マガジンのカバー画像

詩集:どこにもいけない

34
行き場もなく日々わだかまる言葉達は、詩の中以外はどこにも行けない
運営しているクリエイター

#ポエム

詩:翡翠色の午前二時

真夜中の庭から庭へと
彼岸花を辿る旅

百歳の古井戸の底の水
揺れる植物の一つ一つ

ひかりというひかりが
夜の終わりを見つめているのでした

裸足で家を逃げた子ども
ちいさな公園でひとり

銀色の箱舟が
空に溶けていくのを見るのでした

人のいない街は時間がうつろっても
灰色のままで

道の先で信号が
きいろ、きいろ、きいろ、
と点滅するのでした

詩:ちいさなまひる

詩:ちいさなまひる

つつしみぶかい
たましいのなみだ
かなしくすさむ
らじうむのひかり

なつのくも
うみのにおいつれて
かぜもなくまっていれば
なみまにゆれる
しろいうみうしのゆめをみる

てりさかる
あおいらむねのような
とうめいなたましいは
きぎをゆらし
そらのそこでとどろく

にじりよる
やわらかなけものたちは
あふれんばかり
つめくさをふみくだき

こはくいろ
おだやかなまひるのうつろは
かぜにながれる

もっとみる

詩:炊飯母系宇宙

ふゆのだいどころ
炊かれていくお米

一合

今は凍るような水の中で
ふつふつと夢を見ている

一同

かつて世界は
巨大なホヤホヤの実におさまり
人はその殻の
内側に住んでいて
地表はそのふるいふるい殻が
崩れて盛り上がった場所で
空は今よりも堅く厚く
その先を見通すなど誰にもできず

真理を告げる樹からは
ホヤホヤの実がパラパラと
生まれ出でては落ち続ける

冷たい水がつぶやくように
熱湯へと

もっとみる
詩:ヨハン

詩:ヨハン

視線の先を埋めてヨハン
言葉だけではとても足りない
髪の中をまさぐる冷えた指に血が戻るから
そしたら霧の向こうの菩提樹に石を当てよう

あれはぬるい潮溜りさヨハン
殺された魚達が最後に泳ぎを懐かしむ場所
遠い太古にまだ透明な骨なしだった誰かを探して
仄暗い底の底へと身をくねらせる

そこはサンクチュアリさヨハン
緑色の驟雨は海を紫に染めて
数億のフラミンゴが遠い空をゆっくりと埋める
砂浜の上を幾重

もっとみる

詩:そこにしかいない君へ

その言葉はやわらかい種類の液体のように黒い海の境界をたゆたっていて

そこで生まれ関節の数をたがえた雪は記憶となりやがてついえた

ここにいようと笑う君の皮膚の裏で崩れる骨のその音は

いつかの原始の水を温め流れだした調和の中で

忘れられない悲鳴を時間の外に閉じ込めるのだろう

「泡を吐いた夢を見るよ」

「君を見てるとなんだかすごい悲しいんだ」

「笑いながら手を振るからみていてね」

そう

もっとみる
詩:低体温の恋

詩:低体温の恋

光をすう雨粒が 刹那 点となる

点となった白い光 せつな 線を引いて切ない

あふれだす気持ち 無駄に 流すという無駄を

イアフォンで 耳 ふさいで 冷たく暗い音に沈める

かかとから溶けるよ ほら かかとから

落ちるよ 固く ぬれた 地面で

ゆれる 空気に 冷えた みらいは

今も 見えるよ 赤い 海辺

さびた においと なみだ こらえて

あのね 最後に たべて ゆびから

詩:真夜中、ひとり

詩:真夜中、ひとり

散らばる虹色の、油膜のような残像

機械のような冷たい眠り

呼吸のせつな、乾いた血の混ざる

人工灯の洪水、その粒立ちまであわあわと

細かい音の波、目を閉じてもなお入り込む

電磁波の群れ、しきりに何かを温めようと彷徨う

闇に浮かぶ黄色いクラゲ、剥がされた爪のよう

ひとひらの羽虫、一日と命が持たない

一人になれない寂しさ、私から生きる力を奪うその夜に

私は弱さの中にとどまることをここに

もっとみる
詩:雑踏

詩:雑踏

朝に夕に思いつのらせたまま
それでも澱のようにたまったそれらは
私の体の中で無意味に発熱し
体温を無秩序におかしくするばかり
何もかもを滞らせたまま
心と体は切り離され
切り取られたそれとの距離

見失ってしまうのは何よりも怖いねって

ねぇ怖いねって

いろんな人が事あるごとに
肩を叩いて教えてくれる

ねぇ信じて

決めた場所まで走り出しなさいってあなたは言うけど
私は生まれつき足が重いから

もっとみる