詩:もう、とっくに春なんだよ

ふとんから抜け出して
裸足で床をふむとき
足の裏にわずかに真昼のぬくもり
そういえばとっくに春なのだと
あなたは気づく

未だに冷える夜に漂う
わずかな昼間のぬくもりとして
あなたの春はそんざいする

あらかじめ炊けるように
セットしていた白米の上に
レトルトのカレーをかけて
暗い部屋の中で
電気もつけずに黙々と食べる
隣の部屋からはテレビの音が
壁越しに伝わってきて
上の部屋からは
仕事を終えて帰ってきた人の
重々しい足音が
天井越しに落ちてくる


街はきっと
酔って千鳥足になった人や
ようやく仕事を終えて
とぼとぼ帰途につく人で溢れている

電車はホームに滑り込んできて
それに乗ったあなたの体は
速度40キロメートルで
滞りなく目的地へと輸送される
効率的で規則的な輸送の最中
つり革につかまりながら
あなたはふと思う。

これから僕は仕事に行くのだと

そして誰もいない薄暗い通路の窓から
あなたはずっと夜を眺めている
赤い点滅の群れ
全てを飲み込むシステムの鼓動
個人の生き死になどまるで無関心
くだかれていく私たち
魚の吐く泡のよう 
ねぇ。

「悲しそうだね」

私はあなたの顔を見つめながら言う

「何も、悲しいことなんてないよ」

あなたは言う

「悲しそうだよ」

また私が言う

「そんな事ないよ」

また言って、あなたは目を瞑る

私があなたの額に、唇をつける

いっそ
心に触れられればいいのにと思う
湿度や手触りで
その状態を
推し量れたらいいのにと
そうしたらあなただけに
触らせてあげるのに
そうしたら
人がどれだけ寂しいかわかるでしょう



それから
あっというまに日が昇って
一日を始める人が
外の通りを
忙しなく通り過ぎる足跡が響いてくる頃

あなたは雨戸をきっかりと下ろして
遮光カーテンを閉めて
アイマスクをして
耳栓をすると
あっという間に眠りに着く
途中で目覚めるという事は滅多になく
つぎの夜までこんこんと眠る

あなたは夢なんてみない

もし幸せな人達が
不幸な人達の心配を
ほんの少しもしなくてもすむような
そんな事が完全に正当化されるような
そんな完璧な世界が来るのだとしたら

その時はみんな不幸になったらいいって私は思っているよ

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