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ダマだらけの麻婆豆腐

「水溶き片栗粉は火を止めてから入れること」

スマイルマークと一緒にメモに書かれていたアドバイス。

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去年の6月から飲食店をすることになって、料理をする機会がものすごく増えた(当たり前である)

出張料理人などはしていたが、急にお店なんかを開いたもんだから、友達みんなが、え?料理人になったの?宇宙の勉強は?どうして料理してんの?いつから料理を始めたの?と矢継ぎ早に聞いてくる。

ふむ。いつから料理をしているのだろう。いつから好きだったのだろう。そんなことはあまり覚えてないのだけど、ただ一点、

料理をするのは悪くないな。

と思ったタイミングは覚えている。


***


僕の父は料理人で、小さい頃から料理をしている姿を見ていた。手伝うことも当たり前で、基本的な味がわかるようになっているのは父のおかげだと思う。

けど、料理をするようになったのは、同じく料理が好きな母のおかげだった。

いつも美味しい料理を作ってくれた母だったが、止むを得ず月の何日かだけは料理を作ることができない時があった。そういう時に、ドラマなどでよくあるお金だけ置いて
「好きなものを食べなさい。母」
みたいな子どもがグレる要因になりそうな理由のベスト50に入りそうなことを、母はしなかった。

家に帰ると、机の上には

「今日は麻婆豆腐です。材料は冷蔵庫にあります。難易度は3です(5段階)」

と書かれたメモが置かれていた。
続きを読むと、

《まずは、にんにくを刻む。包丁の腹でにんにくを潰して切ると切りやすいよ。切れたら油をフライパンに敷いて弱火で炒めていきます。焦がさないようにね。》

という風に、難易度3の麻婆豆腐の作り方が続いていく。
母さんよ。こんだけ長い文章書く暇があるなら、何かおかず作り置きできるのではないか??とツッこみたくなるくらい丁寧に書いていた。

僕はその母さんからのレシピの通りに調理を進めていく。

ふーん。豆腐は切るだけじゃなくて、なんか知らないけどキッチンペーパーに包んで電子レンジでチンしてから切るのか。

ふーん。あえて焦がす調味料と、焦がしちゃいけない調味料があるのか。

ふーん。いつも簡単に作ってくれる麻婆豆腐はこんなに手順があったのか。

と気づくことがたくさんあった。

にんにくの匂いと、香辛料の香り。
これに水溶き片栗粉を入れてかき混ぜるだけっと。

あーいつも作ってくれる麻婆豆腐の匂いになってきたー
なんだ自分でも作れんじゃん。

メモの最後には、

「ご飯は炊いてあるから、たくさん食べてね。母さんも帰ってきて食べるの楽しみにしてます。」

と書かれている。

母さんはいないけれど、それを見ながら、はーいと返事をする。

ご飯とインスタントの中華スープ、そして初めて作った麻婆豆腐

いただきます。と呟いて、麻婆豆腐をレンゲですくって頬張った。

あーいつもの麻婆豆腐やー!!

と思ったのもつかの間。

味はいつもの麻婆豆腐なんだけど、なんだか食感に違和感がある。

グニグニしたものが舌に触れる。

なんだこれ。いつもないのになんだろう。
まあ食べられるし、いっか。
とその場は食欲に勝てずに、違和感のある麻婆豆腐をご飯と中華スープと一緒に流し込んだ。

お腹が膨れると、そんな些細な違和感は満腹の果て、

あー俺一人でもいきていけるな。麻婆豆腐作れるしな。

という、人生この先麻婆豆腐しか食べません宣言とも取れる考えを持とうとしていた。

レシピには二人分の分量が書いてあった。フライパンに残った麻婆豆腐を冷蔵庫に移して、皿を洗って、お風呂に入って、歯を磨いて、寝床につく。

母さんはまだ帰ってこない。


***


家中に鳴り響く目覚ましの音に、母さんが痺れを切らして、部屋に起こしにく。

めざましテレビの占いときょうのわんこを見ながら、朝ごはんのトーストをかじってると、朝の準備をしながら母がニヤニヤして話かけてきた。

「あんたさ、メモちゃんとみて料理した???」

「え、完璧だったでしょ」

「あんなダマだらけの麻婆豆腐なかなか食べれんわ。笑」

「あ、確かに。違和感があったのはダマがあったのか。けど俺はレシピ通り作ったから、それはレシピが悪い。ちゃんと書いてよ。」

「笑 ちゃんと書いてありますー。ほらここ。」

《水溶き片栗粉は火を止めてから入れること!》

メモの中でも一際大事なポイントであるように
スマイルマークと一緒にメモに書かれていたアドバイス。

「わ!ほんとや!見逃してた!!これだけ!!グツグツさせながら入れてしまったわ!」
母はやれやれという顔をしたと、ニッコリとしてこういった

「まあ次はちゃんと作れるの期待しちょんけん。けど味は美味しかったよ。ごちそうさま。」

***

当時、朝くらいしか母さんと会う機会がなく、あんまり話すことがなかった。そんな僕にとって、母さんのレシピで料理を作って、母さんに食べてもう、そして感想をもらう。ということが、何よりのコミュニケーションだった。

帰ってきて、母さんはどんな顔で、僕が作った麻婆豆腐を食べてくれたのかなぁと考えると嬉しくて、また作りたいなって思ってた。

麻婆豆腐やオムライス、グラタン、唐揚げ、ハンバーグ

僕の好きなものばかりで、ジャンルもバラバラだけど、ちょっとずついろんなレシピを教えてくれた。

いまはどれもうまくなって、お客さんに提供する側になっている。
母のレシピがじっくりと胸の中にあるのを感じながら今日も僕は鍋を振るう。

けど、どれだけうまくなっても、あの麻婆豆腐のダマの感触と、

《水溶き片栗粉は火を止めてから入れること!》

に添えられたスマイルマークはいつになっても忘れないだろうなと思う。

コンビニのレジ横の募金箱みたいな感じだと思ってください!!!小銭が余ったらぜひここに!!!オンラインだから余るわけはないんですけどね!!!ははっ!!!