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032.夜空を見上げて

2002.9.24
【連載小説32/260】


ワイキキの西、フォート・デ・ルッシー公園のビーチ側に並ぶベンチでキーボードに向かっている。

ふた月の付き合いで家族のように仲良くなったカヌー少年ジョン。
長い友のような友情を交わすことになったカブア氏。
そして、名もなき異国?(トランスアイランドのことだ)の僕とボブをやさしく迎えてくれたマーシャルの人々と別れ、空路ハワイへ戻った。

7ヶ月ぶりのワイキキで、久しぶりに会いたい友人や、少し調べたいこともあり、帰島前に、一週間ほど留まることにした。

間もなくサンセットタイム。
太陽の下で日中をアクティブに過ごしたツーリストたちが、少しずつビーチから引き上げ、次なるディナーやショッピングへと移行する時間。
が、おかしなもので、人影がまばらとなった夕暮れ時のビーチでさえ、僕には人の密度が高く感じられる。
トランスアイランドの日常に心身ともに馴染んだということなのだろう。
この瞬間、僕の視界に入る人々でさえ、全島民よりも多いのだから、無理もないか…

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今、僕の座るベンチの後ろにあるのはアメリカ陸軍博物館。
ワイキキという楽園を象徴する風景の中に並ぶ戦車を見て、違和感を覚えたことのあるツーリストも多いだろう。
が、ここオアフ島は、あの「パールハーバーアタック」の地。米国の軍事拠点なのである。

「9.11」一周年を迎え、改めて米国にとってのハワイとは、太平洋をはさんで緊張感を持続しなければならない外敵に対する最前線地なのだという事実を再確認する。

いや、認識をもう一歩、歴史的にフレームアウトして、古来から存在するこの地を再見してみよう。
するとそこには、貿易や領土拡大といった西洋列強の覇権争いなどなければ、ハワイはハワイであり米国の一部ではなかったという事実が可能性として潜んでいる。
つまり、ハワイが軍事拠点を選んだのではなく、競争と闘争の歴史がハワイを軍事拠点に指名してきたということだ。

文明的発展が豊かさを求めるが故に、そこに生まれる数々の闘争史。
大陸文明から離れているが故に、南海の島々が楽園にも軍事拠点にもなる現実。
そんな矛盾を改めて考えさせられる体験がマーシャルでもあったので報告しておこう。

場所はマーシャル領内にある米国基地クワジェリン島。
一般人の立ち入りは禁止されているが、カブア氏の計らいで特別許可を得て視察を行うことができた。
僕にしてみれば、この島を未来のハイテク基地化するシナリオを空想の中に描いていたから、絶好の機会となった訳だ。(内容は29話を)
そしてそこで出会ったひとりの軍人と興味深い話をすることができた。

彼は米軍におけるミサイル開発のキーマンともいえる人物で、現在最も破壊力を持つといわれる最新鋭ミサイルの扱いを、その責任において左右できるほどの地位にあると事前に聞いていた。

そんなプロフィールの人物に対して、大抵の人が持つであろう「冷酷にしてタカ派」の軍人像を僕も予想したが、その予想は見事に裏切られた。
やや小太りで、人懐こい笑顔が憎めない…、カブア氏に引き合わされた、そんな彼の口からはいきなりアメリカ人らしいジョークが飛び出した。

「お手柔らかに頼むよ、生身じゃ誰も攻撃できない小心者なんだ。君の胸ポケットの万年筆は日本製の超小型ミサイルじゃないだろうね?」

「今やジャーナリストや作家はキーボードに向かうのが主流、これは20世紀の旧式武器ですよ」
と僕が返して打ち解けた後、彼のプライベートな部分まで含めて様々な話を聞くことができた。

50年代後半に生まれた彼は、少年時のアポロ月面着陸や、バイキング火星探索から宇宙を夢見る少年となり、その延長線上にロケット工学の道を選んだという。
その後の彼がミサイル開発に関わる経緯は割愛するが、心に残った彼の話をまとめると以下のようになる…

ロケットとミサイルとは原理的に同じもので、その先端に核弾頭を積めばミサイル、人工衛星や人を載せればロケット。違いは片方が破壊に向けて遠い地上を目指すのに対して、もう一方は夢に向けて天空に飛び出すというところ。それ故に、冷戦時代はロケット打ち上げ競争が、東西の軍事的デモ合戦として機能した。そして、ダイナマイト同様、偉大な科学的発明が紙一重で善にも悪にもなるのは、それを扱う人間次第ということになる。
冷戦終結は「ミサイルの時代」から「ロケットの時代」への移行を予感させたが、テロの脅威などが残る今、技術の打ち上げ軌道は未だ未来に真っ直ぐ向いてはいない…

「私の真の戦いは、ミサイルを全て平和利用のためのロケットに変えることだ」
と言い切った彼の表情は、軍人らしく厳しいもであったことを付け加えておこう。

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多大なコストで遠い宇宙を目指す前に、山積みされた足元の課題をなんとかしたら…
と、宇宙開発には常に優先順位の疑問が付きまとうものだが、一方で、何でも手に入れようとする人類の驕りに対して、宇宙という無限の存在が抑止力を持つとも評価されている。

それに、地上においては悪いニュースばかりが目立つ昨今、遥か彼方を夢想するロマンチシズムも我々には大切なのだ。

間もなくワイキキは夜。
たまには星に願いをかけてみようか?

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

30年を超える歴史となった僕のハワイ取材歴の中で、変わらぬ視座で追いかけているのが20世紀の戦争史です。

「楽園」と呼ばれるハワイの島々ですが、ここに登場するアメリカ陸軍博物館やパールハーバーの諸施設は繰り返し訪れてハワイから見える日本と世界を考えてきました。

マーシャル諸島を訪れるアイランドホッピング便は途中、米国基地クワジェリン島の滑走路に降り立ちますが、観光客は機内から出ることが許されていませんでした。
美しい太平洋の真ん中に浮かぶ軍事基地ほど「戦争と平和」という対極の概念が不思議な融合感を持って存在する場所はないなという感じたことを記憶しています。

残念ながら20年を経て、僕たちのまわりで軍事基地縮小の兆しさえ見えず、世界は再び戦争の時代に入ってしまいました。

未来のどこかでクワジェリン島そのものが「戦争博物館」に変貌することはあるのでしょうか…
/江藤誠晃

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