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防ぐために・反射しないために/香山哲

2020年3月8日 日曜日

2月25日の場所と同じところで、8〜10歳ぐらいの男の子のグループの1人がすれ違う時に「コロナ」と言ってきたので振り返ってカメラを向けると全員逃げ出した。歩いて追いかけようとすると、かなり遠くまで走って逃げて行った。

こういうことがこんなに続くのだろうかと、うんざりする。気分が悪いし、疲弊する。この場所は、家から駅に行く途中の道だ。モスクが2つ、老人ホームも近くにあって安心感があった。今は、通りたくない道になった。

社会のどういう力学で発生している現象なのかが分かり切った、何も謎がない、どの時代にもどの国にもありふれた、大した覚悟も伴っていない愚かな行為。それが自分の歩く道でたびたび発生し、こちらにぶつかってくる。

#ichbinkeinVirus (私はウイルスではない)というハッシュタグが各種SNSでたくさん使われている。突き飛ばされたり、家の前に消毒液の容器が散乱していたというのも見た。統計分布というか、ハインリッヒの法則的な感じで、たくさんの小さな差別的事案があって、時々悪質なものがあったり、ごくまれに物理的な暴力を伴ったり凶悪なものが発生するのだろう。ドイツでも、州によって傾向がある。ベルリンは全体としては多様性を重んじる文化が根付いているが、まったく逆な人もたくさん住んでいる。

ドイツでは、数年前からの難民問題や大きなテロによって、護身グッズが流行したらしい。今では下火かもしれないが、通販サイトを見たらスタンガンやペッパースプレーなど、かなり豊富に並んでいる。僕も欲しいし、一緒に住んでいる家族は女性で背も低いので、買うことに決めた。いずれにせよ、一部商品の買い占めや品薄はすでに起こっていて、可能性として何10ステップか先に暴動がある。そうなる前の段階でも、自分だけが運悪くひどい経験をする可能性だってゼロではないし、今回アジア人はその確率がかなり上がってしまっている。それでも確率はゼロに近いだろうけど、0.00001%でも、自分にとっては大きく感じる。無駄なほど先回りして対策しておくことで、不安を乗りこなしたい。また、簡単に他人を信用しないという、自分の基準をしっかりさせておくのにも有用だと思った。信頼できる人たち、仲良くしたい人たちがいるのは、とてもありがたいことなんだ。


2020年3月21日 土曜日

メルケル首相の会見を見た。新しいルールが決まった。3人以上で集まることが禁止、外出の制限。レストランは持ち帰りや配達のみに。「人間を守る」という目的のために合理的な対策の組み立てをおこない、その組み立てプロセスに使った感染症研究所のデータ・理由を説明し、解釈・判断した責任の所在も確かにしておくのが権力の仕事だ。一方こちら側は「それに納得できるか自分の頭で考えるプロ」になっておかなくてはならない。

香山哲(かやま・てつ)
1982年生まれ。漫画家。2005年、神戸大学大学院医学系研究科を中退。漫画以外にもエッセイやコンピューターゲームなどを制作。2013年より断続的にベルリンに滞在、2018年からパートナーと二人でドイツのベルリン・ミッテ区に在住。2019年にドイツ語学校を卒業し、毎日家で漫画を描く。趣味は絵や文を書くこと。著書『心のクウェート』『ベルリンうわの空』など。



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