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夕暮れのバスストップ

夕焼けを見ていると思い出すことがある。

「今日も夕焼けがきれいだ。明日もきっと晴れるぞ」
その人はそう言ってバスを停める。


小学生の低学年の頃、スイミングスクールに通っていた。
家の近くまでバスで送迎してくれるシステムだったのだが、
夕焼けのきれいな日は、決まって富士山がよく見える坂道の途中に
わざわざバスを停めて夕陽を眺めるのだ。

車内は運転手のおじさん以外は小学生で、
今にして思い出すと眩しく赤く輝く夕陽と黒々とした富士山のシルエットは
そりゃあなかなか格好良かったようにおもうが、
なにせプール帰りだし、ほとんどがうとうとしているか
お友達とおしゃべりしてるかであんまり気にされてなかった気がする。

それでも、夕焼けがきれいな日は、バスが停まる。
当たり前のように。
バスの中は赤とオレンジに染まる。
「ほら」という声に窓の外をのぞいてみる子もいる。
わたしは「そうか、明日も晴れるのか」と妙に納得しながら眩しさに目を細めていた。

ひょっとしたら、
おじさんは自分がその景色を見たかっただけなのかもしれない。

おそらく、そんなに長い時間じゃない。
せいぜい1~2分のことだったとはおもう。

にもかかわらず、
こうしてまだ思い出すくらいに印象に残っているんだから、
もしおじさんが「こんなきれいな景色なんだから覚えておきなよ」という狙いでやっていたのだとしたら、間違いなく大成功だ。
なかなか粋な大人だとおもう。

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