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旅が輝き始める瞬間と、コンテストの受賞について

その5月の朝、旅先のホテルで目を覚まし、部屋のカーテンを開けたとき、「うわぁ……」と思わず嘆声がもれた。

遮るもののない真正面に、雄大な富士山が聳えていたのだ。この部屋からこんなにも完璧に富士山が見えることに、そしてうっすらピンク色に染まったその山の美しさに、僕は思わず心が震えた。

静岡県の富士市へ、1泊2日の予定で訪れていた。前夜、ホテルへ着く頃にはすでに暗かったから、部屋の窓の向こうには、静かな夜の街並みがあるだけだった。

ところが、朝起きてびっくりした。まさかこんなにも、富士山の眺めが素晴らしい部屋だとは思わなかったからだ。

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裾野に広がる街並みの向こうに、雄大な富士山が聳え立っている。朝の光を東から浴びて、山頂に残った雪はきらきら輝いていた。

なんて美しいんだろう、と思った。ダイナミックなのに、どこか繊細な一面を感じる美しさ。まるで子供のように、いつまでも窓の向こうの富士山を見つめてしまう。

もちろん富士山なんて、もう見飽きるくらい見ている山のはずだった。山中湖から眺めたこともあるし、朝霧高原から望んだこともある。飛行機の窓から見下ろしたことだって、きっと数えきれないくらいある。

そんな人生で何十回も見てきた山のはずなのに、生まれて初めて目にしたかのような感動が、この朝の富士山にはあった。

それはもしかしたら、富士山という山が持つ、独特な魔力のせいかもしれない。

でも、僕はただ嬉しかった。自分がまだ、今朝のような富士山を見て、素直に感動できる「心」を持っているということが。

たぶん、人は旅の経験を積むにつれて、感動できることのレベルが上がっていく。旅を始めたばかりの頃は感動できていたことでも、旅慣れていくと以前のようには感動できなくなっていく。

たとえば、沖縄の青い海を初めて見たとき、誰もが大きな感動に包まれる。こんな綺麗な海が日本にあったんだ、と。けれど、それが2度目、3度目になってくると、同じ沖縄の海を見ても、その感動は少しずつ小さくなっていく。

僕の場合、海外を旅するようになってから、国内の旅で感動することが少なくなっていった気がする。北海道や九州へ行けば、以前はワクワクすることに溢れていたはずなのに、最近はどこか物足りなさを感じることが多かった。

でも、この朝の僕は、窓の向こうに聳える富士山を見て、心の底から感動することができた。決して無理しているのではない、自然と心が揺れ動いたのだ。

やがて空の青さは増し、富士山も青みがかった色合いへと変わっていく。1日の始まりを迎えた富士山に、ふっと勇気付けられている自分を感じた。

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そんな静岡の旅から帰った3日後、僕のもとに思わぬメールが届いた。

差出人はnote運営事務局の担当者の方で、タイトルには「“審査員特別賞”受賞のお知らせ」とあった。

なんと、僕がこの4月にnoteへ書いた作品が、コンテストを受賞したという。しかもそれは、9129もの作品からたった4作品しか選ばれなかった審査員特別賞というから、さらに驚いた。

思いがけないコンテストの受賞に、僕の心は高鳴った。ただ率直に嬉しかったのは、それが賞を貰いたくて書いた作品ではなく、自分の気持ちを素直に書いただけの作品だったからだ。

そして思った。自由に旅ができなかったこの1年も、「なにか」だったのかもしれないな、と。

自分にとって、どこか失われた1年のように感じていた。海外へ行くことはできなかったし、国内を旅しながらも疑問を抱くことが多かった。

けれど、そんな日々だったからこそ、旅というものを見つめ直し、初めて気づけた大切なことがあった。そしてそれを書いた作品で、思わぬ賞を貰うことができたのも、そんな日々があったからこそだった。

この1年を振り返っても、良い1年だったと思うことはまだできない。でもその日々は、これからの旅に一筋の光を与えてくれる、大切な「なにか」だった気もするのだ。 

いつの日か、失われたと思っていたこの1年が、きらきらと旅を輝かせてくれるかもしれない。今はそれを信じたいと思っている。

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コンテストを受賞した「旅という物語を紡ぎたくて」という作品の中で、僕はこんなことを書いている。

たぶん大切なのは、どこへ旅に出るかではなく、どんな気持ちで旅をするかなのだ……。

この言葉は、きっと間違っていない。どんな気持ちで旅をするか……、それを大切にすれば、旅という物語は自然と生まれる。

この5月の朝、窓の向こうの富士山を見て、僕の心は揺れ動いた。マッターホルンでもなければ、キリマンジャロでもない、見慣れたはずの富士山だったのに、そこには確かな感動があった。たぶん、「気持ち」を大切に旅を始めたからなのだろう。

あるいはそれに気づいたとき、旅はほんの少しだけ、きらきらと輝き出したのかもしれなかった。朝の光みたいに、まだ淡いものではあるけれど。

旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!