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2. 脱コルセット、早く来て。うちの子がもっと大きくなる前に/木下美絵

「脱コルセット、早く来て。うちの子がもっと大きくなる前に」
탈코르셋 빨리 와줘. 우리 애 더 크기 전에

イ・ミンギョン『脱コルセット 到来した想像』 第13章「さあ、次の世代へ」より

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 韓国を代表するフェミニストの一人、イ・ミンギョンさんの日本における第3作目が来春刊行される。テーマは、『韓国フェミニズムと私たち』(タバブックス刊)においてミンギョンさんが昨今の韓国社会に生きる女性のあいだで「最もヴィヴィッドに現れた動き」と語った「脱コルセット」だ。女性に課されるあらゆる「着飾り」を全面拒否する運動として、2018年以降大きな拡がりを見せている。反響と共に反発も引き起こしながら注目を集めるこの運動をより深く理解すべく、韓国各地の女性を自ら訪ね、その声をまとめた一冊である。

 2019年に韓国で刊行されたとき、私は本業の版権エージェントの仕事を通じて本書に出会い、その後ご縁があって日本語版の契約仲介を行うことになった。前回のリレーブログ(第1回)で小山内さんが触れられているように、今回翻訳は8人の共同作業で進行している。共訳について、タバブックス代表・宮川さんから相談を受けたのは確か今年の春ごろだったと思う。「多数の女性の視点から構成された本書の特徴に合わせ、翻訳も複数の女性翻訳者で行いたい」ということだった。韓国の原書版元もその趣旨を理解してくれ、すぐにOKが出た(まさか翻訳チームの一員になるとは思ってもいなかった…笑)。

 担当の章は立候補制で決まった。私が手を挙げたのは、小学生の娘がいる女性(ボギョン)の話を軸に進む13章。
「脱コルセット、早く来て。うちの子がもっと大きくなる前に」
ミンギョンさんから本書の執筆計画を聞いた彼女の第一声が、それだった。
実は昨年秋、私は長年住んでいる韓国で第一子となる娘を出産した。エコー検査で性別が分かったとき、とっさに頭をよぎったのは「どうやって育てよう?」だった。同性の母としてどう接していこう?どんな話をしてあげられるだろう?そんなことを漠然と思ったこともあって、養育者として脱コルセットに向き合うボギョンの話を特に印象深く読んだ。

 誕生日パーティーで親族に容姿を評価される赤ちゃん、「食べ過ぎちゃダメ」と言い合う保育園児たち、きれいになるならとパーマの施術に耐える子…。序盤に登場するいくつかのエピソードだけでも、外見に対する圧力がいかに幼い頃から女の子たちの周りにごく自然に存在しているかを実感させられる。
それを助長しているのは「きれいになること」を強調する企業のマーケティングに他ならない。しかもそのターゲットは年々、低年齢化の一途を辿っている。女児服売り場に並ぶ見た目重視のファッション。巷にはネイルケアが受けられるキッズカフェがあり、遊園地ではプリンセスに扮しパレードに参加できる権利を販売する。コスメブランドはこぞって子ども向けメイクアップキットを開発し、それはYouTubeと出会って飛ぶように売れている。

 こうした現状が、脱コルセットどころか、今や付けた(付けられた)コルセットを外した記憶さえない、着飾りを「最初から顔に刻まれた入れ墨のごとく」感じる新たな世代を登場させていることに著者は警鐘を鳴らす。ボギョンはボギョンで、もはや防ぎようのない着飾りに対する四方八方からの圧迫に対抗しうる価値観を娘に用意してあげるため孤軍奮闘するのだが、その姿は決して他人事とは思えなかった。

 私の娘は先日9か月を迎えた。生物学的な違いを除けば、普段特に性別を意識することのない、ただの「人間」そのものだ。…と書いたところで、そういえば、出産祝いでいただいたが当時大き過ぎて着せられなかった服のことを思い出した。シフォンのフリルがふんだんにあしらわれた、上下ピンク色の「かわいい」女児服。そろそろ着られるころだが、さてどうするか。もう一度本書を読み返しながら、私なりの答えを見つけたい。

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「あ、いよいよ始まるんだな」と思わされた件の一着。

プロフィール
木下美絵(きのした・みえ)
1981年生まれ。京畿道・龍仁市在住。日韓書籍の版権仲介を行う「ナムアレ・エージェンシー」代表。仲介図書に『夢を描く女性たち イラスト偉人伝』(ボムアラム著、尹怡景訳)、『失われた賃金を求めて』(イ・ミンギョン著、小山内園子・すんみ訳)(以上、タバブックス刊)、『女の子だから、男の子だからをなくす本』(ユン・ウンジュ著、イ・へジョン絵、ソ・ハンソル監修、すんみ訳、エトセトラブックス)など。


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