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3. 女性の移動を妨げる「デフォルト値」―社会のあり方を問い直す/すんみ

素の状態では外に出てられないという「デフォルト値」そのものが、まさに女性の移動を妨げる障害物となるのだ。
기본 상태로는 바깥에 나갈 수 없는 기본값 자체가 곧 여성의 이동을 막는 걸림돌이 된다.

イ・ミンギョン『脱コルセット 到来した想像』 第6章「美の観点から機能の観点へ」より

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「将来はミス・コリアになるのかな?」
 ミス・コリアとは、ミス・ユニバースに参加する韓国代表を見つける目的で、年に一度開催されるイベントだ。そんなイベントに将来出るのかと、子どもの頃には耳にタコができるぐらい聞かされた。目立ってかわいかったからではない。女の子だからだった。
ある種の、かわいいという愛情表現である。だが、その愛情表現から私が受け取ったメッセージは、「キレイにならなきゃ」というプレッシャーだった。ミス・コリアになれるほどではなくても、きれいになろうと努力しなければ、と。細長い手足、白い肌、華奢な身体。小学校5年生の時には、顔のホクロがいけないものに思えて安全ピンでホクロをほじったことがある。その時の傷は今でも残っている。
 それから私は、順調に(?)見た目を気にする子どもへと成長していった。大学進学のためソウルに引っ越したあと、見た目へのコンプレックスはピークを迎える。ゆったりした服を着て鍾路(チョンノ)を歩いていると、客引きをする男たちから「妊娠してんの?」という揶揄の言葉がかけられる。弘大(ホンデ)前をきれいな友人と歩いていると、カメラ同好会の人たちにモデルになってくれないかと声をかけられ、「お友だち(私)さんはちょっと外れてもらえますか」と頼まれる。いまは相手が「失礼野郎」だと思うけれど、当時の私はひどく傷付いた。もっと自分を磨けなければ、と思った。
  こうして出来上がった私の「デフォルト値」はこうだった。

 160センチ、47キロ。

 背丈はもう伸びないから、せめて痩せなきゃと思った。それから妊娠をするまで、一度も「太った」記憶はない。体重が多少増減することはあったが、「SSサイズ」か「Sサイズ」が着られる体重を保った。これが私のデフォルト値だった。
 そんな私に、妊娠による体重増加は一大事件だった。妊娠中は仕方ないにしても、出産後には自分の体重をデフォルト値に戻さなければ、と思っていた。焦っていた。どうせ痩せるから、と新しい服は買わなかった。しばらくの辛抱だと、ぶかぶかのマタニティ服を着るか安値で買った古着で我慢した。しかし、体重は思うように減らない。一向に減る気配がなかった。 
  しかし、この時期から周りからは「健康そう」と言われるようになった。痩せていたよりいまのほうがいいと。正直、自分でも薄々そんな気がしていた。確かに出産後の私の体重は「標準体重」であり、デフォルト値だと思っていた47キロは「低体重」だった。低体重だと免疫力も低下するし、体力もつかない。身体にとってはいいことが一つもない。突然、自分のデフォルト値がばかばかしく思えた。
 イ・ミンギョン『脱コルセット』には、自分の様々なデフォルト値を見直す女性たちの証言が集められている。脱コルセットを始めた大学生のジンソンは、授業に遅刻していても化粧を欠かさない友達を見て悲しい悔しい気持ちになったと言う。「とにかく『人間の姿』で出かけるのが優先順位になっているから、遅刻してでも化粧しなきゃいけない状況が悔しかった」と。イ・ミンギョンは、ありのままの状態では出かけられないというデフォルト値が、女性の移動を妨げていると指摘する。
 そもそも女性たちが基準にしてきたデフォルト値は、社会から、もっと正確に言えば男性中心の社会から与えられた基準に過ぎない。女性はどうして化粧をしなければいけなのか。女性はどうして美肌でなければいけないのか。女性はどうして細くなければいけないのか。脱コルセットによって生まれた質問は、社会のあり方を問い直していく。

すんみ
翻訳家。早稲田大学大学院文学研究科修了。訳書にイ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』『失われた賃金を求めて』(ともに小山内園子と共訳)、チョン・セラン『屋上で会いましょう』、ユン・ウンジュ他『女の子だから、男の子だからをなくす本』など。


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