見出し画像

どうにもならないを、まとまらないまま【カラモジャ日記 24-09-15】

 特に順序立てて、何かを語っているわけではない。

 *  * *

 日頃、地方都市や僻地のフィールドに拠点を置く僕は、首都の富裕層向けカフェにやってくると、どうしても居心地の悪さを感じてしまう。

 右隣のテーブルに座ったいかにもな富裕層のウガンダ人女性たちは、ワンプレート10ドルを超えるクリームパスタをすすりながら、談笑に花を咲かせる。中東からの輸入物であろう化学的な香水の匂いを漂わせながら。
 左隣のテーブルを陣取るのは品の良さそうな家族連れだ。きっとベントレーみたいな類の自家用車で郊外からショッピングにやってきて、帰り際に家族でランチを楽しんでいるのだろう。肉付きの良い子どもたちは、彼らの顔面よりも大きなハンバーガーにかぶりつき、それをコカ・コーラで流し込んでいる。
 彼らに挟まれた僕は3.5ドルの悪くないアイスコーヒーを片手に、ため息をつく。僕は日頃生活しているフィールドと、首都カンパラ中心部のギャップに混乱しているのだ。

 カラモジャで接している農民の女性たちが、1ヶ月間単純労働に勤しんだとしても、この子が平らげる1食分のハンバーガープレートの会計を済ませることはできない。
 その代わり、彼女たちは数十円の日銭で毎日1kgのトウモロコシ粉を買い、一日一食の食事として家族とともにそれを分かち合う。
 同じウガンダにいても、どこに住み、誰と、どのように生活するかで世界の見方は大きく変わる。ハンバーガーから染み出したトマトソースをほっぺたにつけたこの少年たちは、自らが生きる国の未来をどのように眺めているんだろう。と僕はついつい考える。

* * *

「この国で政府に帰属するものなんてすべて偽物だ」とそのエンジニアは言った。「お前たちのプロジェクトは本当によくやっているよ。それは認める。政治家がぶちこわさない限り、きっといつまでも続くだろう」

 ある分野の民間セクターにおいて第一線で活躍するそのエンジニアは、僕の顔の前で右手の人差し指を何度か軽く振りながら、そう忠告してみせた。

 これまでもプロジェクトについては述べてきたけれど、僕たちは今、地域の最脆弱世帯と表現される住民たちが安定して農業に取り組めるよう、灌漑施設を運営している。3年間は僕らが主体となって、農業の技術普及、農民の組織化を支援し、その後は住民が主体となって施設を運営していく予定だ。
 しかし、この動きを妨害するチャンスを今か今かと待ち侘びている人々がいる。エンジニアの言葉は正しい。それは、政治家や行政官といった広義の"公務員"たちだ。

 一般に僕らのようなNGOは、公的機関と連携してプロジェクトを行わなければならない。つまり政府とはパートナー関係にあり、好き嫌いに関わらず彼らとは付き合っていく義務がある。そしてひとたび、プロジェクトが終われば、彼らはNGOがもたらした資産・活動をごっそりと我が物顔で乗っ取ってしまう。
 もちろんそれで政府が、住民のためになる必要な活動を行なっていくのであれば問題はない。しかし彼らの多く、いやほとんどは、いかに資産を私物化し、私腹を肥やすかに頭をフル回転させている。

 住民を本来守るべき公的機関のパートナーとして、僕たちはプロジェクトを始める。そして同時に、その公的機関から住民を守るためにプロジェクトを続ける。おかしな話だけれど、おかしくない話なんて、現場にはない。

「おい、プロジェクトで使っている施設の引き渡しはいつだ?」とある政治家の卵ーー僕は彼のことを若大将と呼んでいるーーは言った。
 親の七光りで政治の世界に足を踏み入れたその男は、先人たちがやってきたような汚職を見よう見まねで実践しようとした。

「おい、腹が減った。金をくれ」
「バイクに燃料を入れてくれ」
「通信費を送ってくれ」  
 街で会うたびに、彼は僕に対して、カツアゲとおねだりの中間のような不恰好なリクエストを投げかけた。
 精一杯、豪快でカリスマ性のある政治家を演じようとする若大将とは、これまで何度もやりあった。もちろん腹は立つ。それでもなぜか、僕は彼のことを嫌いになれなかった。その必死さの中に、愛しささえ感じてしまったんだと思う。
 そう、彼らも必死なのだ。プロジェクトをいかにして私物化しようかとあくせくしているのがよくわかる。でも僕らは、絶対に、彼らに主導権を握らせてはいけない。これからも本当に支援を必要とする住民の生活向上を支援するために、僕はこの輪の中で、彼らを騙し、いなし、そして踊り続ける。

* * *

 日曜日のスタッフからの電話は、僕をいつも緊張させる。休日に入る連絡は、たいてい何かしらの問題報告だからだ。

「うちの事業地で昨夜、政治家が殺された」とスタッフが言った。
 親の七光りで政治家になったあの若大将が死んだ。
「窃盗団による襲撃で、銃で撃たれたそうだ」
 若大将は窃盗団に銃で撃たれて、帰らぬ人となった。
「とてもショックなニュースだ」と電話の向こうでスタッフが言った。
「とてもショックだ」と僕は言った。それ以上、言葉は出てこなかった。

 プロジェクトによる甘い汁を吸おうといつも僕らを追いかけまわした憎き若大将。施設の引き渡しはいつになるかと僕に度々電話をかけた憎き若大将。それでも嫌いになれなかった愛しき若大将。
 日曜日の朝。ベッドの上。彼の死の連絡が、僕の身体から力という力を吸い取った。
 彼は本当に死んだのか?

 プロジェクト形成時から、何度も話し合い、喧嘩をし、騙し、騙され、戦ってきた若大将は地元の窃盗団の襲撃の犠牲になってしまった。決して友好的な関係ではなかったけれど、それでも、ショックに変わりはない。残された彼の家族、特に幼い子どもたちのことを思えば、本当に居た堪れない気持ちになる。 

 これからカラモジャは乾季に入っていく。食べものはなくなり、飢えによって窃盗団に入る若者だって増えていく。過酷な季節がやってくる。
 僕らが生きるのは、決して生やさしい世界ではない、これが現実だ。それでも、僕らは続けていかなければならない。

* * *

 右隣の女性はまだ談笑を続けている。彼女が注文したクリームパスタは半分も手付かずのまま、すでに冷え切っている。そのまま残して廃棄されるくらいなら、僕が食べてあげてもいい。
 左隣のテーブルは客が入れ替わっている。隣に座ったのは、二人の女性と四人の子どもたちだ。一人の少年のもとにビーカーのような不思議な形の器に注がれたコバルト色のソーダが運ばれてきた。
 ある者はこれを"Fancy"と表現し、あるものはこれを"Gorgeous"と褒め称える。このドリンクはおそらく5.5ドル。僕はもちろん"Expensive"と呟く。

 人の入れ替わりが激しい日曜日のカフェで、僕は1杯のアイスコーヒーをちびちび飲みながら、日が沈むまで粘る。物を想う、物を書く。この世界について、書いて、書いて、書き続ける。そして若大将の冥福を祈る。

 May his soul rest in peace. 


記事が「いいな」と思ったら、サポートをいただけると嬉しいです。ウガンダでの活動費に充てさせていただきます。