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人的資本(Human Capital)の情報開示について~Twitter、Teslaを調べてみた

人的資本、およびその情報開示について、最近は目にする機会が増えてます。大きなきっかけの一つは、2020年にSEC(米国証券取引所)が、form10-K(日本の有価証券報告書にあたるもの)に「人的資本(Human Capital)の情報開示」を義務づけたことでしょう。

日本でも人的資本の情報開示の重要性が高まっており、多くの企業がどのような開示をするか検討しているのではないでしょうか?

最初のキャリアで有価証券報告書の作成に携わっていたこともあり、興味がありアメリカでの開示例を調べてみました。

以前の記事では、スターバックスとディズニーを取り上げています。

今回は最近何かと話題のTwitter社とTesla社について調べました。

※英語は不得意なので、Google翻訳、DeepLなどに助けてもらいながらの意訳ですので、正確性を求める方は必ず原文をご確認ください。

人的資本の開示例:Twitter(2021)

Twitter, Inc.(以下、Twitter)のform10-Kはコチラ。

人的資本については、「Human Capital」というタイトルで、10ページから約1ページに渡って記載されています。

まずは序文から見ていきます。

私たちは、より包括的で多様性があり、アクセスしやすいテクノロジー企業を目指すため、従業員の力が私たちの成功に不可欠であると信じています。
私たちの主な人的資本マネジメントの目的は、優れた製品とサービスを提供し、安全で責任ある方法で公の会話に役立つという私たちのコミットメントを実現するために必要な人材を引き付け、維持し、育成することです。

太字の部分の原文は、
”to serve the public conversation in a safe and responsible way by offering exceptional products and services.”
で、Twitterのビジネスそのものを端的に示していますね。

序文に続き、上記目的むけた主要な取り組みが書かれています。テーマごとに分かれていますので、一つずつ見ていきます。

Inclusion, Diversity, Equity, and Accessibility (IDEA)

Twitterで自由に自分を表現する。私たちのプラットフォームでインクルージョンが生きているように、職場でも私たちのサービスを反映できるように取り組んでいます。

続いて目標についも言及されています。

2025年までに、全世界の従業員の半数以上を女性に、米国内の従業員の4分の1以上を歴史的に排除されてきた人々や十分に代表されていないコミュニティに代表させる

そのための戦略として、目標設定、進捗公開、採用、報酬、教育、文化、などについて触れられています。

Flexibility and Decentralization

リモートワークでの柔軟な働き方、効率的に仕事ができる分散型チームを構築について言及しています。

2020年には、ほとんどの社員が、フルタイムの在宅勤務、Twitterオフィスでの勤務、自宅とTwitterオフィスを行き来する勤務など、最も生産性を感じられる場所で働くことができるようになると発表しました。

具体的な数値はありませんが、従業員調査の結果、多くの従業員がフルタイムの在宅勤務か、在宅とオフィスの組み合わせを計画しているとも書かれています。

Pay

序文は報酬戦略についてです。

Our primary compensation strategy is to promote a pay-for-performance culture.
当社の主要な報酬戦略は、業績に応じた報酬を支払うという文化を促進することです。

この戦略に基づいた指針について説明があります。

  • 長期的な価値創造戦略を立案、実行、実現できる才能のある従業員を引き付け、インセンティブを与え、維持できる

  • 従業員のやる気を引き出す価値観を強化することにより、リスクに対する健全なアプローチを促進する

  • 市場と整合性があり同業他社と比較して公正である競争力のある報酬を提供する

  • 同一労働同一賃金と透明性の両方に取り組む

Health and Wellness

まず、最初に、社員一人ひとりの具体的なニーズに目を向けており、過去2年間のCOVID-19パンデミックに起因するかつてないほどの変化と不確実性に適応してきたこと述べています、

私たちは、2021年を通じて、ウェルネス経費の支給、ホームオフィス設置手当、健康保険の拡大、柔軟な勤務体系など、こうした課題に直面する従業員に資源と継続的なサポートを提供し続けました。

(従業員数)

特に見出しはありませんが、Human Capitalの最後はこの一文です。

As of December 31, 2021, we employed over 7,500 full-time employees.
2021年12月31日現在、7,500人以上の正社員を雇用しています。

人的資本の開示例:Tesla(2021)

続いてのTesla, Inc.(以下、Tesla)のform10-Kはコチラ。

人的資本については「Human Capital Resources」のタイトルで、13ページに1ページ弱で記載されています。

Twitterと異なり、テーマを特定する小見出しが掲げられていないので、全部で5個ある段落ごとに独断でタイトルをつけてみました。

1段落目:基本情報と目的

冒頭では、全世界の従業員数が99,290 名であることと、労働争議などはなく会社と従業員との関係は良好と考えていることが、述べられています。そして、人的資本の目的に書かれています。

当社ビジネスのマネジメントにおける主要な人的資本の目的には、多様性、公正性、包括性の原則と実践を当社のコアバリューに統合しながら、優秀な人材を引き付け、育成し、維持することが含まれます。

