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ブランド価値を語りたがる者の大好物としての<都道府県魅力度ランキング>問題

民間調査会社「ブランド総合研究所」が発表した「地域ブランド調査2021」の中の「2021年都道府県魅力度ランキング」で、群馬県が前年の40位から44位に降下したことを受け、山本一太群馬県知事が「県民に対し失礼」「経済的な損失にもつながる」として「法的措置を含めた検討を始めた」と表明しました。

この件についてはすでに複数のメディアが取り上げていますし、「ワイドナショー」での「絶対にどこかの県が47位になる仕組みは切ない」といった趣旨の指摘以外に触れるべき点などないようにも思えますが、厳密にはこれが「地域ブランド調査」の一部であることは考えなければいけないと思います。調査では都道府県別のイメージや魅力度を聞いてはいますが、それが「ブランド」になっているかどうかを見ているわけです。

ということで、広報・PR関係の人間にとってはこの上なく格好の素材なので、感じたことを書いてみます。

そもそも「ブランド」に社名は必要とされない

消費材の世界では、製造販売する企業名を掲げずに「ブランド名」だけで販売する商品というものは数多く存在します。

車では高級車の「LEXUS(レクサス)」が有名で、公式サイトを訪れても「トヨタ」という社名はたったの1箇所にしか出てきません。それもロゴは一切表示されず、「共通ID利用規約」というリンク部分のテキストのみ。

化粧品関連では「ニベア」が、古くからある「社名を出さない商品」として有名です。実際には「ニベア花王」という会社の商品ですが、広告でも「ニベアブランド」すべてにおいて花王の社名は掲出していませんし、ウェブサイトでも販売社名の表示についてはLEXUS同様に”欄外扱い”です。

元の会社が吸収合併された場合でも、ブランド名が有名すぎる場合には、吸収した新たな販社となる会社でも、社名変更はあまり強調せずにブランド名だけで勝負し続けるというケースもあります。

さらに、元の社名が吸収合併先の会社でブランド名そのものに置き換わっている例もあります。電気シェーバーや電ハブのBRAUNが有名で、現在BRAUNは会社名ではなく、P&Gの商品のブランド名になっています。

「イソジン」のように元の開発企業と販売企業の提携契約の満了などの変更により販売社名が変更するケースもあります。薬の世界では時々見られる傾向とはいえ、元々イ◯ジンで販売していた「明治」のうがい薬が現在では「明治うがい薬」という商品名なのはちょっと悲しい気持ちになります…。

と、書きながらこの商品を検索してみたところ、パッケージは「イソ◯ン」の時と同じ、あの、よく知っているカバのイラストのままでした。なるほどこのパッケージだけで明治社製品を買う人も多いだろうと思うと、ブランドとは名称だけでなく、ビジュアルイメージも含めた包括的なものなのだと改めて実感させられます。ちなみに現在の「イソジン」の方のパッケージでうがいをしているのは、全然知らない犬でした…。

ともかく、どのケースでも、企業名だけでは商品は売れないが確立されたブランド認知でなら商品を売り続けることができるという、誰にでも理解できそうなことではありますが、そうした確立された思考がブランド維持につながっていることは間違いないでしょう。

ブランドさえ確立していれば社名はそれほど重要ではない、というケースが消費材の世界にはあるということがわかります。

県の魅力と県名の認知も同一ではない

この考え方を、ブランド総合研究所にも、群馬県知事にも、都道府県魅力度ランキング周辺の問題に置き換えてみて欲しい、と思うのです。

県の魅力を県名単独で問うた場合に、多くの人が群馬県を魅力的な県と考えるかどうかなど、どうでも良いことだと思います。県名だけで魅力的と感じるエリアなど、上位数箇所以外の県はもはや同列的に下位だろうからです。

しかし群馬県の魅力のいくつかと言える、尾瀬、草津温泉、伊香保温泉、世界遺産の富岡製糸場などの観光地自体は、多くの人にとって知名度も人気も高い場所、つまりこれは間違いなく「群馬県のブランド」であるはずです。

つまりもし、複数の質問項目の大半を「回答者の単なるイメージ」でしか回答できない魅力度ランキングの順位付けで下位になったのだとすれば、それは回答者が群馬県の有する魅力と県名を直接的に結びつけられていない、ということだと思います。BRAUNの電気シェーバーを使っている人が「オレのヒゲ剃りはP&G社製だぜ!」とは認識していないのと同じことです。

