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奥津軽の小さな町で、美しいステンドグラスに出会った話

すべての旅には、旅人が知らない秘密の目的がいくつかある。
(マルティン・ブーバー)

梅雨の中休みとなった6月末、青森へ旅に出たときのことだ。

多くの旅人と同じように、僕のその旅にもまた、ささやかな「目的」がいくつかあった。

白神山地の森を歩くこと、五所川原の美味しい鯛焼き屋さんへ行くこと、太宰治が疎開していた家を訪ねること……。

五所川原の鯛焼き屋さんは残念ながら休業日だったけれど、そのほかの目的はおおむね達成できた。

明日が旅の最終日という夜、ホテルのベッドに寝転がりながら、最後に訪れる中泊町についてスマホで調べていた。

津軽半島の真ん中に位置する中泊町は、津軽鉄道の終着駅のある町だ。鉄道に乗ったら終着駅まで行ってみたくなる癖のある僕は、その中泊町まで行く予定を立てていたけれど、そこに何があるのかまでは知らなかった。

中泊町のサイトを見ていると、「宮越家」というスポットが小さく紹介されていた。なんでもその宮越家は、大正時代に建てられた旧家で、その離れには美しいステンドグラスがあるという。

しかも普段は公開されていないスポットなのに、ちょうど一般公開の期間中で、なんと明日がその最終日らしい。

旅の最終日と一般公開の最終日が重なるという偶然に、ちょっとした運命を感じた。

次の日の朝、中泊町の観光協会に問い合わせると、ほとんどの見学時間は埋まっているが、わずかに2つだけ空きがあるという。

そこで僕は、そのうち早いほうの時間を選び、予約をお願いした。

昨日まで知ることさえなかったその宮越家へ、旅の最後に訪れることになったのだ。

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のどかな田園地帯を走る津軽鉄道に揺られ、終点の津軽中里駅に着くと、まず歩いて中泊町の観光協会へ向かった。

そこで一般公開のチケットを買って、目の前にあるバス停で待っていると、宮越家へ向かうシャトルバスがやって来た。

乗客は年配の夫婦から若い女性の2人連れまで10人ほどで、会話から推するに、みんな青森の人のようだった。

町のはずれの方へとバスは走り、小さな集落の中へ入ると、やがて1軒の家に到着した。

ここが宮越家だという。目を見張るような大きな家で、母屋とは別にある離れと庭園が一般公開されているという。

ガイドの女性に連れ立って、宮越家へお邪魔した。普段は公開されていないためか、田舎の静かな旧家という雰囲気で、とても観光客が訪れる場所には思えない。

この宮越家の離れと庭園は、大正9年、当時の当主によって、33歳の誕生日を迎える夫人のために完成したという。

「詩夢庵」と名付けられたその離れに入って、僕は思わず溜息が漏れた。

座敷の奥に横長の窓があって、それが美しいステンドグラスで飾られていたのだ。窓の向こうには、庭園の木々が借景として見える。そしてステンドグラスで描かれているのは、モクレンやアジサイ、ケヤキといった季節の花や木……。

日本初のステンドグラス作家・小川三知による、100年前の傑作だという。

無知な僕は、彼の名前すら初めて聞いたのだけど、その神秘的なステンドグラスを見つめながら、ただ驚いていた。

こんな静かな田舎町の、こんな小さな集落に、こんなにも美しいステンドグラスが存在することに。

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宮越家の「驚き」は、それだけではなかった。

円窓に浮かび上がる「十三潟」のステンドグラスも素晴らしかった。どこまでも色鮮やかで、光の差し込みによってその色合いが変化する。

離れに隣接する「静川園」という名の庭園も見事だ。広い敷地を贅沢に使った庭園で、初夏の緑がきらきらと輝いていた。

帰るとき、案内してくれたガイドの女性に、神奈川から訪れたことを伝えると、ちょっとびっくりしていた。たぶん、まだ遠方からの客が訪れるほどには知られていないスポットなのだろう。

ガイドの女性にお礼を伝え、帰りのシャトルバスに乗り込んだ。

この宮越家を訪れることができたのは、まさに青森の旅のハイライトになった。小さな偶然から訪れたスポットだったけれど、青森という土地の美しさに気づかせてくれた。

バスの窓の外には、まるで大草原みたいに、雄大な田園風景が続いている。

旅が終わろうとする中、ふと思った。

奥津軽の小さな町で、昨日まで存在さえ知らなかった、神秘的なステンドグラスに出会えたこと。もしかしたらそれは、この旅に隠された「秘密の目的」だったのかもしれないな、と。

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冒頭のエピグラフは、オーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者、マルティン・ブーバーの言葉である。

たぶん彼の言うとおり、すべての旅には、旅人が知らない「秘密の目的」があるのだ。

僕の青森の旅では、あの美しいステンドグラスに出会うことが、きっと秘密の目的だった。

でも、それだけとは限らない。いつか気づくことになる、あるいは永遠に気づくことのない、そんな秘密の目的がまだ隠れていることだってあるのかもしれない。

だから、と思うのだ。

やっぱり旅には出た方がいい、と。

旅に出るきっかけは、どんなささやかな目的だっていいし、つまらない目的だっていい。いや、目的なんてなくたっていい。

とにかく旅に出てみれば、そこにはまだ知ることのない、秘密の目的が隠れているはずだから。

それがやがて、自分の人生にとっての「なにか」になってくれるかもしれないのだから……。

これからも、僕は新たな旅に出る。

あのステンドグラスの輝きのように、まだ知らなくて、いつか知ることになるかもしれない、秘密の目的を果たすために。

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旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!