2段落目:採用と育成

この段落は採用、育成について書かれています。

私たちは、多様で優れた候補者を集め、社員になってからのキャリアアップをサポートしたいと考えています。

そして具体的な取り組みとして、以下のようなことが書かれています。

  • 様々な学歴、才能、経歴の労働者に多くの求人情報を出している

  • 専門的な能力開発を促進するために、従業員の社内異動を重視している

個人的には、Teslaが社内異動を重視して意外でした。

そして最後の一文がこちら。

私たちの目標は、すべての従業員がテスラで長期的かつ上昇志向のキャリアを築くことであり、これは私たちの定着化努力の原動力にもなっていると考えています。

3段落目:報酬と福利厚生

優秀な人材を確保する能力は、私たちの報酬慣行とオープンなコミュニケーションの文化に相関しています。

そして、具体的な取り組み事例がコチラです。

  • 株式、福利厚生を抜きにしても競争力のある賃金である

  • 従業員の大半は業績に応じて毎年エクイティを受け取る機会がある

  • 同一労働同一賃金のプロセスを確立している

  • 社員と家族にむけて包括的な福利厚生オプションを提供している

4段落目:通報制度

当社の従業員には、賃金、福利厚生、雇用条件について自由に議論し、社内外に苦情を申し出る権利があります。また、テスラのポリシーに違反する行為を受けたり、目撃したり、知ったりした社員は、直ちにその行為を報告するよう求められています。

具体的には、上司や人事への報告、24時間の窓口、定期的なレビュー、教育などがあると書かれています。

あくまで憶測ですが、過去に内部告発の騒動もあり、1段落を割いて書いているのかもしれませんね。

5段落目:多様性

労働力を維持できるかどうかは、持続的に安全で、敬意を払い、公正で、すべての人を受け入れる環境を醸成し、事業の内外で多様性、公平性、包括性を推進できるかどうかにかかっていると考えています。

具体的に様々なグループ、コミュニティを社内リソースとして関与するだけでなく、サプライチェーンでも関与していることが説明されています。

サプライチェーンにおける多様性の取り組みとして、少数のコミュニティから小規模および大規模なサプライヤーへの働きかけと支援を拡大することに取り組んでいます。

社内だけではなくサプライチェーンの多様性にまで関与しているんですね。

全体的な傾向:調査レポートから

他の会社、全体的な傾向はどうなんだろう?と気になって調べてみると、2021年発表の資料ですが、このようなものがありました。

スタンフォード大学の2021年5月発表の調査レポート「Human Capital Disclosure: What Do Companies Say about Their “Most Important Asset”?(人的資本の開示:企業は「最も重要な資産」について何を語っているか?)」から引用します。

調査サンプルは、2020年11月のSEC規則の改訂後に、時価総額が10億ドル以上の企業によって提出された最初の100の10-kです。

Human Capital Disclosure: What Do Companies Say about Their “Most Important Asset”?

開示されているトピックの上位3つは、「Diversity(多様性)」、「Employee Development(従業員育成)」、「Safety(安全性※事故発生、災害など)」でした。この3つを除くと過半数の企業が開示していないことが分かります。

Human Capital Disclosure: What Do Companies Say about Their “Most Important Asset”?

過半数の企業が、開示指標なしとのことです。先ほどの2社も指標は何もなかったことも理解できます。

開示されている中で上位3つは、「Diversity - Gender(多様性ージェンダー)」、「Diversity - Race/Ethnicity(多様性ー人種/民族)」、「Turnover/Tenure(離職率/在職期間)」です。
上位3つと言えども、開示している企業はあまりないとも読み取れます。

2社の事例からの私見

両社とも従業員数を除くと、具体的な数字はほとんど見当たりませんでした。なかなか具体的な数字を載せるのは難しいのかもしれませんね。

また、全体のボリュームは少ないながらも、多様性、包括性、公平性の分量が多かったです。

前回と今回で合計4社、および上記のレポートからは、今の日本で話題になっているほど米国企業は開示に熱心でないと感じました。

また、前回記事で書きましたが、今回調べてみても同じ感想です。

投資家への情報公開、つまり投資判断への影響を考えると、このような開示が本当に投資判断に影響するかはやや疑問もあります。

先ほどの調査レポートの結論も私と近い考え方かと思います。開示の質は時間とともに上がるとしながらも、現状の開示には批判的な結論でした。

しかし、具体的な改善策がない限り、現在のHCM(※人的資本マネジメント)の開示は、企業業績の評価や、従業員開発プログラムが戦略、価値創造、競争上の優位性にどのように貢献しているかを理解するのに適していないように思われる。

Human Capital Disclosure: What Do Companies Say about Their “Most Important Asset”?

人的資本の開示が話題になること自体は、企業の関心を高める意味では良いと思いますが、あくまで開示でしかないと思います。また、自社の戦略、状況に関わらず、他社と横並びの情報開示になってしまいそうとも思います。

  • 人的資本マネジメントの目的や戦略は?

  • どのように具体的に取り組むのか?

  • どんな指標で計測するのか?見える化するのか?

  • 本当に業績や企業価値の向上を促進できているのか?

このあたりが明確になれば、開示する内容も自ずと具体的になるでしょうし、投資判断にも影響すると思います。

当然ですが、開示は目的ではないですよね。人的資本の開示よりも、人的資本のマネジメント、人的資本を活かした経営が重要だと改めて考えています。

とは言え、自分の経験からも開示担当者は大変になるだろうな、、、と今回調べてしみじみと思いました。