しかしこれはだから県のブランドにおいてはダメで、少なくとも群馬県側は調査結果に憤るならば、社名ならぬ県名を隠したブランディングではなく、県名を打ち出したブランディングをすべき、ということになります。

この調査の質問項目には「地域の特性」や「観光意欲」のほかにも、「訪問目的」という「かつてその都道府県を訪れたことがあるか?」という質問があります。でも尾瀬や草津に訪問経験のある人が「それは群馬県にある」ということを知らなかったら、この項目の回答結果はどうなるのでしょうか。

例のアレ禍で海外や遠方への旅行を控えた関東近辺の人たちが、今年は近場で済まそうと尾瀬や草津に集中的に訪れていたとしたら、来年の結果はまた変わる可能性だってありますが、それも人々が尾瀬や草津が群馬県にあると認知していれば、の話です。

さらに、例のアレなので車で行こうと、カーナビに「草津温泉」とか「ホテル名」を入力して目的地を目指す場合、群馬県という要素は頭に入ってこなくなります。あくまでも目的地は温泉でありホテルである以上、沖縄や北海道や京都クラスのように「その県に行く」ことが目的にならない限り、県名などそれほど重要ではなくなるからです。

では群馬県の魅力、県のブランドとは何か?

個人的には草津や伊香保温泉の魅力は相当なものがあると思っていますが、群馬県のHPを訪れて「ぐんまの魅力・観光」というページを開いても、草津どころか温泉の「お」の字も出てこないことには少々驚きました(TOPページや下の階層に行ってよく探せば「外部リンク」でようやく温泉ページにたどりつけます)。

県の公式HPの様式としては仕方がないこととはいえ「魅力がないと言われるのは心外」と憤る人のお膝元の情報としては、まるで自らその魅力の発信を放棄しているようにさえ感じます。

これが例えば神奈川県ですと、公式HPの「観光・名所」のページにはちゃんと「箱根」の情報がありますので、観光資源を前面に押し出したサイト構成にすることは県単位でも十分に可能だと思います。

草津や伊香保の温泉が大好きだ!という人は、山梨のぶどう狩りを魅力と感じる人より多いのではないかと想像しますが、実際はどうなのでしょうか。

一方で山梨には富士山がありますが(それだって静岡とずっと喧嘩していて取り合いというか、市場的にはカニバっていますけど…)、富士山よりも尾瀬の方が好き!という日本人だってそれなりにいると思います。

ではなぜそうした群馬県の魅力が「人々の感覚」の中に浸透していないのか? そういう「人々の感覚」に対して向き合う方が、県の魅力のPRにとっては近道ではないのかな、という感想も頭の隅を掠めていきます。

実際の群馬県の観光PRを担っているのは「ググっとぐんま観光宣伝推進協議会」という組織のようで、そちらのサイトでは温泉もバリバリ紹介されていますので、そもそも群馬県の魅力を伝える観光PRは県の仕事ではないし、魅力だって温泉や尾瀬だけではない、または魅力はすでに伝えているのだ、と考えておられるのかも知れません。

しかし草津温泉のポータルサイトでも「群馬県民限定キャンペーンのお知らせ」以外に「群馬県」の文字はほぼ登場しません。これはまるで草津町自身が群馬県であることを覆い隠そうとしているようでもありますがそんなわけはもちろんなくて、これはだから草津というブランドが確立しているから群馬県にあるということなど言う必要がなくなっていることになります。

ですからこの件で県知事が怒るくらいなら、もっともっと県の魅力と県名をつなげるよう工夫すれば良いし、一番の魅力を言わない(言えない)のは県のPRとしてはあり得ないし、調査会社に文句を言う前にまずは草津と群馬を結びつけたら? と広報の専門家としては言いたくなってしまうのです。

県外の人の認識に刷り込むかのごとく「これぞ」というもの(前述の、温泉や尾瀬…や世界遺産)と「県名のリンク」をいかに効果的に外部に発信できているのか、いないのか。そうした検証なくして「怒り」だけを県として発信してしまうのは、おそらく逆効果になることでしょう。

