本の秘境音楽
“秘境=知られざる世界”と定義するならば、実際にその場所へ行くのはかなり大変な行為だ。交通手段が不便とかいう物理的な事実はもちろん、情報入手でさえ難しい場合もある。
しかし、秘境を耳で体験するとなれば話が違う。アイヌの古楽器も、密教の声明も、南国の島唄も、録音物さえあれば手軽に楽しめる。それどころか、現存しない過去の世界や想像上のパラダイスにだって旅することができるのだ。
ディスクをセットしプレイボタンを押す。そしてあとは目を閉じるだけ。見たことのない光景や感じたことのない空気が、じわじわと脳髄を支配していく快感がたまらない。ただ、そうすることによって、今度は実際に旅に出たくなってしまうのが辛いのだが。
ツトム・ヤマシタ『太陽の儀礼 Vol.III 神々のささやき』(1997)
我が国にいつから楽器が存在したのか。なんていう歴史学的なことはさておき、石を叩いて音を出す行為は音楽の原点のひとつだろう。日本原産のサヌカイトが、こんなに美しい響きを持つとは驚きだ。世界的に活躍する打楽器奏者による、古代神へのオマージュ。
芸能山城組『やまと幻唱』(1977)
そびえ立つような声の壁を武器に、日本音楽に取り組んだ意欲作。ブルガリアン・ヴォイスのように孤高感溢れる刈干切唄も、スペイシーなクロスオーヴァー・サウンドと化した声明も、まぎれもなく日本伝統文化の末裔。こうやって民族音楽は進化していく。
安東ウメ子『ウポポ サンケ』(2001)
沖縄音楽はあれだけブームになってしまったのに、アイヌはいまだに知られざる音楽の秘所。オキが弾くトンコリの反復リズムや、ムックリ(口琴)の奇妙な響き、そしてウメ子の深く優しく強い声にトリップさせられる。征服者ヤマトの血にはない日本音楽の極北。
稲村一志と第一巻第百章『フリー・フライト』(1977)
北海道発のローカル・シティ・ポップだからといって侮ってはいけない。シュガー・ベイブ風のいなたいポップ・チューンには、北国ならではの大地の香りがたっぷり。吹き抜ける一陣の風のように爽やかな「イースト・ナエボ」が、ひたすらメロウで心癒される。
高橋竹山『津軽三味線』(2003)
盲目というハンディがあったからこそ磨き上げられた、激しい三味線の音色。厳しい津軽の自然の中で生まれ育った竹山の人生は、そのまま強烈なリズムと化して聴く者の心の中で語り始める。ローカル線を何本も乗り継いで旅する時には、最高のお供になるはずだ。
三上寛『船頭小唄 -三上寛えん歌の世界-』
演歌は日本人の心の故郷。好き嫌いはともかく、耳にするとなぜか心を動かされる。本作は青森出身のアナーキーなフォーク・シンガーである三上寛による企画物。オーソドックスなオーケストラ伴奏を従え丁寧に歌い込んでいるのが、逆に異空間を演出している。
Various Artists『湯浅譲二作品集』(2007)
図形楽譜などを多用する現代音楽家による、日本の元祖バックパッカー松尾芭蕉をテーマにした幽玄的な作品群。オーケストラが空気を震わす「シーンズ・フロム・バショウ」と強烈な前衛邦楽「箏歌、芭蕉五句」、いずれも奥の細道をたどりながら聴いてみたい。
姫神せんせいしょん『遠野』(1982)
柳田国男も愛した岩手県遠野地方は伝説の宝庫。そんな異郷をテーマに、時の流れをシンセサイザー中心に構築したコンセプチュアルな作品。このニューエイジ全盛期の明るい農村テクノを聴きながら、早池峰山のふもとで河童や座敷童を捜してみるのもいいかも。
うめ吉『明治大正はやりうた』(2005)
秘境というのは辺鄙な場所だけではない。繁華街にも存在するはずだ。そう考えると、お座敷というのも未知なる世界。極甘砂糖菓子のような彼女の歌声は、初心者にとっては麻薬的で危険。艶めかしい小唄が聞こえてくる頃には、誰かの膝枕でうつらうつらと夢心地。
中村明一『虚無僧尺八の世界 北陸の尺八 三谷』(2005)
喜捨を請いながら尺八を吹き、諸国を渡り歩き続ける虚無僧。ある時は澄み渡るそよ風を、またある時は荒々しい嵐の様子を、竹筒一本で見事に表現しうるのは修行の賜物だろう。その息遣いはエリック・ドルフィーやジョン・コルトレーンもぶっ飛ぶくらいの迫力。
