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旅をすればするほど、「行ってみたい場所」は増えていく

旅をすることは、世界中にある「行ってみたい場所」を、ひとつずつ減らしていく過程なのだ。

20代の頃、海外を旅するようになった僕は、そんなふうに思っていた。

巡ってみたい国、歩いてみたい町、見てみたい風景。心の中にあるそんな一つひとつに、確かなチェックマークを入れていくことが、旅をするということなのだと。

たった1度きりの人生、「行ってみたい場所」へいっぱい旅に出て、いつか年を取ったとき、こんなことを思いたかった。

「行ってみたい場所」へはほとんど行ったから、もう旅に未練はないかな、と。

ところが、30代になり、少なくない数の「行ってみたい場所」を訪れたいま、不思議なことが起きている。

心の中にある「行ってみたい場所」は、減るどころか、さらに増えているのだ。

世界各地の「行ってみたい場所」に一つひとつチェックマークを入れてきたはずなのに、いま世界地図を広げれば、20代の頃よりはるかに多くの「行ってみたい場所」が世界中に溢れている。

そして、やっと最近、僕は気づくことができた。

旅をすることは、「行ってみたい場所」を減らしていく過程ではない。

まるで新しい星々が瞬いていくみたいに、旅をすればするほど、「行ってみたい場所」はどんどん増えていく。

きっと旅とは、そんな不思議な過程なのだ。

この春、南アフリカへ旅に出た。

いままで、アフリカの国々は、僕の「行ってみたい場所」リストには、ほとんど入っていない土地だった。

アジアの喧騒やヨーロッパの美しい街並みが好きな僕は、あえて未知のアフリカへ行きたいという気持ちはあまり湧かず、1度も旅に出ることはなかった。

ただ、南アフリカのケープタウンだけは、いつか行ってみたいと憧れていた。

アフリカ大陸の南端にある、世界一美しいと称えられる港町。そそり立つテーブルマウンテンと、真っ青な大西洋。ケープタウン、という名前の響きにも惹かれた。

そろそろ憧れるのをやめて、初めてのアフリカへ旅に出るときなのかもしれない。

そう思った僕は、アフリカでほとんど唯一と言っていい「行ってみたい場所」、南アフリカのケープタウンを目指す旅に出た。

ヨハネスブルグ行きの機内で、僕はこんなことを思っていた。

今回の旅は特別で、もうこの先、アフリカへ旅に出ることは当分ないだろう……。

そうして着いた南アフリカは、春ではなく秋で、その気温の低さに最初びっくりしたくらいだった。

大都市ヨハネスブルグから、インド洋のビーチリゾートであるポート・エリザベス、そして憧れのケープタウンへ。

治安の悪さについては聞いていたので、はじめは不安で仕方なかったけれど、旅をしていくうちに、それだけが南アフリカではないことにも気づき始めた。

なんといっても魅力的なのは、南アフリカの各地で出会う「人」だった。

街ゆく女性たちは目を奪われるくらいお洒落で、男性たちは意外なほど笑顔が可愛らしい人が多い。

フレンドリーでありながら、必要以上には迫ってこない。その絶妙な距離感も、心地良かった。

エキゾチックな雰囲気のヨハネスブルグ、打ち寄せる波に夕映えが煌めくポート・エリザベスも素晴らしかったし、憧れていたケープタウンは想像していたよりももっと美しい港町だった。

近代的なビル群の向こうにそびえるテーブルマウンテン。街並みの背後には、夢の中で見ているみたいに輝く大西洋。ケープタウンは、大都会と大自然が隣り合っている、いままで見たことがないような都市だった。

気づけば、南アフリカという国を、心から好きになれている自分がいた。

アフリカ最南西端の喜望峰にも立ち、1週間の滞在が終わる頃、僕は自然と、こんなことを思っていた。

またいつか、この南アフリカをゆっくり旅してみたい。次に訪れたときは、プレトリアでジャカランダの花を見たり、ステレンボッシュでワイナリーを巡ったりしてみたい。あと、クルーガー国立公園の大自然へも足を延ばしたい。

「行ってみたい場所」だった南アフリカが、「また行ってみたい場所」に変わった瞬間だった。

それだけではなかった。

帰りの飛行機に乗って、液晶画面でフライトマップをぼんやり眺めていると、大きなアフリカ大陸の地図が映し出された。

そのとき、思ったのだ。

この未知のアフリカを、もっともっと旅してみたい、と。

ジンバブエとザンビアにまたがるヴィクトリアの滝も行ってみたいし、タンザニアのキリマンジャロだって見てみたい。北アフリカのモロッコやチュニジアも気になるし、離島のセーシェルにも心惹かれる。

きっと、遠くない未来、またアフリカのどこかの国へと、旅に出ることになるのかもしれない……。

心の中で、まっさらだったアフリカという土地に、「行ってみたい場所」という名の、新しい星々が瞬き始めたのだ。

旅をすればするほど、「行ってみたい場所」は増えていく。

たぶん、その意味は二重だ。

ひとつは、「行ってみたい場所」へ旅に出ることで、そこが自然と、「また行ってみたい場所」に変わっていくということ。

もちろん、1度来ただけでいいや……と思う場所もないではないけれど、実際に行くことで好きな土地になり、「また行ってみたい場所」へと変わっていく土地の方が、はるかに多いと思う。

もうひとつは、「行ってみたい場所」へ旅に出ることで、そこから波及するように、新たな「行ってみたい場所」が生まれていくということ。

周辺の国へと興味が広がっていったり、まだ知らないどこかへの好奇心が湧いてきたり。それまで関心のなかった場所でも、気づけばそこが「行ってみたい場所」になっていることは、たびたびある。

実際、20代の頃から世界各地を旅してきた僕も、30代のいま、心の中の「行ってみたい場所」は、数えきれないくらいに増えている。

もしかしたら、人はどんなに旅をしても、「行ってみたい場所」なんて、簡単には減っていかないのかもしれない。

だとしたら、旅という行為は、わりと切ないもののような気もする。

でも、と思うのだ。

それでもやっぱり、「行ってみたい場所」へは、行ってみたいと。

たとえ減ることもなく、増えていく一方だったとしても、「行ってみたい場所」へ行ってみるという、人生のささやかな夢を叶える瞬間には、たまらない幸せがあると思うから。

そして、いつか年を取ったとき、いっぱい旅をしてきたのに、心の中には「行ってみたい場所」がまだまだたくさん瞬いている……、そんな人生も悪くないように思うからだ。

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一度は行きたいあの場所

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