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12人の恋人たちの箸

原宿・神宮前のホテルの地下の白い部屋で、6組12人の男女が箸をつくっている。

僕らが運営するものづくりカフェで人気の木工体験プログラムは「箸をつくるワークショップ」だ。
箸は日本人にとって一番身近な食べるための道具。食べることは生きるための行為。その大切な役目を担っている道具を自分の手でつくる。材料の木は、家具をつくる時に出た広葉樹の端材を棒状に加工しておく。ワークショップでは、まずお客さんにナラやサクラやクリなど広葉樹の木の種類の説明をして、好きな木を選んでもらう。その木の棒をオリジナルの「治具(ジグ)」という補助器具にセットしてカンナをかけて箸の形に加工する。自分の手の大きさに合わせてノコギリで切る。紙やすりで磨いて形を整え表面をなめらかにして、オイルを塗ってできあがり。およそ120分のプログラム。

誰かから依頼を受けて、出張でそのワークショップをすることもある。東京渋谷区の原宿・神宮前にあるブティックホテル『TRUNK(HOTEL)』もそのひとつだ。
『TRUNK(HOTEL)』では、挙式を控えた新郎新婦に向けた、結婚式を迎えるまでにやっておきたいさまざまな学びを提供している。例えば、家族の健康をつくる料理の基本を学ぶ料理教室や、ファイナンシャルプランナーに学ぶライフプランニングなど。特に暮らしの道具をつくるワークショップに力を入れている。いまの時代は、つくらなくても何でも買うことができるし、手を触れなくてもボタン一つでものがつくれたりするけれど、あえて自分の手で触って、考え、手を動かしてものをつくってもらう。つくることは、ものを所有することとはまた別の価値がある。「自分で手作りする」「つくったものを手入れして長く使う」「作業を共有する」ことを通して、新郎新婦にとって道具や食について考えるきっかけになったり、二人の絆を深めてもらうことを目的にしているそうだ。

これから本格的な春を迎える3月のはじめに、これから夫婦になる予定の恋人たち6組12人がワークショップに参加してくれた。みんな都会的で垢ぬけた20~30代のキラキラした男女だ。最初に箸のつくり方を説明してから、色や手触りや匂いを確認して木を選んでもらう。
そこから先は2人だけの世界(が6つ)。カンナ屑がひらひらと舞う中、手の中で木の棒は削られて尖る。木肌は繰り返しこすられて滑らかになり、オイルを塗られた木肌はそれぞれの色に艶やかに染まる。
最後にできあがった箸をもって2人で記念撮影。お手入れのための紙やすりと一緒にお渡しする。みんな「大切にします」と言って持ち帰る。

会場からの帰り道、渋谷の街を歩きながら、ワークショップのインストラクターをしてくれたりなちゃんが言う。りなちゃんは森に囲まれた小さな町で生まれ育った20代前半の女の子。
「都会のリア充の人たちの愛の渦の中で、私もうドキドキして鼻血でちゃいそうでした」
「そうだよねえ」
「私思ったんですけど、お箸づくりって、もうくっついている男女の愛を深めるにもいいけど、合コンとかにもいいんじゃないですかね」「一緒に作業すると距離が近くなるし、女の子はカンナをかける時に前かがみになって胸元が見えちゃったりするし」「つくったお箸で一緒に食事に行ってお酒を飲んで・・・、そうだ、宿泊体験プログラムにしたらどうでしょう!」
あれから2年近く経つが、その企画はまだ実現していない。

あの時来てくれた12人の恋人たちと箸は今どうなっているだろうか。
ワークショップの最初に「木のものは使い初めの時は綺麗だけど、しばらくすると汚れが目立ってきたり傷がついたりしてイヤになるかもしれません。でも、お手入れをしながら使い続けていると、傷も味になって艶も出てきて唯一無二の愛用品になっていくんです。夫婦と同じですね」なんて昭和の結婚式のスピーチのような話をした。
汚れたり傷ついたり、反ってしまった箸もあるだろう。家のどこかにしまわれたままになっていたり、折れてしまって捨てられているものもあるかもしれない。最初は毎日お手入れをして長く使うつもりでいても、おしよせる日々の中で忘れてしまう。自分だって「お手入れが大事ですよ」と言っているが、全然できていない。

人は大切にしようと思っていたものをなかなか大切にできない。それでもつづく暮らしの中で、彼らや彼女らが箸じゃなくても、なにかをつくって直して使いつづけてくれていればいいなと思う。

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