見出し画像

24歳、1年ぶりに旧友と集まって

1年ぶりくらいにかつての友人(大学のときのアルバイト仲間)と3人で集まりました。

たったの1年です。

しかし、大学を卒業してそれぞれの道を歩き始めてからの1年というのは本当に大きいものだなと感じました。

というのも、3人が3人、置かれている状況が刻々と変化していたからです。

現状を維持するもの、次のステップへ進んだもの、すべてを失ったもの、きれいに三者三葉でした。

人生というのは面白いものです。

3人は大学生のとき、とある中堅規模の集団指導塾で非常勤講師を勤めていました。

学年は僕だけ1個下で、2人は僕の1個上、25歳の先輩たちです。(もはや友達に近い感覚ですが)

この3人、何が違ったのか見て見たいと思います。


1,現状を維持したもの

S氏としましょう。

S氏は大学生のころから教員志望で、1度は大学院に進学しました。しかし、彼は大学院の研究が好きになれず、また働いていた塾の仕事に力を注ぎたい人だったので、結局大学院をやめて塾に専念することにしたようでした。

その傍ら、もともとは先生志望だったので、私立の学校の先生になれるように就職活動は続けていたようです。

しかし、昨日会ったときには就職活動も一時中断して、

「居心地が悪くなるまでいまの塾でやっていく」

とのことでした。

学校の先生になるという夢をとうとう保留せざるを得なくなったようです。

でも、彼は塾の先生としては優秀な人なので、特進クラスの先生になることを目指して頑張っているようです。


2,次のステップに進んだもの

T氏としましょう。

T氏も同じく、学校教員志望の人でした。

しかし、大学院受験の際にチャレンジして東大のある文系院に受験したところ合格。そのまま進学して、これから博士にも進学するようです。

さらに、彼は目標として多くのことを掲げていて、

「学校の先生にもなりたいし、塾講師もいい、それに研究者(大学の先生)になれるのもいいな」

とはば広く未来の可能性を考えている人でした。

実際彼は全ての道をとれるよう、教員免許も取得し、成績もよく、塾講師の仕事も着実に実力をつけていました。

そして、今年からは東京にある有名塾の講師としてステップアップし、来年には東大の博士課程への進学も控えているというエリートコースを歩んいます。


3,すべてを失ったもの

ぼくです。

ぼくは大学時代より数学だけを極めようととにかく数学に打ち込みました。

もともと社会不適合性が強く、友達もまともに作れない、恋人なんて夢の夢というような人間だったので、とにかく1人でも生きて行けるようにならなくてはと思い、数学の道を志しました。

冷静になればもっと他にも道はあったと思うのですが、不健康なほどにプライドが高かったぼくは、研究者というある程度の地位がある職でないと満足できませんでした。

しかし、昨年、塾で中3生を担当し、自分が中学生のときに親から「教育虐待」とでも呼ぶべき仕打ちを受けていたことに気づきます。

これによって価値観が一変してしまいました。

(なにがあったかというと、偏差値75ないと生きる権利ない、というようなことを言われ続けていました。他にも色々事情が重なり病んでしまいました)

自分が置かれていた環境は異常だったと、生徒たちを見て知り、もっと他の生き方があると気づいてしまいました。 

しかし、いままで数学しかやってこなかったぼくは、どうやって生きて行けばいいのか分からないという状況です。

4,5年間、命を懸けて取り組んだ数学。

いま振り返ると、塾講師をやっていたのは数学のついででした。

いま、ぼくにあるのは「自分が生き抜いた環境が異常なのであって、自分は悪くなかったんだ」という確信だけです。

生きるすべは見えてきません。

東工大の院にいる、という学歴だけは少しはなにかの役に立ちそうです。


3人の違い

ぼくはこの記事を「成功する人と失敗する人の違い」なんて陳腐な内容にはしたくありません。(そうなると僕が敗者側ですし……笑)

