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自分だけの哲学をつくっていく

この記事はプロローグです。

ぼくには生きるための哲学が必要でした。

これまでの人生を乗り越えるためにも、これからの人生を生き抜くためにも、どんなときにも折れないような哲学を作り出すことが必要でした。

その理由は、ぼくは人生で自分の内面を深堀りしなくてはならないことがたくさんあったということと関連があります。

おもに親との関係がうまくいっていない時期が長く、その影響か心理的に弱ったまま青春時代を送りました。

(いまは親とも和解することができ、お互いの状況ではどうしようもなかったという共通理解のもとで建設的な関係を築く努力をできています)

具体的には、うつ病になってしまいました。

実はぼくは人生で2度うつ病になっています。初めてうつ病になったのは15歳のときでした。そして、この記事を書いている2019年に2度目のうつ病と診断されました。

これはいま思うと、ぼくの人生の暗い時期の始まりと終わりを象徴したうつ病だったと思います。

2度目のうつ病を克服したいま、ぼくは確実にいままでの自分にはなかった何かをつかんだという確信があるんです。

現在、ぼくは薬を飲んでさえいれば通常と変わらない生活ができるようになりました。担当医の先生にもかなり経過は良好だと言ってもらえるようになりました。

自分の主観としても気分がふさぐようなことはほとんどなくなりました。

まだ減薬は終わっていないものの、ここ10年間持つことができずにいた「うつを克服した」という強い直感をもっています。

ぼくは今後、何があっても(たとえうつが再発することがあっても)もはや不幸になる理由が見当たりません。もはやうつの再発さえ恐れる理由がなくなりました。

そして、この確信を持つに至った最大の原因は、哲学との出会いでした

哲学者のウィトゲンシュタインをはじめとし、様々な人の思想を学ぶことで生きることに対する捉え方が大きく変わったと感じています。

そして、彼らの思想と自分だけの経験がまじりあって、もはや誰の思想とも言い難い考え方をするようになってきました。

そこで、自分が考えたことをnoteで共有し、さらに自分の中で整理し、まとめていくことができたら、それはまたなにかしらの価値を持つのかもしれないと思うようになりました。

ぼくは、うつを克服するための手段は「生き抜くための自分だけの哲学をつくること」だと確信しています

これは15歳でうつになり、10年間再発の恐怖と隣り合わせで生き、結局再発し、そしてギリギリのところではあってもそれを克服しかけているという経験を持つぼくだからできることだと思っています。

でも、うつになったぼくだから分かるもう一つのこととして、「これこれこうすれば治るよ」なんていう言葉だけのアドバイスなんて全く役に立ちません

だからこそ、いまのぼくにできることがあるとすれば、うつを克服するための哲学をつくっていくひとりの人間が、生きるためにのた打ちまわる姿を見せつけることしかないと思っています

これから書いていく記事たちは、ただのテキストではなく、ぼくの人生であり、ぼくの生きざまであり、ぼくの哲学になっていくと思っています。

そんな感じの記事をこれから書いていこうと思いますので、もし興味がおありの方がいらしたら、ぜひお付き合いください。

最後に、ぼくが敬愛するウィトゲンシュタインの言葉を引用したいと思います。

語りえぬものについては、沈黙せねばならない。 (『論理哲学論考』ウィトゲンシュタイン著 訳:野矢茂樹)

そして、彼はこうも言っています。

哲学は、語りうるものを明晰に描写することによって、語りえぬものを指し示そうとするだろう。

(同著)

だとしたら、ぼくにできることは、なんとかして語りえぬものを指し示そうとすることだけです。

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20代の人間が日々学んだことを書くnoteです。うつの経験があり、高校で留年しました。その後大学院まで進学するも大学院で2回目のうつ病。しかし、この2回目のうつ病で根本的な原因に気づき人生を良い方向に変えられた気がします。そんな人間が考えたことをまとめていくnoteです。
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