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"やるべきこと"なんて無い。"やりたいこと"を選び続けろ。

あぁ、めんどくさいなぁ。
って、note画面を開いて思うそんな日もある。

めんどくさければ、やらなくたっていいのに。
"やるべきこと"なんてものは、本当はないのに。

僕が社会人になったのは2012年。20歳の時。

高校卒業後、インテリアデザインの専門学校へ。2年で卒業後に入った新卒の会社は、大手ハウスメーカーだった。

4次面接までの戦いを終えて、無事内定。大手の中でも、より地域密着型であえて関東にこだわるその理念が好きだった。技術もデザイン力も住宅のコンセプトも、僕は好きだった。

そんな第一希望の会社に入って2ヵ月。

僕は退職した。

今思うと、自分の思い通りにならなくて、デパートのおもちゃ売り場で泣き叫ぶ子供のような部分があったのかなって、そう思う。

だけど、後悔は1ミリも無い。

総合職での募集で、配属先は1ヵ月の全体研修を終えた後に、ひとりひとり発表になる。

全体研修で社訓や理念を暗唱させられていた時にも、少し違和感はあったけど、研修最終日の人事課長のスピーチで、僕は7割くらい退職を決めた。

今でも忘れない。

「きみたち新社会人には、やりたい事があるだろう。やりたい仕事があるだろう。でも、そのやりたい事をやりたいなら、やるべき事をやれ。やりたい事の前に、やるべき事をやれ。それが社会人としての責務だ」

言葉は多少違うと思うけど、こんな事を言われた。

人事課長は、どんなつもりで言ったのだろう。


"やりたい事の前に、やるべき事をやれ"


これからの会社を担っていく新社会人の僕らに、自由は無いのだ。

僕はそう思った。

たしかに、その会社に所属する社員として、ひとりの社会人として、やらなければいけない事、やるべき事は存在するのだろう。

でも、やりたい事を後回しにするのだけは違う。

僕もまだ若いのだろうか。
青二才だと笑われるだろうか。

でも正直、未だにこの言葉の真意を理解できない。

やりたい事をやって何が悪い。
やるべき事なんか、本当はない。
そんなものは自分が作り出した幻想だ。

日本に帰ったらぜひその真意を聞いてみたいが、向こうは7年前に2ヵ月だけいた新入社員の事なんて、ミジンコほども覚えていないだろう。

僕は面接の段階から、インテリアだけの部署を希望していた。モデルルームのコーディネート等をやったりする部署で、注文住宅のお客さんに対して、インテリアの提案をしたりもする。

インテリアデザイン科を卒業していたし、専門卒を取る会社では無かったので、正直かなり期待していた。

しかしなぜか、そのハウスメーカーは女性がその部署に。男性が住宅の営業に行かされた。それが通例だったようだ。

"通例"

くだらない。

同期で、設計職を希望していた建築科卒の女の子は、まずは営業を希望していた。(設計職は営業か現場監督を経験しないとできない。現場やお客さんを見ないと設計はできないから、これは納得できる。)

その子と一緒に、全体研修で、同期全員の目の前で、人事に掛け合ったこともある。

お互いが希望する部署に異動した方が、当然ながら仕事のパフォーマンスはあがると。

だけど、そんなのは会社からしたら新入社員の戯言。

無視された。
無視されたから、僕も会社を無視した。

まぁこれは…子供だね。笑
会社に出社して、飛び込み営業してくると、外へ飛び出して、家に帰って寝て、夕方会社に戻る。

そんな日々を送っていた。

自分の中での会社への反抗。
まぁそんなものは何も意味ないから、やめておきなって言いたい。

そして結局耐えられなくなって2ヵ月でやめた。

この時の僕は"やるべき事"の呪縛にかかって、2ヵ月かかった。今なら5秒だ。たぶん。笑

研修最終日の人事課長のスピーチも、希望部署への交渉に聞く耳を持たれなかった事も、僕には耐えられなかった。

自分の人生を、会社に握られていると思った。

何かの組織に所属する以上、100%自由意志というのは難しいのかもしれない。いや、人間社会に生きる中では難しいのかもしれない。

でも僕は誰の人生でもない、僕の人生を生きている。

僕の選択で生きている。

あの会社に入ったのも、僕の選択で、その選択が合わなかったから、辞めるのという選択をしたのも僕だ。

そうして僕は自分の人生を歩めてきた。歩めている。

その選択の繰り返しで7年前には想像もしていなかった海外生活をしている。

あの時の僕は、何のために生きているのか分からなかった。

学校を卒業したら就職するしかないと思っていたし、それに対して何も疑問を持っていなかった。

今思うと、とても危険だね。
会社の毒牙に、社会の毒牙に、侵されてしまうところだった。

入社した会社が悪かったとか、人事課長の頭がおかしいとか、そんな事を言いたいんじゃない。

進んだ選択の先に違和感があるなら、
少しでもおかしいなと思うことがあるのなら、

いつだって人生の選択をし直す事はできる。

選んだ道だけしかない。なんて事は絶対にない。
だから、自分の気持ちに信念に、正直に生きてほしい。

自分の人生は、自分の選択で、自分で全ての責任を負わなければいけない。自分の人生の背負ってくれる人は誰もいない。

それは辛いことも、怖い時も、不安になる瞬間もたくさんあるだろう。

選択が合っているか、間違っているか、選ぶときには誰も分からないから。

でもだからこそ、生きていくのが面白いのだろう。

一瞬先は分からない。何が起こるか分からない。
だから、飛び込むのだろう。

正しい選択なんてない。
選んだ先を、正解にしていくのだ。

だから何度だって選び直していい。

どの選択肢にも"やるべきこと"なんてものは無い。
自分の"やりたいこと"を追い続けて良いのだ。

Aがダメなら、Bに行けばいい。
Bがダメなら、Cに行けばいい。

何が正解かなんて、死ぬその瞬間になっても分からない。

だから未来に正解を求めるな。
今この瞬間が幸せなら、それが唯一の正解なんじゃないかな。

自分が生きたいと思える道を常に選び続ける。

それが、僕らが生きていくということなんだと思う。

常に今の自分を大切にして。

そしたら、ずっと笑って過ごせるから。

こーた

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恋の物語を撮ります。時に、書きます。写真を撮る人です。気ままにnote書いてます。カメラとウクレレ持って旅もします。2017年オーストラリア移住🇦🇺19年再びオーストラリアへ。写真・日記・エッセイ・紀行文・短編恋愛小説。
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