もちろん学ぶべきことはあります。だから、学ぶべきことだけを学んで、あとはさっさと忘れます。

だって、これは確実にいえることですが、この3人が大学の間にした努力は3人が3人、本気の努力でした。全員が命を懸けて努力していました。

全員がそんじょそこらの大学生とは熱量が全然違った、ということは自信を持って言えます。

それでも、結果は歴然と違うんです。

結論を言いましょう、この3人の違いは3つ、

1、夢の数

2、運をつかむ力

3、環境

です。

1、夢の数はやはり多い方がいいようです。これはT氏をお手本にしてそのまんまですね。

似たような範囲で(教育関係)でもいいから、複数の目標を掲げ、状況次第でどれにでも行ければいいや、という考え方です。

これは強いですね。囲碁の名人がさまざまな状況に対応できるのはさまざまな可能性を考えているからだそうですが、それと同じです。

2、運をつかむ力は1、夢の数ともつながってきます。要は、網を大きく広げていればかかる魚も多くなる、そしてかかった魚は逃すな、ということです。

T氏は大学院で塾講師という職業を、地方中堅塾から都内有名塾にステップアップしました。

実は、これは完全にコネだったそうです。

つまり、彼にとってもある程度は予想外の選択肢だったのだと思うのです。たまたまコネを持った人が大学院にいたということでしょうから。それをつかめたのは降って来た運を逃さない力でしょう。

そこに必要なのは、多くの準備、人とのつながり、決断の素早さがさらに必要になると思われます。

3、環境。過去の環境だけは残念ながらどうにもできないですね。だから、自分の未来をどの程度制限されるのか冷静に見極めるのが大切になってくると思います。

過去に置かれた環境、とくに家庭環境に関してはいかんともできません。

話を聞くとT氏は家庭環境は良かったようです。(だから成功したなんて短絡的なことはいいませんが、無視できないファクターです)

結果的に彼は人と接するのがとても上手で、気配りもできます。

気配りは訓練で磨ける力ですが、それが自然と磨ける環境にいままでいたかどうかは運次第です。

一方、ぼくは家庭環境は結構悪かったです。そこで無駄なエネルギーをたくさん使ってきたなと思います。

とてもじゃないですが、気配りどころではなく、自分をまもるのに精一杯でつねに戦線に立たされているような危機的状況でした。

実際僕は、高校生のときから人に対して思いやりを持つにはどうすればいいかを常に考えていました。

ときには高校に講演しに来てくれたOBのしょうゆ会社の社長さんにメールで思いやりをもつにはどうしたらいいか、なんて質問してみたこともあります。

それでも気配りができない社会不適合者になってしまったのは、それを磨けるだけの心の余裕が無かったからだと考えるのが妥当だと思うんです。

だから、仕方ないとかそんな役に立たない愚痴を言いたいんじゃなく、出来なかったものは忘れて、

自分の置かれた環境を客観的にみて、冷静に身の振り方を考えることも大切だと思んです。

人と接するのが苦手な以上、ぼくはコネを使うとか無理です。

人と人のつながりの中からチャンスをつかむという非常に大切な能力を欠いて戦っていかなくてはなりません。

ということはあきらめなくてはならないことも多いでしょう。

しかし、そこで自分を責めて落ち込んで、時間を無駄にするなんてことはしたくありません。だって原因が自分の努力の範疇を超えることだからです。

だから、ぼくはこれからのことだけを考えて、どうすればいいのか考えていきたいと思います。


さいごに

とうわけで、同じように努力していた(ように見えていた)3人のそれぞれの進路が少しずつ分かれて来た、という話でした。

人生なにがあるかわからないものですね。

1年前にはこんなことになっているとはつゆほども思っていませんでした。

というわけで、今年は僕らはこんな感じでした。

しかし、数年後、またどうなっているかわかりません。

この3人の人生に注目していくのは面白いかもしれません。

では、数年後に記事の続きを書きますね。(気長)


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

元気になれます!
5
20代の人間が日々学んだことを書くnoteです。うつの経験があり、高校で留年しました。その後大学院まで進学するも大学院で2回目のうつ病。しかし、この2回目のうつ病で根本的な原因に気づき人生を良い方向に変えられた気がします。そんな人間が考えたことをまとめていくnoteです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。