都道府県魅力度ランキングはクイズではない

一方、同ランキングの問題点もすでにさまざま言及されていますが、やはりせめて、各都道府県が「魅力として訴えたいもの」を3つ程度あげてもらい(それは各都道府県に決めさせて)、それらを列挙し、質問項目に明示した上で回答させるべきでしょう。

これをしてしまうと「地域資源評価」(各地域で魅力的と考える資源について「海・山・川・湖など自然が豊か」など17項目で該当する項目を回答)の質問項目あたりが成立しなくなるのかもしれませんが、回答者だってクイズに答えているわけではないのですから、多少の「有名どころ」を都道府県単位で挙げてもらい、回答者にイメージ喚起させてあげるくらいのことは許容しても良いのではないでしょうか。

回答者にしたところで、知っている県もあればよく知らない県もあるのは当然で、その認知レベルの異なる人々に、本当に「イメージだけ」で回答させるのであれば、統計的に正しいのかも疑問に思えてきます。

イメージを正確に集計したいのであれば、まず「47都道府県のことを熟知している人」をスクリーニングしてから「魅力度イメージ調査」を本調査として実施するのでなければ、魅力度に関する統計としては言うほど正しいのかは疑わしくもなってきます。

知らないエリアについては当然、何一つ回答できず、ランキングは下がってくるわけですから、人々により多く知られていない県ほど不利になるのは当然です。これをしないのであれば調査主体はせめて、自らが定義する「県の魅力」というものが意味するところを明文化するべきでしょう。

ここで問題にしているのは、その県の魅力が知られていないのは県の努力が足りていないからだということを「ブランド総合研究所」は言いたいのでしょうけれど、それは県の魅力が回答者に知られていないのではなく、誰もが知っている北海道や沖縄ほどではないにしても、実は回答者は知っている魅力があるのにそれが県名と結びついて喚起されていないという状況がある場合に、そのことを調査主体が放置している、という点です。

情報を均等にした状態でイメージを聞くのならわかりますが、情報に不均衡があるのにイメージ先行で調査をしても、そんなものには何の意味もないと思います。

しかしこうした、ラフなテーマの調査であれば、そんなゴリゴリのスクリーニングは大袈裟すぎるようにも思います。だからこそ「各県の主要な特徴はこんな感じ」と表示してから回答させるくらいの、敷居低めの構造があっても良いと思うのです。

ましてこの調査の回答者は47都道府県すべてについては回答していないのです。「47都道府県は、15または16ずつの3グループに分けておきます」というのですから、1人につき回答するのは15〜16都道府県にとどまっています。そうであれば、

この3グループの分け方も果たして本当に恣意的ではないのか? といった疑問は生じてきます(どのようにグループを分けているかまでは現状、正しく理解できていませんが、おそらく人気の県とそうでない県が15個の中で散らばっているのでしょう)。

ですから群馬県知事は、法的措置なんかを検討するよりも、この調査設計の穴をつき、独自で群馬県の認知度調査を実施するなどして「魅力度ランキングとは異なり、実は群馬の知名度は高かった!」「実は意外と人気もある!」ということを世間に伝えていく方が得策かもしれません。

ブランドイメージというものは一朝一夕に築くことが難しい一方、機に乗じて一気に知名度を上げるということも可能なものだと思います。今のタイミングでこの調査について「プラスになる方向で軌道修正」することが重要だと感じます。

良いものをどんどん発信していくことは、ブランドイメージ確立や向上にとって基本中の基本ですが、今回の問題では改めてそのことに気づくことができました。

(おわり)

おまけ①:ちなみに、私が以前勤めていた会社は、業界では知名度はありましたが世間的に社名は知られていませんでした。そこの広報部に所属していた際に「不祥事でも起こさない限りウチの会社の知名度は上がらないのかな」などと冗談で言い合っていたのですが、そしたら本当に不祥事を起こしてしまいました…。で、業界には大激震が走ったものの、世間的には大して知名度も上がらなかったという、二重に苦い経験があります。

おまけ②:蛇足ですが、21年11月より、当社所在地の「八王子」から「JR高崎駅/伊香保温泉/四万温泉」を直接結ぶ「高速バス」が通年運行されることになったそうです。今回これだけ群馬のことを書き殴ってしまいましたので、次回の旅行では、このバスでぜひ群馬に行ってみたいと思います。

追記:冒頭の画像は大昔に旅行で草津温泉に行った際のものです。

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