鼓童『prism rhythm』(2005)
佐渡をホームグラウンドとして世界中を飛び回る太鼓集団。ミッキー・ハートと共演したり、ビル・ラズウェルにリミックスさせるなど国際的な活躍が伝わるが、本作は鼓童村で収録された原点ともいえる内容。プリミティヴなビートが和の心をかき乱してくれる。
高野山金剛峯寺奥の院 月並御影供『声明』(2000)
比叡山延暦寺と並ぶ日本仏教の総本山でもある高野山金剛峯寺。世界遺産に選ばれたとはいえ、密教の世界はまだまだ遠い存在だ。声明が音楽かどうかという議論は脇において、男たちによる荘厳な低音ヴォイスを堪能してもらいたい。瞑想にも精神統一にも使える。
浜田真理子『あなたへ』(2002)
旅の途中にふらりと入った一件のバー。閑散として客の姿はないが女がピアノに向かって歌っていた。そんな情景にぴったり当てはまりそうな、孤高のシンガー・ソングライター。島根県松江の片隅で、情念をたぎらせながらも静謐な音楽を生み出し続ける唄の巫女。
Final Drop『elements』(2003)
屋久島には音が溢れている。鳥の声や川のせせらぎをフィールド・レコーディングし、新たな音楽を作り出す。なんて書くとチープに聞こえるかもしれないが、井上薫やDJ KENSEIが構築した自然賛歌は、トリップ感に溢れた傑作。付属DVDの映像がこれまたヤバい。
マキオカナミ『シツルシマ』(2007)
元ちとせや中孝介の登場を例に出すまでもなく、奄美大島には島唄の唄い手がウジャウジャとひしめいている。ジャズやフォークなどコンテンポラリーなサウンドを起用する牧岡奈美は、澄んだ歌声で力強いコブシを回す。誰もいない浜辺で黄昏れながら聴きたい。
Various Artists『琉球レアグルーヴ』(2003)
沖縄がまだ外国だった頃の記憶。プチプチという針音ノイズの向こうから、今時のロックやポップスにはないグルーヴが聞こえてくる。三線とカチャーシーがブルースやボサノヴァを飲み込み、シーサーの口から吐き出された本物のチャンプルー・ミュージック。
細野晴臣『はらいそ』(1978)
海外旅行が洋行と呼ばれていた頃は、海外から見ても日本はエキゾチックな秘境だったはず。そんな視点で、不思議と神秘の我が国をポップに変換したトリッキーなコンセプト・アルバム。バーチャルであろうとインチキであろうと、この理想的な天国は魅力的だ。
山本精一『クラウン・オブ・ファジー・グルーヴ』(2002)
普段暮らしている日常の世界も、異世界の人たちから見れば秘境として成立するはず。そんなねじれた考えを音にしたような、キラキラ輝く万華鏡。街の雑踏や飛行機のジェット音なども混沌としたドローン・ウンドに包み込み、一大シンフォニーを築き上げていく。
DJ KRUSH『寂』(2004)
日本だけでなく海外でもカリスマ的な人気を誇るビート・マスターの和風な名盤。アブストラクトなビートの隙間から聞こえる尺八や浪曲が、クールでスピリチュアルな世界を構築する。外国人たちはこの音を聴いて、まだ見ぬ秘境“禅の国”ニッポンを夢見るのだ。
レイ・ハラカミ『ラスト』(2005)
軽やかな電子音を駆使して、音の曼陀羅を作り上げるエレクトロニカ・クリエイター。細野晴臣のカヴァーなんていう飛び道具も含め、まったく知らない世界に誘ってくれる。秘境なんてもう無いだろうって思っていたけど、意外に身近なところに転がっているのだ。
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後記
秘境をテーマに、しかも日本に絞ってこういうディスク・レビューを書くというのはまずなかった企画なので、個人的にも気に入っています。かなりニッチな作品をたくさん紹介できたのも良かった。2008年当時のCDがメインなので、すでに廃盤で入手困難なものもあるかと思いますが、今の感覚でまた同じような企画をやってみたいと思いました。
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